萩原朔太郞「拾遺詩篇」初出形 正規表現版 放蕩の虫
放蕩の虫
夢みるひと
放蕩(はうだう)の虫(むし)は玉虫(たまむし)
そつと來(き)て心(こゝろ)の底(そこ)で泣(な)く虫(むし)
夜(よる)としなればすゞろにも
リキユールグラスの端(へり)を這(は)ふ虫(むし)
放蕩(ほうとう)の虫(むし)はいとほしや
放蕩(ほうとう)の虫(むし)は玉虫(たまむし)
靑(あを)いこゝろでひんやりと
色街(いろまち)の薄(うす)らあかりに鳴(な)く虫(むし)
三味線(さみせん)の撥(ばち)にきて光る虫(むし)
放蕩(ほうとう)の虫(むし)はせんなや
[やぶちゃん注:大正二(一九一三)年十月三日附『上毛新聞』に発表された。
・「放蕩」の全ルビ「はうどう」「はうとう」は総てママ。歴史的仮名遣は「はうたう」が正しい。
当時の新聞のルビは新聞社で勝手に附した傾向が甚だ強い。この誤植も総ては朔太郎のあずかり知らぬものであろう。次いで言っておくと、新聞では拗音表記を無視した(読み難くなるだけだから)傾向もあり、以下の草稿を見ても、或いは、朔太郎の原稿は「リキュールグラス」となっていた可能性も高い。五月蠅いだけなので、読みの除去版を以下に示す。
*
放蕩の虫
夢みるひと
放蕩の虫は玉虫
そつと來て心の底で泣く虫
夜としなればすゞろにも
リキユールグラスの端を這ふ虫
放蕩の虫はいとほしや
放蕩の虫は玉虫
靑いこゝろでひんやりと
色街の薄らあかりに鳴く虫
三味線の撥にきて光る虫
放蕩の虫はせんなや
*
なお、「習作集第八巻(愛憐詩篇ノート)」に同名の草稿がある。以下に示す。
*
放蕩の蟲
(一九一三、二)
放蕩の蟲は玉蟲
そつと來て心の底で泣く蟲
夜としなればすゞろにも
リキュールグラスの緣(へり)を這ふ蟲
放蕩の蟲はいとほしや
放蕩の蟲は玉蟲
靑いこゝろでひんやりに
色街の薄ら明りに鳴く蟲
三味線の撥にきて光る蟲
放蕩の蟲はせんなや
*]
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