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2022/02/06

毛利梅園「梅園介譜」 龜鼈類  標題丁・鼈(スツホン) / ニホンスッポン

 

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここと、次の見開きのここからトリミングした。前の見開きは右丁の右端にパート標題と鼈(ベツ/すっぽん)の引用を記すのみであるので、そこだけをトリミングした。]

 

Kibetu

 

    龜 鼈 類

 

鼈(ベツ)【「すつぽん」。又、「どうがめ」。「どち」。「川かめ」(「倭名抄」。)】

 

「邵武府志」に曰はく、『鼈。』と。【『俗、「水雞(スイケイ)」と呼び、亦、「團魚(ダンギヨ)」とも呼ぶ。其の形、亀と、相ひ類す。但し、亀の甲(かう)は肉を裹(つつ)めるに、鼈の肉は甲を裹み、四邉、埀(た)るゝ者にして、裙(すそ)と爲(な)す。乃(すなは)ち、食品の珍なる者なり。』と。】

 

Suppon

 

 鼈【「すつぽん」。筑前福岡産。竒品。其の甲、一山(いつさん)の發(はつ)するがごときも、其の甲の山を押さゆれば、食(くは)ゆること能(あた)はず、至つて静かなる者なり。】

 

天保八丁酉(ひのとり)年二月廿八日、小澤彈正(だんじやう)、筑前隱士君より預かりしを、水盆(すいぼん)に浮かべ、同氏が席(せき)に於いて、元壽(もとひさ)[やぶちゃん注:毛利梅園の諱(いみな)。]、眞寫す。

 

[やぶちゃん注:総標題「龜鼈類」は爬虫綱カメ目 Testudines の広義のカメ類を指し、ここで最初に挙げる「鼈」は、漢籍由来であるから、カメ目潜頸亜目スッポン上科スッポン科スッポン亜科キョクトウスッポン属 Pelodiscus を、一応、指し(東アジアのもの(世界的にも同原産)も全部以下の同種とする説もある)、而して、梅園が生体を写したそれは、同属の、

ニホンスッポン Pelodiscus sinensis

と比定してよい。詳しくはウィキの「スッポン」を見られたいが(より高位のウィキの「スッポン科」Trionychidaeの方が世界的な分類学上のデータは豊富である)、そこに出る越後の文人橘崑崙の随筆「北越奇談」(文化九(一八一二)年)は以前に全電子化注を終えているので、その当該の「すっぽん」怪談、「北越奇談 巻之五 怪談 其五(すっぽん怪)」をリンクさせておく。その挿絵のこれは葛飾北斎の手になるものである。

「どうがめ」は「胴龜」で、スッポンが特異的に甲羅表面の角質化が起こらず、軟らかいことから、胴丸出しと見做した謂いで、「どち」もその転訛縮約であろう。

『「川かめ」(「倭名抄」。)』「和名類聚鈔」巻十九の「鱗介部第三十」の「龜貝類第二百三十八」に(国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを視認して訓読した)、

   *

鼈(かはかめ) 「本草」云はく、『鼈は、【「唐韻」、『「幷」「列」の反。』。「魚鼈」の字、或いは「鱉(ベツ)」に作る。和名、「加波加米(かはかめ)」。】。』と。

   *

因みに、ここに出る「本草」というのは、「本草和名」(ほんぞうわみょう)で、平安初期の医師深根輔仁(ふかねのすけひと 生没年不詳:渡来人系蜂田薬師(はちだのくすし)の一族)の撰になる本邦の現存最古の本草書(生薬辞典)。彼は醍醐天皇に侍医・権医博士として仕え、延喜年間の九一八年に編纂されたもので、唐の「新修本草」を範として、その他の漢籍医書・本草書に書かれた薬物に倭名を当て嵌め、日本での産出の有無及び産地を記している画期的な書物である。

「邵武府志」複数回既出既注。面倒なだけなので、再掲する。邵武府(しょうぶふ)は元末から民国初年にかけて、現在の福建省南平市西部と三明市北部に跨る地域に設置された行政単位。この附近(グーグル・マップ・データ)。ばっちり、内陸で、閩江が貫流する。同書は明代に陳譲によって編纂された同地方の地誌。

「水雞」「水の中の鶏(にわとり)」の意。一度、完全なフル・コースで食べたことがあるが、確かに腑に落ちる。

「筑前福岡産」「大和本草卷之十四 水蟲 介類 鼈(スッポン)」を見られたい。益軒は福岡藩侍医であったので、生薬としての記載が詳しい。また、先の「どうがめ」の由来もそこで私が考証してある。私は一説にある「泥亀」由来説を退けるものである。

「其の甲、一山(いつさん)の發(はつ)するがごとき」梅園の図はそれを意識したやや誇張的な感じになっているが、細部の描写を怠っておらず、いい出来である。

「食(くは)ゆること」所謂、スッポンに嚙みつかれる、食いつかれること。当該ウィキによれば、『身体に触られると、自己防衛のために噛みつこうとする。顎の力が強いことからも、噛みついた後は』、『その状態のまま』、『首を甲の内側に引っ込めようとする。噛まれた場合は』、十『秒程度』、『動かさせなければ』、『噛みを止めるほか、大抵の場合は』、『水に戻せば』、『そのまま泳いで逃げる』とある。なお、スッポンは実見したことがあるが、陸上での運動性能も、驚くほど、速い。まさに走るのである。

「天保八丁酉年二月廿八日」グレゴリオ暦一八三七年四月十四日。

「小澤彈正」不詳。

「筑前隱士君」名を伏せているが、この表記から福岡藩の相応の地位にある隠居した武家と読める。]

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