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2022/02/21

萩原朔太郞「拾遺詩篇」初出形 正規表現版 煤掃

 

 煤掃

               萩原美棹

 

井桁古びた天井に

鼠の夢を驚かして

今朝年越しの煤拂ひ、

主人七兵衛いそいそと

店の小者を引具して

事に堪うべく見えにけり。

 

さて若衆のいでたちや

奴冠りに筒袖の

半纒すがた意氣なるに

帶ぶや棕梠の木竹箒、

事あり顏に見代して

物々しくも構へたり。

 

お花、梅吉、喜三郞

ことし十五の小性とて

娘お蝶がませぶりを

さげすみしたる樣もなく

家々の重寶を

そつと小椽に運ぶ哉。

 

要所、要所の手くばりも

あらましこゝにすみぬれば

手代が下知の一聲に

家臺(やたい)をゆする物音や

たまたま晝の閑寂に

庭の椿の落つる頃。

 

木遣男(きやりをとこ)の勇者等も

仕事師ばらの援軍も

いま力戰の眞最中(まもなか)や

たち上りたる、もうぢんの

中に交りて一しきり

陣鼓ときめく凄まじさ。

 

煤の埃の中にして

捨松こゝに思ふ樣

老店(しにせ)の主人三代の

布簾(のれん)をくゞる町人は

幾度同じ夢を見て

繰り返したる榮落に

街の繁華は見たるなり。

 

耳を聾する亂調に

入興ありたる擧動(ふるまい)や

お竹つらづら思ふ樣

こは夕暮を酒にして

主人(あるじ)の笑を見んと也

忠義ぶりなる店の子が

賢かりける可笑しさよ。』

 

一重筵の上にして

蒔繪の盆や草双紙

さては厨の煤鍋が

入り亂れたる狂態を

水竿やれし古雛の

こは狼藉ととがめすや。

 

庭狹きまでに散り亂れ

さしも並びし家財等の

一つ一つに處えて

二度もとの店の中

帳塲格子の間より

手習双紙見る頃を。

 

宵の酒宴(うたざけ)の可笑しさよ

娘が運ぶ瓶子より

もるゝ灯影(ほかげ)にかしこまる

左右(さう)の破顏を反り見て

七兵衛獨り忻々たり。

 

[やぶちゃん注:明治三八(一九〇五)年三月発行『坂東太郞』に発表。

 さて、看過出来ない一点の重大な問題がある。第五連の一行目「木遣男(きやりをとこ)の勇者等も」である。これ、底本の筑摩版全集の初出形では、「木遺男(きやりをとこ)の勇者等も」となっているが、誤字指示がなされていない。それどころか、校訂本文も「木遺男(きやりをとこ)」のままに示されている。江戸時代、主に鳶を中心として広汎な肉体労働の業種で唄われた労働歌である「きやり」を「木遺」と書くことは絶対に、ない。従って、これは誤りであることは言を俟たない。初出が誤字・誤植であったのか、或いは、底本自体の校訂本文と合わせてトンデモ誤植であるのかは判らないが、ともかくも誤りであることは論を俟たない。されば、私は最後の筑摩版のトンデモ誤植説を採り、特異的に「木遣」に訂した。なお、木遣唄については、「江戸消防記念会」公式サイト内の「木遣 東京都指定無形文化財」に、『きやりは元来が作業唄で、複数の人員で仕事をする時、その力を一つにまとめるための掛け声、合図として唄われたものであります。また、きやりには』二『種類があり、その①は材木等の重量物を移動するときに唄われる木引き木遣りであり、その②は土地を突き固めるいわゆる地形の際に唄われる木遣りとがあります』。『鳶の木遣りはこのうち②の地形木遣りの範疇に属します』。『現代では作業そのものが動力化し、人力に頼ることも少なくなり』、『これにつれて木遣りも作業唄から離れて儀式化し、また』、『一部俗謡化するなど聴かせるための木遣りへと変貌していきました』。『このように鳶木遣りはそれ自体』、『鳶職人の唄として生まれたものですが、町火消が鳶職人を中心に編成されたため』、『木遣りも自然のうちに町火消の中に溶け込み、受け継がれていったといわれています。曲は真鶴のほか、地・くさり物・追掛け物・手休め物・流れ物・端物・大間など』八種百十『曲があ』るとある。

・「煤掃」「すすはらひ」。

・「井桁」「ゐげた」。ここは「井」の字の形に材を組み合わせた「根がらみ」のこと。天井などの継ぎ組みに見られる。

・「主人七兵衛」(「衛」が「衞」でないのはママ。近代までこの使用は普通に見られる。例えば、私の所持している「國史大系」本「吾妻鏡」は総て「衛」である)以下、「お花」・「梅吉」・「喜三郞」・「お蝶」・「捨松」・「お竹」というお店(たな)のオール・スター・キャストの名が出るが、特に特定の浄瑠璃・歌舞伎の外題のどれそれを元にしているというわけではないようである。

・「堪う」はママ。

見えにけり。

・「棕梠」「しゆろ」。通常の表記は「棕櫚」で、ヤシ科シュロ属の常緑高木。ここではワジュロ(和棕櫚)とトウジュロ(唐棕櫚)の両方を挙げておく(両者の区別は前者が葉が折れて垂れるのに対して、後者は優位に葉柄が短く、葉が折れず、垂れない)。

・「木竹箒」「きだけばうき」「きだかばうき」。「箒」部分は「はばき」とも読む。

・「見代して」校訂本文は「見交して」とする。

・「小性」「こしやう」。小姓に同じ。中世からこの表記はある。

・「重寶」「ちようほう」でもよいが、「ぢゆうほう」と読んでおく。

・「さげずみしたる」ママ。校訂本文は「さげすみしたる」とする。

・「小椽」校訂本文は「小緣」に訂正する。確かに誤字であるが、こんな修正は近代以前の作家の作品に応用したら、とんでもないことになる。「椽」は「垂木」の意だが、芥川龍之介を始めとして多くの大作家が、またぞろ、「緣」を「椽」と書き、誰の全集でもそれをこんな滅菌消毒などしていないし、実際、し切れない。広汎な作家の慣用使用によって立派な市民権を得てしまった用字である。私など、まともに「緣側」などとでてくると、思わず、逆に原文を確認するほどである。

・「仕事師」土工又は土建工事に従事する人。江戸時代から、多く組を作って「火消し」を兼ねた。「鳶の者」「鳶」「仕事衆」。

「ばら」接尾語。人を表わす名詞に附けて「~の仲間・~ども」の複数形を示す。通常は敬意を欠く表現である。古く中古から広く用いられ、後、「殿ばら」「奴(やつ)ばら」など数種の特定の語につくようになった。

・「力戰」「ちからいくさ」。

・「もうぢん」「蒙塵」。

・「布簾(のれん)」校訂本文は「暖簾(のれん)」と消毒する。「暖簾」の代字として私には何らの違和感も感じないし(寧ろ「暖簾」より事実に即している表記である)、他の作家の使用例も見られる。

・「入興」「にふきよう」と読んでおく。

・「擧動(ふるまい)」ルビはママ。校訂本文は「擧動(ふるまひ)」。

・「つらづら」ママ。校訂本文は「つらづら」。

・「笑」「ゑみ」。

・「店」「たな」。

・「一重筵」「ひとへむしろ」。

・「草双紙」校訂本文は後のものも含めて「草雙紙」と書き変えてある。

・「厨」「くりや」。校訂本文は「廚」と書き変えてある。

・「煤鍋」「すすなべ」。

・「水竿」意味不明で不審。校訂本文は「水干」と書き変える。これは正当。煤払いの最中、仕舞ってあった古い雛人形を一時出してあるのを見たら、水干衣裳がすっかり「やれし」(破(や)れし)=ほころんでしまっていたのである。

古雛の

・「とがめすや」ママ。校訂本文は「とがめずや」。

・「一つ一つに處えて」それぞれがそれぞれのあるべき一つところに所を得て。

・「二度もとの店の中」「ふたたびもとのたなのうち」と読んでおく。

・「瓶子」「へいし」或いは「へいじ」。酒を入れ、杯につぐ器。丸い壺形の胴に細首の口をつけた徳利形のもの。

・「忻々たり」「きんきんたり」。喜ぶさま。「欣々」「欣然」に同じ。]

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