狗張子卷之四 不孝の子の雷にうたる / 狗張子卷之四~了
[やぶちゃん注:今回の挿絵は、兄の断末魔の顔が一番はっきり出ている底本の昭和二(一九二七)年刊の日本名著全集刊行會編になる同全集の第一期の「江戶文藝之部」の第十巻である「怪談名作集」(正字正仮名)をトリミング補正し、以下に配した。]
○不孝の子の雷(いかづち)にうたる
慶長の初め、大宮(おほみや)七條のわたりに、「丸(まる)や彌介(やすけ)」とて、商人(あきうど)の有りける。二人の子を、もちたり。
彌介は、むなしくなり、兄は彌二郞とて、おやの跡をつぎ、身體(しんだい)、ともかうもいたし、弟(おとゝ)は彌三郞とて、三條堀河にすみて、耕作を營みするに、手まへの貧しさ、朝な夕なを明暮(あけくれ)すだにも、わびしさ、限りなし。
[やぶちゃん注:「慶長の初め」「慶長」は一五九六年から一六一五年までで二十年続くから、その初めというのは、せいぜい慶長三、四年頃(一五九六年から一六〇〇年年初)までであろう。同元年十二月十九日に「長崎二十六聖人殉教事件」があり、同二年一月には「 慶長の役」が始まっている。同三年八月十八日に豊臣秀吉が死去し、同四年九月二十八日、徳川家康が大坂城西の丸に入城している。
「大宮七條」江本裕氏の論文「『狗張子』注釈(三)」(『大妻女子大学紀要』一九九九年三月発行・「大妻女子大学学術情報リポジトリ」のこちらから同題論文の総て((一)~(五))がダウン・ロード可能。本文は大妻女子大学蔵後印本底本)よれば、『現京都府下京区木屋町』(きやまち)『付近。大宮通と七条通が交差するあたり。七条通を西に行くと、丹波街道へ通じ』、『隣国に接する交通の要衝で、本章で、商人として生計をたてるとする兄弥二郎の設定には無理がない。』とある。この中央附近(グーグル・マップ・データ。以下同じ)。
「ともかうもいたし」「やっとのことで」或いは「どうにかこうにか」親の商売の身代を辛うじて続けて。
「三條堀河」江本氏の注に、以下に続く叙述を受けて、『現京都府中京区堀川通三条付近。堀川通と三条通が交差するあたり。なお、本章で兄弥二郎の住む大宮七条から三条堀川までは四キロメートル弱の距離があり、老母が供も無しに十日ごとに行き来するのは、かなり困難を伴うか。』と注しておられる。この附近。但し、私は何度も実測してみたが、長く見積もっても、三キロメートル弱の感じである。]
母はやもめになり、年、かたぶきたり。
兄彌二郞、いひけるは、
「我家ばかりにて、やしなふべき事に、あらず。弟のかたにもゆきて、やしなはれ、兄弟ふたり、十日がはりに、さだむべし。」
とて、朔日(ついたち)より十日のあひだは、彌二郞がもとにあり、中(なか)十日は堀河に行《ゆき》て、下の十日は、又、大宮より歸る。
かやうにせし内にも、まづしき弟のかたは、ありやすく、兄のもとは、ふかうにして、新婦(よめ)さへ、すげなく侍《は》べる故に、母も、すみうき事に思ひけり。
[やぶちゃん注:「ふかう」「不孝」。]
ある時、母、いまだ、弟のもとにありて、上(かみ)の八日、その家《いへ》、失食(しつじき)して、まいらすべき物、なし。
「さだめたりし日數(ひかず)、いま二日あれども、この體(てい)なれば、兄彌二郞かたへゆきて給はれ。」
といふ。
九日の朝、母を出《いだ》したてゝ、七條大宮にやりけり。
兄彌二郞、門(かど)に出《いで》むかひ、
「いまだ二日は、彌三郞かたにあるべき事なるに、何しに、はやくは來たれるぞ。とく、とく歸りて、二日をすぎてのちにこそ。」
とて、門の内へも、いれたてず。
[やぶちゃん注:「いれたてず」立ち入らせない。]
母は、悲しくて、新婦(よめ)にむかひて、
「弟のかたには、食物(くひもの)絕(たえ)て、我は、はやく、來れり。今二日の事、何か、さのみに、とがむべき。」
といふに、
「いやいや、さだめのごとく、日ぎりをきはめて、來たられよ。一日にても、かなふべからず。」
といふ折ふし、朝飯(あさいひ)の出《で》きたり、と、みゆ。
「道も遠ければ、それを、少し、あたへよ。つかれをなぐさめて、弟がもとへ歸らん。」
といふに、新婦(よめ)は、返事(かへりごと)をもせず、飯(いひ)の上に、物をおほひて隱し、彌二郞は、あらけなくも、つらめしくも、いひのゝしりて、追ひもどしければ、母、なくなく出《いで》て、彌三郞が方(かた)へたちもどるに、いまだ五町[やぶちゃん注:約五百四十五メートル半。]ばかりも過ぎざるに、天に、くろ雲、おほひわたり、雷(かみたり)、しきりに鳴りわたり、彌二郞が家に落ちて、新婦(よめ)は、門口(かどぐち)まで、引出《ひきいだ》して、うちころし、又、いかづち、おちて、彌二郞がかうべ、くだけて、隱しける飯(いひ)をば、町中(まちなか)にうちまき、淺まし共云計(ともいふばかり)なく、一時(《いち》じ)のうちに、家、たえたり。
狗波利子卷之四終
[やぶちゃん注:かなり凄絶な報いを受けるのだが、胸が透く気がする。これで、よい。]
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