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2022/02/16

狗張子卷之四 母に不孝の子 狗となる

狗張子卷之四 母に不孝の子狗となる

   ○母に不孝の子、狗(いぬ)となる

 永正《えいしやう》年中に、都の西、鳴瀧(なるたき)といふ所に、彥太夫(ひこ《だいふ》)とて、百姓あり、有德(うとく)にはあらねども、又、世をわたるに、人なみの身すぎをいたせし。田畠(たはた)、よく、つくりて、住《すみ》けり。

 その生れつき、無道にして、神佛の事、更にうやまひ貴(たふ)とむ心、なし。

 さるまゝに、あたりちかき寺にも、いりたる事もなく、乞食(こつじき)・非人の來(きた)るをも、あらけなく、のゝしり、すこしのめぐみを、ほどこしあたふる事を、しらず。

 母をやしなふに、不孝なる事、いふばかりなし。

 只、明暮(あけくれ)、つらめしくあたりて、わづかにも心にたがふ事あれば、ことの外に、いひ恥かしめ、母の、年のかたぶきて、よろづ、つたなきを見ては、

「はやく死して、隙《ひま》をあけよかし。娑婆(しやば)ふさげに、無用の長生きかな。」

と、のろひ、いましむる事、每日なり。

 母、これを聞《きく》に、物うさ、限りなく、

「汝は、誰(たが)うみそだてゝ、かくは聞《きこ》ゆらん。つれなく、命の生(いき)ける事よ。」

と、我身を恨みて、淚をおとさぬ日も、なし。

 母、やまひにかゝりて、食(しよく)のあぢはひ、心よからず、新婦(よめ)をたのみて、ひとへの衣(きぬ)をうりて、そのあたひを彥太夫にわたし、

「これにて、魚(いを)を買ひもとめてくれよ。」

と、いひしを、魚のあたひは、取りながら、魚は、更にもとめあたへず。

 隣りの人、あはれがりて、鯉の羹(あつ)ものをつくりて、來りあたふるに、母には、まいら[やぶちゃん注:ママ。]せずして、おのれ、ぬすみて、みな、くひつくしけり。

 たちまちに、腹をいたみ、さまざま、藥(くすり)をもちゆれども、そのいたみ、少《すこし》もやみたるけしきなく、吟臥(によひふし)て、くらき閨(ねや)のうちに籠(こも)り、夜晝(よるひる)五日のうち、うめきけるを、人、行《ゆき》て、

「いかに。」

と問ふに、その身、變じて、狗(いぬ)となり、蹲(かゞ)まりて、恥かしげにみえけるを、食ひものをあたふれども、くはず。

 百日を經て、死にけり。

「不孝のむくい、目の前にあり。」

と、たがひに、おそれおどろき、親ある人は、皆、かうかうを、いたしけるとぞ。

 

[やぶちゃん注:挿絵はない。

「永正《えいしやう》年中」一五〇四年から一五二一年まで。室町幕府将軍は足利義澄・足利義稙(よしたね)。室町中期であるが、実質上の戦国時代初期で、時制が、再び巻き戻っているが、これは、江本裕氏の論文「『狗張子』注釈(三)」(『大妻女子大学紀要』一九九九年三月発行・「大妻女子大学学術情報リポジトリ」のこちらから同題論文の総て((一)~(五))がダウン・ロード可能。本文は大妻女子大学蔵後印本底本)よれば、先に出した元禄二(一六八九)年板行の説話集「本朝故事因緑集」(著者未詳)の第五巻の百四十二の「洛外人(ラクグワイノヒト)爲犬《いぬとなる》」で、その時制設定が「天正」だからに過ぎないことが判る。「国文学研究資料館」公式サイト内の原板本の当該部でリンクさせておく。その本文は僅か百四字で、甚だ短く、不孝の対象は父母で、特に父に対する仕打ちであり、本篇のようなリアリズムが殆んど全くなく、至って面白くない(評が後に附され、漢籍からの類話の和訳が載りはする)。

「鳴瀧(なるたき)」京都府京都市右京区の鳴滝地区であろう(グーグル・マップ・データ)。

「あらけなく」「荒けなく」で、「荒々しく・乱暴に」の意。

「つらめしく」如何にも相手に対して、つらく思わせるような感じで。

「隙《ひま》をあけよ」「暇(ひま)を明(あ)けよ」で、「ひまにして呉れ」「忙しくないようにせよ」で、一般には「浮き世の暇を明けよ」の形で、「さっさと死んじまえ」の意で用いる。

「娑婆(しやば)ふさげ」「娑婆塞ぎ」に同じ。「生きているというだけで、なんの役にも「のろひ、いましむる」「呪ひ、戒むる」で、呪詛するように罵詈雑言を吐き、激しい叱咤を加えること。

「かくは聞《きこ》ゆらん」「どうしたら、そのようなひどい言葉を私に聞かすことができるのじゃろう!」の意の反語。

「つれなく」彦太夫のふるまいが「人の心を汲もうともせず、ひややかである。情け知らずで無情だ」の意を示すとともに、「全く思うにまかせず、かくも不幸せに」の意を以って「命の生(いき)ける事よ」への形容ともなっている。

と、我身を恨みて、淚をおとさぬ日も、なし。

 母、やまひにかゝりて、食(しよく)のあぢはひ、心よからず、新婦(よめ)をたのみて、ひとへの衣(きぬ)をうりて、そのあたひを彥太夫にわたし、

「これにて、魚(いを)を買ひもとめてくれよ。」

「鯉の羹(あつ)もの」コイと野菜を煮込んだ熱いスープ。古くより、コイは精をつける薬餌として重宝された。

『人、行《ゆき》て、「いかに。」と問ふに』「心配した彦太夫の知人が、彼の家を訪ねて、「どうだ?」と彼の寝ている部屋に声をかけたところが」という怪異出来の大事なシークエンスなのだが、どうも表現が上手くない。もっと映像的にリアルにカットを入れるべきところである。「了意、老いたり。」の感が激しくする。「蹲(かゞ)まりて、恥かしげにみえけるを、食ひものをあたふれども、くはず。」という描写をもっとタメて、漸層的に見せるべき怪異譚のキモが外れてしまっている。

「かうかう」「孝行」。]

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