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2022/02/09

狗張子卷之三 大内義隆の歌

 

[やぶちゃん注:挿絵は今回は底本(昭和二(一九二七)年刊日本名著全集刊行會編「同全集第一期「江戶文藝之部」第十巻の「怪談名作集」)のものをトリミング補正して、以下に示した。]

 

Ooutiyositaka

 

   ○大内義隆の歌

 大内の義隆は、其家、いにしへ、推古天皇の御時より初まり、周防(すはう)の國山口といふ所に城郭をかまへ、中國の大名となり、七ヶ國をしたがへ、從二位左京大夫に經(へ)あがりけるを、大《おほき》におごりて、佞人(ねいじん)にまどはされ、政道、よこしまになり、色にふけり、酒(しゆ)に長(ちやう)じて、老臣陶(すゑの)尾張守に國をうばはれ、二十四代の家系をうしなひ、生害(しやうがい)せられけり。

「世の盛(さかり)なりし時は、京都より、れきれきの人々、あまた、よびくだし、花の春、紅葉の秋、雪のあした、月のゆふべ、歌、よみ、詩、つくり、酒宴遊興に隙なく侍べりしに、たちまちにほろび給ひける事。」

と、心ある人は、いたはしく思はぬは、なし。

 そのころ、義隆、忍びて通ふ女房のもとへ、文(ふみ)をかきて、つかはされしを、その使(つかひ)、聞(きき)あやまりて、本御臺(ほんみだい)の御《おん》かたに、もちてまゐりつつ、さしあげけるに、御臺、此文を見て、義隆の通はれける女房のもとへ、かく、よみてやりける。

 賴むなよ行末かけてかはらじと

    我にもいひし人のことの葉

 又、義隆の御かたへ、

 おもふ事ふたつありその濱千鳥

    ふみたがへたる跡とこそみれ

 義隆、此歌を見て、御臺の心のうち、大《おほき》に恥かしく、その使(つかひ)をば、あへなく、手うちにせられ、それよりして、御臺のかたへ、通路(つうろ)を切り給ひしが、すでに沒落の時は、ともなひて、泣々(なくなく)、城をば、出《いで》られけるが、賴むかたなく、義隆以下、主從十一人、一同に腹切りて、大内家、たちまちにほろびしかば、御臺をはじめて、近くめしつかはれし女房、たがひにさしちがへて、かさなりふしける在(あり)さま、あはれなりし事共《ことども》なり。

 暫(しば)しがほどは、死にほろびし深川(ふかゞは)の大寧寺《たいねいじ》の内に、夜ごとに女の聲にて泣きければ、寺の僧衆(そうしゆ)、「無遮(むしや)の法會(ほふゑ)」をおこなひ、經、よみて、とぶらひしかば、その啼(なく)こゑも、とゞまりけり。

[やぶちゃん注:この話、後の怪談集の「御伽比丘尼卷二 ㊂恨に消えし露の命 付 葎がのべの女鬼」でかなり詳しい注を附してあるので、そちらを参照されたい。

「深川の大寧寺」(原本は「だいねいじ」と濁っている)現在の山口県長門市深川湯本にある曹洞宗大寧寺(たいねいじ)。天文二〇(一五五一)年、大内義隆は家臣陶晴賢の謀反に遭い、山口から脱出後、この大内家の菩提寺に逃れたが、追撃する陶軍に包囲されて自刃し、寺も焼失した(「大寧寺の変」)。その後、毛利氏の庇護を受けて再建されている。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「無遮の法會」貴賤・僧俗・上下・男女の隔てなく、広く総ての衆生に財施・法施を行う法会。]

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