萩原朔太郞「拾遺詩篇」初出形 正規表現版 秋日行語
秋日行語
夢みるひと
ちまた、ちまたを步(あゆ)むとも
ちまた、ちまたに散(ち)らばへる
秋(あき)の光(きかり)をいかにせむ
たそがれどきのさしぐめる
我(わ)が愁(うれひ)をばいかにせむ
捨身(すてみ)に思(おも)ふ我(わ)が身(み)こそ
びいどろ造(づく)りと成(な)りてまし
うすき女(をんな)の移(うつ)り香(か)も
今朝(けさ)の野分(のわき)に吹(ふ)き散(ち)りて
水(みづ)は凉(すゞ)しく流(なが)れたり
薄荷(はつか)に似(に)たるうす淚(なみだ)
[やぶちゃん注:大正二(一九一三)年十月七日附『上毛新聞』に発表された。標題は「しうじつかうご」と読んでおく。「習作集第九巻(愛憐詩篇ノート)」に「小曲集」という草稿があり、その中に、本篇の草稿がある。全部を示す。
*
小曲集
すて身に思ふわが身こそ
びいどろつくりとなりてまし
うすき女の侈り香かも
けさの野分に吹きちりて
水はすゞしく流れたり
薄荷に似たるうす淚
Ⅱ
ちまたちまたを步むとも
ちまたちまたに散らばへる
秋の光をいかにせむ
夕ぐれときのさしぐめる
かゝるうれひをいかにせむ
Ⅲ
夕日も海にかぎろへば
一むら雀つらなめて
空の高きをすぎ行けり
我はうれひにしづみつゝ
遠き坂をば降りて行く
Ⅳ
靑くしなへる我が指の
リキュールグラスにふるゝとき
生れつきとは思へども
佗しく見ゆく爪形を
さしもにくしと思ふなり
V
(便なき幼子のうたへる、)
うすらさびしき我が身こそ
利根の河原の石ひろひ
ひとり岸浪をさまよひて
今日も小石を拾ふほど
七つ八つとなりにけり
Ⅵ
君はそれとも知らざれど
わが手にもてる草花の
うすくにぢめる淚にも
男ごゝろのやるせなき
うれひの節(ふし)はこもりたり
*
「Ⅰ」に当たる標題はない。その第一連三行目の「侈り香」はママ。「Ⅳ」の四行目「見ゆく」は「見ゆる」の誤字か。「Ⅵ」の三行目の「にぢめる」はママ。
第一連と「Ⅱ」を反転させて手を入れてある。但し、実はこの本篇の第一連(草稿の「Ⅱ」)だけを見ると、これは以上の草稿に先行する「習作集第八巻(愛憐詩篇ノート)」の巻末目次で「稚子他二篇」とする内の最後の一篇と、読点まで完全に一致する相同詩篇が見出される。その「稚子他二篇」は、『昭和二三(一九四八)年小學館刊 「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」 電子化注始動 / 表紙・背・裏表紙・扉・「遺稿詩集に就て」(編者前書) / 「第一(「愛憐詩篇」時代)」 鳥』の詩篇「鳥」の注の中で全部電子化してあるので参照されたい。]
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