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2022/02/14

毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 馬刀(バタウ)・ミゾ貝・カラス貝・ドフ(ドブ)貝 / カラスガイ

 

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。下部の解説の右方に前の「針刺貝(トゲガイ)」の水管部が侵入しているので、マスキングした。下地がかなり汚れているので、それが判ってしまうのはお許しあれ。二行目以降の縦に記された漢名異名五つは、全部、改行した。]

 

Mizogai

 

馬刀(バタウ)【「みぞ貝」。「からす貝」。】 馬蛤【「別録」。】 齊蛤(セイガフ)【「呉普」。】

  蜌【「爾雅」。】

  ※(ヒ)【「品(ヒン)」「脾(ヒ)」「排(ハイ)」三音。「周禮」に出づ。】

  蝏★(テイヒ)【音「亭(テイ)」「※(ヒ)」。】

  單母(センモ)

  *#(セイガン)

[やぶちゃん注:「※」(上)「庫」+(下)(「蟲」の下方の「虫」二つ)。「★」=「虫」+「並」。「*」=「火」+(つくり:(上)「亠」+(下)〈「申」の最終画の終りを左に有意に曲げたもの〉。「#」=「岸」-「干」+「手」。以上の奇体な漢字を含む異名は調べようがないので注しない。悪しからず。]

 

此の者、泥溝に生じて、海には、なし。色、黑き故、「烏貝(からすがい[やぶちゃん注:「がい」はママ。以下同じ。])」と云ふ。「蚌(どぶがい)」の一種にて、小なる者なり。蚌は、其の大なる者、七、八寸[やぶちゃん注:二十一~二十四センチメートル。]。此の者、四、五寸[やぶちゃん注:十二~十五センチメートル。]を「大なる」とす。馬刀を「まて」と訓ずは、非なり。「まて」は「蟶(まて)」なり。此の者に非(あ)らず。馬刀、其の身、蚶(あかゞひ)のごとし。白色。

 

「どぶ貝」「眞珠貝」。「繪貝」。「田貝」【越後。】。「だぼ貝」【近江。】。

 

甲午(きのえむま)三月廿七日、池の中より捕り、眞寫す。

 

【「六々貝合和哥(ろくろくかひあはせわか)」、

    右十六 溝(みそ)貝

      「夫木集」 江の濵の溝貝ひろふうなひ子が

              たわむれにだに問ふ人もなし 讀人不知】

 

[やぶちゃん注:後背縁が翼状に高まり、そこに波状襞を有する特有の殻形状から、本邦の淡水貝最大形(通常個体で殻長二十センチメートル前後だが、最大四十センチメートル近い個体も確認されている)である、

斧足綱イシガイ(石貝)目イシガイ科カラスガイ(烏貝)属カラスガイ Cristaria plicata

に同定してよい。よく似たカラスガイ属カラスガイ亜種メンカラスガイ(面烏貝)Cristaria plicata clessini がいるが、それは琵琶湖固有亜種であり、ここでは外してよい。また、見た目似て見える類似する種で、ここにも異名のような振る舞いで示されている、

イシガイ科ドブガイ(溝貝)属ヌマガイ(沼貝) Sinanodonta lauta(ドブガイA型/大型になる)

ドブガイ属タガイ(田貝) Sinanodonta japonica(ドブガイB型/小型)

は、別種であり、殻の後背縁に生ずる波状紋がないことと、何より、カラスガイは蝶番(縫合部)の左側の擬主歯はないが、右の後側歯はある(擬主歯及び後側歯は、貝の縫合部分に見られる突起)のに対し、以上の種には左側の擬主歯も右の後側歯もないことで識別出来る。なお、ここで冒頭に並べられた異名漢名は、実は、これ、寺島良安の「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部」の「馬刀」の項の丸写しである。

   *

からすがい

かみそりがい

馬刀

マアヽ タウ

馬蛤 ※1※2[やぶちゃん字注:※1=「陛」の(こざとへん)を「虫」に換える。※2=(まだれ)の中の上部に「卑」、その下部の左右に「虫」。]

※3※4(ていはい)〔→ていはう〕 齋蛤[やぶちゃん字注:※3=「虫」+「亭」。※4=「虫」+「並」。]

※5岸(せいがん)〔→てふがん〕[やぶちゃん字注:※5=「火」+〔「挿」の(つくり)〕。]

【俗に烏貝と云ふ。又、剃刀貝と云ふ。】

   *

そこでは、私はカラスガイ・メンカラスガイに同定した(良安は大坂在住が長い)が、「大和本草卷之十四 水蟲 介類 馬刀」では、益軒が、

   *

馬刀(みぞがい/からすがい)[やぶちゃん注:右に「ミソガイ」、左に「カラスガイ」のルビ。] どぶ貝に似て、小なり。泥みぞに生ず。海には、なし。色、黑き故に烏貝とも云ふ。「本草」にも蚌に似て小なり、といへり。其の外、みぞ貝によく合へり。蚌と一類にて、小なり。馬刀を「まて」と訓ずるは、あやまれり。くろやきにして胡麻の油に和し、小兒の頭の白禿瘡〔(しらくも)〕に付ける。驗(しるし)あり。「本草」には此の方、のせず。

   *

と、「小なり」を三度も連発していることから、私は、有意に小さいという観点からイシガイ科ドブガイ属タガイ Sinanodonta japonica(ドブガイB型)に同定している。こうした和名の混乱がごく近年まで続いていたことは、吉良図鑑で吉良先生が「いしがい科 Unionidae」の最後にわざわざ『〔注意〕』として(コンマを読点に代えた)、『ドブガイ、ヌマガイ、タガイなどを一般にカラスガイと称することが多いが、前者は全く無歯で、カラスガイは側歯を有すること、後背部に波状襞を有することによって明らかに区別されるから決して混同してはならない』とわざわざ書いておられることからも伺われる(所持する吉良図鑑の改訂版は昭和三四(一九五九)年刊)。

「別録」時珍が同書で頻繁に引くもので、漢方医学の最重要古典の一つである「神農本草経」(次注参照)とほぼ同時代(一~三世紀頃)に中国で作られた、同書と並び称される本草書「名医別録」のこと。植物(葉・根・茎・花)は勿論、鉱物・昆虫・動物生薬など五百六十三種の生薬の効能や使用目標などが掲載されている。作者は不詳。原本は散佚したが、六朝時代の医学者・科学者にして道教茅山派の開祖でもあった、「本草綱目」でも出ずっぱりの感のある陶弘景(四五六年~五三六年)が一部を諸本の抜粋から集成し、校訂も加えている。

「呉普」「三国志」で知られる医師華佗の弟子呉普が撰した「呉普本草」。二〇八年から二三九年の間に書かれた。

『「まて」は「蟶(まて)」なり』言わずもがな乍ら、本邦の和名としてのマテガイは海産の斧足綱異歯亜綱 incertae 目マテガイ上科マテガイ科マテガイ Solen strictus である。

「蚶(あかゞひ)のごとし。白色」肉の味は斧足綱翼形亜綱フネガイ目フネガイ超科フネガイ科リュウキュウサルボウ属(アカガイ属)アカガイ Scapharca broughtonii の身に似ているが、白身であるということであろう。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のカラスガイのページによれば、『霞ヶ浦、琵琶湖などで常食されていたもの』であるが、『年々歳々、食用にされる機会が減ってきている』。但し、『琵琶湖周辺では』、『いまだに剥き貝が流通しており、佃煮など加工品が売られている』とされ、『地域限定的な食材で』『高値』とある。『選び方』は『薄いベージュ色のもので』、『ふっくらしているもの』を選べとあり、『味わい』の欄には、『軽くゆでたものは』、『やや泥臭い。じっくりゆでて泥臭みを取る』ことが肝心で、上手く茹でれば、『あまり硬くならず、旨みがたっぷりある』とある。私は残念なことに食したことがないが、あるテレビ番組で、二人の人物が池で採取した二十センチ大の二個体を焼いて食するのを見たことがあるが、少し食べて、あまりの泥臭さに、二人ともリタイアしていた。

「眞珠貝」ウィキの「カラスガイ」によれば、『中国では、淡水真珠の母貝として最重要の淡水貝とされる』『ほか、漢方においては』「珍珠母」『という生薬の原料となる』とあった。私は前者で作られた黒真珠のブローチを叔母にプレゼントしたことがある。

「繪貝」由来不詳。

『「だぼ貝」【近江。】』「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の「マルドブガイ」のページで、琵琶湖固有種のドブガイ属マルドブガイ Anodonta calipygos を「ダバガイ」「ダブガイ」(滋賀県安土町採取)と呼ぶとあったのと類似する。なお、そこには、剥き身で「カラスガイ」として販売している、とあって『薄いクリーム色のものを選ぶ。古くなると』、『褐色を帯びてくる』とあり、写真が載るのだが、これ、確かにアカガイの剥き身に似ている!

「甲午(きのえむま)三月廿七日」天保五年。グレゴリオ暦一八三四年五月五日。

「六々貝合和哥」「六々貝合和歌」。元禄三(一六九〇)年序で潜蜑子(せんたんし)撰。大和屋十左衛門板行。国立国会図書館デジタルコレクションで視認出来る。和歌はここだが、どうも梅園は崩し字の判読が苦手であったらしく、間違い複数がある。上五は「江の濵(はま)に」ではなく、「江の淀(よど)の」である。「たわむれ」も無論、誤りである。

   *

   右十六 溝貝

夫木江の淀にみそ貝ひろふうなひ子か

 たはふれにたにとふ人もなし  讀人不知

   *

「日文研」の「夫木和歌抄」16750番)、及び、矢野環氏と福田智子氏の共同制作になる資料論文「竹幽文庫蔵『香道籬之菊』の紹介和歌を主題とする組香(十一)(同志社大学人文科学研究所編『社会科学』所収・PDFでダウン・ロード可能)によって、作者は、かの源俊頼であることが判明し、

   *

江の淀(よど)に

  みぞ貝(がひ)ひろふ

 うなひ子(こ)が

     たはふれにだに

          問ふ人もなし

   *

が正しいことが確認された。但し、「うなひこ」の歴史的仮名遣は「うなゐこ」が正しい。「髫髪子(うなゐこ)」とは、「うない髪」(七、八歳の童児の髪を項(うなじ)の辺りで結んで垂らしたもの。また、女児の髪を襟首の辺りで切り下げておくもの)にした子女・元服前の少年・童のこと。後者資料に、

   《引用開始》

28)みぞ貝

(下・九丁・表、前歌仙三十六首和歌・一一番)

    溝介 左六

  江の淀にみぞ貝ひろふうなひこがたはふれにだに問人もなし

(下・十八丁・裏、歌仙貝三十六種歌後集・三二番)

    みぞ貝 右十六

 

  江の淀にみぞ貝ひろふうなひ子がたはふれにだに問人もなし

[やぶちゃん注:以下、底本では全体が四字下げで、「▽」のみ二字下げであるが、再現しない。]

▽『散木奇歌集』(俊頼)第九、雑部上、一三五〇番(むかひの江にわらはのあそびたはぶるるをたづぬれば、みぞがひといふ物ひろふなりといふを聞きてよめる/「たはぶれにてもとふ人ぞなき」)

▽『田上集』(俊頼)七六番(むかひの江に、童のあそびたはぶるるを、尋ぬれば、みぞがひといふ物ひろふなりといふをききてよめる/「たはぶれにてもとふ人ぞなき」)

▽『夫木抄』巻第三十五、雑部十七、一六七五〇番(俊頼朝臣/〈左注〉此歌は、たなかみにてむかひのえにわらはべのあそびたはぶるるをたづぬれば、みそがひひろふといふをききてよめると云云)

   《引用終了》

これは頗る重要な資料となるのである。「六々貝合和歌」には前の方に合わせる貝の図が載り、それは、ここの左丁の一番左の下から三番目で、「右」の「十六」「みぞ貝」とあるのだが、ここに書かれた絵は、異様に細長いので、カラスガイではない。可能性としては、私は真っ先に琵琶湖固有種であるイシガイ属タテボシガイ(立烏帽子貝)Nodularia nipponensis を考えた。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のタテボシガイのページを見られたい。その写真と、この絵は、非常な合致を示すものと思う。そうして、以上の飼料の最後が肝心で、「たなかみ」と地名が出るのである。これは、近江国田上(たなかみ)で、滋賀県大津市南部の田上(たなかみ)地区であり、ここは瀬田・栗津方面と西方の山城宇治方面や伊賀・伊勢へ抜ける交通の要衝であった。この附近である。これはもう、タテボシガイで間違いないと言えるのである。

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