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2022/02/12

狗張子卷之四 田上の雪地藏

 

[やぶちゃん注:今回の挿絵は状態が最もよい現代思潮社版(昭和五五(一九八〇)年刊)のそれをトリミングして、適切と思われる位置に挿入した。]

 

   ○田上(たなかみ)の雪地藏《ゆきぢざう》

 元龜二年二月(きさらぎ)の半(なかば)、餘寒、はなはだしく、靑嵐(せいらん)、はしたなく吹きすさび、大雪、うつすがごとく降りつみたり。四方《よも》の山々、みな、白たへに、さながら、白銀世界(びやくごんせかい)となり、木々のこずゑは、花ならずして、色をかざり、春ながら、又、冬の空にたちかへるか、と、おぼえたり。

 近江の國田上(たなかみ)といふ所の子ども、あまた、雪をよろこびつゝ、出《いで》てあつまり、「雪轉(ゆきころばし)」してあそび、その中に雪地藏を作り、花(はな)・香(かう)の形(かた)まで、おなじく、雪にて作りたてつゝ、岩の上にすゑて[やぶちゃん注:原板本画像(左丁後ろから四行目)も『すへて』でこれも使えない。]、くやうの有さまを、いとなみけるに、年のほど、十二、三ばかりの童(わらは)を、「くやうの導師」と、さだめけるに、かの童、くやうの意趣を宣(のべ)て曰はく、

「そもそも、この地藏ぼさつの尊形(そんぎやう)をつくりて、くやうする心ざしは、もとより、これ、眞(まこと)の雪《ゆき》なり。六道のちまたに、雪地藏を本尊とする、此ぼさつの御ちかひの事をば、日《ひ》の長閑(のどか)にならん時に、殘りなく、とき申すべし。」

と、たはぶれたり。

 かりそめのたはぶれ事に似たれども、雪佛雪祖(せつぶつせつそ)の理(り)にかなへりとや。

 


Tanakamiyukijizou1

 

 この童、然《しか》るべき種(たね)にやありけん、後(のち)に法師になりて、ならびなき說法の師となり、明阿僧都(みやうあそうづ)とかや、聞えし學匠のほまれあり。

 天台の敎相(けうさう)、形(かた)のごとく學(がく)して、講師(かうじ)をもつとめしに、あるとき、心地わづらひて、俄かに絕え入りけるを、脇のした、あたゝかに、脈道(みやくだう)の、をどりければ、さうれいをもせず、弟子ども、守居(まもりゐ)たるに、一日一夜《いちにちいちや》をへて、よみがへりて、語りけるは、

「……過《すぎ》し夕暮、二人の冥官(めうくわん)に引立《ひきたて》られ、ある所に、いたる。

 玉《ぎよく》の階(みはし)を渡り、瑠璃(はり)の地を、あゆみゆくに、樓門、あり。内に入《いり》しかば、寶殿のいらか、黃金(わうごん)の垂木(たるき)、鳳(ほう)の瓦(かはら)、虹(にじ)のうつばり、此世には、見なれもせぬうゑ木の梢に、花、咲みだれたり。

『若(もし)、これ、天上にあらずば、又、いづれの淨土なるらん。』

と、あやしみながら見めぐらせば、御殿の左のかたに、幢(はたほこ)あり。その上に、人の頭(かしら)、ふたつを、のせたり。右のかたには、黃金(わうごん)のうてなに、大なる鏡(かゞみ)をたて、四方《しはう》に幡(はた)をたてゝ、半天にひるがへる。靑衣(せいい)の官人、玉の簾(すだれ)をまきあぐれば、内に七寶(《しつ》はう)の床(ゆか)あり。垣(かき)より外には、囚人(めしうど)、手がせ・くびがせを、いれられ、大《おほき》におそれ、かなしむ有さま、哀れなる事、限りなし。

 ここにおいて、

『炎魔王宮(えんまわうぐう)なり。』

とは知《しり》けり。……」

[やぶちゃん注:以下、個人的には直接話法で続けたいところだが、そこでは「明阿僧都」「僧都」という自称ではない形の三人称で彼が記されているため、そうすると微妙に違和感が生ずることから、泣く泣く地の文に変えることとした。所持する現代思潮社版は、本文が段落成形され、直接話法も独立段落になっている読み易いスタイルになっているが(但し、致命的に気持ちの悪い現代仮名遣変更版。まさかあり得ぬこの仕儀を知らずに注文して買ってしまった)、そこでは、やはり、以上のみを僧都の直接話法として、全体を一字下げにする手法が用いられてある。

 炎王、出《いで》て、玉の床に坐し給へば、冥官(みやうくわん)二人、明阿僧都を請じて、床に坐せしめ、

「新造の精舍(しやうじや)くやうのため、こゝに迎へたり。くやうをのべて、法事をおこなひ給へ。」

と、あり。

 僧都、中門の廊(らう)にかゝる所に、わかき法師の來りて、

「我は、是れ、そのかみ、くやうせし『雪地藏』なり。汝、かりそめに開眼(かいげん)せし功德(くどく)に依りて、辯舌・學道を得たり。炎王、感じて、精舍のくやうに迎へ給へり。汝に此《この》如意(によい)を、あたふるなり。此れを、あげて、妙法を說(と)きのべんに、辯舌、泉(いづみ)のごとくに涌きて、とゞこほる事、あるべからず。」

とて、去り給ふ。

 僧都、すでに精舍に入て、高座(こうざ)にのぼるに、炎王を初めとして、もろもろの冥官・司錄、おのおの、位(くらゐ)にしたがうて、つらなる。

 說法、初まりて、大空智々(《たい》くうちゝ)の眞際(しんさい)をのぶるに、聽聞(ちやうもん)のともがら、歡喜(くわんぎ)しけり。

「此上は、何にても、望みある事を申《まうし》給へ。」

と、あり。

 僧都、

「我、出家の身として名利(みやうり)を離れたれば、別(べち)に望む所、なし。ねがはくは、母の生所(しやうしよ)を見せしめ給へ。乳哺長養(にうほちやうやう)の恩をはうぜんと思ふばかりなり。」

と申せしかば、炎王、勅をくだして、檢(けん)するに、僧都の母、今、「叫喚地ごく」にあり。

 冥官一人をそへて、地ごくに、ゆかしむ。

 銅(あかがね)の築地(ついぢ)、鐵(くろがね)の門、もえのぼる猛火(みやうくわ)の音、鳴り下(くだ)る雷(いかづち)のひゞき、罪人の啼きさけぶ聲、肝(きも)たましひも、きゆる斗(ばかり)なり。

 冥官、くろがねの門に迎ひ、戶びらをたゝくに、獄卒、門をひらくに、猛火(みやうくわ)、ほとばしる。

 明阿上人の母を問ふに、炭頭(すみがしら)のごとくなる物を、鉾(ほこ)に貫きて、なげ、いだす。

 凉しき風、吹(ふき)ければ、炭頭、うごきつゝ、頃之(しばらく)して、人の形(かたち)となる。

 僧都の母なりけり。

 是を見るに、悲しき事、限りなく、ことの葉、絕えて、泣きしづめり。

 


Tanakamiyukijizou2

 

 地藏菩薩、あらはれて、の給はく、

「我、此母の歎くをみるに、すくはんとするに、力(ちから)、足らず。はやく娑婆に歸りて、「法華經」を書きて、とぶらふべし。」

と、ありけるを、夢のごとくにおぼえて、よみがへり。

 母のために、金字(こんじ)の「法華經」を書寫し、金色(こんじき)の地藏の形像(ぎやうさう)を作りて、くやうするに、其《その》終(はて)の日の夜、夢に見けるは、母の顏、よろこばしく、

「都率天(とそつてん)に生(うま)るゝなり。」

と。

 夢、さめて、僧都も、喜びの眉をひらき、いよいよ、道心、ふかく、修行、おこたらず。

 かの地藏は田上(たなかみ)の草堂におはせしを、うちつゞきたる世のみだれに、燒けうせ給ひしとかや。

 

[やぶちゃん注:構成を、明阿上人の幼年期の映像的に素敵なエピソードから始めて、閻魔王の懇請による上人の閻魔王宮新造供養のための冥界入りに一気に続け、そこに所縁の「雪菩薩」との再会を挟んで、叫喚地獄での無慚な実母との再会に転じ、地蔵菩薩の教えを得て、直ちに蘇生、「法華経」による供養のお蔭で母が弥勒菩薩が修業中の兜率天に目出度く往生するという、優れた形にとり、恐らく「狗張子」中の最初の豪華なオール・スター・キャストにして、優れた怪奇譚としても成功している作品である。先行する「伽婢子卷之四」に同じ堕獄と蘇生の類話「地獄を見て蘇」があるが、こちらの方が遙かによく書けている。

「元龜二年二月(きさらぎ)の半(なかば)」同二月は大の月で十五日はユリウス暦一五七一年三月十日。グレゴリオ暦換算で三月二十日である。この二月、第二次信長包囲網が展開されている中、信長は浅井長政配下の磯野員昌(かずまさ)を味方に引き入れ、近江国佐和山城を得ており、五月には五万の兵を率いて、伊勢長島に向け、出陣するも、攻めあぐね、兵を退いた。しかし、撤退中に一揆勢に襲撃され、柴田勝家が負傷、氏家直元が討死している。同月、三好義継・松永久秀が、大和や河内の支配を巡って筒井順慶や畠山昭高と対立、足利義昭が筒井・畠山を支援したことから、三好三人衆と結んで、義昭から離反して、信長とも対立関係となっていた。而して同年九月には、敵対する比叡山延暦寺を焼き討ちにしている(以上の信長の動きは当該ウィキに拠った)。

「靑嵐(せいらん)」不審。語としてのそれは、概ね、「初夏の青葉を揺すって吹き渡るやや強い風」を指し、季節が合わない。江本裕氏の論文「『狗張子』注釈(三)」(『大妻女子大学紀要』一九九九年三月発行・「大妻女子大学学術情報リポジトリ」のこちらから同題論文の総て((一)~(五))がダウン・ロード可能)では、『大風の意か』とある。以下の「はしたなく吹きすさび」(「はしたなし」は「程度がはなはだしい・ひどい・激しい」の意)からも、そういうことであろう。

「白たへ」「白栲」で、原義は「梶(カジノキ)や楮(コウゾ)の皮の繊維で織った白い布」で、転じて「白妙」で雲・霞・雪などの「白い色」や換喩に用いる。

「白銀世界(びやくごんせかい)」「びゃくごん」の「ごん」は「銀」の呉音。呉音は仏教語によく用いられるので本篇では違和感はない。

「近江の國田上(たなかみ)」、滋賀県大津市南部の田上(たなかみ)地区から大石地区に連なる標高四百~六百メートルの山並みの総称。「田神山」とも書く。主峰は不動寺のある太神山(たなかみやま)。ここ(グーグル・マップ・データ)。この山塊の一部からは、水晶やトパーズが産出される。江本氏の注に、『瀬田・栗津方面と西方の山城宇治方面や伊賀・伊勢へ抜ける交通の要衝』とある。上人の母が何故、叫喚地獄(八熱地獄の四番目。殺生・盗み・邪淫・飲酒を素因とする。「飲酒」とは、酒に毒を入れて人殺しをしたり、他人に酒を飲ませて悪事を働くように仕向けたりすることを指す。ウィキの「八大地獄」によれば、『熱湯の大釜(大鍋)の中で煮られたり、猛火の鉄室に入れられて号泣、叫喚する。その泣き喚き、許しを請い哀願する声を聞いた獄卒たちは』、『さらに怒り狂い、罪人を』、『ますます責めさいなむ。頭髪が金色、目から火を出し、赤い衣を身にまとった巨大な鬼たちが罪人を追い回して弓矢で射る。鬼たちは風のように速く走れる。罪人たちの体内からは』蛆『虫がわき出てきて』、『亡者たちのからだを食べつくす。他にも罪人たちは焼けた鉄の地面を走らされ、鉄の棒で打ち砕かれる』。『人間の』四百『歳を第四の兜率天の一日一夜とする。その兜率天の』四千『年を一日一夜として、この地獄における寿命は』四千『歳という。これは人間界の時間で』八百五十二兆六千四百『億年に当たる』とある)に墜ちねばならなかったかは、本篇では語られないが、この立地は、或いは何かを読者に示唆しているものかも知れない。

「雪轉(ゆきころばし)」雪の小さな塊りを雪の上で転がして、だんだん大きくする遊び。「ゆきまろばし」「ゆきまろげ」。

「此ぼさつの御ちかひの事をば、日《ひ》の長閑(のどか)にならん時に、殘りなく、とき申すべし。」江本氏はこの「とき」に注されて、『ここは、「ぼさつの御ちかひ」を「説く」と、「日の長閑ならん時」に雪地蔵が「溶ける」とを、掛けるか。』とあった。これは気づかなかった。なるほど!

「雪佛雪祖(せつぶつせつそ)の理(り)」「徒然草」の第百六十六段、

   *

 人間の、營み合へるわざを見るに、春の日に雪佛を作りて、そのために金銀・珠玉の飾りを營み、堂を建てんとするに似たり。その構へを待ちて、よく安置してんや。人の命ありと見るほども、下より消ゆること雪の如くなるうちに*、營み待つこと甚だ多し。

   *

を受けたものであろう。

「明阿僧都(みやうあそうづ)」不詳。仮想人物のようである。

「形(かた)のごとく」学僧の慣例に従って一通り。

「うつばり」「梁」。

「幢(はたほこ)」不審。小学館「日本国語大辞典」によれば、『① 竿の先端に、種々に彩色した布でつくった旗をつけたもの。軍陣などの指揮や、儀式に用いた。』とし、②として、』『より、魔軍を破摧する法(のり)の王である仏を象徴して仏・菩薩の荘厳具としたもの。龍や宝珠を上端につけて竿につるし、堂内の柱にかける。』とあり、さらに、『③ とばり。たれぎぬ。』とする。この以下の全体は、挿絵の閻魔王の左手に描かれている、私の大好きな地獄定番のアイテムである「人頭杖」(じんとうじょう)である。女の首と鬼の首が高台の上に置かれている。この首は生きており、前に亡者を控えさせると、生前の善行と悪行を総て喋るのである。しかも、それは意想外に、女の首が悪事を、鬼の首が良い行いを語るのである。さても、それが載るのは、断じて「幢」ではない。【2022年2月13日追記】知人より、旗のついた人頭杖(分離型)の情報を頂戴した。machiarukinote氏のおかやま街歩きノオト(雑記帳)」「東京 地獄めぐり③」の十枚目の画像のこれ深川の法乗院所蔵のものである。知人に心より感謝申し上げる。

「右のかたには、黃金(わうごん)のうてなに、大なる鏡(かゞみ)をたて」所謂、「浄玻璃の鏡」である。地獄の閻魔庁にあって、その前に立った死者の生前の善悪の所業をあますことなく映像として再現するという優れものの鏡である。絵師は閻魔の右手に描くことが難しかった(初期デッサンの時点で柱や幔幕に遮られてしまう)ので、人頭杖の隣りに並べて描かれてあるのはご愛嬌。

「靑衣(せいい)の官人」私はこうした服色の冥官は知らない。

「中門の廊(らう)」江本氏の注に、『廊寝殿造りで対の屋から南に出て釣殿に通じる渡殿』(わたどの)とされ、『挿絵参照』とある。一枚目の二幅の挿絵の右手奥に伸びるもの。よく見ると、確かに、下方に水面(みのも)の波が透けて見える。その渡殿の上に立つのが、かの「雪」地蔵菩薩で、左幅で扇を以って対峙しているのが、明阿上人。

「如意(によい)」仏僧が読経や説法の際などに手に持つ道具。孫の手のような形状をしており、笏と同様に権威や威儀を正すために用いられるようになった。「如意」とは「思いのまま」の意味。本来は孫の手の様に背中を掻く道具で、意の如く(思いのままに)痒い所に届くことから「如意」と呼ぶが、それが正法(しょうぼう)の核心を示唆することに敷衍したものであろう。画像は参考にした当該ウィキの画像を見られたい。但し、挿絵を視認出来るもの三種総て精査したが、地蔵菩薩は挿絵の中では如意棒を持っている痕跡はない。

「司錄」「狗張子卷之一 北條甚五郞出家」で既出既注。

「大空智々(《たい》くうちゝ)」江本氏の注に、『仏語。大空は十方界の一つで、時間や方向がない世界のこと。智々は、すべてを知り尽くす智恵のこと。』とあるが、一九八〇年現代思潮社刊の「古典文庫」の「狗張子」(神郡周(かんごおり あまね)校注)では、『大空は、大八空の一つ。物的諸現象(色法)は悉く地・水・火・風の四元素によってできた仮りのもので実性のないことをいう』とあり、私は後者の注が腑に落ちた。

「眞際(しんさい)」同前で江本氏は『真理。悟り。』とされ、神郡宇治は『智の中の智で、もっとも勝れた仏の智をいう』とある。これはまあ、同義であるので問題はない。

「母の生所(しやうしよ)」亡くなった実母が転生した様子。

「乳哺長養(にうほちやうやう)の恩」小児に乳を与えて大事に養育して呉れたことへの恩。

「炭頭(すみがしら)」炭化した人の首の意であろう。

「頃之(しばらく)して」江本氏は『この用字で、振り仮名が「しぱらく」の用例は未詳。』とされるが、これは甚だ不審で、漢文訓読ではかなり頻繁に見られる和訓である。

「我、此母の歎くをみるに、すくはんとするに、力(ちから)、足らず」と地蔵菩薩が述懐する以上は、相当に重い罪であったことが窺われる。殺人か、重い事態を引き起こした邪淫か?

「うちつゞきたる世のみだれ」江本氏注に、『元亀元年(一五七〇)の姉川合戦や同二年の延暦寺焼打ち、同三年の小谷城落城など、戦国時代に近江地方で起こった戦乱をさすか。』とある。さらに江本氏は、話柄内時制の齟齬について、以下のように注しておられる。『「田上の草堂」が「焼うせ給」ったのが、「うちつゞきたる世のみだれ」のためとすると、注に示したように、ここでは戦国時代に近江地方で起こった戦乱をさすのが妥当であろう。ただし』、『本章を文字通り読むと、主人公の「一二』、『三の童」が成長して「明阿僧都」となり、さらに蘇生後も「修行をこたらず」とあって、冒頭に示される「元亀二年」から、少なくとも四』、『五十年は時間が経過している(とすると設定は一六二〇年代』(江戸初期の徳川秀忠・徳川家光の治世)『前後となる)ことになり、「世のみだれ」と齟齬する。つまり、これを後日談ととるならば、時間設定が合わないことになり、時運意識を持つ作者にしては、やや不用意か。』と記されてある。私もそれを感じていた。【2022年2月13日改稿】当初、私は最後の地蔵がよく判らんと、ボケまくった批判をここの注に記していたのだか、先の知人から、最後の『失われたお地蔵さまの尊像は、上人が甦りののちに、母上のために供養された「金色の地藏の形像」だと解しました』と応じられ、自分の阿呆さ加減に呆れてしまった。ここに改めて知人に感謝するものである。

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