毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 舩貝 / フネガイ類(一個体はコベルトフネガイを有力候補としたい)
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。一部をマスキングした。なお、この見開きの丁は、右下に、『和田氏藏ノ數品』(すひん)、『九月廿一日、眞写』す、という記載がある。和田氏は不詳だが、前の二丁と同じく、その和田某のコレクションを写生したことが判り、これはそれらと同じく、天保五年、グレゴリオ暦一八三四年五月十一日と考えよい。]
舩貝【三種。】
「前歌仙貝三十六品」の内、
「夫木」
こぐ人も渚(なぎさ)にせする舟貝は
吹くる風やつなぐなるらん
[やぶちゃん注:これは特異な形状から(この三個体は個人の蔵品であり、所謂、殻表面の毛皮等はすべて削られてしまっていると考えてよい)、孰れも、
斧足綱翼形亜綱フネガイ目フネガイ科Arcidae
の一種とまでは限定出来る。
最上部の個体は、殻頂が非常に高く秀でていること、内方に強く曲がって広く離れ、放射肋が強いことから、
フネガイ科Arca 属フネガイArca avellana
或いは
同属コベルトフネガイArca boucardi
の孰れかであろう。個人的には二種の画像を見る限りでは、そのフォルムからは後者のコベルトフネガイかという(これは私の希望的願望――コベルトフネガイが好き――が働いているのだが)感じがしないでもない。二種とも分布的にはフネガイが本州陸奥湾以南、コベルトフネガイが北海道以南で問題はない。因みに、和名に冠された「コベルト」は、ドイツの軟体動物を専門とした動物学者ヴィルヘルム・コベルト(一八四〇年~一九一六年)に因む。
左の二種は、形状が異なり、色が明らかに違う。個人的には、特に左端の個体が、橙褐色或いは紫褐色を呈し、成貝では、殻頂が放射肋が消失してつるんと見えるようになる、
フネガイ科エガイ属ベニエガイ(クロミノエガイ)Barbatia amygdalumtostum
のように見える。但し、本種は本州南部以南に分布する。
「前歌仙貝三十六品」画期的な貝類解説書として本邦で最初に板行された、茶人として知られる大枝流芳(おおえだりゅうほう)著の寛延四(一七五一)年板行の「貝盡浦の錦」の「前歌仙貝三十六品評」(国立国会図書館デジタルコレクションの当該作のここの画像を視認)によると、
*
舩 介(ふねかひ) 左 九
「夫木」
こく人(ひと)も渚(なぎさ)によする舟貝(ふねかひ)は
ふきくる風(かぜ)やつなぐなるらん
*
である。「日文研」の「和歌データベース」で見ると、読人不知で(13100番)、
*
こくひとも なきさによする ふなかひは
ふきくるかせや つなくなるらむ
*
とある。梅園、ほんまに崩し判読が苦手やな。まあ、わても苦手やさかい、許したるわ。言うまでもないが、整序すると、
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漕ぐ人も渚に寄する舟貝は
吹き來る風や繫ぐなるらむ
*
で、「舟貝」は「舟橈」を掛けてあり、渚に寄せる舟貝が、あたかも漕ぎ手が橈を見事に操って舟同士を繋いだようにするのであろうか、と、個人的にはお洒落ないい一首と感ずるものである。しかも、同書の図を見ると(左丁の右手の下から二番目に二図ある)、これ! 如何にもコベルトフネガイっぽくないカイ?!]