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2022/03/08

筑摩書房「萩原朔太郞全集」(初版)「散文詩・詩的散文」初出形 正規表現版 大井町 / 筑摩書房「萩原朔太郞全集」(初版)「散文詩・詩的散文」初出形 正規表現版~了

 

 大井町

 

 人生はふしぎなもので、無限の悲しい思ひやあこがれにみたされてゐる。人はさうした心境から、自分のすがたを自然に映(うつ)して、或は現實の環境に、或は幻想する思ひの中に、それぞれの望ましい地方を求めて、自分の居る景色の中に住んでるものだ。たとへてみれば、或る人は平和な田園に住家を求めて、牧場や農場のある景色の中を步いてゐる。そして或る人は荒寥とした極光地方で、孤獨のぺんぎん鳥のやうにして暮してゐるし、或る人は都會の家並の混(こ)んでる中で、賭博場や、洗濯屋や、きたない酒場や理髮店のごちやごちやしてゐる路次を求めて、每日用もないのにぶらついてゐる。或る人たちは、郊外の明るい林を好んで、若い木の芽や材木の匂ひを嗅いでゐるのに、或る人は閑靜の古雅を愛して、物寂びた古池に魚の死體が浮いてるやうな、芭蕉庵の苔むした庭にたたずみ、いつもその佗しい日影を見つめて居る。[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「﹅」。以下同じ。「路次」はママ。]

 げに人生はふしぎなもので、無限のかなしい思ひやあこがれにみたされてゐる。人はその心境をもとめるために、現實にも夢の中にも、はてなき自然の地方を徘徊する。さうして港の波止場に訪ねくるとき、汽船のおーぼーといふ叫びを聞き、檣のにぎやかな林の向うに、靑い空の光るのをみてゐると、しぜんと人間の心のかげに、憂愁のさびしい淚がながれてくる。[やぶちゃん注:【2022年12月8日追記】当初、『「檣」は「ほばしら」と読む』と注したが、新規発見(後注参照)のそれでは『ますと』と読んでいる。ルビ無しで「マスト」と読む人は少ないだろうが、一応、記しておく。]

 

 私が大井町へ越して來たのは、冬の寒い眞中であつた。私は手に引つ越しの荷物をさげ、古ぼけた家具の類や、きたないバケツや、箒、炭取りの類をかかへ込んで、冬のぬかるみの街を步き𢌞つた。空は煤煙でくろづみ、街の兩側には、無限の煉瓦の工場が並んでゐた。冬の日は鈍くかすんで、煙突から熊のやうな煙を吹き出してゐた。[やぶちゃん注:朔太郎は、大正一四(一九二五)年二月中旬に妻稲子と娘葉子(満四歳)と明子(あきらこ:満二歳)の二人を伴って上京し、東京府荏原郡大井町六一七〇番地(現在の品川区西大井五丁目。グーグル・マップ・データ)の借家に住んだ。但し、僅か二ヶ月足らずの四月上旬には田端(文士村)に転居している。同名の、本篇の一シークエンスを切り取って分かち書き詩篇にしたように見える(但し、この散文詩の方が三年後の発表である)『第一書房版「萩原朔太郞詩集」(初収録詩篇二十一篇分その他)正規表現版 「靑猫(以後)」 大井町』の私の注を参照されたい。生涯仕事をしたことのなかったプチブルの彼が、人生の中で、ただ一度「ひどい貧乏を經驗した」と、のたもうているのに鼻白むであろう。なお、「くろづみ」はママ。]

 貧しいすがたをしたおかみさんが、子供を半てんおんぶで背負ひこみながら、天日のさす道を步いてゐる。それが私のかみさんであり、その後からやくざな男が、バケツや荷をいつぱい抱へて、瘦犬のやうについて行つた。

 

     大井町!

 

 かうして冬の寒い盛りに、私共の家族が引つ越しをした。裏町のきたない長屋に、貧乏と病氣でふるへてゐた。ごみためのやうな庭の隅に、まいにち腰卷やおしめを干してゐた。それに少しばかりの日があたり、小旗のやうにひらひらしてゐた。

 

     大井町!

 

 むげんにさびしい工場がならんでゐる。煤煙で黑ずんだ煉瓦の街を、大ぜいの勞働者がぞろぞろと群がつてゐる。夕方は皆が食ひ物のことを考へて、きたない料理屋のごてごてしてゐる、工場裏の町通りを步いてゐる。家々の窓は煤でくもり、硝子が小さくはめられてゐる。それに日ざしが反射して、黑くかなしげに光つてゐる。[やぶちゃん注:第一文の「むげんにさびしい工場がならんでゐる。」の句点を底本の校訂本文は誤字・誤植として読点に変えている。本段落全体の漸層法的モンタージュ構造から、私はこの仕儀を大変な誤りと断ずる。ここは断然、句点であるべきである。

 

     大井町!

 

 まづしい人々の群で混雜する、あの三又(みつまた)の狹い通りは、ふしぎに私の空想を呼び起す。みじめな郵便局の前には、大ぜいの女工が群がつてゐる。どこへ手紙を出すのだらう。さうして黃色い貯金帳から、むやみに小錢をひき出してる。

 

 空にはいつも煤煙がある。屋臺は屋臺の上に重なり、泥濘のひどい道を、幌馬車の列がつながつてゆく。[やぶちゃん注:「屋臺」は「やたい」であるが、これは「家」或いは「粗末な家」の意である。]

 

     大井町!

 

 鐵道工廠の住宅地域! 二階建ての長屋の窓から、工夫のおかみさんが怒鳴つてゐる。亭主は驛の構内に働らいてゐて、眞黑の石炭がらを積みあげてゐる。日ぐれになると、そのシヤベルが遠くで悲しく光つてみえる。

 長屋の硝子窓に蠅がとまつて、いつでもぶむぶむとうなつてゐる。どこかの長屋で餓鬼が泣いてゐる。嬶が破れるやうに怒鳴つてるので、亭主もかなしい思ひを感じてゐる。そのしやつぽを被つた勞働者は、やけに石炭を運びながら、生活の沒落を感じてゐる。どうせ嬶を叩き出して、宿場の女郞でも引きずり込みたいと思つてゐる。[やぶちゃん注:「嬶」は「かかあ」。]

 勞働者のかなしいシヤベルが、遠くの構内で光つてゐる。

 

 人生はふしぎなもので、無限のかなしい思ひやあこがれにみたされてゐる。人は自分の思ひを自然に映して、それぞれの景色の中に居住してゐる。

 

     大井町!

 

 煙突と工場と、さうして勞働者の群がつてゐる、あの賑やかでさびしい街に、私は私の住居を見つけた。私の泥長靴をひきずりながら、まいにちあの景色の中を步いてゐた。何といふ好い町だらう。私は工場裏の路地を步いて、とある長屋の二階窓から、鼠の死骸を投げつけられた。意地の惡い土方の嬶等が、いつせいに窓から顏を突き出し、ひひひひひと言つて笑つた。何といふうれしい出來事でせう。私はかういふ人生の風物からどんな哲學でも考へうるのだ。

 どうせ私のやうな放浪者には、東京中を探したつて、大井町より好い所はありはしない。冬の日の空に煤煙! さうして電車を降(お)りた人々が、みんな煉瓦の建物に吸ひこまれて行く。やたら凸凹(でこぼこ)した、狹くきたない混雜の町通り。路地は幌馬車でいつもいつぱい。それで私共の家族といへば、いつも貧乏にくらしてゐるのだ。

 

[やぶちゃん注:昭和三(一九二八)年五月号『詩と隨筆集』に発表された。

 本篇を以って底本である筑摩版「萩原朔太郞全集」初版の「散文詩・詩的散文」パートは終わっている。

【2022年12月8日追記】所持する筑摩版全集の投込『第十五卷「書誌」追補」末尾に訂正があり、以上の初出というのは誤りで、大正一五(一九二六)年二月号『婦人世界』が初出であるとして、以下が載る。但し、標題が、「大井町」ではなく、「人生(散文詩)」となっている。歴史的仮名遣の誤りや誤字はママ。

   *

 

 

 人生(じんせい)(散文詩)

 

 人生(じんせい)はふしぎなもので、無限(むげん)の悲(かな)しい思(おも)ひやあこがれにみたされてゐる。人(ひと)はさうした心境(しんきやう)から、自分(じぶん)のすがたを自然(しぜん)に映(うつ)して、或(あるひ)は現實(げんじつ)の環境(くわんきやう)に、或(あるい)は幻想(げんそう)する思(おも)ひの中(なか)に、それぞれの望(のぞ)ましい地方(ちはう)を求(もと)めて、自分(じぶん)の居(ゐ)る景色(けしき)の中(なか)に住(す)んでるものだ。たとへてみれば、或(あ)る人(ひと)は平和(へいわ)な田園(でんえん)に住家(すみか)を求(もと)めて、牧場(ぼくぢやう)や農場(のうぢやう)のある景色(けしき)の中(なか)を步いてゐる。そして或(あ)る人(ひと)は荒寥(くわうれう)とした極光地方(きよくくわううちはう)で、孤獨(こどく)のべんぎん鳥(てう)のやうにして暮(くら)してゐるし、或(あ)る人(ひと)は都會(とくわい)の家並(いへなみ)の混(こ)んでる中(なか)で、賭博場(とばくぢやう)や、洗濯屋(せんだんや)や、きたない酒場(さかば)や理髮店(りはつてん)のごちやごちやしてゐる路次(ろじ)を求(もと)めて、每日(まいにち)用(よう)もないのにぶらついてゐる。或(あ)る人(ひと)たちは、郊外(かうぐわい)の明(あか)るい林(はやし)を好(この)んで、若(わか)い木(き)の芽(め)や材木(ざいもく)の匂(にほ)ひを嗅(か)いでゐるのに、或(あ)る人(ひと)は閑靜(かんせい)の古雅(こが)を愛(あい)して、物寂(ものさ)びた古池(ふるいけ)に魚(さかな)の死體(したい)が浮(う)いてるやうな、芭蕉庵(ばせうあん)の苔(こけ)むした庭(には)にたゞづみ、いつもその佗(わび)しい日影(ひかげ)を見(み)つめて居(ゐ)る。

 げに人生(じんせい)はふしぎなもので、無限(むげん)のかなしい思(おも)ひやあこがれにみたされてゐる。人(ひと)はその心境(しんきやう)をもとめるために、現實(げんじつ)にも夢(ゆめ)の中(なか)にも、はてなき自然(しぜん)の地方(ちはう)を徘徊(はいくわい)する。さうして港(みなと)の波止場(はとば)に訪(たづ)ねくるとき、汽船(きせん)のおーぼーといふ叫(さけ)びを聞(き)き、檣(ますと)のにぎやかな林(はやし)の向(むか)ふに、靑(あを)い空(そら)の光(ひか)るのをみてゐると、しぜんと人間(にんげん)の心(こゝろ)のかげに、憂愁(いうしう)のさびしい淚(なみだ)がながれてくる。

 

 私が大井町(おほゐまち)へ越(こ)して來(き)たのは、冬(ふゆ)の寒(さむ)い眞中(まなか)であつた。私(わたし)は手(て)に引(ひ)つ越(こ)しの荷物(にもつ)をさげ、古(ふる)ぼけた家具(かぐ)の類(るゐ)や、きたないバケツや、箒(はうき)、炭取(すみと)りの類(るゐ)をかかへ込(こ)んで、冬(ふゆ)のぬかるみの街(まち)を步(ある)き𢌞(まは)つた。空(そら)は煤煙(ばいえん)でくろづみ、街(まち)の兩側(りやうがは)には、無限(むげん)の煉瓦(れんが)の工場(こうぢやう)が並(なら)んでゐた。冬(ふゆ)の日(ひ)は鈍(にぶ)くかすんで、煙突(えんとつ)から熊(くま)のやうな煙(けむり)を吹(ふ)き出(だ)してゐた。

 貧(まづ)しいすがたをしたおかみさんが、子供(こども)を半(はん)てんおんぶで背負(せを)ひこみながら、天日(てんぴ)のさす道(みち)を步(ある)いてゐる。それが私(わたし)のかみさんであり、その後(あと)からやくざな男(をとこ)が、ジケツや荷(に)をいつぱい抱(かゝ)へて、瘠犬(やせいぬ)のやうについて行(い)つた。

 

     大井町(おほゐまち)!

 

 かうして冬(ふゆ)の寒(さむ)い盛(さか)りに、私共(わたしども)の家族(かぞく)が引(ひ)つ越(こ)しをした。裏町(うらまち)のきたない長屋(ながや)に、貧乏(びんぼう)と病氣(びやうき)でふるへてゐた。ごみためのやうな庭(には)の隅(すみ)に、まいにち腰卷(こしまき)やおしめを干(ほ)してゐた。それに少(すこ)しばかりの日(ひ)があたり、小旗(こばた)のやうにひらひらしてゐた。

 

     大井町(おほゐまち)!

 

 むげんにさびしい工場(こうぢやう)がならんでゐる。煤煙(ばいえん)で黑(くろ)づんだ煉瓦(れんが)の街(まち)を、大(おほ)ぜいの勞働者(らうどうしや)がぞろぞろと群(むら)がつてゐる。夕方(ゆふがた)は皆(みな)が食(く)ひ物(もの)のことを考(かんが)へて、きたない料理屋(れうりや)のごてごてしてゐる、工場裏(こうぢやううら)の町通(まちどほ)りを步(ある)いてゐる。家々(いへいへ)の窓(まど)は煤(すゝ)でくもり、硝子(がらす)が小(ちひ)さくはめられてゐる。それに日(ひ)ざしが反射(はんしや)して、黑(くろ)くかなしげに光(ひか)つてゐる。

 

     大井町(おほゐまち)!

 

 まづしい人々(ひとびと)の群(むれ)で混雜(こんざつ)する、あの三又(みつまた)の狹(せま)い通(とほ)りは、ふしぎに私(わたし)の空想(くうさう)を呼(よ)び起(おこ)す。みじめな郵便局(いうびんきよく)の前(まへ)には、大(おほ)ぜいの女工(ぢよこう)が群(むら)がつてゐる。どこへ手紙(てがみ)を出(だ)すのだらう。さうして黃色(きいろ)い貯金帳(ちよきんちやう)から、むやみに小錢(こぜに)をひき出(だ)してる。

 

 空(そら)にはいつも煤煙(ばいえん)がある。屋臺(やたい)は屋臺(やたい)の上(うへ)に重(かさ)なり、泥濘(でいねい)のひどい道(みち)を、幌馬車(ほろばしや)の列(れつ)がつながつてゆく。

 

     大井町(おほゐまち)!

 

 鐵道工廠(てっつだうこうしやう)の住宅地域(ぢゆうたくちゐき)! 二階建(かいだ)ての長屋(ながや)の窓(まど)から、工夫(こうふ)のおかみさんが怒鳴(どな)つてゐる。亭主(ていしゆ)は驛(えき)の構内(こうない)に働(はた)らいてゐて、眞黑(まつくろ)の石炭(せきたん)がらを積(つ)みあげてゐる。日(ひ)ぐれになると、そのシヤベルが遠(とほ)くで悲(かな)しく光(ひか)つてみえる。

 長屋(ながや)の硝子窓(がらすまど)に蠅(はえ)がとまつて、いつでもぶむぶむとうなつてゐる。どこかの長屋(ながや)で餓鬼(がき)が泣(な)いてゐる。嬶(かゝあ)が破(やぶ)れるやうに怒鳴(どな)つてるので、亭主(ていしゆ)もかなしい思(おも)ひを感(かん)じてゐる。そのしやつぽを被(かぶ)つた勞働者(らうどうしや)は、やけに石炭(せきたん)を運(はこ)びながら、生活(せいくわつ)の沒落(ぼつらく)を感(かん)じてゐる。どうせ嬶(かゝあ)を叩(たた)き出(だ)して、宿場しゆくば)の女郞(ぢやらう)でもずり込(こ)みたいと思(おも)つてゐる。[やぶちゃん注:「ずりこみたい」はママ。「引きずりこみたい」の脱字であろう。]

 勞働者(らうどうしや)のかなしいシヤペルが、遠(とほ)くの構内(こうない)で光(ひか)つてゐる。

 

 人生(じんせい)はふしぎなもので、無限(むげん)のかなしい思(おも)ひやあこがれにみたされてゐる。人(ひと)は自分(じぶん)の思(おも)ひを自然(しぜん)に映(うつ)して、それぞれの景色(けしき)の中(なか)に居住(きよぢう)してゐる。

 

     大井町(おほゐまち)!

 

 煙突(えんとつ)と工場(こうぢやう)と、さうして勞働者(らうどうしや))の群(むら)がつてゐる、あの賑(にぎ)やかでさびしい街(まち)に、私(わたし)は私(わたし)の住居(ぢうきよ)を見(み)つけた。私(わたし)の泥長靴(どろながぐつ)をひきづりながら、まいにちあの景色(けしき)の中(なk)を步(ある)いてゐた。何(なん)といふ好(よ)い町(まち)だらう。私(わたし)は工場裏(こうばうら)の路次(ろじ)を步いて、とある長屋(ながや)の二階窓(にかいまど)から、鼠(ねづみ)の死骸(しがい)を投(な)げつけられた。意地(いぢ)の惡(わる)い土方(どかた)の嬶(かゝあ)等(など)が、いつせいに窓(まど)から顏(かほ)を突(つ)き出(だ)し、ひひひひひと言(い)つて笑(わら)つた。何(なん)といふうれしい出來事(できごと)でせう。私(わたし)はかういふ人生(じんせい)の風物(ふうぶつ)からどんな哲學(てつがく)でも考(かんが)へうるのだ。

 どうせ私(わたし)のやうな放浪者(ほうらうしや)には、東京中(とうきやうぢう)を探(さが)したつて、大井町(おほゐまち)より好(い)い所(ところ)はありはしない。冬(ふゆ)の日(ひ)の空(そら)に煤煙(ばいえん)! さうして電車(でんしや)を降(お)りた人々(ひとびと)が、みんな煉瓦(れんが)の建物(たてもの)に吸(す)ひこまれて行(ゆ)く。やたら凸凹(でこぼこ)した、狹(せま)くきたない混雜(こんざつ)の町通(まちとほ)り。露次(ろじ)は幌馬車(ほろばしや)でいつもいつぱい。それで私共(わたしども)の家族(かぞく)といへば、いつも貧乏(びんぼう)にくらしてゐるのだ。

 

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