毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 十寸穗貝(マスホカイ) / カムロガイ或いはボサツガイ?
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。右下方を、一部、マスキングした。]
十寸穗貝【「ますほがい」。
「かの子貝」。
「つぼみさくら」とも云ふ。】
◦「十寸穗貝」に三種あり。和哥には、越前国「色の濵」の品を用ゆ。
「六〻貝合和哥」
左三番
「夫木集」 西行
※染るます穗の小貝ひろふとて
色の濵とや言にや有らん
[やぶちゃん字注:「※」は「塩」の「土」を「氵」に代えた字。]
[やぶちゃん注:図では特定出来ない。まず、①異名の「ますほ」であるが、この語はもとは「まそほ」で「眞赭」「眞朱」などの漢字をあて、原義は「顔料や水銀などの原料となる赤い色をした土」を指す上代語であるが、直に、広義の「赤い色」、特に「長い薄(すすき)の穂の赤みを帯びた色」を指した。「かの子貝」も「鹿の子」のそれであり、「つぼみさくら」も「蕾櫻」でほんのりと紅であろう。そこから推すと、この貝、図では、ごく薄く赤みを帯びているに過ぎないが、実際にはかなり有意に赤色或いは黄褐色に偏移した個体変異がある可能性が、その名からは窺えるように思うのである。さらに、②上部個体をよく見ると、殻口の外唇の中央辺りが強く内側にへこんだように描かれているのが判る。これはここの内側部分で歯状襞が強く突出していることを示すのではなかろうか?
さて、この①と②をよく体現している個体を考えてみるに、私は、
腹足綱前鰓亜綱新腹足目アクキガイ超科フトコロガイ科カムロガイ(禿貝)属カムロガイ Sundamitrella impolita
を第一候補としてみた。同種の学名で画像検索をかけると、淡い橙色から、かなり強い赤みを帯びた個体もあることが判ったし、何より、本種が殻口両唇に小歯を持っているのが、よく②の特徴と非常に合致するからである。しかし、図が有意には赤くないという点を重視するならば、この螺層上部のモノクロームのチェック模様は、ビーチ・コーミングで得られた個体画像を見ると、同じフトコロガイ科Columbellidaeの、
フトコロガイ科タモトガイ属ボサツガイ Anachis misera
が図の外見とは非常によく一致するとは言えるように思う。
『越前国「色の濵」』現在の福井県敦賀市色浜(グーグル・マップ・データ)。但し、和歌で言う「ますほ貝」は次注で見る通り、二枚貝もあり、恐らくは『三種』どころではなく、赤身を帯びた二枚貝・巻貝を問わない貝類に汎用されていた可能性がすこぶる高い。なお、実は「三種」というのは梅園の言ではなく、次の注の電子化で判る通り、和歌に添えられた解説なのである。それらをいちいち同定する気は私は、全く、ない。そもそも、実際のビーチ・コーミングさえロクにしたことがない連中の作った歌の貝を同定することぐらい、実は馬鹿々々しものはないとさえ、私は考えているのである。
「六〻貝合和哥」お馴染みの「六々貝合和歌」である。国立国会図書館デジタルコレクションの原本の当該歌はここ。但し、「左三番」ではなく、「右三番」である。
*
右三 ますほ貝 【「ますほ貝」、三種を
見る。越前国、「色
の濱」の「ますほ貝」
を用ゆ。】
「夫木」
しほそむるますほの小貝ひろふとて西行
いろのはまとやいふにや有らん
*
「色の濱」なら、後者の「白黒モノトーンというのは、なし、かな?」っとは思うね。さらに言うとだな、そもそも、この「六々貝合和歌」の「ますほ貝」は、巻貝じゃあ、ないんだよ! 同書の貝合せの左右図の左丁の三つ目の「ますほ貝」を御覽な! 二枚貝なんだ! だから、実は、この歌はこの図には無効なんだ! 僕はね、これは恐らく、紅いサクラガイやベニガイじゃあなかろうかと思うがね。]
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