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2022/03/21

毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 身ナシ貝(イモガイ) / イモガイ超科フデシャジク科Raphitomidae の一種か?

 

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。右下方及び左下方を、一部、マスキングした。なお、この見開きの丁は、右下に、『和田氏藏ノ數品』(すひん)、『九月廿一日、眞写』す、という記載がある。和田氏は不詳だが、前の二丁と同じく、その和田某のコレクションを写生したことが判り、これはそれらと同じく、天保五年、グレゴリオ暦一八三四年五月十一日と考えよい。]

 

Minasigai

 

身なし貝【又、「いも貝」。】

 

「後六々貝合和哥」

     右十三番

    かみ嶌の磯間の浦による貝の

     身はいたつらに成果ぬらん

          髙屋院入道二品(にほん)親王

 

[やぶちゃん注:消去法でゆくしかない。まず、螺塔が尖塔状に突出している形状からして、現在の里芋のような形をしたものが多数を占める「芋貝」=イモガイ(腹足綱新腹足目イモガイ科 Conidae及びイモガイ亜科 Coninae及びイモガイ属 Conus に属する種群)類ではない。

 次の「身ナシ貝」も、生体を採取した際に軟体部が内側にきゅっと強く縮まって、「身がない」ように見える「貝」の総称ではあるが、やはりイモガイの異名としてよく知られるわけだから、やはり名前からは同定に無理がある。寧ろ、そうした性質を持つ種はイモガイ以外にも幾らもいるので、難しい。さらには、梅園は聴き書きで、安易にこの貝を「身ナシ貝」と呼称しているものの、実際に梅園がこの貝を採取し、身が収縮しているところを現認したかどうかは、これ、甚だ怪しいと私は思っている。

 また、生体がそのように見えるかどうかは、生きた貝を親しく採取した人にしか、実は判らないから、私のような人間には、実は、どの生貝がそう見えるかという知識を実はあまり持っていない(専ら死貝のビーチ・コーマーの哀しさである)。

 フライングであるが、キャプションに引く「後六々貝合和哥」(「六々貝合和歌」に同じ)の貝の図を見ると、ここの左ページの左上端であるが、これはまた、見事に正真正銘のイモガイの絵なわけで、図が小さいから、いかんとも言い難いが、まんず、少年の頃に、コレクターから貰って歓喜した、白(実際には淡い紅色)に北条氏の家紋みたような三角形の鱗状斑が不規則に並ぶ黒いイモガイ科イモガイ属クロミナシ Conus bandanus 辺りかなぁ、という気はする。さればこそ、この図の解明には全く役立たない。

 形状だけから見ると、螺塔の高さからは、腹足綱直腹足亜綱新生腹足上目吸腔目新腹足下目アッキガイ上科フデガイ科 Mitridae の仲間のようにも思われるが、彼らはもっと殻口がスマートだから、ちょっと違う。吉良図鑑の図版をぼーっと見ていると、開口部方向の殻の膨らみが大きく、しかも螺塔がゴツゴツしていない感じは、

イモガイ超科フデシャジク科Raphitomidae Daphnella 属セキトリフデシャジク Daphnella nobilis

がそれらしいが、逆に同種では膨らみが関取よろしく、もっと強いようだ。これまでだね。

「後六々貝合和哥」の歌は、ここであるが、

   *

  右十三 身なし貝

かみ嶋の磯まのうらによる貝の高屋院

身はいたつらになりはてぬはた入道二品親王

   *

末尾が違う。梅園の和歌しらずの判読の誤りっぽい。これ、「日文研」の「和歌データベース」で調べると、「夫木和歌抄」の「11401」の、

   *

かみしまの いそまのうらに よるかひの

みはいたつらに なりはてぬはた

   *

である。作者はよく判らんが、道助親王(どうじょしんのう 建久七(一一九六)年~宝治三(一二四九)年)のことか? 後鳥羽院第二皇子。土御門院の異母弟、順徳院の異母兄。入道二品親王。七条院の猶子となり、十一歳で出家、建保二(一二一四)年十一月に第八世仁和寺御室。寛喜三(一二三一)年、御室の地位を弟子の道深法親王に譲り、高野山に隠居。「高野御室」と称された。]

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