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2022/03/23

譚海 卷之四 丹後國天の橋立幷ぶり魚・山邊綿・沙中の古杉・國分寺鬼面等の事

 

○丹後天の橋立は、平地より望めば一帶の松原ばかり也。なれあひの山腹にのぼりて望(のぞむ)時は、天橋の形勢手に取斗(とるばかり)り見えて、絕景言語同斷也。此海にぶりと云魚殊におほし、死なんとするぶりは、皆はし立のきれとの内海(うちうみ)にあつまり入(いり)てしぬる也。夫(それ)をひとつもわたくしに取(とる)事をゆるさず、成相寺(なれはひじ)の僧侶是をはふむり、法會をもうけてとぶらふ事也。京都より福知山へ廿里、福地山より橋立へ六里也、ふくち山邊(やまべ)綿(わた)を產する所也。家ごとに五、六百本づつ年々こしらへあきなふ。其壹本の目形五貫目づつなり。ひでりの年はふくち山の入口のわたよろしからず。おくは眞土(まつち)、入口はすな地なるゆゑ、ひでりには眞土のわた出來よろし。しけの年には沙地水かわきやすきゆゑ、わたの出來よろし。眞土の水かわかざるゆゑ綿くされてよろしからず。又丹後の海邊土中よりみなふるき杉をほり出す、十間廿間の長さなるものあり、國中皆しかり。又國分寺といふに鬼面といふもの有、是は鬼の夫婦の造りたる像なりといへり。

[やぶちゃん注:「なれあひ」成相山(なりあいさん)。京都府北部の丹後半島の南東部、天橋立の北側にある宮津市に属する山。別称「鼓ヶ岳」。標高五百六十九メートル。中腹に西国三十三所第二十八番札所の成相寺(なりあいじ)があり、傘松公園からの天橋立の眺望は、「天橋立股のぞき」で知られる。山麓の府中は、丹後国府の所在地で国分寺もあった。ここ(グーグル・マップ・データ。以下も同じ)。

「きれと」「切れ戶」。ここ

「ぶり」条鰭綱スズキ目スズキ亜目アジ科ブリモドキ亜科ブリ属ブリ Seriola quinqueradiata一般論は私の「大和本草卷之十三 魚之下 鰤(ブリ)」を参照されたいが、そこにも「丹後鰤は、味、美なり」とあるので、私の注を見られたい。さらに私の「日本山海名産図会 第三巻 鰤」も当該地の漁法などについて詳しく述べられているので、必見である。

「ふくち山邊(やまべ)綿(わた)を產する所也」現在の福知山の東方の兵庫県丹波市青垣町小稗 (こびえ) では、特産品として「丹波布」があり、これは木綿と絹糸を織り混ぜ、草木の汁で染めた伝統的な織物である。

「五貫目」十八・七五キログラム。

「眞土」耕作に適した良質の土壌。

「十間」十八・一八メートル。

「國分寺」ここ

「鬼面」京都府立丹後郷土資料館に寄託されて現存する。その面の写真と伝承については、「宮津市役所」公式サイト内のこちらを見られたい。

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