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2022/03/18

ブログ・アクセス1,700,000突破記念 梅崎春生 虚像

 

[やぶちゃん注:昭和二三(一九四八)年六月刊の『人間』別冊・第二輯に発表され、後の同年十二月河出書房刊の作品集「B島風物誌」に所収された。

 底本は「梅崎春生全集」第二巻(昭和五九(一九八四)年六月沖積舎刊)に拠った。最後に私の感想を添えた。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、本未明、1,700,000アクセスを突破した記念として公開する。【2022318日 藪野直史】]

 

   虚  像

 

 硝子窓の暗い反映のなかに、高垣がみとめたのはまぎれもなく幾子の顔であった。

 地下鉄は渋谷の歩廊をはなれて、しばらく曇天の高架(こうか)の上を走りぬけ、そして外光をいきなり断ち切るようにして隧道(トンネル)へすべりこんだ。俄(にわか)ににごった轟音が車体に充満して、背後へ背後へと流れ出した。曇った空を打ち透していた窓硝子が、突然まっくらな隧道(トンネル)の壁面にさえぎられて、ほの暗い不確かな鏡面となり、車内の風景をうすぼんやりと浮び上げた。その風景も車体の動揺につれて、かすかな律動を伝え始めてきた。

 吊皮にかけた腕で額をささえたまま、高垣はなんとなく窓硝子から反映するものを眺めていた。

 正午ごろで乗客はすくなく、吊皮に下っているものは幾人もなかった。だから高垣は硝子のなかに、彼の背後の座席にずらずらとかけている乗客たちの姿を、見るともなく視野に収めていた。窓硝子がかすかな歪みをもっているらしく、それらの顔々はうすくらがりの中で微妙に伸びたりちぢんだりした。それらはひとしく伸び縮む彼の顔の影像の背後に、くらく小さく並んでいる訳(わけ)であった。そのひとつひとつに視線をうつしながら、腕に支えた額のあたりを高垣がはっと堅くしたのも、学生と背広服の男にはさまれた箇所に腰かけているひとりの女の、前むきの小さな姿があったからであった。その女の影像に幾子の顔立ちを瞬間にして見とめたからであった。無意識のうちに腕のかげに顔を寄せながら、高垣はすこし眼を大きくしてその顔に視線をさだめていた。硝子の歪みをわずか顔貌の陰翳(いんえい)にとどめたまま、それは幾子の顔にまぎれもなかった。

 その女は頭をうしろの窓枠に斜めにもたせかけていた。鈍い硝子の反射のなかでは、その眼は閉じられているのか開かれているのか定かでなかった。そのあたりはことさら陰翳をふくんで暗く沈んでいた。高垣が見ているのは、頰のあたりから唇にかけての線であった。その線は白いマフラのなかにくっきりと見えていた。そのいくぶん堅い感じの輪郭が、胸に長いことあたためていた幾子の印象を、その瞬間彼に彷彿(ほうふつ)として浮き出させていたのである。身体の内側がにわかに熱くなってくるのを感じながら、半顔を袖のかげにかくしたまま、彼はしばられたようにそこから眼を離せないでいた。それから意識の一部分をいそがしくある考えが通りぬけた。

(何故おれはこれに乗りこんだとき、腰かけている幾子に気がつかなかったのだろう?)

 この疑問が別の危惧をつぎに漠然と用意しているのを彼はかんじたが、それも形にならないままで胸のなかで散るらしかった。渋谷で発車まぎわのこの車に、彼は何気なく乗りこみ、そして偶然にこの吊皮に摑(つか)まった訳であった。空席を探すためにひとわたり車内に眼は走らせた筈だが、その女の顔をその時彼の視線はとらえないままで過ぎたものらしかった。袖のかげから眼だけを出して、いまにして硝子のなかにとらえたその女の輪郭が、車体とともに微動するのをじっと見詰めながら、彼はそしてしばらく呼吸をとめていた。うすぐらい車内燈からななめに顔をそむけた形で、硝子のなかのその女は足を組んだまま、そのあいだ姿勢を凝固させているように見えた。

(このまま顔を合わさないで、次の駅で電車を降りてしまおうか)

 呼吸をすこしずつはき出しながら、彼はふとそう考えた。そう考えたとき彼の視線のなかで、その女の影像はかすかに身じろいだ。そして組んでいた右脚を床にすべらした。形のいい脚はにぶく光を弾いて、ぴったりとそれに貼りついた絹靴下をありありと彼に感じさせた。ただ上半身をふりむけるだけで、幾子の肉体をもつ形が眼の前に現われるということが、その瞬間はっきりした実感として急に高垣のむねをしめつけてきたのである。そしてその実感は、重量ある粘体にさからうような不快な抵抗で、何故かあらあらしく彼の胸をこすり上げてきた。硝子のなかのその脚を膝からおおうものは、あたたかそうな外套であるらしかった。釦(ぼたん)がいくつかそこに光っていた。襟(えり)のところから白いマフラが顔の部分をかくしていて、顔はやはり斜めに窓にもたれていた。もたれてはいたけれども、身じろいだはずみに窓枠を横にずれたらしく、その顔はすこし変貌したようにその印象を狂わせていた。

(見違えたのか?)

 見違える筈はなかった。硝子の歪みが微妙な屈折をして、影像の顔の形を変えたものらしかった。食い入るように瞳を定めて、彼はそのままじっとしていた。その女の像の眼のあたりは、ずれたはずみで隣の背広服がひろげた新聞紙にかげっていて、もしその眼が見ひらかれているとすれば、感じからしてそれは入口の扉の方を眺めているらしかった。それは先刻彼が乗りこんできた入口であることに高垣は気づいた。

(乗りこむとぎおれが気付かなかったとしても)と彼は吊皮の腕に力を入れながら咄嵯(とっさ)に考えた。(腰かけていた幾子は、入ってくるおれに気が付いたかも知れない!)

 ある屈辱に似たものがその時するどく彼の胸に折れこんできて、彼は吊皮をきしませながらそのままの姿勢で、上半身をすこし硝子窓の方にかたむけた。隧道(トンネル)の壁面を規則ただしく間隔をおいて、小さな壁燈が光の筋になって流れて行った。その光の箭(や)はすべて正しくその女の影像の頰の部分をよぎっては消えた。

 ……十三――十四――十五……

 無意識のうちに読んでいたその数が、その時始めて彼の心に形になっておちてきた。そしてその光の箭の間隔がすこしひろがり始めたと思うと、重苦しい轟音がやや明るく浮いてきて、やがて次の駅が近づいてくるらしかった。次の駅で降りようという気持が急速に迷って行くのを感じながら、しかし彼はも一度なにか確めるように、きらきらした眼を硝子窓に固定した。

(しかしおれはこの女と生きて再会したくなかったのではないか!)

 長いあいだ暗礁(あんしょう)として意識のしたに沈んでいたこの想念が、ことばの形になって突然浮び上ってきた。それと同時に甘美な羞恥をともなった深い悲哀が、その瞬間まざまざと胸を嚙んでくるのを自覚しながら、彼はかすかに身ぶるいをした。この想念をどんなに長い間、形のない願いとして持ちつづけていたのか。それにつながるあらゆる過ぎ去った環境や心情が、実感をもった追憶としていきなりあふれてきて、彼は思わずその女の小さな影像から眼を外(そ)らして瞼を閉じた。それは炎天の下のしろっぽい道や、濡れた水牛の背や、そしてそんな風景にいる自分の追憶であった。そのような期間のどの瞬間から、こんな想念をもち始めたのか。それは彼には判らなかった。復員船が内地に近づきかけた時からのようでもあるし、あるいは宿舎で幾子のあの手紙を受取った瞬間からであるのかも知れなかった。眼を閉じた彼の頭のなかを、いろんなものがばらばらに千切れて通りすぎた。

 車体にこもった轟音が、その時ふいに拡がり散った。瞼をあかるく染めて駅の歩廊が窓外にあらわれるらしく、車体は俄に速度をおとして揺れながら烈しく車輪をきしませた。瞼をひらいた彼の前に、窓硝子から嘘(うそ)のようにもろもろの影像は消え失せ、黄色い歩廊に待つ人々の姿が点々と彼の視野をかすめてきた。

 

 その幾子からの手紙を高垣がうけとったのは、彼が台湾にいる時のことであった。彼はその時分一兵士として、東海岸にある小さな街にいたのである。戦争はすでに末期であった。

 彼はその日公用で遠くへ出かけ、その帰途を近道するために、汽車の鉄橋を半分徒歩で渡りかけた時、敵機の空襲をうけた。彼は単独であった。水の涸(か)れた白い磧(かわら)に、その鉄橋はながながとかかっていた。あぶなく橋げたを踏み渡りながら、聞きなれぬ爆音に空をふり仰いだとき、敵の飛行機はすでに彼の斜め上まで飛来していたのである。それは三機の編隊であった。鉄橋はあぶないな、そのことがすぐ凝然(ぎょうぜん)と頭に来た。身体中がふくれ上るような衝動がつぎにきて、彼は立ちすくんだままちらりと視線を足下におとした。橋梁(きょうりょう)のあわいから白く灼けた磧がべたっと拡がっていた。爆音が彼の耳のなかで急に増大した。腐蝕色の枕木をふまえた自分の軍靴が、彼の眼には妙に小さく遠く見えた。そのくせ尖端の靴墨が白っぽく剝(は)げかかった色合いなどを、彼はその時鮮かに意識に収めていたのである。その極く短い時間の間に、彼は自分の内部のものが急激に腐蝕し、つぎつぎに磨滅して行くのをありありと感知した。荒涼たる孤独感がそして彼を切迫した形でかすめた。皮膚の周囲を泡立つものがまっくろに立ちこめていたけれども、その内部で気持はしだいに異様につめたく鎮(しず)もってきた。微塵(みじん)と収縮してゆく自身と巨大にふくれ上る自身を、同時にはっきり幻覚しながら、彼は確かなつもりで爆音の方向に聴覚をかたむけていた。どれだけの時間が経ったのか判らない。彼の視野に貼りついていた白い磧の上を、輪郭のぼやけた大きな飛行機の影が、突然ふわふわと浮くように三つ近づいてきた。近づいてきたと思うとそれはほんとに、何気ない冷淡さで鉄橋の真下を通りぬけた。(たすかった!)皮膚から熱いものが吹き出るのを感じながら、彼は引ったくるように頭を上げた。三つの尾翼がきらりと光って、その上空で編隊はわずか方向を変えたらしかった。そして爆音は急に衰えて街の方に遠ざかって行った。しばらく経って、機体が見えなくなると、彼はがたがたと慄え出してくる身体をもてあましながら、それでもひょいひょい飛ぶようにして、大急ぎで橋梁(きょうりょう)を走りぬけていた。

 幾子からの手紙をみたのは、その夕方宿舎に戻ってからのことである。彼はそれを受取ると、宿舎の裏手の庭に出て行って封を切った。庭にはたくさん花が咲き乱れていて、白い鶏が三四羽静かにあるいていた。低い土塀によりかかって、彼は一字一字その文章をたどった。読んで行くうちに彼はある亢奮(こうふん)のために頰が蒼ざめてゆくのを感じた。その手紙は恋文であった。それは次のような書き出しで始まっていた。

 先生はもう帰っておいでにならないでしょう。私も生きようとは思っておりません。……

 彼は長いことかかって、その全文を二度読み終えた。そしてそれを丁寧(ていねい)にたたんで内かくしにしまい、顔を蒼くしたまま庭をまっすぐあるいて宿舎に戻って行った。

 その夜寝台のなかで、ある解明の出来ないものが長いこと彼を眠らせなかった。彼はしきりに寝がえりをうちながら、頭の内に弾け散るものをまとめようとあせっていた。しかしそれらはますます千切れてばらばらに乱れるらしかった。幾子から手紙がきたのは、彼が軍隊に入ってから始めてのことであった。移動のたびに彼の方からは通知をだしていたが、その返事は今まで一度もこなかったのである。そして突然このような手紙を、どんな心理的な過程を経て、幾子が書く気持になったのか。それは彼にたいする激しい慕情の手紙であった。しかもその慕情は、この手紙を書く寸前に幾子の胸に燃え上ったものらしかった。そして燃え上ったものを幾子は整理しきれずに、じかに文字にたたきつけたふうであった。だからその文章のなかに表現されているのは、そんな混乱した恋情だけで、幾子の身辺や東京のようすなどは、ほとんど記されてなかった。ただ終尾の二三行で、彼女が今挺身(ていしん)隊員として工場に行っていること、そこが数日前空襲をうけて、逃げおくれた同僚が二人死んだことが書かれてあるだけであった。ただそれだけであった。しかし自分も生きようとは思わぬという書き出しの気持が、そこに確実につながっていることを、彼は文面を読み終えたときにはっきり感じ取った。そして彼はその数行から、灰色に迷彩された工場の建物や、荒掘りの防空壕にうずくまっている人々や、刺すような臭いをもった火災の煙などを、直ぐ瞼のうらに思いうかぺた。そして度をうしなった群集のなかに、必死な眼付をした幾子の顔が、彼にはぎょっとするほど鮮明に浮んできた。この幾子にこれを書かせたものは、ことごとくこの日のショックからきた感傷ではないかと、彼はふと感じたが、それにも拘らず彼の心をはげしくかきたててくるものが、執拗(しつよう)に彼の眠りをさまたげていた。それは彼が行間から嗅(か)ぎとった漠然たる不幸の臭いであった。彼はそのむこうに、その昼の鉄橋での出来事が茫漠とかかっているのを、ぼんやり意識した。しかしそれがこれとどんな関連をもつのか彼には判らなかった。彼はすでに数年間征野をわたりあるいてきた。生命の危険という点から言えば、もっと危ない目になんども逢っていた。敵と数米へだてて対したことも彼の戦歴にはあった。そんな時彼がつねに感じていたのは、しかしあの鉄橋の上で体験したような言いようもなく不安定な脱落感ではなかった。

(先生はもう帰ってはおいでにならないでしょう)

 それが幾子の手紙の書出しであった。この文章をよんだとき、ここ数年間ときどきしか思い浮べなかった幾子の顔や姿が、極めて実感的な形として胸の中に座を占めてきたのである。しかしそれは統一した像として彼の意識に入ってきたものではなかった。ある偏(かたよ)りを持った顔の輪郭や、うす青く冴えた眼のいろや、すらりと伸びた脚の形などから、それはばらばらに組立てられていた。それは最後に見た幾子からちぎれてきた破片のような印象であった。

(しかしこの幾子がどんな気持で、あんな手紙をおれに書いたのだろう?)

 割切ったつもりでいても、この疑問はその夜以来、ときが経つにつれて彼の胸に強くなって行った。あの手紙の便を最後として、内台の交通は杜絶(とぜつ)した。返事をだすことも不可能になって、彼は始めて幾子の存在が、彼の内部にゆるぎないものであったかに気がついていた。気がついた頃から、幾子のばらばらの印激はそれなりに凝結(ぎょうけつ)して、確として彼の心に臨んでくるらしかった。それはすでに彼の心象の一部と化してくるようであった。彼はもはや脱落した何ものかを、それで埋めようとしていたのであったが。……

 地下鉄の窓硝子のなかに見たのは、そのぼんやりした幾子の影像であった。そしてそれはほとんど一瞬であった。学生と背広服の男の間にはさまれて、白いマフラから浮き出た堅い感じの頰の線が、いきなり彼の内部にたもっていた幾子の線とかさなって、瞬間彼の胸をつきあげてきたのだ。

(しかし幾子を最後に見た日から、もう六年も経っているのだ)

 黄色い歩廊を人影がうごいて、エンジンドアの方にあつまってくるのを無意味に眼で追いながら、彼は強いて心をおちつけてそう考えた。六年という歳月が、幾子の顔かたちをもとのままで置く筈がないことを、彼はその時思っていたのである。いきなりふり返って確めたい欲望を、その時なにかが烈しくはばんだ。頰に血の色を上せながら、彼は人影のなくなった歩廊のひとところに視線を据(す)えていた。

 笛が鳴り、扉が乾いたおとをたてて閑じた。硝子窓のそとを歩廊の支柱が後方へうごきだした。やがて轟音が急におもくこもると同時に、歩廊の明るさは断ち切れて、硝子のなかに再びうす暗い世界が突然よみがえってきた。女の小さな姿の影像がふたたび彼の眼を射た。思わず彼が顔をずらすのと一緒に、硝子の凸凹が女の輪郭を微妙に修正した。それはやはり彼が長いこと保ちつづけていた幾子の印象とぴったり重なった。六年の歳月をとびこえて、ぼんやりした暗がりの底に、わかい日の幾子の姿が花のようにあった。

 

 その顔かたちを思い浮べるだけで、胸を切なくしめつけられるようになったのも、あの手紙を受取ってから後のことであった。そして戦局がますます不利になり、生還を断念せねばならぬ破目におちてから、その気持ははっきりした幾子への思慕の形となって行った。ひとすじの郷愁のようにそれは彼の心に食い入っていた。ふたたび相見ることが出来ないという思いが、彼の思慕をますますつのらせて行くらしかった。彼は夕方になると街外れの海岸にでて、荒れ濁った太平洋をながめた。そして時には内かくしからあの手紙を取出して読んだ。

 その手紙を受取った日が、あの鉄橋の上の出来事と偶然かさなっていることが、彼に妙に因果めいたものを感じさせていた。あの鉄橋でのことも、その時だけで気持が終ってしまわずに、日が経つにつれてなにか傷痕めいたものを彼の内部に深めて行くようであった。もはや祖国に帰れないという思いも、ここから発しているのかも知れなかった。そしてそれゆえの幾子への思慕も、純粋に彼のなかで結晶するらしかった。そこで結晶した幾子の幻像は、現実に肉体をそなえた幾子が眼の前にあらわれたより、もっと鮮烈な形を彼に与えていた。その持続した感情のなかで、彼はときに昔から幾子を愛していたのではないかという錯覚におちた。それは錯覚でないのかも知れなかった。それは錯覚であったにしろ、ある迫真力をもってそのときどきの彼にせまってきた。実際の記憶のなかでは、あの手紙を受取る以前は、極(ご)くまれにしか幾子のことを思い出さなかったのだけれども。幾子と相知った数箇月の記憶は、その日を起点として彼の中であざやかに再生され始めていた。

 ――その数箇月の期間、彼はただ幾子の家庭教師であるにすぎなかった。幾子が手紙のなかで先生と書いたのは、この関係のためであった。

 幾子は伯父の家に住んでいて、医者の学校をうける試験の準備をしていた。彼は週に三回この家をおとずれて、その勉強をみてやるだけであった。その頃幾子は、女学校を出たばかりで、無口な娘であった。性質は素直だとおもったが、どこか暗い陰翳(いんえい)をおびているのも、幾子が孤児であるせいかも知れなかった。その事実も、幾子の口から聞いたわけではなかった。どこからそれを知ったのか、彼の記憶から嘘のように消え果てていた。幾子の寄食先の伯父の口から聞いたのかも知れなかったが、あるいは幾子にただよう暗さから、彼がそんな想念をつくり上げたのかも知れなかった。そして彼等はただ、教えられるものと教えるものの関係だけに過ぎなかった。何故医者の学校に受験したいのか、彼は聞きもしなかったし、幾子もそれについては何とも言わなかった。それは既定の事実としてそこにあった。召集令状がきて、彼はどんな気持であったのか。その頃手に入り難くなっていた絹靴下を一足買い求め、幾子の家に最後の授業へ出かけて行った。

 平常通り授業がすむと、彼は召集がきたからもう来れないことを幾子に告げた。幾子は硬い感じのする頰をふと上げて彼を見詰めたが、しばらくしてかすかにうなずくような形をしただけであった。そして彼は黙ってポケットから靴下の包みを出して幾子にわたした。

 幾子がつけているのは、それまで何時も黒い女学生用の靴下であった。靴下だけでなく服装全体が田舎じみていて、幾子はこの方面になんの嗜慾(しよく)ももっていない風に見えた。幾子を暗く貧しく見せるのは、ひとつにはこのせいもあった。彼が絹靴下を贈る気になったのも、幾子のなかにひとつの明るさを点じたい気持からであったのかも知れなかった。しかしその気持が、自分の胸のなかでどんな位置をしめているのか。彼はその時はっきり摑(つか)みかねていた。

 生きて還ることを絶望し始めた頃から、彼に鮮かにせまってきたのは、この絹靴下をつけた幾子の脚の記憶であった。幾子はその場で彼の求めに応じて、黒靴下をそれにつけかえたのであった。新しい絹靴下をつけた形の良い幾子の脚を、彼はその時長い間だまって眺めていた。その彼を幾子は、仄青(ほのあお)く冴えた瞳でじっと見おろしていた。その脚にちょっと触れてみたい欲望をのみこみながら、彼にはその時、やっと自分が戦争に行くのだという実感が胸に来た。

 この日のことを、しかしそれから彼は長いこと忘れ果てていた。

 台湾が孤島として遮断(しゃだん)され、戦局の緊迫が彼の気持をあらあらしく乱してくるにしたがって、ふと浮んだこの日の記憶は、ますます強く彼の胸によみがえるようであった。長いあいだ意識に上せなかったにも拘らず、その日のことは細部まで歴々と彼の記憶にもどってくるらしかった。長い間思い出さなかったということも、彼が無意識のうちにそれを心の外に押し出そうと努力していたせいかも知れなかった。そう考えると幾子への思慕が、昼の炎のように静かに燃え上ってくるのを、彼は切なく意識した。あの鉄橋の上から始まったするどい空白感と併行して、それは日が経(た)つにつれて彼の内部に強烈なものとなって行った。

 そして夏のある日、突然戦争は終った。

 

 窓硝子にあおぐらい風景を沈めたまま、電車は轟々と鳴りひびきながら、やがて次の駅が近づいてくるらしかった。背後へ背後へ流れ夫る轟音のなかで、彼の想いも不協和音となって流れ去るようであった。ただ彼にわずか固定しているものは、眼の前の窓硝子から暗くてり返す幾子の姿だけであった。はっきりとらえようとすれば直ぐにぼやけてしまう、その不確かな虚像であった。

(何故おれはこの女と生きて再会したくなかったのだろう?)

 硝子のなかに眼を定めながら、も一度彼はそう考えた。硝子のなかで幾子の姿は、先刻と同じ姿勢であおぐらく沈んでいた。白いマフラとやわらかそうな外套(がいとう)が、車体の震動とともに微かにゆれていた。

(――幾子への思慕はおれにとって何であったのか?)

 生きて還れるとわかった日から、そのおもいは彼の内部に生れたらしかった。生きて故山に戻れるという現世的なよろこびが、その日々をあわただしくしていたが、そのあいだに彼の胸で、幾子の座標は大きくずれてしまったようであった。自分につながる現実の一角に、成熟した幾子がいるということが、はじめて彼に来た。それまで幾子はそんな形では彼に感じられなかったのである。それは彼になにかにがさのようなものを含んでくるので、その思いが浮ぶたびに彼はそこから逃れようとした。しかしその努力も、彼にはっきり意識されたものではなかった。胸の中でつくり上げていた幾子の印画が、再び逢えるかも知れぬ現実の幾子の予想と、うまく重なり合わぬことが、彼の意識下のある部分をしきりにかき立てていたらしかった。あの切迫した日々を辛うじて支えていたものが、すでに現実の感触を喪失した思慕であり、その思慕が凝結した幾子の静止した幻像にすぎなかったことを、彼はいまはっきりと意識した。生命を刻む時間の流れのなかで、死んだ時間のなかの幾子を、何故彼は胸にあたためようとしていたのだろう。それはもはや幾子への慕情ではなかった。自らの生命への哀惜に他ならなかった。鉄橋の上での感情も、ふかいところでそこに結びついているらしかった。

(いまこの窓硝子のなかに揺れている幾子は、おれにとって何だろう?)

 生きている幾子の姿を見逃して、窓硝子のなかに幾子を見出したというのも、あるいは硝子自体がもつ微妙な歪みのゆえにちがいなかった。しかしそのような歪みをあいだに隔てねば、もはや幾子を感じることが出来なかったことを思ったとき、歳月のいやらしい重量感がいきなり彼の現在にもたれこんできて、彼は思わず幽(かす)かな声をたててうめいた。硝子窓のなかに彼が見たのは、彼自身の古くあおざめた感興にすぎなかった。それと同時にある疑問が、にぶい戦慄をともなって彼を走りぬけた。

(幾子にしても今、それを感じているのではないか?)

 硝子のなかに彼が幾子を見たように、幾子も硝子のなかに彼を見ているにちがいなかった。一方だけが相手をとらえることはあり得なかった。そうすれば彼の顔も歪みをのせて、幾子の視線にとらえられていたのかも知れなかった。影像の幾子は頭を窓枠にもたせかけて、顔を斜めにそらしていた。眼のあたりは暗くかげっていて、あるいは瞼を閉じているのかも知れなかった。ただ頰の線だけが、稚(おさ)ない幾子の輪郭をのせて、灰色にうき上っていた。彼がこの車に乗りこんできたとき、幾子が彼の姿をみとめなかったとは断言できない。そして窓硝子のなかの彼の顔をも。彼の顔もひとしくあおざめて、すこし歪んだまま映っていたに違いなかった。

(――あんな手紙を、幾子はどうして書く気になったのだろう?)

 彼は瞬間その手紙のことを思い出していた。あの手紙を彼は長いこと持ち廻った揚句、復員してきて、内かくしに入れたままその服を売り飛ばしたのであった。うっかりしてやったことであるけれども、後で惜しい気持は強くは起らなかった。そしてそのまま彼の記憶に色褪(あ)せてゆくようであった。文章の節々も今はほとんどうすれかかっていた。ただそれを始めて読んだときの感動が、彼の胸に形だけを止めているに過ぎなかった。しかし東京の土を踏んで焼野原を眺めたときよりも、幾子の手紙で空襲の短い文章を見たときの方が、ずっと心をえぐられたことを彼は今思い起していた。あの手紙が彼に伝えてきた無形のものは何であったのだろう。

(幾子はおれに、あの手紙一本しか出さなかったに違いない)

 音の流れを乱しながら、車体はすこし傾き揺れた。そして次の駅への直線路に入ったらしかった。暗い隧道(トンネル)の壁面にかすかな明りがただよいはじめ、すこしずつ光を増してゆく気配であった。窓硝子のなかの世界は白っぽく薄れはじめた。彼は吊皮にかけた腕をぎゅっと堅くした。その白っぽい風景のなかで、女の外套がふいに動いて、幾子は急に立ち上るらしかった。瞳をそこに定めようとしたとたん、風景は吸いこまれるように消えて行って、その代りに窓いっぱいを突然歩廊の明りがぎらぎらと拡がった。車輪はきしみながら、速度をぐっと落した。

(――ここで降りるのか?)

 全神経を背中にあつめ、彼はじっと身体を硬くしていた。彼の背後をすりぬけるようにして、動くものの気配があった。軟かくかすかに触れて、香料のにおいがほのかに流れた。歩廊の風物が窓の外でゆるゆると停りかかる。電車の床板を踏んで遠ざかるものの気配が、鋲(びょう)を打つように彼の背中にはっきり感じられた。エンジンドアが乾いた音をたててひらいた。そこを出てゆく白いマフラのいろを、彼は視野の端でちらとみとめた。そしてそれは直ぐに消えた。

 混凝土(コンクリート)の歩廊の座をあつめて、小さなつむじ風が起きていた。それは巻きながら少しずつ移動して行った。幾子は歩廊をまっすぐむこうの方に歩いて行ったらしかった。その跫音(あしおと)が、聞える筈はないのに、彼の耳に感じられるような気がした。その感じが遠ざかって消えてしまうまで、彼は暫(しばら)くつむじ風のなかの座の奇妙な動きを眺めていた。

 

[やぶちゃん注:思うに、本篇は作中に一切の直接話法が出現しない点で梅崎春生の小説中でも特異点の作品と言える。敢えて言うなら、肉声が聴こえてくるのは、「彼は召集がきたからもう来れないことを幾子に告げた。」という回想のシークエンスだけであり、それも一種の要約式の間接話法でしかない。後は――高垣の心内語と――幾子の手紙の文面のみで語られ、しかも全体は、僅かに小一時間足らずのトンネルばかりの地下鉄の中だけの実ロケーションの人声(ひとごえ)の皆無なもの、なのである。而して私は、今回、電子化しながら再読した際、

――隧道(トンネル)

――駅の歩廊(プラットホーム)

――幾子のマフラー(襟巻)

――肉声が発せられない車両の中の短時間のシークエンス

という設定から、

――これは――芥川龍之介の佳品「蜜柑」の構造を遠く借りて――幽かに――ブルージ―に――インスパイアした作品ではなかろうか?――

と、今は、感じているのである。リンク先は私のサイト版の最古層の電子テクストである。

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