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2022/03/07

狗張子卷之五 掃部新五郞遁世捨身

 

[やぶちゃん注:挿絵は今回も底本(昭和二(一九二七)年刊日本名著全集刊行會編「同全集第一期「江戶文藝之部」第十巻の「怪談名作集」)のものをトリミングしたものを、以下に挿入した。]

 

Tokunojyousingorou

 

   ○掃部(はつとり)新五郞遁世捨身(とんせいしやしん)

 上杉憲政の家人(けにん)掃部新五郞は、手、よく書(かき)て、歌の道をこのみ、情ふかき武士(ものゝふ)なり。

 色このむとはなしに、

『わが心に、かなふ人、あらば、かたらひ契りて、後の世までも思ひはなれぬ心ざしをとげばや。』

と思ひわたり、さだまれる妻も、なし。

 かくて年月を送るあひだに、久我(こが)の住人、名草德太夫(なぐさのとく《たいふ》)とて、物ごと、やさがたなるものあり。

 その子德之丞は生年(しやうねん)十四歲、田舍人(いなかひと)の子といひながら、眉目(みめ)うつくしく、そだちあがり、心ざま、優(ゆう)に、立ふるまひ、いやしからず。

 新五郞、これを見そめて、かぎりなく緣をもとめて、近づき、手ならひ指南、疎(うと)からず、四書五經までも、退屈なく、をしへ侍べりしかば、父德太夫も、

『祕藏の客。』

と思ひて、内外(うちと)なく隔てぬにこそ、侍りける。

 とかくせしほどに、たがひに思ひしみて、

「德之丞。」

「新五郞。」

と、わりなく、かたらひけり。

 歌の道までも、心ゆくばかりに、よみなし、心ざしをつらねて、月日を經(ふ)るまゝに、彌生(やよひ)の比(ころ)にや、家の軒(のき)ばに、忍(しのぶ)といふ草の生ひ出《いで》たるを見て、新五郞、かくぞよみける。

  ことの葉に出てはいはじ軒におふる

       忍ぶ斗(ばかり)は草の名もうし

德之丞、はやく、思ひあたりて、

  我もかく人も忍びていはぬまの

       つもる月日をなどかこつらん

  ことの葉の末の松山いかならん

        波のしたにも我は賴まん

 とほく、かたらひ、ふかく、契りて、德之丞すでに十七歲、卯月の初めつがたより、何となく煩らひ出し、さまざま、療治をいたせしかども、露ばかりも、驗(しるし)なし。

 新五郞も、身をもみて、種々(じゆじゆ)、養性(やうじやう)をくはへ、藥を用ゐるのみならず、神佛に願(ぐわん)だてし、祈りをかくれども、つひに、そのしるしなく、今ははや、此世の賴(たのみ)もきれはてつゝ、時待《ときまち》するより、外《ほか》なし。

 親一族、手をにぎり、

『いかゝせん。』

とも、思ひよる方も、おぼえず。

 かゝる所に、德之丞、

「むく」

と、おきあがり、くるしげなる中に、新五郞が手をとりて、

  すゑのつゆ淺茅(あさぢ)がもとを思ひやる

       我身ひとつの秋の村雨《むらさめ》

と、いふか、と、すれば、息、はや、絕えにけり。

 新五郞は、かなしく、あはれに、心まどひ、

「おなじ、道に。」

と、歎きけれども、甲斐なく、野べの送りをいとなみ、苔のした、塚のあるじとなし、塚の前にて、髻(もとゞり)をきり、宿(やど)にも歸らず、すぐに遁世して、

  のがれてもしばし命のつれなくば

     戀しかるべきけふの暮かな

と、よみて、足にまかせて出にけり。

 西國のかたにおもむき、聞及《ききおよ》びたる靈佛・靈社、殘りなくおがみめぐり、やうやう、年もあらたまり、卯月(うづき)のすゑつがた、故鄕(こきやう)に立歸《たちかへ》り、人しれず、德之丞が塚に行《ゆき》てみるに、草、茫ゝとして、露のみ瀼々(じやうじやう)たり[やぶちゃん注:露が濃やかなさま。]。

 あはれ、昔に成《なり》はて、おもかげは、わすられず、淚ながら、念佛する所に、塚のむかひに、德之丞が姿、あらはれて、影のごとく、せうせうとして立《たち》たり。

 新五郞入道、

「あれは、それか。」

と、近くよるに、かきけすやうに、うせたり。

 心をしずめ、經をよみて、跡、よく、とぶらひ、なくなく、又、立ちかへり、東國のかたに行《ゆき》けるを、世の中、靜かならず、行《ゆく》さき、おぼえしかば、

「今は。ながらへても、何にかせん。」

と、思ひうむじて、

  露の身のおき所こそなかりけれ

      野にも山にも秋風ぞふく

と、書《かき》て、松の枝にむすびつけて、「あなしの池」に、身をなげて、死にけるこそ、あはれなれ。

 まのあたり、しる人ありて、かばねを水よりとりあげ、德之丞が塚の前に、ともに、土中(どちう)に埋みしとかや。

 

[やぶちゃん注:二連投の若衆道である。これはまた、前にも比しても私は、より清しくて好きだ。所謂、肉体的な同性愛が遮蔽されてあり、しかも師弟愛がそれを包んでいるからでもある。因みに、短歌は前回と同じ理由で、江本裕氏の論文「『狗張子』注釈(四)」(『大妻女子大学紀要』一九九九年三月発行・「大妻女子大学学術情報リポジトリ」のこちらから同題論文の総て((一)~(五))がダウン・ロード可能)を参照されたい。なお、「伽婢子」では、盛んに岩波の「新日本古典文学大系」版脚注から引用・検証していたのに、ここでは、この仕儀に至ったかについて、今一つの理由を挙げると、江本氏の論文は私の理想とする学問のユビキタスであり、無償で総てを誰もが読めるように公開されておられる以上、原論文にちゃんと当たるのが礼儀であると考えるからである。対する「新日本古典文学大系」版は、私が対価を自費で払って入手したものだからである。

「掃部(はつとり)新五郞」不詳。

「上杉憲政」(大永三(一五二三)年~天正七(一五七九)年)は戦国時代の武将で関東管領。「伽婢子卷之七 廉直頭人死司官職」の同人の私の注を参照されたい。

「久我(こが)」リンク先の事績を見て戴くと判る通り、これは古河(こが)公方の本拠地であった下総国の古河、現在の茨城県古河市(グーグル・マップ・データ。以下同じ)である。後で「西國のかたにおもむき」とも附合する。

「名草德太夫」不詳。

「德之丞」不詳。

「あなしの池」江本氏の注に、『武蔵国児玉郡阿那志村(現埼玉県児玉郡美里町阿那志)にあった池か。阿那志は阿奈志・穴師とも記す。(『日本歴史地名大系⑪埼玉県の地名』)。「阿那志村は阿那志郷の本郷にて若泉庄に属せり。……永禄頃の文書にあなしと載せ、……天正十七年極月廿二日、是も北条氏邦より香下弾左衛門へ出せし知行方の文書にも、五百貫文あなしの内山田屋鋪と記せり。」(『新編武蔵風土記稿』巻之二百四十)。』とある。現代思潮社版の神郡周氏の注では、『古来の鋳鉄などの産地であろう』とあり、名が腑に落ちた。埼玉県児玉郡美里町(みさとまち)阿那志(あなし)はここで、拡大すると、「阿那志の蓮池」がある。新五郎が捨身するに相応しい池ではないか! なお、仏教は実際には自殺を積極的には禁じてはいない。]

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