岸田森と一晩語り合う夢
昨夜、私は、今は亡き名怪優にして私の愛する岸田森と、山の中のホテルで、見知らぬ湖畔を見渡しながら、ずっと、一晩中、語り合う夢を見た。未明に目覚めた時、目覚めたくなかった。覚醒した頭でその夢の内容を確認し、ブログに書こうと思っていた。素敵な笑顔で彼は静かに語って呉れたのだ。しかし、結局、起きて、飴のように延びた青褪めた日常を始めた途端に、『それを書くのは惜しい』と私は思った。それと同時に――その懐かしい思い出は、そのまま脳の底に隠された――のであった。
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昨夜、私は、今は亡き名怪優にして私の愛する岸田森と、山の中のホテルで、見知らぬ湖畔を見渡しながら、ずっと、一晩中、語り合う夢を見た。それはいろいろな映画の話から始まった…………未明に目覚めた時、目覚めたくなかった。覚醒した頭でその夢の内容を確認し、ブログに書こうと思っていた。素敵な笑顔で彼は静かに語って呉れたのだ。しかし、結局、起きて、飴のように延びた青褪めた日常を始めた途端、
『それを書くのは惜しい!』
と私は思ったのだ。それと同時に――その懐かしい思い出は――そのまま私の脳の底に――永遠に隠された――のであった。そもそもが、感動した夢は、実は――人に語りたくはないことを本質とするもの――なのであろう。
私は一九七〇年代の終りに、さる評論家が新聞の文芸欄で、
――現代文学は最早、書くべき対象を失ってしまって、感覚的生理的な皮相をスキャンダラスに描写するばかりで、真の面白さを完全に失ってしまっている。そうした痙攣状態に風穴を空けるとすれば、それは最早、我々が眠りの中で見る夢を記述する以外にはないのではないか?――
ということを書いていたのを思い出す。
私が夢記述を始めたのは、それ以来である。
しかし、最近は面白い夢は――殊更に――未明に反芻した上で――敢えて書かないようにしている。
まあ、それで、よいのだろう。…………
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