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2022/03/27

萩原朔太郎詩集「宿命」の「散文詩について」の草稿(部分) / 萩原朔太郎の生前の全詩集所収の詩篇の現存草稿詩篇の電子化不全部補填~了

 

[やぶちゃん注:筑摩版「萩原朔太郞全集」第二巻の『草稿詩篇「宿命」』には末尾には、草稿として『散文詩について』『(本篇原稿一種七枚)』として以下の無題の一篇をのみを掲げてあり、途中で途切れた最後に編者注で、『以下、草稿なし。また『宿命』には詩篇の草稿が殘っていない。』とある。決定稿が長く、私の電子化では、『萩原朔太郎詩集「宿命」「散文詩」パート(「自註」附) 正規表現版 始動 /「附錄(散文詩自註)」・「散文詩について 序に代へて」・散文詩「ああ固い氷を破つて」』の複数の文章の間にに含まれてしまっていることから、比較し易くするために、独立に電子化した。これを以って、同全集の萩原朔太郎の生前の詩集群の現存草稿詩篇の電子化の補填を終了した。誤字・歴史的仮名遣などは総てママである。比較的それが少ないので、五月蠅くはないだろうと判断し、ママ注記を入れた。] 

 

  

 散文詩といふのは、どんな文學をいふのだらう。單に「散文で書いた詩的な文學」といふ意味なら、日本にも昔から散文詩が澤山ある。たとへば枕草淸少納言の枕草紙、兼好法師の從然草[やぶちゃん注:ママ。]など、外にも外にもまだこの種の文學が澤山ある。しかし日本では、かうした文學を「隨筆」と呼んでる。び、散文詩といふ名で呼んで居ない。散文詩といふ名は、抒情詩、敍事詩、エツセイなどと共に、西洋から舶來した文學の名前である。そこでこの文學の内容にも、日本の傳統的な隨筆散文詩、卽ち隨筆とちがふところが無ければならない。

 西洋で言はれる散文詩とは、ツルゲネフの散文詩集や、ボードレエルの巴里の憂鬱や「巴里の憂鬱」やを指すのである。ところで此等の文學は、本質に何かの哲學的思辨(卽ち思想)を持つてることで、日本の所謂隨筆や美文の類とちがふのである。日本の詩的隨筆や美文の類は、たいてい四季の推侈[やぶちゃん注:ママ。]による自然を書き、或は日記體の身邊記事を敍するのみで、哲學的な思辨や人生觀を書いて居ない。丁度そして此所が、西洋の所謂「散文詩」と、日本の詩文的隨筆との相違である。だから

 そこで「散文詩」と「隨筆」との區別は、つまり言つて「エツセイ」と「隨筆」との區別に歸結するわけになる。西洋の散文詩といふのは、文學上の系統から見て、正(まさ)しくエツセイに屬するものの一種に屬するもので、詳しく言へば、より純粹の詩に近くに詩とエツセイとの中間にある文學を指すのである。學。エツセイよりは今少し情味深くイマヂスチツクで、今少し形態に上にも今少し詩に近く顏文的な文學を言ふのである。

 日本の詩壇の一不思議は、早くから古く散文詩といふ名前が有り、しかもその實體する文學が、かつてどこにも存在しなかつたことである。日本で散文詩と言はれたものは、單に形態の上での散文詩であつて、文學の内容上では、依然として昔ながらの隨筆だつた。ただ古代昔のそれとちがつてるのは、蛙や鶯の居る花鳥風月の自然の代りに、汽車や汽船の走る近代都市風景を對象とし、素材の上でのみ洋館らしく、ペンキを塗り換え[やぶちゃん注:ママ。]たに過ぎなかつた。

 私自身の自慢をすれば、私は「新しき欲情」の二十年も昔からして、日本で洋風の散文詩を書いた一人者だつた。卽ち□□舊著卸卽ち舊著「新しき欲情」「虛妄の正義」「絕望の逃走」等に、アフオリズムの名で編入した多くの文學がそれであつた。勿論此等の書物中には、詩といふべくあまりにエツセイ的思辨に過ぎるくもの文章も多くの多分にあつた。しかしそれを除いた殘部は、ツルゲネフのそれや「巴里の憂鬱」を散文詩と名づける意味で、正(まさ)しく散文詩と言はるべき文學だつた。

[やぶちゃん注:アフォリズム集はそれぞれ「新しき欲情」が大正一一(一九二二)年四月アルス刊、「虛妄の正義」が昭和四(一九二九)年十月第一書房、「絕望の逃走」が昭和一〇(一九三五)年第一書房刊である。因みに、本詩集「宿命」は昭和一四(一九三九)年創元社刊で、萩原朔太郎はこの詩集刊行の五年後の昭和一七(一九四二)年五月十一日に急性肺炎で亡くなっている。なお、詩集「宿命」は、「新しき欲情」からは、「ああ固い氷を破つて」から「船室から」に至る二十四篇が、「虛妄の正義」からは、「田舍の時計」から「初夏の歌」に至る二十七篇が、「絕望の逃走」からは、「女のいぢらしさ」から「戰場での幻想」に至る十六篇が再録されている。残る「蟲」以下の「虛無の歌」・「貸家札」・「この手に限るよ」・「臥床の中で」・「物みなは歲日と共に亡び行く」の六篇のみが、先行する単行本には載っていない。それぞれを各個的に読まれたい向きには、私のカテゴリ「萩原朔太郎Ⅱ」がよい。]

 私の〈過去〉詩壇生活に於ける過去の長い寂寥さは、かうした私の多くの詩作を作品を、詩壇が全く默殺したのみでなく、詩壇が一人も詩壇が詩文學として認めてくれず、一の批評もなく紹介もなく、門外文學として冷談に默殺され續けて來たことであつた。今日の日本の文壇。あまりに卑俗的、傳統的な日本の文壇が、僕等の文學を理解しないのは當然であり、その點では早く斷念(あきら)めて居たのであるが、自分の同じ仲間である詩人たち等から、かくも冷淡によそよそしく、文學圈外の白眼視を以て見られ□□とは、著者としての私自身が、全く豫想しないことであつた。しかもその詩壇は、「月に吠える」や「靑猫」等の抒情詩に對し、好惡共に大きな關心を示してくれた。この國の詩人と詩壇は、私が少しく思想的なポエヂイを見せない限り、私を同じ仲間の國民一族として認めてくれる。そして少しく私がそれを語れば、すぐに外ツぽを向いて白々しくなり、私を詩壇以外のエトランゼ[やぶちゃん注:フランス語“étranger”。エトランジェ。「異邦人」・「見知らぬ人」の意。]にしてしまふのである。日本に於ける二十數年の詩壇生活は、私にとつて孤獨な寂寥感に耐え[やぶちゃん注:ママ。]なかつた。今にして漸く私の知つたことは、日本の新しい詩壇と稱するものも、實には傳統の俳句や隨筆文學の系統であり、花鳥風月の抒情詩情以外、何の西洋近代的なポエヂイも無いといふことだつた。

 私の深い嘆息と寂寥感は、しかしながら何時も讀者によつて慰められた。私はそれらの讀者が、日本のどんな社會に住んで居るのか全く知らない。しかしながとにかく、私の書物は奇妙に賣れ、不思議に版を重ねて行き渡つて居る。詩壇も、文壇も、すべて私の著書を沈默し、一の批評らしい批評さヘ書かれないのに、讀者はどこかで私を見付け、熱心に讀み續けてくれるのである。私が今日まで長い間、孤獨に散文詩のアフオリズムを書き續けたのは、全くその未知の多數者の爲であつた。でなければどんな狂者も、反響のない山上の獨語を長く續け得ない。

 そこでこの書を出版したのは、一には主として此等の讀者に報ゐる[やぶちゃん注:ママ。]ための、私のささやかな謝恩でもある。多くの熱心な讀者は、しばしば私に手紙を送つて、過去に出版したアフオリズムやエツセイ集から、散文詩として愛𠳀[やぶちゃん注:ママ。底本編者は「誦」の誤字とする。]する章片だけを拔粹し、特にそれだ一册の本にしてまとめて欲しいと注文してくる。著者である私自身もまた、久しくそのことを思ひ考へて居た。その上にまた一つは、從來無記名で書いてた私の散文の詩も散文詩文學に、改めて「詩」といふ記名のレツテルを貼り付け、詩壇に贈りたいといふ意味もあつた。元來私は、文學にレツテルを貼ることが嫌ひである。本來詩の特に行わけ散文の似而非詩などが、詩自ら詩自ら自由詩のレツテルを貼ることによつて、水を酒の標裝[やぶちゃん注:編者は『表裝』の誤字とするが、どうか? 萩原朔太郎は「水」を「酒」の商「標」で騙し「裝」うの意で用いているとなら、これでよかろう。]でごまかすことなど、禺昧[やぶちゃん注:ママ。「愚昧」。]以上に卑劣でさへある。眞に詩文學としての本質要素を具へたものなら、自ら「詩」といふレツテルなど貼らなくとも、或は橫書きにしようと竪書きにしようと、必ず讀者に本質的な上の詩的感銘をあたへる筈にちがひないのだ。しかし今の日本詩壇常識は、詩と散文の區別を行わけ書式によつて判定したり、何でもない似而非の物が、自稱して詩と呼ぶことで詩と目され、その反對の眞實の詩が、自ら詩と稱さないことによつて、詩壇以外の壇の批判圈外に見捨てられてるやうな有樣である。私が自ら好まないレツテルを貼りこの、この書を「散文詩集」と題して世に贈るのも、まことに止むを得ない事情なのである。

 

 この書の内容は、前に書いた舊著「新しき欲情」「虛妄の正義」及び「絕望の逃走」の中から、特に詩としての純粹性を多分に持つもの。卽ち情味の深くイマヂスチツクな章を選んで拔粹した。もとより散文詩と題する[やぶちゃん注:ここで草稿は断ち切れている。]

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