筑摩書房「萩原朔太郞全集」(初版)「散文詩・詩的散文」初出形 正規表現版 秋日歸鄕
[やぶちゃん注:先に注しておくと、本篇はかなり長い。大正三(一九一四)年十二月号『詩歌』に発表されたものである。太字は底本では傍点「ヽ」。]
秋日歸鄕
―妹にあたふる言葉―
秋は鉛筆削のうららかな旋回に暮れてゆく。いたいけな女心はするどくした炭素の心(しん)の觸覺に、つめたいくちびるの觸覺にも淚をながす。
しみじみと淚をながす。とき子よ、君さへ靑い洋紙のうへに魚を泳がしむるの秋だ。眞に秋だ。[やぶちゃん注:萩原朔太郎の妹は「ワカ」「ユキ」「み弥」「アイ」で、「とき」或いは「とき子」という名の妹はいない。或いは彼らの内の愛称か。それとも「鋭き子」という意味か。なお、本篇の最終行の私の注も参照されたい。]
ああ、春夏とほくすぎて兄は放縱無賴、酒狂して街にあざわらはれ、おんあい至上のおんちちははに裏切り、その財寶(たから)を盜むものである。
おん身がにくしんの兄はあまりに憔悴し、疾患し、酒亂のあしたに菊を摘まむとして敬虔無上の淚せきあへぬ痴漢である。
また兇盜である、聖者である。妹よ、兄の肉身は曾て一度も汝の額に觸れたことはない。
見よ、兄の手は何故にかくもかくも淸らに傷ましげに光つて居るのか、
この手は菊を摘むの手だ、
この手は怖るべき感電性疾患の手だ、
また凉しくも洋銀の柄にはしり、銀の FORK をしてしなやかに皿の魚を舞ましむる風月賀宴の手だ。[やぶちゃん注:「舞ましむる」はママ。]
兄は合掌する。
兄は接吻する。
兄は淫慾のゆふべより飛散し散亂し、しかも哀しき肉身交歡の形見をだにもとめない頽癈德者だ。[やぶちゃん注:「癈」は「廢」の異体字。]
おん身の兄はおん身を愛することによりて、おん身に一ダースの鉛筆と一(ひと)かけの半襟を買ふことにすら、尙かぎりなき愛惜の淚を、われとわれの眞實至聖の詩篇に流さんとする者である。
兄は東京駒込追分の坂路に夕日を浴びて汝に水桃を捧げんとする。[やぶちゃん注:「駒込追分」当時の駒込追分町(こまごめおいわけちょう)のこと。現在の文京区向丘一・二丁目相当。ここ(グーグル・マップ・データ。東北で二丁目に接する)。萩原朔太郎は本詩を発表する二ヶ月足らず前の大正三(一九一四)年十月十日前橋から上京し、この東北方直近の千駄木の荻谷方へ十二日間下宿し、白秋を訪ねたりしている。]
想ふ、かつて内國勸業博覽會の建物は紙製の樓塔に似た一廓をなし、飛行機のプロベラその上に鳴る。[やぶちゃん注:「内國勸業博覽會」『萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第三(『月に吠える』時代)」 銀座の菊 / 附・草稿』の私の「觀工場(ばざあ)」の注を参照されたい。「プロベラ」はママ。]
兄は哀しくなる、妹よ、都にあれば、しんに兄は哀しくなる。
すべては過去である、そして現在である。
遠けれは遠いほど、兄の眞實は深くなり、兄の感傷はたかぶる。[やぶちゃん注:「遠けれは」はママ。]
妹よ、
黎明に起きて兄の生きた墓前に詣でゝくれ。み寺に行く路は遠くとも、必ずともに素足にて踄足(かち)まうでかし。なんぢの白いあなうらもつめたい土壤と接觸するときに、兄の戀魚はまあたらしい墓石の下によろこびの目をさます。その兄のめざめを感じ、おまへの素足に痙攣する地下電流の銅線をふんでわたれ。きけ、遠い遠い靈感の墓塲で兄の精靈がおまへを呼んで居る。[やぶちゃん注:「踄足」「踄」は音「ハク・ バク・ ホ・ ブ」で、訓は「ふむ」。底本校訂本文は有無を言わさず「徒步」に消毒されている。]
妹よ、
み寺に行く途は遠くとも朝のちよこれいとの興奮を忘れるな。
妹よ、
凝念敬具。
おんみが菊をさげて步むの路を淸淨にせよ。
あゝ、秋だ、
秋だ、
兄の手をして血緣(けちゑん)の墓石にかがやかしむるの秋だ。[やぶちゃん注:「けちゑん」のルビはママ。]
妹よ、
兄が純金の墓石の前に、菊を捧げて爾が立つたとき、兄はほんとうにおん身に接吻する。おん身のにくしんに、額に、脣に、乳房に、接吻する。[やぶちゃん注:「ほんとう」はママ。]
妹よ、
いまこそなんぢに告ぐ、
われらいかに愛々してさへあるに、兄の手は、足は、くちびるは、かつて一度もなんぢの肉身に觸れたことさへないのである。[やぶちゃん注:「愛々」校訂本文は否応なしに「相愛」と変えているが、酷いの一言に尽きる。]
とき子よ、
兄は哀しくなる、しんに兄は哀しくなる。
めいりいごうらうんど、靈性木馬のうへのさんちまんたりむをきみは知るか。[やぶちゃん注:「さんちまんたりむ」はママ。「さんちまんたりずむ」の脱字か誤植。]
木馬はまわる、
光はまわる、[やぶちゃん注:前の行ともに「まわる」はママ。以下も同前なので注さない。]
兄の肉體は疾風のやうに旋回する、
兄の左に少女がぢつと立つて居る、
白い前かけをした娘だ、
娘のくちびるが、あかいくちびるが、林檎が、しだいに、あざやかに、私のくちびるを追ひかける。
めいりいごうらうんど、
木馬がまわる、
世界がまわる、
光がまわる、
この廻る、むらさきの矢がすりの狂氣した色の世界に娘は立つて居る。
そうして、また、くちびると、くちびると。[やぶちゃん注:「そうして」はママ。]
秋だ、
兄の肉身はかうして靈感の天界へ失踪する、
はなればなれのくちびるとくちびると、
木馬は都會を越え群集を越え雜閙を越え、いつさいを越えて液體空氣の圈中にほろび行くまで、
おんみよ、
異性のりずむとはかうも遠く近く夢みるごとく人の世にうら哀しいものか、
淺草公園秋の夕ぐれ、
めいりごうらうんど靈性木馬の旋回、[やぶちゃん注:「めいりごうらうんど」はママ。]
磨きあげた鋼鐵盤の白熱廻轉だ、
想へ、切に切にそが上に昏絕せむとする兄の瘦せはてた肉身のいたましさを、
兄は畜生にもあらず、
兄は佛身にもあらず、
兄はいんよく極まりなき巷路の無名詩人だ、
いもうとよ、
なんぢの信仰を越えて兄を愛するとき、なんぢのもろ手を合せてくれ。遠い故鄕(ふるさと)から、兄の眞實のために聖母のまへに合掌して祈つてくれ。
秋だ、
すべて私を信賴し、私を愛するものゝために、私はかぎりなき淚を流す。
いぢらしい私の淚は遠く別れた同性の友のうへにもながれる。
友を思ふて都の高臺にいちにちを泣きくらす。松の靑葉に晴れすぎし天景のおもひでにさへさしぐむものを。
いもうとよ、
光る兄の靴からかずかぎりなき私の旅行紀念を吸つてくれ、
魚に似たる手をもつて私の哀傷を擽つてくれ、[やぶちゃん注:「擽つてくれ」「くすぐつてくれ」と読む。]
けふちゝはゝの家にかへらば、あした遠い都に兄の生きた墓塲をきづいてくれ、
菊の、光る、感傷の、純金の墓塲をきづいてくれ、
妹よ、
兄の肉と血をもつて爾の愛人にはなむけするな、
兄の身は疾患癈唐のらうまぢずむ、[やぶちゃん注:「らうまぢずむ」はママ。]
兄の靈智は遠いけちゑんの墓石に光るラヂウム製の靑い螢だ、[やぶちゃん注:「けちゑん」はママ。]
妹よ、祈る。
とりわけてなんぢのおさな兒のうへにも榮光あれかしと。[やぶちゃん注:「おさな兒」はママ。これから、この「とき子」は次女の「ワカ」の可能性が高いか。]
« 筑摩書房「萩原朔太郞全集」(初版)「散文詩・詩的散文」初出形 正規表現版 遊泳 | トップページ | 曲亭馬琴「兎園小説別集」上巻 松前家牧士遠馬の記 »

