毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 波間柏(ナミマガシワ) / ナミマガシワ
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。右下方を、一部、マスキングした。]
波間柏(なみまがしわ)
石花(いしまがしわ) 三種
「六々貝合和哥」
右五番 讀人不知
難波女が波間かしわを取る程に
日も暮月も袖にやとれる
[やぶちゃん注:これは、梅園が如何に真摯に自身の貝類図譜と向かい合っているかということが判って興味深い。最初は、恐らくは彼が示している「六々貝合和歌」に載っているのを目にしたからであろうが、実際に現物を見、この左右不均等殻の奇妙な小さな貝を描こうと思った理由は、右の図で描こうとした、左殻の内側の真珠光沢の美しさに惹かれたからであろう(あまり上手く描かれてはいないのだが、努力は買うべきである。因みに、この図は同種の左殻である。本種の右殻は扁平で甚だ薄く、殻頂のすぐ下に、石灰質の栓のような足糸を出すための、大き目な有意な正円状の孔があるからである。左の二個体は、その穴を外側からみたものが描かれてある)。則ち、これは、
斧足貝綱翼形亜綱イタヤガイ目ナミマガシワ上科ナミマガシワ科ナミマガシワ属ナミマガシワ Anomia chinensis
である。本種は北海道南部から九州、朝鮮半島・中国・東南アジアに分布し、潮間帯から水深五メートルまでの岩礁や自身よりも大きな貝類(例えばホタテガイ)の貝表面や広く地物に付着生活をしている。和名の漢字表記は「波間柏」で、これは小学館「日本大百科全書」の奥谷喬司氏の解説では、『死殻が海浜に打ち上げられたようすをカシワ』(被子植物門双子葉植物綱ブナ目ブナ科コナラ属カシワ Quercus dentata )『の枯葉に見立てたのが和名の由来である』とされるのだが、相模貝類同好会一九九七年五月刊の岡本正豊・奥谷喬司著「貝の和名」(相模貝類同好会創立三十周年記念・会報『みたまき』特別号)の方を見ると(同じ奥谷氏が関わっておられる)、そう述べられた後で、『柏の葉は枯葉となっても木からなかなか落ちず』、『この貝は柏の葉ほどに大きくなく』、『柏の枯葉よりはるかに美しい貝である。別の木の葉を指すものかも知れない』と添えられてある。実際、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの生貝に近い状態の画像を見るとそうは思わないであろうが、例えば、maruko氏のブログ「MARUKO 転勤主婦」の「砂浜に落ちているキラキラした貝みたいなの何?海の宝石ナミマガシワ貝」の写真を見られるやいなや、確実にはあなたは「えぇッツ!?!」と思われるであろう。私も嘗てはこればかりを拾い歩いた記憶があるのである。
「六々貝合和哥」さんざん出た元禄三(一六九〇)年序で潜蜑子(せんたんし)撰。大和屋十左衛門板行。国立国会図書館デジタルコレクションで視認出来る。和歌はここだが、下の句が異なる。
*
右五 浪間かしは
難波女かなみまかしわをとるほとによみ人
日もくれ袖に月をやとれる しらす
*
言わずもがなであるが、「難波女」は「なにはめ」であり、或いは、上記の「女」も「め」かも知れない。恐らく多くの方は、「こんな大きくもない貝なのに、「とる」ってことは、「食う」のかい?」と思うと思われるのだが、先のぼうずコンニャク氏の記載に、『いろんな形や色があり、美しくて見ていて楽しい貝だ』。『食べるとおいしい貝ではあるが、岩や貝殻に付着していて』、『まとまった量を採取するのは難しいのではないかと思う。ただしホタテガイなどを養殖するときのやっかいものなので、清掃したときに出たものなど』、『食用とできると面白いかも』。『本種を食用としている地域はまだ』一『カ所しか確認できていない』。『食用としていた地域はあるが』、『貝毒など』、『危険性は皆無ではない。食べるときには自己責任で』とあり、さらに、『貝殻は非常に薄い』。表面の『汚れなどをていねいに落とす。これを塩ゆでする。熱を通しても』、『硬く締まらず、ふんわりとゆで上がる。身に甘みがあり、苦みはほとんどなく、甘味が強くとてもおいしい』とあり、『雛祭りなど 〈身がうっすらと赤いため』、三『月の節句や』、四『月の花見に「ちらし寿司」の具として使われていた〉広島県江田島市大柿町』として、『大柿町の海辺の生き物 町制四十五周年記念誌』(監修・久家光雄/編集・「大柿町海辺の生き物調査団」を文献として記しておられる。実は私も、一度だけ、北海道産のホタテガイに付着していた、見落とされたそれを焼いて食したことがある。確かに、美味かった。それもホタテガイより美味かったのである。]
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