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2022/03/03

筑摩書房「萩原朔太郞全集」(初版)「散文詩・詩的散文」初出形 正規表現版 聖餐餘錄

 

[やぶちゃん注:標題の添え辞にある「新約聖書」の「ルカによる福音書」からの引用は、明治二一(一八八一)年横浜米国聖書会社刊の、現行通称を「明治元訳」と呼ぶものの「路加傳福音書」(るかでんふくいんしよ:ルカでんふくいんしょ)のものをややカットを加え、表現を変えて使用しているものと思われる。国立国会図書館デジタルコレクションの同原本画像はここで、『また食(しよく)してのち杯(さかづき)をとり曰(いひ)けるは此の杯(さかづき)は爾曹』(なんぢ)『の爲(ため)に流(なが)す我(わが)血にして立(たつ)る所(ところ)の新約(しんやく)なり』とある部分である。なお、以下の添え辞の後の「路加、傳二二、二〇、」の「路加」後の読点はママ。底本校訂本文では除去して『―路加傳二二、二〇、』とする。]

 

  聖餐餘錄

       食して後酒盃をとりて曰けるは此の酒盃
       は爾曹の爲に流す我が血にして建つる所
       の新約なり、
             ―路加、傳二二、二〇、

 

鐘鳴る。

我れの道路に菊を植ゑ、我れの道路に霜をおき、我れの道路に琥珀をしけ。

道路はめんめんたる一列供養のみち、夕日にけぶる愁ひの坂路、またその坂を昇り降らむとする聖徒勸行の路でもある。[やぶちゃん注:「聖徒勸行」の「勸」はママ。「せいとごんぎやう」であろうから、「聖徒勸行」の誤字か誤植。校訂本文では、無論、『聖徒勸行』である。]

 

鐘鳴る。

鐘鳴る。

エレナよ。今こそ哀しき夕餐の卓に就け。聖十字の銀にくちづけ、僧徒の列座を超え、雲雀料理の皿を超え、汝の香料をそのいますところより注げ。

ああ、いまし我の輝やく金屬の手に注げ、手は疾患し、醋蝕し、するどくいたみ針の如くになりて、觸るゝところ、この酒盃をやぶり汝のくちびるをやぶるところの手だ。[やぶちゃん注:「醋蝕」「さくしよく」と読んでおくが、こんな熟語は見たことがない。「酸触」ならまだ「酸によって、対象物が侵され、蝕(むしば)まれ、蚕食されてしまうこと」であろうと判る。しかし、実に珍しく、初出に不審の傍点「・」が打たれず、校訂本文でもそのまんまであり、注記も何も全くない。]

 

ああ、いま聖者は疾患し、菊は疾患し、すべてを超えて我れの手は烈しく疾患する。

見よ、かがやく指を以て指さすの天、指を以て指さすの墳墓にもある。その甚痛のするどきこと菊のごときものはなく、菊よりして傷(いた)みを發すること疾患聖者の手のごときものはない。[やぶちゃん注:「甚痛」「じんつう」と読んでおくが、こんな熟語はない。私は漢籍や日本漢文の白文でなら、幾らも見たことはあるが、和文で音の熟語で使ったら、「陣痛」の誤字だと殆んどが思うだろうに。「甚だしき痛みの」と読むというのも、無論、ここではマッチしない。しかし、これも編者が呆れ果てて造語と見做したものか、校訂本文でも、やはり、そのまんまであり、注記も何も全くない。]

 

愛する兄弟よ。

いまこそわが左に來れ。

汝が卓上に供ふるもの、愛餐酒盃の間、その魚の最も大なるものは正しく汝の所有である。

爾は女の足をひきかつぎ寢(ね)ることによりて、その素足に供養し流涕することによりて、爾の魚の大をなす所上である。

まことに夜陰に及び、汝が邪淫の臥床(ふしど)にさへ下馬札を建てるところの聖從である。

凡そ我れの諸弟子諸信徒のうち、汝より聖なるものはなく、汝より邪慾のものはない。乞ふ、われはわれの肉を汝にあたへ、汝を給仕せんがために暫らく汝の右に座することを許せ。

ああ、この兄弟よ、ぷうしきんの從よ、爾は愛するユダである。我をあざむき賣(う)むとし、我を接吻せんとする一念にさへ、汝は聯坐頌榮の光輪を一人負ふところの聖徒である、『愛』である。[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「﹅」。以下同じ。「所上」はママ。校訂本文では『所以』とする。無論、「ゆゑん」である。本当にそれでいいかって? 筑摩の編集者に聴いて呉れ給え。「聖從」「ぷうしきんの從よ、」の「從」はママ。校訂本文では『聖徒』『ぷうしきんの徒よ、』である。「ぷうしきん」は言わずもがな、ロシア近代文学の嚆矢とされる大詩人アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン(Александр Сергеевич Пушкин/ラテン文字転写:Alexander Sergeyevich Pushkin 一七九九年~一八三七年)。無神論者であり、キリスト教の宗教的価値観に懐疑的であった。「賣(う)む」はママ。校訂本文では『賣らむ』である。「聯坐」を校訂本文では『連坐』に変えている(因みに、「すわる」の意の場合の「座」は、同全集では徹底的に「坐」に書き変えられてあるのである)。「聯」と「連」は別字であるが、「聯」の方が、繋がってしっかり結び並び合っているというニュアンスを強固に持つ漢語であり、「連」はただ、順に並んでいる、の意でしかない。「聯」を「連」に変えたのは「連坐・連座」に合わせただけのことだろうが、しかし、ここは「頌榮」(しようえい(しょうえい):プロテスタントの讃美歌の内の一つ。神を讃える歌)「の光輪を一人負ふところの聖徒である、『愛』である。」と続くのだぜ? 「連」のように、ただ普通に並んでいるんじゃないぞ! ただ一人、唯一、「愛」の琴線で堅く結ばれて在る存在なんだぜ? これは、あの世の朔太郎が――「『聯』でなくっちゃだめなんだ!!!」――と化けで出るんじゃないかい?]

 

愛する兄弟よ。

而して汝は氷海に靈魚を獲んとするところの人物である。

肉親の骨肉を負ひて道路に蹌行し、肉を以て氷を割らんとするの孝子傳奇蹟人物である。みよ、汝が匍行するところに汝が蒼白の血痕はあり。師走に及び、汝は恒に磨ける裸體である。汝が念念祈禱するときに、菓子の如きものの味覺を失ひ、自働電話機の如きさへ甚だしく憔悴に及ぶことあり。

汝は電線を渡りてその愛人の陰部に沒人に及ばんとし、反撥され、而して狂奔する。况んや爾がその肉親のために得るところの鯉魚は、必ずともに靈界天人の感能せる、或はその神秘を啓示するところにならざるべからず。[やぶちゃん注:「沒人」はママ。校訂本文は『沒入』とする。穏当。「感能」はママ。校訂本文は『感應』。]

愛する兄弟よ、まことに師走におよび、爾は裸體にして氷上に匍匐し、手に金無垢の魚を抱きて慟哭するところの列傳孝子體である。[やぶちゃん注:「蹌行」「さうかう」で、よろめきつつ歩き行くこと。「肉を以て氷を割らんとするの孝子」「王祥(おうしょう)が孝感(こうかん)の鯉(こい)」で知られる故事。晉の王祥が、冬の寒い日、彼につらく当たる継母か生きた魚を所望したので、完全に氷が張った池で、自ら裸になりその上に横たわったところ、氷が解けて、二尾の鯉が飛び出したという「晉書」の「王祥伝」の故事に拠るもの。「血痕」の「痕」は中が「艮」ではなく、「良」になったものであるが、表示出来ないので、「痕」で示した。なお、この連の四行目「みよ、汝が匍行するところに汝が蒼白の血痕はあり。」は初出形も校訂本文も一行目が文末で第一文が句点で終わっており、以下の第二文「師走に及び、……」以下が改行されたものであるかどうか、判読が不能である。私は連結したものとして採った。可能性としては初出を見る以外に明らかにしようがないだろう。]

 

諸弟子。

諸信經の中、感傷品を趣えて解脫あることなし。萬有の上に我れをあかめ、我れの上に爾曹のさんちまんたるを頌榮せよ。

今宵、あふぎて見るものは天井の蜂巢蠟燭、伏して見るものは女人淫行の指、皿、魚肉、雲雀、酒盃、而して我が疾患蝕金の掌と、輝やく氷雪の飾卓晶峯とあり。

みよ、更に光るそが絕頂にも花鳥をつけ。

ああ、各々の肩を超え、しめやかに薰郁するところの香料と抹樂と、音樂と夢みる香爐とあり。[やぶちゃん注:「感傷品」『萩原朔太郞「拾遺詩篇」初出形 正規表現版 感傷品・眞如』の私の注を参照されたい。「趣えて」はママ。校訂本文は『超えて』とする。穏当。「あかめ」ママ。「あがめ」の誤字か誤植。「抹樂」はママ。意味不明。校訂本文は『沒藥』(もつやく)と訂する。まあ、それが確かだろうなあ。ムクロジ目カンラン科カンラン科 Burseraceae のコンミフォラ(ミルラノキ)属 Commiphora の樹木から分泌される赤褐色の植物性ゴム樹脂を指す。ウィキの「没薬」によれば、『スーダン、ソマリア、南アフリカ、紅海沿岸の乾燥した高地に自生』し、『起源についてはアフリカであることは確実であるとされる』。『古くから香として焚いて使用されていた記録が残され』、『また殺菌作用を持つことが知られており、鎮静薬、鎮痛薬としても使用されていた。古代エジプトにおいて日没の際に焚かれていた香であるキフィの調合には没薬が使用されていたと考えられている。 またミイラ作りに遺体の防腐処理のために使用されていた。ミイラの語源はミルラから来ているという説がある』とある。]

 

諸使徒、

われと共にあるの日は恒に連座して酒盃をあげ、交歡淫樂して一念さんちまんたりずむを頌榮せよ。

蓋し、明日炎天に於て斷食苦行するものはその新發智、道心のみ、もとより十字架にかゝる所以のものは我れの湼槃に至ればなり。亞眠。

            ―人魚詩社信條―

 

[やぶちゃん注:最後の「新發智」は「しんぼち」で、元は仏教用語で、ここは若いなりたての修道士のこと。通常は「新發意・新發」などと漢字表記する。後添えの「人魚詩社」は、主として詩・宗教・音楽の研究を目的とした結社で、大正三(一九一四)年六月、萩原朔太郎・室生犀星・山村暮鳥の三名で設立したもの。「亞眠」は朔太郎は概ね「ああみん」と読んでいる。言わずもがな、「アーメン」である。

 本篇は大正四(一九一五)年一月号『地上巡禮』に発表された。

 実は、以上の初出は、一度、「萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 散文詩 聖餐餘錄 / 致命的に不全」の私の注で電子化している。但し、そこでは不審箇所などを一切していなかったので、ここで正規に零から始めて可能な限り(阿呆臭い朔太郎の造語の総てまでは付き合っていないが)、新たに注を施した。

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