「南方隨筆」版 南方熊楠「今昔物語の硏究」 一~(3) / 卷第四 震旦國王前阿竭陀藥來語第三十二
[やぶちゃん注:本電子化の方針は「一~(1)」を参照されたい。熊楠が採り上げた当該話は『「南方隨筆」版 南方熊楠「牛王の名義と烏の俗信」 オリジナル注附 「一」の(1)』の注の中で電子化注してある(「今昔物語四に靂旦國王前に阿竭陀藥來る話あり」に対する私の注)ので、まず、それを読まれたい。今回、再度、本文を校訂しておいた。]
〇物語集卷四の震旦國王前、阿竭陀藥來語第卅二《震旦(しんだん)の國王の前に、阿竭陀藥(あかだやく)、來たれる語(こと)第三十二》は、徒然草に見えた、土大根を萬にいみじき藥とて、每朝二つ宛燒て食た筑紫の某押領使の急難の時、大根が二人の兵と現じて、敵を擊ち卻けた[やぶちゃん注:「しりぞけた」。]話に較[やぶちゃん注:「やや」。]似て居るが、芳賀博士と同樣、予も其出處を見出し居らぬ。但し阿竭陀藥其物については多少調べたから、此物語硏究者の參考迄に書て置く。翔譯名義集九に、阿伽陀は普く去るの意で、一切の病を去る故名く、華嚴に、此藥を見さえすると、衆病悉く除くと有ると見ゆ、唐の菩提流志譯不空羂索神變眞言經卷廿一に、如意阿伽陀藥品有り、餘り長いから爰に引き得ぬが、此藥は種々の病のみならず、王難(虐王に困しめ[やぶちゃん注:「くるしめ」。]らるゝ事)賊難、虎狼水火刀杖等の難を避け、諍論に勝ち、人民に敬はれ、壽を長くし、一切の神をして護らしめ、一切鬼魔に害されぬとてふ無類の效驗有りとて、之を調合する藥劑の名を擧て居るが、梵語許りで分らぬものが多い。且つ加持の祕法が却々[やぶちゃん注:「なかなか」。]込入た者で、一寸行ひ難い樣だ。但し此品[やぶちゃん注:「ほん」。]に製法を出たのは、大無勝寶阿伽陀首と名け、所有諸法悉無二過者一《所有(あらゆる)諸法、悉(ことごと)く過(す)ぐる者、無し。》と有るから、此外に劣等の阿伽陀藥も色々有つたらしい。北凉譯大般涅槃經十二に、摩羅毒蛇に螫るゝと[やぶちゃん注:「ささるると」。その毒牙に刺されると。]、どんな呪も藥も效ぬが、阿竭多星の呪のみ之を除愈すと有るを見ると、阿竭陀又阿伽陀は、本と星の名で、專ら療病を司つた星らしい。
[やぶちゃん注:「徒然草に見えた、土大根を萬にいみじき藥とて、每朝二つ宛燒て食た筑紫の某押領使の急難の時、大根が二人の兵と現じて、敵を擊ち卻けた話」第六十八段の大根好きの男の不思議な話で、同書の中では、唯一と言ってもいい、怪奇談である。以下に示「怪談老の杖 電子化注 始動 / 序・目次・卷之一 杖の靈異」の私の注で全電子化をしてあるので参照されたい。
「芳賀博士と同樣、予も其出處を見出し居らぬ」ここ。但し、本文の活字化だけで、典拠への言及は全くない。
「摩羅毒蛇」不詳。こう書くからには、実在する毒蛇に比定されていなければおかしい。大きいため、注入される毒液が多く、咬まれると、非常に危険な爬虫綱有鱗目ヘビ亜目コブラ科キングコブラ属キングコブラ Ophiophagus hannah か。インド東部・インドネシア・カンボジア・タイ・中国南部・ネパール・バングラデシュ・フィリピン・ベトナム・マレーシア・ミャンマー・ラオスに棲息する。]
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