「南方隨筆」版 南方熊楠「今昔物語の硏究」 四~(2) / 卷第九 歐尙戀父死墓造奄居住語第八
[やぶちゃん注:本電子化の方針は「一~(1)」を参照されたい。熊楠が採り上げた当該話はこちらで電子化訳注してあるので、まず、それを読まれたい。底本ではここから。]
〇歐尙戀父死墓造奄居住語第八《歐尙、死にける父を戀ひ、墓に菴(いほり)を造りて居住(きよぢゆう)せる語」(卷九第八)予も此語の出處を確かに知ぬが、話中の記事に似た二傳說を淵鑑類函四二九から見出だし置た。乃ち王孚安成記曰、都區寳居父喪、里人格虎、虎匿其廬、寶以簑衣覆藏之、虎以故得免、時負野獸以報、寳由是知名《王孚(わうふ)の「安成記」に曰はく、都區寶(とくほう)、父の喪に居(を)れり。里人、虎を格(う)つ。虎、其の廬(いほり)に匿(かく)る。寶、簑-衣(みの)を以つてこれを覆ひ藏(かく)す。虎、故を以つて免(のが)るることを得(え)、時に野獸を負ひて以て報(むく)ゆ。寶、これに由りて名を知らる。》と有るのが、甚だ本話に似て居る。又[やぶちゃん注:「又」は熊楠の本文。]晋郭文嘗有虎、忽張口向文、文視其口有橫骨、乃以手探去之、虎至明日乃献一鹿于堂前《晉の郭文、嘗つて、虎、有り、忽ち、口を張りて文に向かふ。文、其の口を視るに、橫骨(よこぼね)、有り。乃(すなは)ち、手を以つて探り、之れを去る。虎、明日(みやうにち)、至りて、乃ち、一(いつ)の鹿(しか)を堂前に献ず。》是は羅馬帝國のアンドロクルスが、獅子の足に立た刺を拔た禮返しに食を受け、後日又其獅子に食るべき罪に中り[やぶちゃん注:「あたり」。]乍ら、食はれなんだ話に似居るが、虎が鹿を献じただけが今昔物語の此話に似て居る。
[やぶちゃん注:「淵鑑類函」清の康熙帝の勅により張英・王士禎らが完成した類書(百科事典)。一七一〇年成立。「夷堅志」は南宋の洪邁(こうまい 一一二三年~一二〇二年)が編纂した志怪小説集。一一九八年頃成立。二百六巻。南方熊楠は、この本が結構、好きで、他の論文でもしばしば引用元として挙げている。原文は「漢籍リポジトリ」のこちらを参考にした。
「安成記」元代の、現在の江西省の年代記。散佚しているが、後代の書に引用が見られる。
「都區」不詳。一種のある地区を管理する下級の者か。
「橫骨」摂餌した獣の骨が口蓋内で横に刺さってしまったものであろう。
「アンドロクルス」ローマの奴隷。Bakersfield氏のブログ「クラバートの樹」の「アンドロクレスとライオン」に、まず、ざっくりと梗概が紹介されており、それによれば、『逃亡奴隷のアンドロクレスが闘技場でライオンの餌食になりかけたとき、ライオンは彼を認識し、抱擁を交わして再会を喜び合った』、『不審に思った皇帝が事情を尋ねると、奴隷はかつてそのライオンの足の棘を抜いてやったことがあるという。ライオンはその恩を忘れずに彼を助けたのである』。『この話に感銘を受けた皇帝はアンドロクレスを赦ゆるし、ライオンともども自由の身にした』とある。以下、話が細かく語られてあるので(ディグが博物学的で敬服した)、一読をお勧めする。この皇帝が、かのカリギュラとあって、「ほう!」と思った。また、「イソップ寓話集」の「羊飼いとライオン」でリメイクされてもいるそうである。]
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