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2022/04/09

フライング単発 甲子夜話續篇卷之九十七 9 備後國木梨海中陰〔火〕幷證謌 付 隱岐國智夫郡神火之事

 

[やぶちゃん注:以下、現在、電子化注作業中の南方熊楠「龍燈に就て」の注に必要となったため、急遽、ばらばらの三篇を電子化する。非常に急いでいるので、注はごく一部にするために、特異的に《 》で推定の歴史的仮名遣の読みを挿入し、一部に句読点も追加し、鍵括弧記号も用いた。なお、⦅ ⦆は極めて珍しい原本の静山自身のカタカナ・ルビである。目録標題は「陰」では意味が通じないので、「火」の脱字と断じて、かくした。]

 

97-9 備後國木梨海中陰〔火〕幷《ならびに》證謌 付〔つけたり〕 隱岐國智夫郡《ちぶのこほり》神火《しんび》之事

予、先年、旅行せし頃、備後國、裏海⦅イリウミ⦆の邊に「糸崎八幡」と云《いふ》宮居《みやゐ》あり。每《つね》に、この社頭に駕《かご》を憩ふ。この社司の梓行《しぎやう》せし「緣記」あり。この中に有《あり》しを、今、憶《おも》ひ出《いだ》せば、云へり。備後國に木梨⦅キナシ⦆と云所あり。その海中に陰火を生《しやう》ず。里人、呼《よん》で「たくらふ」と云。肥後の「不知火《しらぬひ》」と同じ。舟人、因《より》て、この火處を認《みとめ》て海岸に達⦅イタ⦆ることを得《う》、と。昔、後醍醐帝、隱州へ遷行の後、或とき、逃《のが》れ出《いで》、中國を指《さし》て渡り給ふとき、夜《よ》闇《くら》ふして、其《その》地方《ちかた》を辨ずること、莫《な》し。然るに、遙《はるか》に火光あり。帝船、これを望んで行くに、人に非ず。彼《か》の火にして、廼《すなはち》、備後に到る。帝《みかど》、因《より》て一首の和歌を詠じ給ふ。

 沖⦅ヲキ⦆の國燒火⦅タクヒ⦆の浦に燒⦅タカ⦆ぬ火の

      備後の木梨に今ぞたくらふ

『和漢三才圖會』云。隱岐國、離火(タクヒ)權現、在二海部郡島前。祭神、比奈麻治比賣神、又大日孁貴(オホヒルメノムチ)、禁裏内侍所三十番神第一離火神。是也。

『日本後紀』【桓武。】〕延曆十八丙辰【十三日。】、前遣渤海使外從五位下内藏宿禰賀茂麻呂等言。歸ㇾ鄕之日、海中夜暗、東西掣曳、不ㇾ識ㇾ所ㇾ着。于ㇾ時遠有火光。尋逐其光。忽到嶋濱。訪ㇾ之是隱岐國智夫郡、其處無ㇾ有人居。或云。比奈麻治比賣神常有靈驗。商賈之輩、漂宕海中。必揚火光。賴ㇾ之得ㇾ全者、不ㇾ可勝數。神之祐助、良可喜報。伏望奉ㇾ預幣例。許レ之。

『圖會』、又云。此乃天照太神之垂跡同一ニシテ、而於ㇾ今海舶多ルヽ漂災者、因レリ神火。最レ可カラレ疑

■やぶちゃんの呟き

「裏海⦅イリウミ⦆」瀬戸内海のことか。

「糸崎八幡」現在のここ(広島県県境に近い岡山県井原市芳井町西三原。グーグル・マップ・データ。以下同じ)だが、瀬戸内海側から行くの意としても、相対的にはえらく内陸ではある。

「梓行」出版すること。

「緣記」「緣起」に同じ。

「備後國に木梨⦅キナシ⦆と云所あり」広島県尾道市木ノ庄町木梨があるが、前の「糸崎八幡」に比すれば、まあ、瀬戸内海には近いが……。

「たくらふ」「日文研」の「怪異・妖怪伝承データベース」のこちらに、「多久良不火」(タクラウビ)として載り、元を頼杏坪(らい きょうへい 宝暦六(一七五六)年~天保五(一八三四)年)編「芸藩通志」巻九十九名を出典とし、広島県三原市での怪異とし、『曙のころ、波が赤くなり、火のようなものが見える。土民はそれを』「たくらふび」『という。雨の夜に出てきて』、『波の上に燃える火も』「たくらうび」『というが、前のと』は『別である』とある。頼は儒学者で安芸竹原の出身。名は惟柔(ただなご)。杏坪は号。安永二(一七七三)年に大坂に遊学、兄春水に従い、「混沌社」に出入りした。後に兄とともに江戸に出て、服部栗斎の教えを受け、天明五(一七八五)年、広島藩の藩儒となった。宋学の興隆に専念し、春水に代わり、江戸邸の藩侯世子や在府子弟の教育に努めるとともに、甥山陽の教導にも力を注いだ。文政元(一八一八)年に、この「芸藩通志」編修の命を受け、七年で完成させた。加禄されて三次町奉行専任となって郡務に努めた篤実な人物である。

「『和漢三才圖會』云。……」以下、実は後の「日本後記」もそこに載っている。但し、静山は正しく原本に拠ったようで、表現が有意に異なる)。前者」には一部省略があるが、それも含めて、所持する原本で訓読(一部は私の推定読み仮名)しておく。「卷の第七十八」の「十八」折りの「隱岐(をき)」の項の内にある。

   *

離火(たくひ)權現  海部郡(あまのこほり)島前(たふぜん)に在り。

祭神 比奈麻治比賣神(ひなまちひめのかみ)【又の名は「大日孁貴(おほひるめのむち)」。[やぶちゃん注:天照大神の異名。]】

禁裏内侍所(きんりないしどころ)三十番神(さんじゅうばんじん)の第一に離火(たくひ)の神、有り【此れを「午比留尊(むまひるのみこと)」と云云(うんぬん)。】。是れなり。

「日本後紀」に云ふ。延曆十八年[やぶちゃん注:七九九年。]五月、渤海使【朝鮮屬國。渤海と名づく。】外從五位下・内藏宿禰(くらのすくね)賀茂麻呂等(ら)、言(まふ)す。「皈鄕(ききやう)の日、海中、夜闇(やあん)にして、着く處を識らず。時に、遠く、火の光り、有り。其の光りを尋ね逐(を)ひて、忽ち、嶋濱(しまのはま)に到(いた)る。之れを訪(と)ふに、是れ、隱岐國(をきのくに)智夫郡(ちぶのこほり)、其の處に、人、無く、比奈麻治比賣の神、或(あ)り、常に、靈驗、有り。商賈(しやうばい)の輩(やから)、海中に漂宿(へうしゆく)するに、火光を揚(あ)ぐるがごとし。之れに賴(たよ)りて、全きを得る者、勝(あ)へて數(かぞ)ふべからず。神の祐助(いうじよ)、最も嘉報とすべし。

一(いつ)に曰はく、此れ、乃(すなは)ち、天照太神の埀跡(すいじやく)同一にして、今に於いて、海舶、多く漂災(へうさい)を免(まるか)る者、神火の光りに因(よ)る。最も疑ふべからず。

   *

「『日本後紀』【桓武。】〕延曆十八丙辰【十三日。】、前遣渤海使外從五位下内藏宿禰賀茂麻呂等言……」という本篇の訓読文も別に以下に示す。多少、語を添えた。

   *

「日本後紀」【桓武。】、『延曆十八丙辰【十三日。】、前(ぜん)遣渤海使、外從五位下・内藏宿禰賀茂麻呂等、言(まう)す。鄕(くに)に歸へるの日、海中、夜暗(やあん)にして、東西に、掣(せい)し、曳(ひ)き、着く所を識らず。時に于(お)いて、遠く、火光、有り。其の光り尋ね逐ひて、忽ち、嶋濱の到る。之れを訪へば、是れ、隱岐國智夫郡、其の處に人居(じんきよ)有る無し。或いは云ふ、比奈麻治比賣の神、常に、靈驗、有り。商賈の輩、海中に宕(ほしいまま)に漂へば、必ず、火光、揚がる。之れに賴りて全きを得る者、勝へて數(かぞ)ふべからず。神の祐助、良く喜報すべし。伏して望み、幣例を預り、奉ると。之れを許す。

   *

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