毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 郎君子(スガイ) / スガイの石灰質の蓋とそれを酢に投入した際の二個体の発泡図!!!
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。一部をマスキングした。なお、この見開きの丁もまた、右下に、梅園の親しい町医師のコレクションからで、『此』(この)『數品』(すひん)『和田氏藏』、『同九月廿二日、眞写』す、という記載がある(前二丁と同日である)。従ってこれは天保五年のその日で、グレゴリオ暦一八三四年五月十二日となる。]
「多識扁」
郎君子(ラウクンシ)【「すがい」・「何時貝」・「がんがら」。】
「海槎餘録(かいさよろく)」
相思子(サウシシ)
相思螺(サウシラ)
酢の中に入るれば、則ち、自(おのづか)ら動き、歩行す。
[やぶちゃん注:これは、
腹足綱古腹足目ニシキウズ上科リュウテン科オオベソスガイ属スガイ Lunella coreensis の蓋
である。一番右が、
その蓋の軟体部に附着している蒂を含んだ図
であり、左の二個体は、
それを皿等の浅い器に酢を入れた中に、蒂を削り取り、丸く隆起した蓋の外側を下にして置いた際の、泡を吹いて動き回る様子をスカルプティング・イン・タイムした図
と判断した。ウィキの「スガイ」によれば、『極東』の『温帯域の潮間帯に生息して藻類などを食べる。食用貝』で、『日本の磯に於いてはイボニシなどともに普通に見られる種の一つである。特に西日本の静穏な海岸域では個体数が多い』。『和名はその蓋を酢に入れて自然に動くのを楽しんだことに由来する。このため』、『「酢貝」という名は本来は本種の蓋に対する名であって、貝自体にはカラクモガイ(唐雲貝)などの』異『名がある。他に郎君子、相思螺、津美(つび)、鬼眼睛、雌雄石などの名があるが、そのうちのいくつかは「酢貝」と同様に本種の蓋に付けられたものである』。二十『世紀中は、より南方に分布するカンギク』Lunella granulata 『の亜種とされることも多く、両者は殻の突起の強弱などで区別されて来たが、ミトコンドリアDNAによる系統解析を行った』結果、二〇〇七年に『スガイとカンギクはそれぞれが独立種であると結論』された。『しかし』、『カンギクの殻の突起は環境によっても変化することが知られており』、『ときにはカンギクとスガイとの中間的な外見をもつ個体もあるため、殻の外見での区別が容易でない場合もある』。『殻径』二~三センチメートル『のつぶれた独楽型で、サザエ』リュウテン科リュウテン属サザエ亜属サザエ Turbo sazae 『を丸く小さくし』、『螺塔部を押し込んで平たくしたような形をしている。硬く厚い石灰質の蓋をもつことや、殻の内側に真珠層が発達することなどもサザエと同じであるが、螺塔はほとんど高まらないため、上面は弱いドーム状で、ときには平坦に近いものもある。成貝では殻頂が摩滅していることも多く、その場合は殻頂中央に小さな穴が開いたようになり、その周りがオレンジ色を帯びているのが普通である。殻底と肩にはそれぞれ結節を持った螺肋を持つほか、殻表には顆粒状の細い螺肋を複数持つ。特に幼貝では肩が角張るが、成貝では大分丸みを帯びるものが多くなる』。『殻色は多少の絣模様を持った黄褐色、赤褐色、緑褐色などで若干の変異があるが、殻面はやや厚い褐色の殻皮で覆われ、さらに』以下で示す『カイゴロモ』(緑藻植物門アオサ藻綱ミドリゲ目シオグサ属カイゴロモ Cladophora conchopheria )『に覆われることも多いため』、『磯では総じて暗緑色に見えることが多い。殻質は厚く、持つと大きさの割には重厚感がある。臍孔は幼貝では開くが、成貝ではほとんどの個体で閉じている』。『蓋は円形で厚く、内面は平たく外面は半球状に盛り上がっている。外面中央部はほぼ白色で、周縁部から暗緑色が一部溶け込んだような色彩をしている。表面には磨り減ったような極く弱い多数のイボ状彫刻が認められるが、全体にはほぼ滑らかでサザエの蓋のような明瞭な凹凸はない。本来の蓋は渦巻き模様が見えるクチクラ質でできた内側の褐色の部分で、外面に炭酸カルシウム層が沈着して厚くなる石灰質の蓋はリュウテン科』Turbinidae『の派生形質である』。『軟体はサザエと基本的に同じで、体表には緑がかった地に暗色の線状班が多数あって全体に黒っぽく見える。頭部には触角が』一『対あり、その基部の内側には』一『対の眉毛のような肉襞が、外側基部には目がある。両目の後方は肉が襞状に伸びており、活動時はこれらが半筒状に丸まって管状になり、左の襞が入水孔、右の襞は出水孔として機能する。腹足の裏は』二『分して左右を交互に動かして歩く。腹足の上部周縁には数対の上足突起(触角に似た長い触手)がある』。『北海道南部~九州南部、朝鮮半島などの沿岸に広く分布するとされるが、基本的には暖流系のグループであるため、本州中部以北の太平洋岸ではあまり多くない。潮間帯の岩礁や転石地などに生息し、特に比較的穏やかな磯を好む。昼間は岩と岩の間や転石下に見られるが、夜間は表面に出て這って採餌する。藻食性で、岩などに付着した藻類を食べる。そのため全くの泥や砂しかない場所には生息しない。雌雄異体で、放精と放卵によって受精する』。『本種の殻表にはしばしば』先に示した『シオグサ属の緑藻』類であるカイゴロモが『生育し、その群落が殻表をビロード状に覆うため』、『貝全体が藻の団子のように見えることがある。このカイゴロモはスガイの殻上にのみに生育するが、その理由は不明である』。『日本では磯で普通に見られることから、昔から磯遊びの対象として親しまれてきた。著名な例としてこの貝の蓋を半球面側を下にして酢に浸すと、酸で蓋の石灰質が溶解する際に、二酸化炭素の気泡を出しつつ、くるくると回転することから、古くから子供の遊びとなっていたという。冒頭に述べたように「酢貝」という名はこの遊びに由来し、本来は蓋のみの呼称で、本体の方にはカラクモガイ(唐雲貝)の名がある』。『また、近似種も含め』(リンク先にリストがある)、『食用として利用され、煮貝、塩茹で、味噌汁などでサザエと同様の』、『ほろ苦さと磯の香りを有し』、『美味とされる。広く一般に流通することは稀で』、『産地で消費されることがほとんどである』とある。
私は実は二十代の頃に、サザエの蓋などで何度も実験してみたのだが、サザエのそれは、個体重量が有意にあるため、全く動かず、がっくりきたのを思い出す。ところが、それをコマ撮り動画を含めて、実験されたページを見つけた! YOSHIKOTO.HATTORI氏のサイト「サバイバル節約術」の中の「番外編 ~スガイのふた~」である。感動した! 是非、見られたい!
「多識扁」羅山道春が書いた辞書「多識編」。慶安二(一六四九)年の刊本があり、それが早稲田大学図書館「古典総合データベース」にあったので、調べたところ、「卷四」のこちらに、
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郎君子(ラウクンシ) 相思子(サウシシ) 鬼眼睛 尓那乃加良
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最後は「鬼眼睛」(キガンセイ)で、如何にも蒂の雰囲気と眼球のような蓋で腑に落ち、「尓那乃加良」はまさに「になのから」(螺の殼)であろう。巻貝の蓋は殻の一部と見做すであろうから、これも目から鱗だ!
「何時貝」読みも意味も不詳。識者の御教授を乞う。
「がんがら」「岩殼」であろう。現行ではスガイと似たようなリュウテン科クボガイ亜科クボガイ属にコシダカガンガラ Tegula rustica がいる。漢字表記は「腰高岩殻」。「磯もの」としてスガイと同じく食用にされ、結構、人気のある種である(昔、私もよく食べた)。但し、同種は石灰質の蓋は持たないはずである。
「海槎餘録(かいさよろく)」明の顧玠(こかい)撰になる一五四〇年成立の南方の地誌のようである。早稲田大学図書館「古典総合データベース」の、明の陶珽(とうてい)の纂になる「説郛」の中に見出せ、ここに「相思螺」が載り、内容からスガイの蓋と同じ現象が記されてある。これもまた、感動したので、暴虎馮河で訓読を試みる。
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相思子は海中に生ず。螺(にな)のごときの狀(かたち)にして、中に實(み)あり、石のごとし。焉(こ)れ、大いさ、荳(まめ)の粒に比す。好事の者、筐笥(けふし)[やぶちゃん注:現代仮名遣「きょうし」。長方形の竹製の文箱。]に藏(をさ)め置きて、積むに、歲(としふ)るも、壞れず。亦、轉び動かず。若(も)し、醋(す)一盂(ひとはち)を置き、試みに、其の中に投ずれば、遂に移動し、盤旋(ばんせん)して、已(や)まず。亦、一奇物なり。
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