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2022/04/29

譚海 卷之四 豐前宇佐石佛五百羅漢・石橋等の事

 

○豐前宇佐八幡宮より六里脇に、五百羅漢といふ山有。山中悉く石佛を等身に鏡刻せしもの充滿せり、三千體に餘れりとぞ。五百羅漢の外に諸佛の像を拵へて山中、露地に立てあり。又座頭佛と云有、中央に琵琶法師坐せり、其前後に座頭二十人ばかり坐したる所を拵たり。前より見、後より見ても、顯然たる座頭のやう也。此山の入口甚(はなはだ)峻(けはしき)坂にて、はひのぼらねば登りがたし。五六間もはいのぼれば立(たち)てゆかるゝやうに成(なる)也。山中に十間斗りの石橋(しやくきやう)有、是は自然の物也、幅三四尺斗りにて深谷(ふかきたに)へ懸りて有(あり)、尋常に渡りがたし、恐しき事いふばかりなし。

[やぶちゃん注:宇佐の五百羅漢というと、東光寺五百羅漢が知られる(グーグル・マップ・データ。以下同じ)。但し、ここは宇佐八幡宮の北北東三キロ弱の直近であり、参謀本部の明治三一(一八九八)年測図・昭和七(一九三二)年修正の地図を見ても、ここが山であった感じはなく、あっても小山で、そもそもが、ここの五百羅漢は安政六(一八五九)年に建立が始まったもので、本「譚海」は寛政七(一七九五)年完成だから、全く、違う。距離と羅漢と嶮しいという点から、これは大分県中津市本耶馬渓町にある国内の羅漢寺の総本山である曹洞宗耆闍崛山(ぎじゃくっせん)羅漢寺である。当該ウィキによれば、『羅漢山の中腹に位置する。岩壁に無数の洞窟があり、山門も本堂もその中に埋め込まれるように建築されている。洞窟の中に』三千七百『体以上の石仏が安置されており、中でも無漏窟(むろくつ、無漏洞とも)の五百羅漢は五百羅漢としては日本最古のものである』とあり、延元二(一三三七)年乃至は北朝年号暦応元(一三三八)年、臨済僧『円龕昭覚』(えんがんしょうかく)『が当地に十六羅漢を祀ったのが』、『実質的な開山で』、『この時の寺は、現羅漢寺の対岸の岩山にある「古羅漢」と呼ばれる場所にあったと推定されている』。延元四(一三三九)年には『中国から逆流建順という僧が来寺し、円龕昭覚とともにわずか』一『年で五百羅漢像を造立したという』とある。リフトがあるくらいだから(前に掲げた地図のサイド・パネルの画像を見よ)、かなり険峻。因みに「古羅漢」の方の写真を見ると、これはもう嶮しいなんてものじゃない。この鎖場は流石に山馴れしている私でもちょっとキョウワい!

「座頭佛と云有、中央に琵琶法師坐せり、其前後に座頭二十人ばかり坐したる所を拵たり」不詳。

「山中に十間斗りの石橋有、是は自然の物也」不詳。]

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