萩原朔太郎 未発表詩篇 無題(憂鬱のながい柄から……)
○
憂鬱のながい柄から
雨がしとしととしづくをしてゐる。
眞黑(まつくろ)な大きな洋傘(かうもり)!
だれがその下にかくれてゐて
泥濘(ぬかるみ)の道を步くのだろう。
不思議なさびしい貴婦人よ
あなたの影は地上にひき
瘠せた鴉のやうにさまよつてゐる。
みれば買物をする店鋪の中でも
鋏や釘拔の類が錆びつき
記憶が轉がつてゐるではないか。
何を買はうと言ふのだろう!
みれば雜貨店の店鋪の中にも
鋏や釘拔の類が錆びつき
記憶が轉がつてゐるではないか。
どこにも意志や感情がなく
日除天幕(ひよけてんと)のびらびらしてゐる
[やぶちゃん注:底本は筑摩版「萩原朔太郞全集」第三巻の「未發表詩篇」の校訂本文の下に示された、当該原稿の原形に基づいて電子化した。表記は総てママである。但し、太字は底本では傍点「﹅」である。編者注があり、『本稿には以下がない。また冒頭三行は、『宿命』の「黑い洋傘」と同じ内容のもの。その前に一行記されているが解讀不可能。右橫欄外に次の二行が記されている。』として、
憂鬱の洋傘がにかくれて
たれがそのどうした意志や感情やが、
とある。「黑い洋傘」はこちら。]
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