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2022/05/06

只野真葛 むかしばなし (52) / 舟怪談パート2!

 

一、築地毛利樣へふだんござる旗本衆なりしが、吉原へ遊(あそび)に行(ゆき)て有(あり)しが、明朝、當番故、夜中に歸らねばならず、舟にのりて、船頭と、二人、夜更(よふけ)て川筋を下(くだ)るに、霧雨、しきりに下(ふ)りて、物も見へず【築地より、舟の通用には、「浪よけ稻荷」の後(うしろ)を出(で)ると、海にかゝり、天氣のよい時は、はればれとして、よけれど、いつも、浪のあらい所なり。それから、川といへども㚑岸島(れいがんじま)・「浪よけ」の前などは海も目前にて、人氣少(ひとけすくな)く、びやうびやうとしたるところなり。】[やぶちゃん注:底本に『原頭註』とある。]。屋根船の中に、うちねぶりて有しに、㚑岸島を通過(とほりすぎ)たる時分、

「もし。且那、旦那。」

と起(おこ)す故、

「何だ。」といひば、

舟頭「舟が。うごきません。」

旦那「どふした。」

舟頭「あれを。ごろふじませ。」

といふ故、へさきの方を見れば、たしかに形は見えねど、眞綿(まわた)をぬり桶(をけ)に掛(かけ)たるやうな形にて、

「ふわふわ」

としたる白きもの、高さは、四、五尺の間(あひだ)とおぼしきもの、立(たち)て有(あり)。

 ねむけもさめしに、船頭、聲、かけ、

「もし。必ず、念佛を唱へ被ㇾ成ますな。お刀でお拂(つぱらい)て被ㇾ下まし。」

といひし故、

「得たり。」

と、刀(かたな)引拔(ひきぬき)ざま、心の内には、

『にくき妖怪め。かたじけなくも、公方(くばう)の御用、明朝勤(つとむ)る當番の、など、さまたぐるぞ。速(すみやか)に立去(たちさ)れ、立去れ。』

と、くりかへし、くりかへし、ねんじて、切拂(きりはら)ひしかば、

「ふわふわ」

とびさりしと思ふと、舟、動き出(だし)たり。

 物もいはず、息をもつかず、一おしに築地の川まで、おし付(つけ)たり。

 おかへ上(あが)りて後、

「あれは、何ぞ。」

と、とへば、

「『舟(ふな)ぼう㚑(れい)』なり。」

と、いひしとぞ。

「念佛をとゞめしは、何の故。」

と、とはれしかば、

「弱味へ付入(つけいり)ては、强く成(なる)ものなり。氣がをくれ、念佛などいふ樣なことでは、いくらも、いくらも、出て來て、舟を、しづめるものなり。兼(かね)て御元氣(おおげんき)をぞんじて居(をり)ますから、お力に存じましたる、お蔭で、命、助(たすかり)ました。」

と禮をいひしとぞ。

「折々、逢(あふ)ものか。」

と聞しに、

「とんだ事をおつしやります。そんなに逢ことでは、いきては居られません。たゞ、『忿佛を、左樣な時、必ずとなへぬもの。』と申事は、なかま中(うち)、いひつたへて置(おく)事なり。必ず、三年の中(うち)は、人にお咄し被ㇾ成ますな。わるいめに、逢(あひ)ます。」

と、口どめせしとぞ。

 それ故、其人も、しばらく、口外にせられざりしが、ほどへて、若い時分の「元氣咄し」などのでし時、語られしを聞(きき)て、人々、おぢたりし。

[やぶちゃん注:会話形式で臨場感たっぷり! 語り出すと、乗るんだよね! 真葛姐さんは!

「浪よけ稻荷」現在の東京都中央区築地にある波除(なみよけ)稲荷神社(グーグル・マップ・データ。以下同じ)。当該ウィキによれば、「明暦の大火」(明暦三年一月十八日から二十日(一六五七年三月二日から四日)までに江戸の大半を焼いた大火災)の『後、当時はまだ』、『江戸湾が入り込んでいた築地の埋め立て工事が行われたが、荒波の影響で工事は難航した。その最中の』、『ある晩、光を放ち』、『海面を漂う御神体が見つかり』万治二(一六五九)年、『現在地に社殿を建て祀った。その後、波が収まり』、『工事が順調に進んだことから、「波除稲荷」と尊称して厄除けなどに信仰を集めることとなった』とある。同神社公式サイトもリンクさせておく。

「㚑岸島」霊岸島。東京都中央区の東部、隅田川河口右岸の旧町名。現在の新川一・二丁目に相当する。江戸初期には北の箱崎島 (現在の日本橋箱崎町) とともに「江戸中島」と呼ばれたが、新川の開削により、分離した。地名は寛永元 (一六二四) 年に、霊巌雄誉上人がこの地に創建した霊巌寺に由来し (寺は「明暦の大火」後に深川に移転した) 、「霊巌島」とも書いた。以後、町家、門前町として発展した。また、海上交通の拠点でもあり、上方からの酒を扱う問屋が集中していた。現在では当時の面影は残っていないが、商業地区となっている。]

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