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2022/05/21

「今昔物語集」巻第二十 讃岐國女行冥途其魂還付他身語第十八

 

[やぶちゃん注:テクストは「やたがらすナビ」のものを加工データとして使用し、正字表記は芳賀矢一編「攷証今昔物語集 中」の当該話で確認した。所持する小学館「日本古典文学全集」(三)を参考にした。読み易さを考えて、読みの一部を送り出したり、漢字をひらがなにしたりし、また、段落等も成形した。なお、本篇には原拠があり、平安初期の仏教説話集「日本靈異記(にほんりやういき)」(正しくは「日本國現報善惡靈異記」。全三巻。薬師寺の僧景戒(きょうかい)の著。弘仁一三(八二二)年頃の成立。雄略天皇から嵯峨天皇までの説話百十六条を年代順に配列する。その多くは善悪の応報を説く因果譚)の中巻の「閻羅王の使(つかひ)の鬼、召す所の饗(あへ)を受けて恩を報いる緣(えん)第二十五」である(同書は私の偏愛する一書である)。国立国会図書館デジタルコレクションの「群書類從」の第拾七輯のこちらで活字で読める(漢文訓点附き)。そちらでは、時代設定を聖武天皇の治世(神亀元(七二四)年~天平感宝元(七四九)年)とする。]

 

  讃岐國(さぬきのくに)の女(をむな)冥途に行きて其の魂(たましひ)(かへ)りて他(ほか)の身に付く語(こと)第十八

 

 今は昔、讃岐の國山田の郡(こほり)に、一人の女(をむな)、有りけり。姓(しやう)は布敷(ぬのしき)の氏(うぢ)。

 此の女、忽ちに身に重き病ひを受けたり。然(しか)れば、直(うるは)しく□味[やぶちゃん注:「百味(ひやくみ)」が擬せられる。いろいろな御馳走の意。]を備へて、門の左右(さう)に祭りて、疫神(やくじん)を賂(まひなひ)て[やぶちゃん注:賄賂を贈って宥めることを指す。]、此れを饗(あるじ)す。

 而(しか)る間、閻魔王の使ひの鬼(おに)、其の家に來りて、此の病ひの女を召す。其の鬼、走り疲れて、此の祭の膳(そなへもの)を見るに、此れに靦(おもね)りて[やぶちゃん注:恵比寿顔になって。]、此の膳を食(く)ひつ。

 鬼、既に女を捕へて將(ゐ)て行く間、鬼、女に語らひて云はく、

「我れ、汝が膳を受けつ。此の恩を報ぜむと思ふ。若(も)し、同じ名・同じ姓なる人、有りや。」

と。女、答へて云はく、

「同じ國の鵜足(うたり)の郡に、同名同姓の女、有り。」

と。[やぶちゃん注:「讃岐の國山田の郡」「同じ國の鵜足の郡」前者は現在の香川県木田郡三木町で、後者は同県の三木町の西方に高松市の一部を挟んである綾歌郡(グーグル・マップ・データ)。]

 鬼、此れを聞きて、此の女を引きて、彼(か)の鵜足の郡の女の家に行きて、親(まのあた)り、其の女に向ひて、緋(あけ)の囊(ふくろ)より、一尺許りの鑿(のみ)を取り出だして、此の家の女の額に打ち立てて、召して將て去りぬ。

 彼の山田の郡の女をば、免(ゆる)しつれば、恐々(おづおづ)、家に返る、と思ふ程に、活(よみが)へりぬ。

 其の時に、閻魔王、此の鵜足の郡の女を召して來たるを見て、宣はく、

「此れ、召す所の女に非ず。汝ぢ、錯(あやま)りて此れを召せり。然(さ)れば、暫く此の女を留(とど)めて、彼(か)の山田の郡の女を召すべし。」

と。鬼、隱す事、能はずして、遂に山田の郡の女を召して、將て來たれり。

 閻魔王、此れを見て、宣はく、

「當(まさ)に此れ、召す女なり。彼の鵜足の郡の女をば、返すべし。」

と。

 然(しか)れば、三日を經て、鵜足の郡の女の身を、燒き失ひつ。

 然れば、女の魂、身、無くして、返り入る事、能はずして、返りて、閻魔王に申さく、

「我れ、返らされたりと云へども、體(むくろ)、失せて、寄り付く所、無し。」

と。

 其の時に、王、使ひに問ひて、宣はく、

「彼(か)の山田の郡の女の體は、未だ有りや。」

と。

 使ひ、答へて云はく、

「未だ、有り。」

王の宣はく、

「然(さ)らば、其の山田の郡の女の身を得て、汝が身と爲すべし。」

と。

 此れに依りて、鵜足の郡の女の魂、山田の郡の女の身に入りぬ。

 活(よみが)へりて云はく、

「此れ、我が家には、非ず。我が家は、鵜足の郡に有り。」

と。

 父母(ぶも)、活へれる事を喜び悲しぶ[やぶちゃん注:泣かんばかり喜んでいる。]間に、此れを聞きて云はく、

「汝は、我が子なり。何の故に、此くは云ふぞ。思ひ忘れたるか。」

と。

 女、更に此れを用ゐずして、獨り、家を出でて、鵜足の郡の家に行きぬ。

 其の家の父母、知らぬ女の來れるを見て、驚き怪しむ間に、女の云はく、

「此れ、我が家なり。」

と。

 父母の云はく、

「汝は、我が子に非ず。我が子は、早う燒き失ひてき。」

と。

 其の時に、女、具さに、冥途にして、閻魔王の宣ひし所の言(こと)を語るに、父母、此れを聞きて、泣き悲みて、生きたりし時の事共(ことども)を問ひ聞くに、答ふる所、一事として、違(たが)ふ事、無し。

 然(しか)れば、體(むくろ)には非ずと云へども、魂、現はに其れなれば、父母、喜びて、此れを哀(あは)れび養ふ事、限り無し。

 又、彼(か)の山田の郡の父母、此れを聞きて、來て見るに、正しく我が子の體(むくろ)なれば、魂、非ずと云へども、形を見て、悲しび愛する事、限り無し。

 然(しか)れば、共に此れを信(むべな)ひて、同じく、養ひ、二つの家の財(たから)を領(れう)じてぞ有りける。此の女、獨りに付囑して、現(うつつ)に四人(よたり)の父母を持ちて、遂に二つの家の財を領じてぞ有ける。

 此れを思ふに、饗(あるじ)[やぶちゃん注:御馳走。]を備へて鬼を賂(まひな)ふ、此れ、空しき功に非ず。其れに依りて、此れ、有る事なり。又、人、死にたりと云ふとも、葬(さう)する事、怱(いそ)ぐべからず。萬が一にも、自然(おのづか)ら此(かか)る事の有ればなりとなむ、語り傳へたるとや。

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