「和漢三才圖會」卷第十八 樂噐類 壎(けん) / べッセル・フルート(土笛)
けん 塤【俗字。】
壎【音「暄」。】
ヒヱン
事物起原云世本壎謂暴辛公所造者非也德音之音而
聖人作爲也拾遺記言庖犧爲壎蓋壎燒土爲之大如鵝
卵銳上平底似稱錘六孔俗作塤字非
*
けん 塤【俗字。】
壎【音、「暄」。】
ヒヱン
「事物起原」に云はく、『「世本(せいほん)」に、『壎、暴辛公(ぼうしんこう)の造る所なり』と謂ふは非なり。「德」音の音にして、聖人(せいじん)の作爲なり。』と。「拾遺記」に、『庖犧(はうぎ)、壎を爲(つく)る。』と言へり。蓋し、壎は土を燒きて、之れを爲(つく)る。大いさ、鵝(がてう)の卵(たまご)ごとく、上を銳(するど)にし、底を平(たひら)にし、稱(はかり)の錘(おもり)に似、六孔あり。俗に、「塤」の字に作るは、非なり。
[やぶちゃん注:ウィキの「塤」によれば、『中国の伝統管楽器のひとつで、粘土や陶磁で作られたべッセルフルート(英語: vessel flute、オカリナの仲間)のこと。土笛の一種。八音では「土」に属する』。『中国では陶器製のものを「陶塤」(タオシュン、táoxūn)と言い、他にも材質によって、石器製の「石塤」(シーシュン、shíxūn)、磁器製の「瓷塤」(ツーシュン、cíxūn)、獣骨製の「骨塤」(グーシュン、gǔxūn)、漆器製の「漆塤」(チーシュン、qīxūn)、貝殻製の「貝塤」(ベイシュン、bèixūn)などがある』。『朝鮮半島には塤から派生したフン(朝鮮語: 훈、塤、hun)がある』。『日本では、同じタイプの陶器の楽器は土笛(つちぶえ)と呼ばれ、「塤」の字訓もつちぶえである』。『大きさはさまざまだが、形状は卵形である。大きいものは低い音が出る。現在の代表的なものでは、いちばん上に吹き穴があり、指穴は通常』、『吹き穴より小さいものが』八『つあり、両手の人差し指・中指・薬指・親指で押さえる』。『起源は、狩猟の際に獲物を呼び寄せたり、反応を探るために使った管楽器と考えられている。骨で作る管状の呼び笛を「骨哨」といい、陶器製の「陶哨」も作られるようになった。中国浙江省の河姆渡』(かぼと)『文化や河南省の仰韶』(ぎょうしょう)『文化の新石器時代遺跡から、吹き穴だけの陶器の管楽器が出土しており、音色からこのような用途であると考えられる』。『夏代には指穴』二『つのものがあり、音が』四『種出せたと伝えられている。殷代には陶器、石、骨で作られ、多くは底が平らな卵形に作られている。戦国時代には指穴』四『つになり、多くは平底卵形となった。漢代の』「爾雅」の記述からも、『陶器製で、大きさは大きい物ではガチョウの卵ほどで、上部は尖り、底は平らで、はかりのおもりの様な形で、穴が』六『つあり、小さいものでは鶏卵ほどの大きさであったことが分かる。多くの音が出せるようになったことから、秦、漢以降は、主に宮廷音楽(雅楽)に用いられるようになった』。『その後廃れたが』、一九七〇『年代以降、出土された楽器から再び注目されるようになり、新たに作成されたり、演奏が行われるようになった。現代のものでは穴が増やされ』、七『個から』十『個の指穴が開けられている』とある。以上の解説に出た「八音(はちおん)は、当該ウィキによれば、『特に儒教音楽で使われる、八種類の楽器を表す語』で、『古代中国では、楽器は』、金・石・糸・竹・匏(ほう)・土・革・木(ぼく)の『八種類の素材からつくられると考えられ、区分されていた。楽器の総称を表す「金石糸竹」という四字熟語はこれに由来する』。『「発音原理」を楽器分類の重要な基準と考えたインドと違い、中国では、楽器区分は、「楽器の素材」によった』。『西洋音楽では管楽器を木管楽器、金管楽器に分けるが、これは素材によった分類からきており』(但し、現在では発音原理による分類である)、『八音と類似点がある。正倉院に保存されている種々の楽器はこの分類によって分けられていると考えられている』。『また、朝鮮半島に伝わる、孔子廟の祭祀楽は八音すべてを含むような楽器編成になっている。日本の雅楽でも同様の分類が行われた』。以下、
①「金」は『金属で作った楽器。青銅を使った編鐘(へんしょう)、鉄板を使った方響(ほうきょう)、銅鑼(どら)、鈴など』を指す。
②「石」は『石で作った楽器。編磬(へんけい)、特磬など。中国語で「玉音」とも呼ばれる』。
③「糸」は『絹の糸を張った楽器。琴(きん)、箏(そう)、瑟(しつ)、琵琶(びわ)、阮咸(げんかん)、箜篌(くご)などの弦楽器』。
④「竹」は『竹から作られた楽器。簫(しょう、排簫、洞簫)、箎(ち)、笛などの管楽器』を指す。但し、『同じ笛の仲間でもオカリナの類は』「土」に入り、笙は「匏」に入る。
⑤「匏」は「ふくべ」で、『ヒョウタン・ユウガオなどを素材として作った楽器。笙(しょう)、竽(う)など』を指す。
⑥「土」は『土を焼いて作った陶製の楽器』で、この『塤(けん、しゅん)という土笛など』を指す。
⑦「革」は、通常は、牛の『革を張った鼓』『などの楽器』を指す。
⑧「木」は『木製の楽器。柷(しゅく)、敔(ぎょ)、拍板など』がある。
『これを発音原理で分類してみると、金・石・革・木は打楽器』(この内、「革」は膜鳴楽器で、残りは体鳴楽器となる)、『糸は弦楽器、竹・匏・土は管楽器(明確に金管楽器に該当するものはない)に概ね該当する』とある。
「事物起原」宋の高承の撰になる事物の起源や由来を記した博物書。但し、現行本は後世の誰かが補填した部分の方が約九十八%を占め、原著とは言い難い。
「世本」詳細不詳。事物や事柄の創始者や氏姓の出所について述べたもので、後漢の頃に書かれたものと推定されている。南宋期に佚亡したが、清代になって多くの編輯本が作られた。
「暴辛公」蘇成公。春秋時代の蘇の国の君主。
『「德」音』儒教精神の核心たる「徳」を現わす音(おと)ということか。
「拾遺記」元は後秦の王嘉の撰になる、神話時代の伏羲(ふっき)から晉に至るまでの伝説を集めた志怪小説集。最初は十九巻あったが、散佚し、残ったものを梁の蕭綺が編輯して十巻に纏め、別に所論を附したものが残る。なお、以上の書物の注は「東洋文庫」の書名注に拠った。
「庖犧」伏羲の別名。]
« 南方熊楠『山神「ヲコゼ魚」を好むと云ふ事』(「南方隨筆」底本正規表現版・全オリジナル注附・一括縦書ルビ化PDF版)公開 | トップページ | 「南方隨筆」底本正規表現版「俗傳」パート 「イスノキに關する俚傳」 »