畔田翠山「水族志」 タバメ
(二一)
タバメ 一名タバミ タバミバヾク【紀州田邊】
形狀「クチビ」ニ似テ厚ク棘鬣ノ如シ背靑黑色暗ニ淡紫色ノ縱條アリ背ニ靑色ノ斑㸃アルヿ棘鬣ニ似タリ腹白色眼黑色瞳上白色觜細ク「クチビ」ニ似タリ背鬣淡黑色端紅色尾淡黑色端紅色腰下鬣淡黑色ニ乄淡紅ヲ帶脇翅淡黃色腹下翅本淡紅ニ乄末淡黑色淡黃ヲ帶頰淡紅色ヲ帶眼下藍色ノ斑アリ鼻及頭褐黑色ニ乄紅ヲ帶其長大ナル者色淺シ大者二三尺
○やぶちゃんの書き下し文
たばめ 一名「たばみ」「たばみばばく」【紀州田邊。】
形狀、「くちび」に似て、厚く棘鬣(たひ)のごとし。背、靑黑色暗(せいこくしよくあん)に淡紫色の縱條あり。背に靑色の斑㸃あること、棘鬣(たひ)に似たり。腹、白色。眼、黑色。瞳の上、白色。觜(くちばし)細く、「くちび」に似たり。背鬣(せびれ)、淡黑色、端(はし)は紅色。尾、淡黑色、端は紅色。腰の下の鬣(ひれ)、淡黑色にして淡紅を帶ぶ。脇翅(わきびれ)、淡黃色。腹の下翅(したびれ)の本(もと)は淡紅にして、末(すゑ)は淡黑色に淡黃を帶ぶ。頰、淡紅色を帶ぶ。眼の下に藍色の斑あり。鼻及び頭、褐黑色にして紅を帶ぶ。其の長大なる者は、色、淺し。大なるは、二、三尺。
[やぶちゃん注:「タバミ」は「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」によれば、「イトフエフキ」・「クジメ」・「ハマフエフキ」・「フエフキダイ」の地方異名とする。この内、クジメとイトフエフキは魚体から候補から外れる(後者はマダイには全く似ていない)。残るハマフエフキとフエフキダイを比較すると、名にし負う後者の方がよりマダイ的ではある。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」をリンクさせておいた。宇井縫藏の「紀州魚譜」(昭和七(一九三二)年淀屋書店出版部・近代文芸社刊)の「フエフキダイ」の項を見ると、本書を指示して異名「タバミババク」を挙げる(他に本書から「タモリ」を『雜賀﨑』採取で載せるが、これは不審)から、これは、
スズキ目スズキ亜目フエフキダイ科フエフキダイ亜科フエフキダイ属フエフキダイ Lethrinus haematopterus
としてよい。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページによれば、「笛吹鯛」は『静岡県沼津市静浦での呼び名』で、『口笛を吹いているような口の形をしているため』とあり、さらに、『口美(クチミ、クチビ)』の異名については、『ハマフエフキなどとともに、クチミ、クチビ、クチミダイと呼ばれるのは口の中が赤いから』とある。写真もあるので参照されたい。なお、畔田は「クチビ」を別種としているが、推察するに、その共通点を持つ、フエフキダイ属ハマフエフキ Lethrinus nebulosus を「クチビ」に当てていると考えれば、腑に落ちる。]