只野真葛 むかしばなし (54) / 毛虫の変化(へんげ)
一、おぢ四郞左衞門樣は、毛蟲、殊の外、御きらいなりし。
「此道に拔身(ぬきみ)を持(もち)て待(まつ)てゐるといふ所より、毛むしの巢の有(ある)下と聞(きき)し方、行難(ゆきがた)し。」
と被ㇾ仰し。
「松に付(つき)たる毛蟲も、所によりては、沙噀《なまこ》に、かへるものなり。」
とぞ。
同じをぢ樣の御はなしなり。僞(いつはり)など、仰られぬ人なり。
旅行被ㇾ成しに【紀州なるべし。】[やぶちゃん注:底本に『原頭註』とある。]、海邊の松原、けしきよかりし故、御休(おやすみ)有しに【夏秋の間なるべし。】[やぶちゃん注:底本に『原頭註』とある。]、水にのぞめる松の枝より、毛蟲のさがりて、水上(すいじやう)におちつきて、しばし、うごめくと、ちいさく成(なり)て、浪に引れて、ながれ行(ゆく)を、御嫌ひの事故、とく見つけられて、あやしく思召(おぼしめし)、所の者の、行(ゆき)かふに、御とへ被ㇾ成しかば、
「けふは天氣が能《よい》から、毛むし共が、ぬけかはります。」
と、こたへしとぞ。
「拔(ぬけ)て、何になる。」
と聞(きか)せられしに、
「なまこに成(なり)ます。」
と、いひしとぞ。
ふしぎながら、能《よく》水底(みなそこ)を御覽あれば、小さきなまこ、夥しく、ゐたり。水の上にてうごめくは、からを脫(ぬぎ)うちなり[やぶちゃん注:「うつ」の誤記か。]。ぬぎ仕(し)まへば、なまこは、下におち、からは、流(ながれ)て行(ゆき)し、とぞ。
「きたいの事。」と被ㇾ仰し。
[やぶちゃん注:私は海鼠フリークなのだが、毛虫が海鼠に化生(けしょう)するというのは、ちょっと聴いたことがない。甚だ面白い。]
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