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2022/05/11

柳田國男「後狩詞記 日向國奈須の山村に於て今も行はるゝ猪狩の故實」 「狩ことば」

 

[やぶちゃん注:底本のここから。]

 

   狩ことば

 

一 トギリ。 狩を爲さんとする當日、未明に一二人を派して、猪の出入先を搜索し復命せしむるを云ふ。

二 オヒガリ。 逐狩。トギリを出さず、心あたりを空〈くう〉に狩るを云ふ。

三 オヒトホシ。 追通し。猪が小憩もせずにマブシのあたりを走り過ぐるを云ふ。猪は飛禽の如く走ると雖〈いへども〉、大槪二三十間每に凡そ二十秒ほどの間立止〈まだちとま〉るもの也。是四近の樣子に聞耳を立つる爲也。獵師は此時を待ちて發砲す。されども犬が追跡するときは、此小憩をも爲さずマブシを通り過ぐる故に、此に命中するをば追通しを擊ちたりとて大手柄とす。

[やぶちゃん注:「マブシ前掲。『猪の通路に構へて要擊する一定の箇所』を指す語。]

四 スケ。 猪が一定のマブシに出でず他に出でんとするを、囘走して擊つを云ふ。

五 タテニハ。 獵犬が猪を包圍して鬪爭するを云ふ。

六 ホエニハ。 吠庭。包圍が散開しつゝなほ鬪爭を續くるを云ふ。

△猪の犬は昔より細島〈ほそしま〉にて買ふ。兒犬の時にても二十圓もする也。狩に使ふには牝犬の方優れり。牝犬が行けば外の牡犬も追ひ行きて、捕られぬ猪も捕らるゝなり。されど牝犬を飼へば秋の比〈ころ〉に三里四方の牡犬悉く集り來て、玉蜀黍〈たうもろこし〉の畑を荒し村人に惡〈にく〉まるゝ故に、飼ふことを憚かるなり。犬は近年鹿兒島の種交りて形小さくなれり。

[やぶちゃん注:宮崎県日向市細島(グーグル・マップ・データ。以下同じ)。江戸時代以前から江戸や大阪と東九州を結ぶ交易の中継地として発達した港町。]

七 九ダイ三ダイ。 獵師が當日猪の出先を占ふ方位なり。獵師は今日は何の日なるを以て猪は何代に出づと言ふなり。

八 クサククミニウツ。 猪の肌見えず、笹や草の中に在るを見込みて擊つを云ふ。

九 ヤタテ。 矢立。又矢鉾ともいふ。猪を獵獲し分配の後、三度發砲して山の神に獻ずるを云ふ。

△分配の後といふこと、如何。隣村諸塚村〈もろつかそん〉の村長堀莊氏曰く、分割の後に一發、之を「芝起し」と云ふと。ヤタテは山に在りて猪を仕止めたる時に手向くるものには非ざるか。

[やぶちゃん注:「諸塚村」ここ。椎葉村の東北に接する。当該ウィキによれば、『面積あたりの林道の密度は日本一である』とある。

「堀莊」読み方不詳。]

一〇 ガナラキ。猪の舌を云ふ。ガナラキは未だ一囘も猪を獲たること無き者には分配せず。

△新進の狩人は隨分冷遇を受く。例へば猪の腸(ワタ)は分割の場にて串に差し燒きて食ふを常とす。此のワタアラヒは必ず新參者の役なり。

一一 コウザキ。 猪の心臟を云ふ。解剖し了りたるときは、紙に猪の血液を塗りて之を旗と爲し、コウザキの尖端を切り共に山の神に獻ず。コウザキコウザキ殿と云ひ、又山の神をもコウザキ殿と云ふ。祭文は後に記す。

[やぶちゃん注:後の「狩の作法」のここに出る『咒文』というのがそれと思われる。]

一二 イリコモリ。 入籠。トギリを出したるときに、前夜は猪の出入先を發見せずと雖〈いへども〉、前々夜若くは數日前の入跡〈いりあと〉現然として、出跡〈いであと〉無きときは卽ち入り籠り居るものと見るなり。前夜の入跡をナマアトと云ひ、其以前のものをフルアトと云ふ。

[やぶちゃん注:「出跡」は「であと」かも知れない。]

一三 セコ。 包圍中のカクラに分け入り。タカウソ(竹の笛)を吹き犬を呼びつゝ、隈なく搜索して猪を追ひ出す者を云ふ。

[やぶちゃん注:「カクラ前掲。『猪の潛伏せる區域』を指す語。

タカウソ」単に「ウソ」という語は「口笛」を指す。]

一四 ハヒバラヒ。 灰拂。猪の尾端を云ふ。

一五 オコゼ。 鯱(シヤチ)に似たる細魚なり。海漁には山オコゼ、山獵には海オコゼを祭るを效驗多しと云ふ。祭るには非ず責むるなり。其方法はオコゼを一枚の白紙に包み、告げて曰く、オコゼ殿、オコゼ殿近々に我に一頭の猪を獲させたまへ。さすれば紙を解き開きて世の明りを見せ參らせんと。次〈つぎ〉て幸〈さひはひ〉にして一頭を獲たるときは、又告げて曰く、御蔭を以て大猪を獲たり。此上猶一頭を獲させたまへ。さすれば愈〈いよいよ〉世の明〈あか〉りを見せ申さんとて、更に又一枚の白紙を以て堅く之を包み、其上に小捻〈おひねり〉を以て括〈くく〉るなり。此〈かく〉の如く一頭を獲る每〈ごと〉に包藏するが故に、祖先より傳來の物は百數十重に達する者ありと云ふ。此のオコゼは決して他人に示すこと無し。

△椎葉村にオコゼを所持する家は甚〈はなはだ〉稀〈まれ〉なり。中のオコゼを見たる者は愈以て稀有〈けう〉なるべし。鯱に似たる細魚なりは面白し。中國の漁人たち試にオコゼを一籠此山中に送らば如何。オコゼは一子相傳にして家人にも置所〈おきどころ〉を知らしめず。或者の妻好奇心のあまりに、不思議の紙包を解き始めしに、一日掛〈かか〉りて漸〈やうや〉くして干〈ほし〉たるオコゼ出でたりと云ふ話あり。一生涯他人のオコゼ包〈づつみ〉を拾ひ取らんと心掛くる者もありと云ふ。此村にては吝嗇〈りんしよく〉なる者を「おこぜ祭」と云ふ。

[やぶちゃん注:実は本篇の電子化注は、ブログで公開した『「南方隨筆」版 南方熊楠「俗傳」パート/山神「オコゼ」魚を好むと云ふ事』を受けたものである。そこで熊楠がこの部分に言及している。また、私はそちらの注で、ここで言う「山オコゼ」及び「海オコゼ 」の種についても考証しておいたので、重複を避けるため、そちらを是非、参照されたい。

一六 タマス。 猪肉を分配する爲、小切にしたるものを云ふ。

△此說明は少しく不精確なり。タマスは分け前といふことなり。一タマスタマスは一人前二人前なり。役により一人にて二タマスを得る者もあり。次を見よ。

一七 クサワキ。 草脇。猪の腭〈あご〉の下より尻へかけての腹の肉を云ふ。

一八 ミヅスクヒ。 猪の下腭の末端を云ふ。

△三角の形を爲せる部分なり。最うまし。

一九 セキ。 猪の腰の間にて腹を包み居〈を〉る脂肉を云ふ。二十貫以上の猪ならば脂肉のみにて六七斤もあり。幾年圍ひ置くも腐敗せず。バタの代用を爲す。

[やぶちゃん注:「二十貫以上」七十五キログラム以上。

「六七斤」三・六~四・二キログラム。

バタ」バター。]

二〇 ギヤウジボネ。 行司骨。猪の肋骨の端なる軟骨を云ふ。

二一 イヒガヒボネ。 飯匙骨。猪の後脚の腿骨〈たいこつ〉の端を云ふ。其形狀飯匙に似たればなり。

[やぶちゃん注:「飯匙」杓文字(しゃもじ)のこと。]

二二 ツルマキ。 絃卷。猪の首の肉なり。輪切にしたる所絃卷に似たり。味最美なりとす。

[やぶちゃん注:「絃卷」弓矢の附属具。掛け替え用の予備の弓弦(ゆづる)を巻いておく道具。葛藤(つづらふじ)又は籐(とう)で輪の形に編み上げ、中に穴をあけて、箙(えびら)の腰革(こしかわ)に下げるのを例とした。弦袋(つるぶくろ)とも呼ぶ。]

二三 ソシ。 猪の背に沿ひて附著する肉なり。外部なるをソトゾシと云ひ、内部なるをウチゾシと云ふ。最〈もつとも〉不味〈ふみ〉也。

△「そじゝのむな國〈くに〉」などいふそじゝなるべし。

[やぶちゃん注:「そじゝのむな國」「膂宍(そしし)の空國(むなくに)」に同じ。猪などの獣類の背には肉が少ないことが原義であるが、そこから、「物事の豊かでない」意に喩え、「豊沃でない土地・瘦せた土地・不毛の地」の意図して記紀の時代から用いられた上代語である。]

二四 モグラジシ。 鼹鼠猪。又ブタジシとも云ふ。臭氣ありて食用に供し難し。百頭の猪の中大槪二三頭は此なり。外形少しく通常のものと異なれども、素人は解剖の上ならでは見分くること能はず。其形一見豕〈ぶた〉の如く、腹部甚しく肥滿して脚は割合に短かく、仰臥〈ぎやうぐわ〉せしむれば四肢の容態鼹鼠に酷似す。素人又は商人之を購ひ泣き出すことあり。

二五 〈いち〉ノキレ。 猪の首を云ふ。

二六 ヌリ。 負傷せる猪の血液が荊棘などに附著し。又は地上に滴り居るを云ふ。獵師はこのヌリを見て、急所に中〈あた〉り居るか擦り傷位なるかを知り、急所に中りたるものと認めたるときは、三四日間引續きても搜索する也。蓋し急所に中りたる折の血液は、黑味を帶び又脂肪を混ず。

△血をノリといふ語原はわかりたり。

[やぶちゃん注:と柳田は言っているが、それは「塗り」の転訛ということらしい。しかし、「血のり」は粘ついた凝固血の「糊」状になった「血」が語源と私は思う。]

二七 オヒサキ。 狩出したる猪を追跡するを云ふ。

二八 ツナグ。 猪の足跡を求めて搜索するを云ふ。

二九 アテ。 他人の猪を盜〈ぬすみ〉取り、又は狩場の作法に背き、不正の行爲を爲したるときは、奇妙にも獵運惡しきものなり。又獵師の妻が姙娠中は猪を獲〈から〉ず。萬一要部を射當るも斃〈たふ〉れず。斃れたりと雖〈いへども〉蘇生して逃走することあり。この二の場合をアテと云ふ。併し後のアテは大反對に出で、獵運大〈おほき〉によろしきこともありと云ふ。

三〇 ヰドモ。 猪伴。母猪に子猪があまた伴ひ居るを云ふ。

三一 ツキヰ。 附猪。ヰドモに牡の大猪が伴ひ居るを云ふ。

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