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2022/06/26

「南方隨筆」底本正規表現版「俗傳」パート「時鳥の傳說」

 

[やぶちゃん注:本論考は大正四(一九一五)年十一月発行の『鄕土硏究』第三巻第八号に初出され、後の大正一五(一九二六)年五月に岡書院から刊行された単行本「南方隨筆」に収録された。

 底本は同書初版本を国立国会図書館デジタルコレクションの原本画像(ここから)で視認して用いた。また、所持する平凡社「選集」や、熊楠の当たった諸原本を参考に一部の誤字を訂した。表記のおかしな箇所も勝手に訂した。但し、加工データとしてサイト「私設万葉文庫」にある電子テクスト(底本は平凡社「南方熊楠全集」第二巻(南方閑話・南方随筆・続南方随筆)一九七一年刊で新字新仮名)を使用させて戴くこととした。ここに御礼申し上げる。

 本篇は短いので、底本原文そのままに示し、後注で、読みを注した。そのため、本篇は必要性を認めないので、PDF版を成形しないこととした。]

 

     時 鳥 の 傳 說

 

 予も角田高木二君等の書共を引いて、今年四月倫敦で發表した(Kumagusu Minakata, “ Cuckoo in Folk-lore, ” Notes and Queries, 12th ser., i, p.338, April 22, 1916)。其内に載せた通り、吾邦の兄が弟を殺し悔ゐて時鳥に成つたのと類似の譚がマセドニアにも有る。云く、昔兄弟相嫉みて爭鬪止まず。母見兼ねて、汝等斯く相凌ぎ續けなば必ず天譴を得て二人永く離るゝに及ばんと諭せど從はず。益す相鬩ぎければ、天其不道を怒り其一人を亡ふたと有つて、歐州諸國語の常習通り兄も弟も同語で書いて居るから、どちらが失迹したか分らぬ(わが邦に味噌も大便も一舐めに歐州諸語を東洋の諸語に遙か勝つた者の樣に言散す輩が多いが、兄も弟もプラザー、姉も妹もシスター、甥も孫もネポテ、伯父も叔父もアンクル、夫の兄弟も妻の兄弟もブラザー、イン、ロー等、制度彝倫に大必要な名目が一向亂雜なるを、阿非利加の未開民さへ每々笑ふ由なるに、臭い物身知らずの歐人は姑く措き、本邦で學者迄も餘り氣附ず、歐州に無くて濟むことは日本でも無い方が便利など心得居る樣なるは氣が知れぬ)。さて兄か弟か別らぬが、跡に殘つた一人が悔悲めど及ばゞこそ、終に「緣が有るなら羽根はえて飛んで來い」の格で、翼を生じて亡人を尋ね出さんと祈り、天帝之を聽して鳥に化せしめると、ギオンギオンと亡き兄弟(どちらか分からぬ)の名を呼で尋ね飛ぶに、每唱必ず嘴から血を三滴落とすとは、どうも杜鵑色慘黑赤口なるより、異苑云、有人山行、見一群〔杜鵑〕聊學之、嘔血便殞、人言、此鳥啼、至血出乃止、故有嘔血之事とある支那說に似て居る。件の鳥がギオンギオンと鳴くより、ギオン鳥とマセドニア語で之を呼ぶ。ハーンの說にアルバニアにも類似譚有りて、其にはギオンを兄クツクーを妹とするさうだから、ギオンも時鳥に似た者らしい。爰に一寸辯じ置くは、英語クツクーを時鳥と心得た人少なからぬが、クツクーは時鳥(學名ククルス・ポリオケファルス)と同屬ながら別物で、邦名かつかうどり、又かんこどり又かつぱうどりなど稱へ、學名ククルス・カノルス、是は亞細亞巫來[やぶちゃん注:「マレー」。]諸島阿非利加歐州と廣く分布し、冬は南國夏は北地へ移りありく。三月末四月初め頃阿非利加より地中海を越えて歐州諸方に達し、雄が雌を慕ふて競鳴するを詩人も野夫も夥しく持囃す事、邦俗陰曆五月を時鳥の盛とするに同じ。本草啓蒙に、支那の鳲鳩一名郭公をカツコウドリに宛て、此鳥四月時分にカツコウと鳴く聲甚だ高く淸んで山谷に震響す。即ち郭公と自呼なりと云るは中つて居る。本草綱目には、鴶鵴という異名をも出す。是も獨逸名クツクツク和蘭[やぶちゃん注:「オランダ」。]名ケツケツク同樣其鳴聲に基いた名だ。兎に角時鳥もククルス屬の者ながら、英語でクツクー拉丁[やぶちゃん注:「ラテン」。]語でククルス希臘語でコツクツクスは、吾邦にも在るカツコウドリに正當す。其から杜鵑一名杜宇一名子規はモレンドルフ等之をヨダカだと云つた。其說聞くに足る者有れど、居他巢生子と有れば、正しく時鳥(ほとゝぎすの和字)に相違無い。柳田氏は時鳥弟殺しの本邦諸譚、皆この罪惡の起因だつた食物を薯蕷(やまのいも)[やぶちゃん注:珍しい熊楠によるルビ。]としたのは、必しも此鳥の季節が薯蕷の發芽期だからと言て了ふ可らず、何となれば此鳥は山家では殆ど秋初迄鳴續く故にと言はれたが、氏も又氏が咎め立てした中村君と同じく、後世の心もて古人を忖度する者と言なければならぬ。十年許り前迄熊野山間に薯蕷屬諸種を栽えて專ら食用した所が多かつたが、今日は左迄に無い。米穀の產出運輸交易の便宜乏しかりし世には、薯蕷を常食した地方が多かつたゞらう。從つて其發芽期を生活上の緊要件として居常注意し、時鳥の渡來初鳴と聯想するを習とした事、恰かも古希臘ヘシオドスの詩に檞樹間郭公唱ふ時農夫正に地を鋤くと言ひしは、南歐で郭公は仲春から盛夏迄唱ひ續くれど、此詩意は郭公唱ひ初むる時が耕地の初の時だと謂ひたるが如し。時鳥の鳴聲と連想せられた食物は必ずして薯蕷のみで無い。紀州龍神地方では時鳥「ホツポウタケタカ」と鳴くと云ふ。ホツポウはウバユリの方言で、道傍に此物多きが、時鳥が斯く鳴く時丁度此草長ず。雄本は葉綠に線條有り、雌本は紫條有り、雌本の味優る。其根を掘り小兒等燒いて食ふ。惟ふに古は大人も之を食ひ生活上の必要品としたので時鳥の鳴聲に迄注意したのであらう。本草綱目に郭公二月穀雨後始鳴、夏至後乃止、其聲如俗呼阿公阿㜑割麥插禾脫却破袴之類、布穀獲穀共因其鳴時、可爲候、故名之耳。 ‘Encyc, Brit,’ 22th ed., vol.vii, pp. 608-610 にも、時と處に從ひ郭公の唱聲同じからぬ由見える。予頃日遠江からカジカ蛙を貰ひ畜ふに、一日夜間にも時刻の異なるに倣て聲が差ふを知つた[やぶちゃん注:「倣て」はママ。「選集」ではひらがなで『よって』とする。とすれば、これは「依」「仍」など誤字と思われる。]。時鳥も那智で季春晝間聞いたと田邊で夏夜聞くとは大に違ふ。されば時鳥が春夏の交から初秋迄鳴くにしても、薯蕷の芽が出る頃、尤も薯蕷に因んだ辭に似て聞えるのであらう。支那にも商陸(やまごばう)[やぶちゃん注:熊楠のルビ。]の子熟する時杜鵑鳴き止むと云ひ、本邦で郭公を地方によりムギウラシ、アワマキドリ、マメウヱドリなど異稱する。甚しきは、今も蜻蜓が飛ぶ高さを見て蕎麥の蒔き時を知るさへ有り(一卷六號三七二頁)。頒曆不行屆きの世には誠に些細な事に迄氣を付けて季節を確めんと心懸けたものぢや。   (大正五年鄕硏究第四卷四號)

[やぶちゃん注:「選集」では冒頭の添え辞が改行下方インデントで二行あり、『中村成文「時鳥の伝説」参照『(『郷土研究』四巻三号一六二頁)』とある。中村成文氏は詳細事績は判らぬが、名は「せいぶん」と読み、八王子の民俗研究家と思われる(『郷土研究』等に投稿論文が多数ある)。大正四(一九一五)年には文華堂から「高尾山写真帖」を出版しており、国立国会図書館デジタルコレクションのこちらで画像で視認出来る。 また、「時鳥」(カッコウ目カッコウ科カッコウ属ホトトギス Cuculus poliocephalus )の博物誌は、私の「和漢三才圖會第四十三 林禽類 杜鵑(ほととぎす)」を、まず、参照されたい。そちらでは中国起源の伝説が中心になってしまったが、私の『佐々木(鏡石)喜善・述/柳田國男・(編)著「遠野物語」(初版・正字正仮名版) 五〇~五三 花や鳥』の「五三 郭公(クワツコウ)と時鳥(ホトヽギス)とは昔ありし姊妹(アネイモト)なり」と始まるそれもリンクさせておく。

「角田」既注だが、再掲しておくと、詩人・北欧文学者・文芸評論家で新聞記者であった角田浩々歌客(かくだ こうこうかきゃく 明治二(一八六九)年~大正五(一九一六)年)。本名は角田勤一郎。大阪の論壇・文壇で重きを成し、世論形成に大きな力を持ち、東の坪内逍遙と並び称された。詳しくは当該ウィキを参照されたい。

「高木」神話学者でドイツ文学者・民俗学者でもあった高木敏雄(明治九(一八七六)年~大正一一(一九二二)年)。熊本生まれ。東京帝大ドイツ文学科を卒業後、五高・東京高等師範・松山高等学校・大阪外国語学校でドイツ語を教え、文部省在外研究員としてドイツへ出発する直前に病没した。柳田国男と協力して『郷土研究』誌を編集(大正二(一九一三)年から翌年)するなど、日本民俗学の発展にも功績があったが、日本に於ける近代的な神話考究の学者としての業績が大きい。主要な業績は大学在学中の明治三二(一八九九)年から、大正三(一九一四)年の間に集中している。

「今年四月倫敦で發表した(Kumagusu Minakata, “ Cuckoo in Folk-lore, ” Notes and Queries, 12th ser., i, p.338, April 22, 1916)」英文の「Wikisource」のこちらで、投稿された雑誌原本と起こされて活字化された本文が読める。こういう資料を見るにつけ、日本のユビクタスは「ユ」の字一字にさえ達していない驚くべき貧しさにあることを痛感する。日本文学では教育機関や研究団体の公的紹介がないと閲覧出来ないパブリック・ドメインの電子データがごろごろあり、国立国会図書館の「デジタルコレクション」に対して出版社業界が電子画像の公開をやめろと申し入れたりするなど、呆れ果てること、これ、甚だしい。熊楠が今の世を見たら、象牙の塔に反吐を吐きかけること、間違いない。なお、熊楠はこの英文投稿に基づいて以下の文の一部を書いているので、まず、必ず、そちらを読まれたい。

「甥も孫もネポテ」英語で「甥・姪」、或いは、現行では廃語とされているが、「孫・子孫」の意がある「nephew」(ネフュー)の語源はラテン語の「孫,子孫,甥」の意を示す語根「nepōt-」であるから、その語源形を熊楠は示したらしい。但し、ここは並列している例からは「甥も姪も」の方がしっくりくる。

「彝倫」「いりん」。「彝」は「常」(つね)の、「倫」は「人の行うべき道」の意で、「人が常に守るべき道」。人倫に同じ。

「姑く」「しばらく」。

「悔悲めど」「くいかなしめど」。

「聽して」「ゆるして」。

「杜鵑色慘黑赤口」李時珍「本草綱目」の巻四十九の「禽之三 林禽」の「杜䳌」(䳌=鵑」の項の「集解」の最後で時珍が言っている一節。

   *

時珍曰、杜䳌、蜀中に出づ。今、南方に亦、之れ、有り。狀(かたち)、雀鷂(つみ)[やぶちゃん注:タカ科Accipitridaeの最の種であるタカ目タカ科ハイタカ属ツミ Accipiter gularis 。]のごとくにして、色、慘黑(ざんこく)なり。赤口(しやくこう)にして、小さき冠、有り。春の暮れ、卽ち、鳴く。夜、啼きて、旦(たん)に達す。鳴くに、必ず、北に向ふ。夏に至りて、尤も甚だし。晝夜、止まず、其の聲、哀切なり。田家、之れを候(うかが)ひて、以つて農事を興(おこ)す。惟だ、蟲蠧(きくひむし)を食ふ。巢居(さうきよ)を爲すこと、能はずして、他の巢に、子を生む。冬月に、則ち、蔵(かく)れ蟄(ちつ)す。

   *

「慘黑」は、人間から見て、痛ましいほどに惨めな黒色であることを言うか。

『異苑に云、有人山行、見一群〔杜鵑〕聊學之、嘔血便殞、人言、此鳥啼、至血出乃止、故有嘔血之事』「〔杜鵑〕」は熊楠の補塡。「異苑」は六朝時代の宋の劉敬叔の著になる志怪小説集(全十巻。当時の人物についての超自然的な逸話・幽霊・狐狸に纏わる民間の説話などを記したものだが、現存するテクストは明代の胡震亨(こしんこう)によって編集し直されたもので、原著とはかなり異なっていると考えられている)だが、熊楠は「本草綱目」から孫引きしたものと推定する。「漢籍リポジトリ」のこちらのガイド・ナンバー[114-15a]以下が、「杜䳌」の項で、その「集解」の中の李珍の叙述の前にある。訓読する。

   *

異苑に云はく、『人、有り、山行(さんかう)して、[やぶちゃん注:杜鵑の。]一群を見る。聊か、之れに學んで、血を嘔(は)きて、便(すなは)ち殞(し)したり。人の言ふ、「此の鳥、啼きて、血の出づるに至りて、乃(すなは)ち、止(や)む。故に、血を嘔く事、有り。」と。』と。

   *

この付説、実は馬鹿な奴が、啼いて血を吐くような痛烈なホトトギスの鳴き声を見聞きして、それを真似をして、その者はこともあろうに死んでしまった、ということを言っているのである。これは怪談なのであって、博物誌ではないことに注意しなくてはいけない。

「ハーンの說にアルバニアにも類似譚有りて、其にはギオンを兄クツクーを妹とするさうだ」昨日、一読、「ハーン」を小泉八雲のことか?! と、びっくらこいて、来日以前の作品の中に(私はブログ・カテゴリ「小泉八雲」で来日後の作品は訳文を総て電子化し終えている)それを探そうとする、とんでもない無駄な作業を一時間余りもやらかしてしまった。英文テクストをAlbaniaで検索するも、痕跡さえ見い出せず、取り敢えず、本文を最初から読み始めて、先に示した英文の「Wikisource」の熊楠の英文投稿に行き当たり、そこに「ハーン」が出てきて、これ、とんだ「ハーン」違いの大馬鹿早合点であることが判明したのであった。その以下の部分(ギリシャ文字らしい表記部分は字起こしが不全であり、私が起こすのも面倒なので(発音さえ出来ない)「*」に代えた。原雑誌画像を確認されたい)、

   *

" Bernhard Schmidt compares the name of the bird (* *****, or *******) with the Albanian form (****** or ****), and refers to Hahn's Tales  for an Albanian parallel, in which the gyon and the cuckoo are described as brother and sister."

   *

ここに出た「Hahn's ‘Tales’ 」とあるのが、それであるのである。「‘Tales’」はこの表記法から「Hahn」(ハーン)なる人物が書いた「話譚」という本の名前としか思われないのだが、人物も書名も遂に調べ得なかった。因みに、小泉八雲の以前の名は「Lafcadio Hearn」で綴りが違う。

「時鳥(學名ククルス・ポリオケファルス)」冒頭注で綴りを示してある。

「邦名かつかうどり、又かんこどり又かつぱうどりなど稱へ、學名ククルス・カノルス」カッコウ目カッコウ科カッコウ属カッコウ Cuculus canorus「和漢三才圖會第四十三 林禽類 鳲鳩(ふふどり・つつどり) (カッコウ)」を参照。なお、「和漢三才図会」には、悩ましいことに、「和漢三才圖會第四十三 林禽類 加豆古宇鳥(かつこうどり) (カッコウ?)」が別にある。

「競鳴」「きそひなき」。

「持囃す」「もてはやす」。

「盛」「さかり」。

「本草啓蒙に、支那の鳲鳩」(しきう)「一名郭公をカツコウドリに宛て、此鳥四月時分にカツコウと鳴く聲甚だ高く淸んで山谷に震響」(しんきやう)「す。即ち郭公と自呼」(みづからよぶ)「なりと云」(いへ)「るは中」(あた)「つて居る」小野蘭山述の「本草綱目啓蒙」(蘭山の講義を孫の職孝(もとたか)が筆記・整理したもの。享和三(一八〇三)年~文化三(一八〇六)年刊)のこと。国立国会図書館デジタルコレクションの原版本(非常に状態がよく、印字も読み易い)のここで視認出来る。

「本草綱目には、鴶鵴」(かつきく)「という異名をも出す」「杜鵑」と同じ巻に「鳲鳩」で出る。「漢籍リポジトリ」のこちら[114-2b]を参照されたいが、その「釋名」に別名として「布穀」「鴶鵴【音、「戞」、「匊」。】」「獲穀」「郭公」「布穀」を並べている。

「モレンドルフ」ドイツの言語学者で外交官であったパウル・ゲオルク・フォン・メレンドルフ(Paul Georg von Möllendorff 一八四七年~一九〇一年)のことであろう。十九世紀後半に朝鮮の国王高宗の顧問を務め、また、中国学への貢献でも知られ、満州語のローマ字表記を考案したことでも知られる。朝鮮政府での任を去った後、嘗ての上海で就いていた中国海関(税関)の仕事に復し、南の条約港寧波の関税局長官となり、そこで没した。

「等之を」「ら(は)、これを」。

「ヨダカ」ヨタカ目ヨタカ科ヨーロッパヨタカ(夜鷹)亜科ヨタカ属ヨタカ Caprimulgus indicus 。私の「和漢三才圖會第四十一 水禽類 蚊母鳥 (ヨタカ)」を見られたい。実際に挿絵で蚊を吐いている。

「居他巢生子」私の先の正式な訓読の終りの部分を参照。

「柳田氏は時鳥弟殺しの本邦諸譚、皆この罪惡の起因だつた食物を薯蕷(やまのいも)としたのは、必しも此鳥の季節が薯蕷の發芽期だからと言て了ふ可らず」(いふてしまふべからず)「、何となれば此鳥は山家では殆ど秋初迄鳴續く故にと言はれたが、氏も又氏が咎め立てした中村君と同じく、後世の心もて古人を忖度する者と言なければならぬ」(いはなければならぬ)の「薯蕷(やまのいも)」は音「シヨヨ(ショヨ)」で狭義には所謂、「自然薯(じねんじょ)」=「山芋」=単子葉植物綱ヤマノイモ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属ヤマノイモ Dioscorea japonica を指し、ここもそれと限定してよい。「日本薯蕷」とも漢字表記し、本種は「ディオスコレア・ジャポニカ」という学名通り、日本原産である。なお、ヤマノイモ属ナガイモ Dioscorea polystachya とは別種であるが(中国原産ともされるが、同一ゲノム個体は大陸で確認されておらず、日本独自に生じた可能性がある。同種は栽培種であるが、一部で野生化したものもある)、現行では一緒くたにして「とろろいも」と呼んだり、同じ「薯蕷」の漢字を当ててしまっているが、両者は全く別な種であり、形状も一目瞭然で異なるので注意が必要である。因みに、ウナギの産卵と稚魚の発生地が永く判然としなかったことから、古くより「ヤマノイモがウナギになる」というトンデモ化生説(但し、「絶対にあり得ないこと」の喩えとしての使用も古くからある)はご存知だろう。では、私の「三州奇談續編卷之二 薯蕷化ㇾ人」はいかがかな? 閑話休題。さて、この全体の「柳田」による批判部分だが、『郷土研究』上の柳田論考の一節か、或いは書簡で熊楠に向けて批評したものか「選集」の南方と柳田の往復書簡や、「ちくま」文庫版の「柳田國男全集」を調べては見たが、よく判らなかった。見つけたら、追記する。孰れにせよ、本篇の発表は大正五年七月であるが、この年の十二月を以って、南方と柳田が絶縁するのと、この熊楠の反撃口調は、遠くリンクしているように感ずるものである。

「居常」「きよじやう」。「日常生活に於いて常に」の意。

「習」「ならひ」。

「ヘシオドス」古代ギリシアの叙事詩人。紀元前七百年頃に活動したと推定されている。「神統記」「仕事と日々」の作者として知られる。当該ウィキによれば、後者の著作は『は勤勉な労働を称え、怠惰と不正な裁判を非難する作品で』、『同書には世界最初の農事暦であると考えられる部分のほか』、パンドラと五つの『時代の説話、航海術、日々の吉兆などについて書かれた部分がある。農事暦については、同書で書かれる程度のことは当時の聴衆にとっては常識であり、指南用のものではなく』、『農業を題材に取ったことそのものに意味があるとも考えられている』とある。

「檞樹」(かしはのき)ブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属 Mesobalanus 節カシワ Quercus dentata

「唱ふ」「うたふ」。

「唱ひ初」(はじ)「むる時が耕地の初」(はじめ)「の時だ」。

「ウバユリ」単子葉植物綱ユリ目ユリ科ウバユリ属ウバユリ Cardiocrinum cordatum 。当該ウィキによれば、「姥百合」で、『花が満開になる頃には葉が枯れてくる事が多いため、歯(葉)のない「姥」にたとえて名づけられた』とある。サイト「BOTANICA」の「ウバユリ(姥百合)とは?特徴・花言葉から育て方や食べ方まで解説!」で、食用となることが確認出来る。『野山にたくましく咲く花として紹介してきたウバユリですが、実は山菜としても食べられる植物です。ほかの種類のユリと同じように、球根』(正しくは地下茎の一種で鱗茎と呼ぶ)『を食用にします。ゆり根のようにホクホクとした食感が特徴で、ゆり根よりも若干』、『苦みを感じます。普通のゆり根に比べて球根が小さいので、食用で採集するときは多めに採るのがおすすめです』とあって、各種の料理法が載る。

「雄本は葉綠に線條有り、雌本は紫條有り、雌本の味優る」と熊楠は言っているが、誤りである。ウバユリは雌雄異株ではない。サイト「図鑑.net モバイルブログ」松沢千鶴氏の「ウバユリには、雄株と雌株とがある?」 を読まれたい。そこに、『オオウバユリ』(ウバユリ属ウバウリ変種オオウバユリ Cardiocrinum cordatum var. glehnii )『は、ウバユリの変種です。名のとおり、普通のウバユリより大きいです。日本の中部地方以北に自生します。普通のウバユリは、関東以南に自生します』。『アイヌの人たちは、伝統的に、オオウバユリに、「雄株と雌株とがある」と考えてきました。花を付けているのが雄の株で、花がなく、葉だけが茂るものを雌の株とします』。『ところが、実際には、オオウバユリは、雄株と雌株とに分かれていません。普通のウバユリも、そうです』(☜ ☞)。『他の多くの植物と同じく、一つの株で、雄と雌とを兼ねます』。『では、なぜ、アイヌの人たちは、このような区別をしたのでしょうか?』 『これは、その鱗茎を食べる都合上のようです。アイヌの人たちは、「雌」と見なしたオオウバユリの鱗茎しか、食べません。花が付いた株』――『アイヌが言うところの雄株』――『は、花に栄養を回すために、鱗茎が痩せてしまうからです』。『おそらく、元は、実用上の都合から、花の付いた株と、そうでない株とを区別したのでしょう。それを、わかりやすく、雄・雌と表現したのだと思います』(以下略)とあったからである。熊楠にはアイヌの血も流れていたか。素敵!

「惟ふに」「おもふに」。

古は大人も之を食ひ生活上の必要品としたので時鳥の鳴聲に迄注意したのであらう。

「本草綱目に郭公二月穀雨後始鳴、夏至後乃止、其聲如俗呼阿公阿㜑割麥插禾脫却破袴之類、布穀獲[やぶちゃん注:底本も「選集」も「穫」とするが、以下のリンク先の影印本で訂した。]穀共因其鳴時、可爲農候、故名之耳」これ、「漢籍リポジトリ」のこちら[114-2b]の「鳲鳩」を参照されたいのだが、正直、以上の熊楠のそれは引用とは言えない、操作したものである。全体を示すと(一部の表記を推定で判り易く変えてある)、

   *

鳲鳩【「拾遺」。】

釋名 布穀【「列子」。】・鴶鵴【音戞匊。】・獲穀【「爾雅」註。】・郭公。【蔵器曰、「布穀」、鳲鳩也。江東呼爲「獲穀」。亦曰、「郭公」。北人名「撥穀」。」。時珍曰、「布穀」、名多、皆各因其聲似而呼之如俗呼「阿公」・「阿」・「割麥」・「插禾」・「脫却破袴」之類、皆因其鳴時、可爲農候故耳。或云、「鳲鳩」、即「月令」鳴鳩也。「鳴」乃「鳲」字之訛。亦「通禽經」及方言並謂「鳴鳩」即「戴勝」。郭璞云、非也。】

集解 蔵器曰、「布穀」似鷂長尾、牝牡飛鳴以翼相拂擊。時珍曰、按「毛詩疏義」云、「鳲鳩」大如鳩而、帶黃色。啼鳴相呼而不相集。不能爲巢多居樹穴及空鵲巢中哺子。朝自上下暮自下上也。二月穀雨後始鳴、夏至後乃止。張華「禽經註」云、仲春鷹化爲鳩、仲秋鳩復化爲鷹。故鳩之目、猶如鷹之目。「列子」云、鷂之爲鸇、鸇之爲布・穀布・穀久、復爲鷂是矣。「禽經」又云、鳩生三子一爲鶚。

肉 氣味 甘、温、無毒。 主治 安神定志令人少睡【汪頴。】。

 脚脛骨 主治 令人夫妻相愛、五月五日收帶之、各一男左女右云置水中自能相隨也【蔵器。】

   *

下線部が一致する部分である。熊楠は適当な箇所を切り刻んで繋げて、あたかも「本草綱目」にそう書いてあるかのように作文したのである。「共因其鳴時」の「共」、「故名之耳」の「名之」に至っては勝手な挿入である。まあ、言っている内容に変化ないとは言えはするけれども。取り敢えず、訓読しておく

   *

郭公は、二月、穀雨[やぶちゃん注:現在の四月二十日頃。]の後、始めて鳴き、夏至の後、乃(すなは)ち、止む。其の聲は、俗に「阿公」・「阿㜑」[やぶちゃん注:孰れも年上の男子やお婆さんへの呼びかけ。]、「麥を割(か)れ」・「禾(いね)を插(う)ゑよ」・「破れ袴(ばかま)を脫-却(ぬ)げ」[やぶちゃん注:「田畑に出る仕度をせよ」の意か。]と呼ぶ類(たぐゐ)のごとし。「穀を布(ま)く」・「穀を獲(か)る」は、共に其の鳴く時に因りて農候と爲すべく、故に之れに名づくるのみ。

   *

「頃日」「ちかごろ」。

「カジカ蛙」両生綱無尾目ナミガエル亜目アオガエル科カジカガエル属カジカガエル Buergeria buergeri 。迂遠を厭わずに、考証をした「日本山海名産図会 第四巻 河鹿」の本文及び私の注を参照されたい。

「差ふ」「ちがふ」。

「交」「かひ」と読んでおく。

「辭」「ことば」。

「商陸(やまごばう)」

「子」「み」。

「蜻蜓」「とんぼ」。

「一卷六號三七二頁」「選集」に『『郷土研究』一巻六号三奈七二頁』とし、割注で『「紀州俗伝」四節』とある。この次の次から始まる「紀州俗傳」の第「四」章の最後の方にある「そばがきとんぼ」の話を指す。ここの右ページ九~十行目である。

「頒曆」近世から有料頒布された農事曆(のうじごよみ)。]

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