「南方隨筆」底本正規表現版「俗傳」パート「人を驢にする法術」
[やぶちゃん注:本論考は大正三(一九一四)年十一月発行の『鄕土硏究』二巻九号に初出され、後の大正一五(一九二六)年五月に岡書院から刊行された単行本「南方隨筆」に収録された。
底本は同書初版本を国立国会図書館デジタルコレクションの原本画像(ここ)で視認して用いた。但し、加工データとしてサイト「私設万葉文庫」にある電子テクスト(底本は平凡社「南方熊楠全集」第二巻(南方閑話・南方随筆・続南方随筆)一九七一年刊で新字新仮名)を使用させて戴くこととした。ここに御礼申し上げる。
本篇は短いので、底本原文そのままに示し、後注で、読みを注した。そのため、本篇は必要性を認めないので、PDF版を成形しないこととした。]
人を驢にする法術 (鄕硏一卷九號五五六頁)
高木君が引かれた幻異志の文だけでは、實際此の如き法術が支那に唐の頃行はれたのか、唯この一譚のみ印度等から轉靴して傳はつたのか、又まるで唐人新製の小說であつたのかを知り難かつた然る處頃日押上中將予に聊齋志異を天津から取寄せて惠贈せられたのを讀むと、淸朝にも此法實在するてふ迷信が決して少なからざりしを知つた。同書卷十四の第四十四章に云く、魘昧之術、不一其道、或投羹餌、紿之食之、則人迷罔、相從而去、俗名曰打絮巴、江南謂之扯絮、小兒無知、輒受其害、又有變人爲畜者、名曰造畜、此術江北猶少、河以南輙有之、揚州旅店中、有一人牽驢五頭、暫繫櫪下、云我少選卽返、兼囑勿令飮噉、遂去、驢暴日中、蹄嚙殊喧、主人牽着冷處、驢見水奔之、遂縱飮之、一滾塵化爲婦人、怪之詰其所由、舌强而不能答、乃匿諸室中、既而驢主至、驅五羊于院中、驚問驢之所在、主人曳客坐、便進餐飮、且云客姑飯、驢卽至矣、主人出悉飮五羊、輾轉皆爲童子、陰報郡、遣役捕獲、遂械殺之。(大正三年十二月『鄕土硏究』二卷九號)
[やぶちゃん注:太字は底本では、傍点「﹅」。なお、「選集」では添え辞は改行下方インデント二行で、『南方「今昔物語の研究」二節参照』『(『鄕土研究』一巻九号五五六頁)』とあるが、ようは先行する『「南方隨筆」版 南方熊楠「今昔物語の硏究」 二~(5) / 卷第三十一 通四國邊地僧行不知所被打成馬語第十四』を指す。そっちをまず読まれたい。そちらで注したことはここでは繰り返さない。
「押上中將」『「南方隨筆」底本正規表現版「俗傳」パート「睡人及死人の魂入替りし譚」の「二」』参照。
「同書卷十四の第四十四章に云く、魘昧之術、……」これは「聊齋志異」の第二巻の「造畜」である。既に述べた通り、同書は私の古くからの愛読書で、訳本も多数所持しており、実は熊楠が引用したこの話は、高校時代に既に読んでいた。なお、原文については、「維基文庫」版の電子化、及び、「中國哲學書電子化計劃」の影印本で校合し、決定した。南方の所蔵本とは異なる可能性が高いが、意味が通じ易いと判断して選んだ箇所もある。決定的な違いは、冒頭のブラック・マジックを示す語で、「南方隨筆」及び「選集」は「魘媚」で、かの柴田天馬氏の角川文庫版完訳でも『魘媚(のろい)』としてある。他の中文サイトの「聊齋志異」では「魘媚」(エンビ)とするものも多い。個人的には「魘昧」(エンマイ)の方が、人に危害を加える黒魔術的なニュアンスを私はよく伝えていると断じ、これを採用した。以下、訓読を試みる。読み易くするため、段落を成形した。
*
造畜(ざうちく)
「魘昧」の術は、其の道を一つとせず、或いは羹(あつもの)や餌を投じ、紿(あざむ)きて之れを食はしめば、則ち、人、迷ひ、罔(くら)んで相ひ從ひて去る。俗に名づけて「打絮把(だしよは)」と曰ひ、江南にては、之れを「扯絮(ししよ)」と謂ふ。小兒は無知なれば、輙(たやす)く、其の害を受く。
又、人を變じて畜と爲(な)すも者有り、名づけて「造畜」と曰ふ。この術は江北には、猶ほ、少なく、江南には、輙(すなは)ち、之れ、有り。
揚州の旅店の中(うち)に、一人、有りて、驢(ろば)五頭を牽き來たり、暫く。櫪下(うまや)に繫ぐ。
「我れ、少-選(しばら)くして、卽ち返る。」
と云ひ、兼(かさ)ねて、
「[やぶちゃん注:「驢に」。]飮み噉(く)はしむる勿(なか)れ。」
と囑(しよく)して、遂に去る。
驢は、日中に暴(さら)され、蹄(ひづめをけ)り、齧(はが)みすれば、殊に喧(やかま)しければ、主人、牽きて、冷(すず)しき處(ところ)に着(を)らしむ。
驢、水を見るや、之れに弄(はし)り、遂に縱(ほしいまま)に之れを飮む。
一たび、塵(ちり)のうちに滾(ころ)ぶや、化(くわ)して婦人と爲る。
之れを怪しみ、其の所由(ゆゑん)を詰(ただ)すに、舌、强(こはば)りて、答ふる能はず。
乃(すなは)ち、諸(これら)を室の中(うち)に匿(かくま)へり。
既にして、驢主、至る。
五の羊(ひつじ)を院中(なかには)に驅(か)り入るるも、驚きて、驢の所在を問ふ。
主人、客を曳きて、坐(ざ)せしめ、便(すなは)ち、餐飮(さんいん)を進め、且つ曰はく、
「客、姑(しばら)く、飯(はん)せよ。驢は、卽(ただち)に至らん。」
と。
主人、出でて、悉く、五羊に飮ましむれば、輾轉して、皆、童子と爲(な)る。
陰(ひそ)かに、郡に報じ、役を遣はさせ、捕獲し、遂に之れを械殺(かいさつ)せりと。
*
「械殺」は身体に械(かせ)を嵌めて死に至らせる刑。]
« 「南方隨筆」底本正規表現版「俗傳」パート「鹽を好まぬ獸類」 | トップページ | 「春晝」+「春晝後刻」(正規表現カップリング版・オリジナル注附・PDF縦書版・3.04MB)完全版公開 »

