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2022/07/05

曲亭馬琴「兎園小説別集」下巻 問目三條【鳩有三枝之禮、鹿獨、肝煎、著作堂問、馬答なし。追記雀戰】~追記 雀戰 / 問目三條 他~了

曲亭馬琴「兎園小説別集」下巻 問目三條【鳩有三枝之禮、鹿獨、肝煎、著作堂問、馬答なし。追記雀戰】~追記 雀戰

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの「新燕石十種」第四では本篇はここから。吉川弘文館随筆大成版で、誤字と判断されるものや、句読点などを修正した。三ヶ条とは無縁で、最後に馬琴が述べいるように、稿に余白が生じたので、珍事記事として書き入れたものである。]

 

雀記、雀戰、

天保三年壬辰秋八月六日より、同月十日比まで、湯島麟祥院【號天澤山。】の隣寺【寺號をわする。なほたづぬべし。】の森にて、雀數千隻宿せしが、雀戰起りしより、處々の雀集り來て數萬に及び、くひあふ事夥し。その聲、遠く本鄕御弓町、水道橋邊までも、くつわ蟲の遙に群鳴く如く聞えしとなり。吾友木默老々人の家人國越某、同月六日の夕つかた、はからずその寺の頭りをよぎりて、目擊せしよし。その翌七日、老人より消息のついでに告られにき。又一友人鈴木有稔の近隣某も目擊せしに、雀は森の中に在り、外の方よりうち見たれば、くひあふ處、定かには見えざりしが、そこらの樹の下にくひ殺されし雀、木の葉の散たるやうに見えたりとぞ【風聞には死したる雀、米苞に三五俵有しといへり。追考餘錄第二卷にしるす。合し見るべし。】ある人、このことを板にゑらせんとて、有稔子に畫を誂へしが、彫工いまだ成を告げずといへり。世にめづらしき事なるに、こゝに半張の餘紙ありければ、追て錄す。昔もかゝる事有けるか、和漢の先蹤なほ考ふべし。

[やぶちゃん注:「雀記、雀戰」「すずめのき、すずめいくさ」と訓じておく。スズメ目スズメ科スズメ属スズメ Passer montanus(本邦のそれは亜種スズメ Passer montanus saturatus )の博物誌は私の「和漢三才圖會第四十二 原禽類 雀 (スズメ・ニュウナイスズメ)」を参照されたい。

「天保三年壬辰」(みづのえたつ)「秋八月六日より、同月十日比」(ごろ)「まで」一八三八年八月三十一日から九月四日頃。

「湯島麟祥院【號天澤山。】の隣寺【寺號をわする。なほたづぬべし。】「湯島麟祥院【號天澤山。】」は東京都文京区湯島にある臨済宗妙心寺派天沢山麟祥院。徳川家光の乳母として知られる春日局の菩提寺で、春日局の隠棲所として寛永元(一六二四)年に創建された。ここ(グーグル・マップ・データ)。「隣寺」これを文字通りに――隣りの寺――とするなら、江戸切絵図(「江戸マップβ版」。左中央を拡大されたい)では、東に接する「冷智院」(現存しない)がそれとなろう。「江戸名所図会」の「天澤山麟祥院」の絵図(国立国会図書館デジタルコレクションの天保五~七年版)を見ると、本文には記されていないが、切絵図の位置に「塔中」(「塔頭」に同じ)とあり、ここには町屋が迫っているものの、町屋とのあいだに林が確認出来る(現在は明治になって移転してきた麟祥院の塔頭霊樹院がある辺りが相当する)。当時、少し離れた位置に、春日の局の発願で猶子栄誉法印が建立した真言真義宗の根生院(切絵図の表記。「江戸名所図会」では「金剛寶山根生(こんしやう)密院」とする)があるが(現在は豊島区高田に移転している)、ここは「隣寺」と称するにはちょっと離れており、しかも湯島天神の路を隔てた真後ろ直近にあるから、ここなら、わざわざ麟祥院を出さずに、そっちで指示するだろうから、私は冷智院ととる。

「雀數千隻宿せしが」「すずめ、すせんせき、やどりせしが」。

「集り來て」「あつまりきたり(きたつ)て」。

「數萬」「すまん」。

「くひあふ事」私は雀が成体個体同士が共食いをするという事実は聴いたことがない。極度の餌不足が起これば、雑食性動物ならば、共食いはするだろうが、江戸市中で、飢饉でもない状況下、爆発的にスズメが大発生して、自滅的共食いをするというのは、考え難い。実際に共食いをしている場面を観察したようでもないから、これは何らかのスズメの感染症(ダニなどの寄生虫の多量発生を含む)によるものではあるまいか? ダニにやられて力尽きて落ち、息絶えたスズメを私の知人は目撃している。毛がぼわぼわになって、そこからダニが群がって這い出していたというから、この「くひ殺されし雀、木の葉の散たるやうに見えたり」というのも私にはそれなら腑に落ちるのである。但し、非常に狭い地域で、周辺域が棲息に適さない何らかの理由が存在し、そこで局地的爆発的にスズメの子が多数生まれ、それが個体間距離を著しく侵害するに至れば、攻撃性が高まり、突発的なパニックに陥ることはあり得るであろう。

「本鄕御弓町」(おゆみちやう)現在の文京区本郷一丁目・二丁目(グーグル・マップ・データ)。

「水道橋」上記地区の南東直近。

「くつわ蟲の遙に群鳴く如く」直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目キリギリス上科キリギリス科 Mecopoda 属クツワムシ Mecopoda nipponensis。YouTube の花キノコ虫やまのべ」氏の「日本一うるさい昆虫、クツワムシの鳴き声/Noisy Katydidをリンクさせておく。

「木默老々人」不詳。

「頭り」「あたり」と当て訓しておく。

「消息」書簡。

「鈴木有稔」不詳。「ありとし」と読むか。

「米苞」「こめづと」。米俵。

「追考餘錄第二卷にしるす」次の「兎園小說餘錄」のここにある「雀戰再考」

「有稔子」不詳。絵師の雅号であろうから、「いうねんし」と音読みしておく。

「成」「なる」。

「半張」「はんちやう」。

「追て」「おつて」。]

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