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2022/07/29

曲亭馬琴「兎園小説別集」下巻 越後船石

 

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの「新燕石十種」第四では本篇はここ。吉川弘文館随筆大成版で、誤字と判断されるものや、句読点(私が添えたものも含む)などを修正した。

 標題は目録では「加賀金澤出村屋紀事【追錄越後船石。】」とあるのであるが、これは例の紙数が余って入れたものに過ぎず、前に電子化注した「加賀金澤出村屋紀事」とは無関係なものなので、ここに分離独立させた。因みに、底本も吉川弘文館随筆大成版も、以下の本文標題は「松山」なのだが、これ、原本の「船山」の誤記ではあるまいか? さればこそブログ標題は目録のものを用いた。

   ○追錄松山の船石

越後魚沼郡市ノ越村【上に記せし瑞稻の生出たる割野村を距ること二三里。】の持山に、船山といふ山あり。いかなる故にこの名あるにや。土人もこれを知るものなかりしに、近年、妻有(マヽ)三條邊大地震の頃、この山の澗間、崩れて、形、船の如き自然石、半分、出現しけり。その石、長さ一丈[やぶちゃん注:三・〇三メートル。]、橫四尺[やぶちゃん注:一・二一メートル。]、凹にて、宛も石工の彫れるが如し。里人等、神子の口よせに任して、掘出して、鎭守の社頭に曳つけたり。船山の名は、この石によりて命ぜしを、石の土中に埋れしより、遂に、しるものあらずなりしを、今やうやくに悟るといへり。

 これも鹽澤なる牧之が、郵書中にしるして

 おこしたるを、こゝに餘紙あれば追錄す。

    壬辰七月十二日    著作堂主人

[やぶちゃん注:「上に記せし瑞稻の生出たる割野村」これは、『曲亭馬琴「兎園小説別集」下巻 東大寺造立供養記(追記で「瑞稻」と「白烏」が付随する)』(これは分離独立するべきだったな)の「瑞稻」の記事を指す。但し、馬琴は自分が書いたものを誤って読んでいる。則ち、地名と人名をカップリングしてしまうというミスを犯しているのである。その冒頭は、『天保二年辛卯の秋、越後魚沼郡妻有の庄、十日町の在鄕割、野村久左衞門といふ者の家の裏の軒端に、稻一株自然と生出しを、そがまゝに捨置しに、漸々生立て長さ八九尺に及び、葉の幅、八、九分なり。』なのである。位置は判らないが、「在鄕割」は地名であり(私は現在の十日町市街と推定した)、「野村久左衞門」が姓名なのだ。則ち、そこで注したように「越後魚沼郡妻有」(つまあり)「の庄」は現代の旧十日町市・旧川西町・旧中里村・津南町の広い地域を指した広域地方名であったのである。この附近(グーグル・マップ・データ。指示のないものは以下同じ)に当たる。疑う人がいようから、同地図で「妻有」で調べた画面をお見せしよう。それでも、まだ、猜疑するなら、「新潟県」公式サイトの「越後妻有とは」を見るがよい! そこに、『新潟県南部に位置する十日町市と津南町の妻有郷からなり、日本一の長さを誇る信濃川中流域に開けた盆地を中心に栄えた地域です』。『なお、「妻有」とは古くからは旧十日町市、旧川西町、旧中里村、津南町地域のことを指しますが、ここでは旧松代町、旧松之山町も含めた十日町市、津南町を「越後妻有」として表現しています』とあることで、納得されるであろう。なお、間違っているのは、馬琴だけではない。底本の編者もまた、大ボケをカマしているのである。底本の編者が「妻有」にママ注記をしているのだが、この編者、新潟に古い広域地域名として「妻有」が存在することを知らずに、この二字を錯字と判断してしまったらしいのである。馬琴のミスと合わせて、正直、もう、救いようがないのである。

さて。閑話休題。

●この「船石」(「ふないし」と読む)は現存するのか?

●あるとするならば、どこにあるのか?

という素朴な疑問だ。まず、結論を先に言っておく。

◎「船石」は「ふないし」と読み、現存する。

◎「船石」がある場所は現在の新潟県十日町市市之越(いちのこし)のどこかである。

以下、私が激しく驚いた、ある事実を順に記す。

まず、「兎園小説 船石」のフレーズ検索で、「日文研」の「怪異・妖怪伝承データベース」でヒットした。ここである。読みもその「フナイシ」に従ったものである。なお、言っておくと、ここの出典は「兎園小説拾遺」(私は底本の配列順序に従い、一番最後に電子化注する予定である)となっているが、実はそちらにも、同じ内容の別記事が載っているのである。現在の底本のここである(左ページ上段末から下段の初めの部分)。さて、そこには、「地域」の項で、新潟県十日町市とし、『越後国魚沼郡の市の越村に船山という山がある。この山は文政』一二(一八二九)『年の地震で船山が崩れて、そこから長さ』一『丈ほど』で、幅四『尺ほどの船石が出現した。自然石なのに船の形をしており、石工の手による物ではないという。神子の口寄せによって同村の鎮守の社頭にもってきたという。』と要約されている。

私は、ここで内心、ホッとしたのである。ここでかく記されていれば、簡単に場所がポイントで容易に判ると考えたし、多くの信頼に足る記載も期待出来ると思ったからだ。

ところがドッコイ、アラマッちゃんデベソの宙返り、ときたもんだ!

確かに、公的に信頼出来る記載は、複数、見つけたことは、見つけた。

まずは、「十日町市観光協会」のズバり、「船石」(「ふないし」とルビ有り)だ! 写真入りで、これが最も信頼出来る唯一の「船石」の公式ページであると言ってよかろう。そこには、『小さな村に昔から伝わる伝説』。『船形の石は苔むし、たまった水の水面がひかります』。『石碑にはその伝説が彫ってありますのでぜひご覧ください』とロマンチックに始まり、『●船石伝説の全文はコチラ/梵天宮改修記念建立碑より』とあって、『昔天気の良いある日、神様は大きな石を見つけ天から市之越の森へ降りてきました』。『神様が市之越(いちのこし)に着くころは、村人たちの夕食時でしたが、外の豪音に驚き』、『これは大変な事が起きたと』、『雨戸を閉め』、『一晩中一睡もしないで一夜を明かしました』。『翌朝』、『村人たちは昨夜音のした森へ行ってみると』、『そこには大きな石がおちていて、石の上に背丈一寸八分』(五センチ四・五ミリ)『黄金色に輝く貴賓(きひん)ある「梵天様(ぼんてんさま)」が乗って居られました。村の人達は大きな橇(そり)をつくり』、『村中』、『総出となり』、『梵天様と』、『乗って降りた石を』、『市之越の村まで運び、お宮を造り』、『崇拝し』、また、『石は真中が窪んで船形をしているので「船石(ふないし)」と呼ぶようになりました』。『梵天様は村人たちに』いろいろ『良いことを教え導き、何時の間にか』、『お姿が見えなくなりましたが、それ以来、市之越の村には大変良い事が続き立派な村になりました』。『今も梵天様と船石降臨の地を「梵天森」と呼び』、『石の祠(ほこら)で祀(まつ)っており、その脇からは』、『絶えることなく清水が湧き出ており』、『村の水源地にもなっております。又、不思議な事に』、『船石にたまった水は』、『どんなに日照りが続いても決して絶える事はありません』とあって、グーグル・マップ・データもあるのである。ここで私は、九十九%、安心してしまっていた。おもむろに、地図を拡大してみた。

しかし、これ、それを航空写真に変えた瞬間、青くなった。別ウィンドウで調べてみて、まっ青になった。これは、グーグル・マップの地名「市之越」の箇所に機械的にポイントしただけであることが判明したからである。そこは貯水池の人口の堤だったからである。

『……まあ、それでも、調べりゃ、おっつけどこにあるか判るだろう。こんなに狭い地域なんだから。』

と私は楽観していた。だって、ここの中(グーグル・マップ・データ航空写真。人工物はそんなに多くはないのだ)なんだもんね。同観光協会のサイトには別に「中里地域の伝説」にも、一枚、写真があるんだから……

そこで私は公的な記事を探してみた。ある! ある! いっぱいあるんだな、これが!

例えば、中里村役場(新潟県中魚沼郡中里村大字田)の一九九六年八月号『広報 なかさと』PDF)の6ページ目に『梵天船石に参道と駐車場を完備!!』という記事を見て、胸を撫でおろしたもんだ。確かに――その石が舞い降りた場所は――判った。『現在の清津スキー場リフト脇の森』とあるからだ。ここ(グーグル・マップ・データ航空写真)の北東側か南西側だ。しかし……現在、置かれている場所が書かれていないのだ。先の観光協会の写真から、林か森の中にあることが判るが、それがどこか、一向、判らんのである。この『広報なかさと』が頼りになる。他にも二つ三つ、記載を見つけたのだ。その一つ、一九九一年六月号PDF)の6ページを見よ! 船石はUFOであるからして、それを絡めたイベントさえ行われていたんだ!!!……でも……その開催地は船石のあるところではないんだな、これが……

……んでもって、「中里村」が気になった。二〇〇五年四月一日、十日町市・中魚沼郡川西町・東頸城郡松代町・松之山町と合併して、新設の十日町市となったために消滅していたのである(当該ウィキに拠った)。則ち、中里村役場に問い合わせるという最終手段も、最早、失われていたのである。

検索もかけた……見得る古い地図も確認した……ストリートビューも見た(駐車場と参道を探した)……しかし……終に……この「船石」の所在地は判らなかった万事休す――どうか、現地の方の御援助を願いたく存ずるものである。それにしても、中里村時代は、盛んに記載があるのに……と、私は「平成の大合併」に、民俗社会が薄れてゆく、甚だ淋しい印象を感ずるのである…………(後注で濃厚なそれらしいものを記しはした)

「船山といふ山あり」古い地図も見たが、不明。但し、以上の記載を総合すると、先に出た「なかさと清津スキー場」のある山であろう。

「近年、妻有」「三條邊大地震」「三條」は現在の新潟県三条市で、十日町市の東北約四十キロメートルの位置にある。「近年」というところからは、文政十一年十一月十二日(一八二八年十二月十八日)に現在の新潟県三条市付近で発生した「三条地震」があるが、当該ウィキを見る限りでは、現在の十日町市附近は震災被害地としては出てこない。しかしそこに、『三条地震のニュースは、江戸まで伝わり、瓦版が大事件として扱った』とあり、さらに、『被災の惨状は瞽女口説』(くぜつ)『に切々と唄われ、一時は「三条滅亡説」さえ流れた』とあるから、これであろう。

「澗間」二字で「たにま」と訓じておく。

「宛も」「あたかも」。

「神子」「みこ」。巫女(みこ)。

「口よせ」「口寄せ」。民間の巫女が神憑 (かみがか) りの内に神霊(しんれい)や死霊(しりょう)を呼び出し、その託宣や心境を代りに口語(くちがた)ること。ここは「神口 (かみくち)」(神託)ということになるが、本来の「口寄せ」は、一般には死者の霊を呼び出して語る「仏口(ほとけぐち)」が多い。代表的な者としては、東北地方の「いたこ」、奄美・沖縄の「ゆた」などがそれである。

「任して」「まかして」。

「掘出して」「ほりいだして」。

「鎭守の社頭に曳」(ひき)「つけたり」古い戦前の地図を「ひなたGPS」で見ても、同地区には現在の「十二社」しかない。しかし、明治の神社合祀があるから、ここが船石の所在地だと言うことは出来ない。しかし、ストリートビューでここの近くを見ると、駐車場と、参道らしき道は確認出来、反対側の道路からの画像を見ても、如何にもそれっぽい感じはする。有力か?

「鹽澤なる牧之」鈴木牧之(明和七(一七七〇)年~天保一三(一八四二)年)のこと。現在の新潟県魚沼市塩沢(グーグル・マップ・データ。以下同じ)の豪商で随筆家。私の偏愛する北国の民俗学的随筆「北越雪譜」の作者として、とみに知られる(天保八(一八三七)年、初版三巻を刊し、天保十二年には四巻を追加)。

「壬辰」天保三(一八三二)年。これは「兎園小説別集」にクレジットされる干支の中で、最も新しいものであり、本書の刊行がこの年(以降)であることが判然とした。

「著作堂主人」馬琴の号の一つ。]

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