毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 鳥貝 / トリガイ
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。なお、この見開きの左丁の「(ワレカラ)」は、当初にランダムに好きなものを電子化した際に、既に『毛利梅園「梅園介譜」 小螺螄(貝のワレカラ)』として電子化注を終えている。]
鳥貝(とりがい)【「さるがしら」。】
茶碗貝
丹後宮津
其形、魁蛤(あかゞい)に似たり。彩色(さいしよく)、「本草」に曰ふが如し。其の身は鳥の觜(くちばし)に似たり。『化(け)して、「かいつぶり」となる。』と云ひ、或いは曰はく、『犬猫、之れを食へば、耳の、縮(ちぢ)まりて小になる。』と云ひ、『此の貝、鳰【かいつぶり】と化す。故に鳥貝と云ふ。』と。其の殻を紙を以つて張り、中に「砂からくり」をなし、小兒の玩(もてあそび)とす。又、漆(うるし)を商ふ者、此の貝に漆を入れ、人に、あとふ。
乙未(きのえひつじ)三月上巳(じやうみ)の日、時に、二種を眞寫す。
[やぶちゃん注:殻は勿論、生貝の足の部分も描き込んで(もっと黒みがかった感じだと思うが、殻部分の辺縁の黝ずみ感(リアルだが、ちょっと汚く見える)を和らげるために足の彩色を相対的に黒を薄くして、帯びるところの紫で抑えたことで、柔軟な感じが出、また、本種の貝殻の持つ均整のとれた対称性を強調するとともに、全体にグロテスクにならぬように配慮もされているように感じる)、よく描けている。
斧足綱マルスダレガイ目ザルガイ科トリガイFulvia mutica
である。
「さるがしら」この異名は生き残っていないようである。紅潮した「猿」の「頭」(顔)で腑に落ちるのだが、武蔵石寿の「目八譜」を縦覧してみたところ、全く別の複数の種(私が確認出来ただけでトリガイではなく、それぞれも異なる二種)に「猿頭」の名を与えていた、
「茶碗貝」「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページに異名としてある。殻は内側が紫紅色を帯び、大型のものは茶碗と呼びたくなる気持ちは判る。
「丹後宮津」「天橋立」で知られる現在の京都府宮津(グーグル・マップ・データ)。古くより鳥貝の名産地として知られる。
「魁蛤(あかゞい)」翼形亜綱フネガイ目フネガイ上科フネガイ科アカガイ Anadara broughtonii 。先行する『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 𩲗蛤(アカヽイ) / アカガイ』を参照。
「本草」「大和本草卷之十四 水蟲 介類 鳥貝」である。どうも、かくも梅園の書き方をこうして覚えてくると、真っ先に私は、この『彩色(さいしよく)、「本草」に曰ふが如し』という、どこか仰々しい言い回し(この「彩色」へのルビは梅園が直に振っているのである)に、何時もの不審を抱いたのであるが……案の定だ! 以下、「此の貝、鳰【かいつぶり】と化す。故に鳥貝と云ふ」というトンデモ化生(けしょう)説に至るまで、「大和本草」のそちらの記載の順序をちょっと変えただけの、梅園お得意のほぼマンマの孫引きなのである。一気に注をする気が失せた。というより、「大和本草」の方で私は強力に注してあるので、そちらを読まれれば、こと足りるのである。いや――彼の剽窃には、ある種の後ろめたさがそこはかとなく漂っている。順序を入れ替えるのは、その罪悪感を軽減し、自身の言葉のように錯覚させる効果がある。最後で徐ろに二件の民俗記載を何んとなく添えているのも、そうした意識の一つと言える。
『其の殻を紙を以つて張り、中に「砂からくり」をなし、小兒の玩(もてあそび)とす』何となく判る。今度、鳥貝の殻に和紙を張って作ってみたい。
「あとふ」「與(あた)ふ」の音変化のママ表記。
「乙未三月上巳日」天保六年三月十日己巳(つちのとみ)で、グレゴリオ暦一八三五年四月七日。
「二種」本図と前の「カラスノマクラ」を指す。]
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