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2022/08/18

毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 「イタラ貝・板屋貝・杓子橈」と「指甲螺・メクハシヤ」二種 / イタヤガイと触手動物のミドリシャミセンガイ

 

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングし、一部をマスキングした。]

 

Itayamekajya

 

イタラ貝

 アキタガイ 板屋貝 杓子貝(しやくしがひ)

漢賈(かんか)、筆談

    「半邉蚶」(ハンヘンカン)

 

薩刕の海、多く生ず。諸州、又、あり。其の肉柱、味、甘美。其の殻、一片は平(ひらたく)、一片は凹(くぼ)なる故、「半邉蚶」と云ふ。

 

三種

  乙未九月九日、眞寫す。

 

指甲螺(しかふら)【「閩書」・「三才圖會」。】

   めくはじや【肥前・肥後。】

   おとめがい【備前。】

 

江橈(カウゼウ)

  「漳州府志」曰はく、『江橈。綠の殻、白き尾。其の形、舟橈のごとし。故、名づく。』と。「泉州郡志」に、『形ち、指甲の如きにして、以つて、「指甲螺」と名づく。』と。

 

[やぶちゃん注:上部一個体は、梅園が好きで、都合、『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 錦貝(ニシキガイ)・イタヤ貝 / イタヤガイ・ヒオウギ』を最初として四度も描いている、

斧足綱翼形亜綱イタヤガイ目イタヤガイ上科イタヤガイ科イタヤガイ属イタヤガイ Pecten albicans

で、下部の二個体は、殻が強い緑色を呈していること、生貝を描いているように見えることから、

触手動物門腕足綱無穴目シャミセンガイ科のミドリシャミセンガイLingula anatina 

である。老婆心乍ら、確認しておくと、シャミセンガイはこれは、「蛤蚌類」でないばかりか、軟体動物門 Mollusca に属する貝類ではなく、全く異なった生物群である腕足動物門 Brachiopoda に属する二枚の殻板を持った海産生物である。馴染みのない読者も多かろうから、取り敢えず、私の「大和本草卷之十四 水蟲 介類 メクハジヤ」を読まれたい。「シャミセンガイ」という和名は「三味線貝」で、本種は図の通り、肉質棒状の肉茎の先に、長方楕円様の形の一対の殻(二枚貝類とは異なり、左右ではなく、体制の前殻・後殻と呼ぶ)を支える全体を「三味線」に見立てて名づけたものである。

「アキタガイ」「秋田貝」であるが、これは誤り。アキタガイは現在も残るホタテガイ(斧足綱翼形亜綱イタヤガイ目イタヤガイ上科イタヤガイ科 Mizuhopecten 属ホタテガイ Mizuhopecten yessoensis )の異名である。

「漢賈、筆談」先行する上記リンク先にも出たが、漢人(当時は清国)の商人との筆談で得た漢名ということか。

「半邉蚶」現行でもイタヤガイの異名として残る。

「乙未九月九日」天保六年。グレゴリオ暦一八三五年十一月九日。

「指甲螺」「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のミドリシャミセンガイのページには、確かに、「地方名・市場名」の項に「シコウラ[指甲螺]」とある。但し、現代中国では、「指甲螺」を検索すると、調理品画像とともに圧倒的に斧足綱マルスダレガイ目ニッコウガイ超科ナタマメガイ科アゲマキ属アゲマキガイ Sinonovacula constricta らしきものが、ゾロゾロ出てくる。中には腹足綱前鰓亜綱新腹足目アクキガイ超科バイ科バイ属バイガイ Babylonia japonica らしきものも含まれている。巻貝を表わす「螺」で二枚貝のアゲマキガイはちょっと首をかしげるが、少なくとも中国の現代の市場では、上記の貝類(或いは近縁種)を一般には「指甲螺」と呼んでいるらしいことが判ったので附記しておく。なお、「指」は肉茎を、「甲」は貝殻の意と思う。

「閩書」複数回既出既注。明の何喬遠撰になる福建省の地誌「閩書南産志」。

「三才圖會」明の王圻(おうき)と、その次男王思義が編纂した中国の類書(百科事典)。全百六巻。一六〇九年成立。但し、今回、原本を見てみたが、「指甲螺」の記載は見出せなかった。というより、「三才図会」の貝類の記載は甚だ乏しいのである。非常に不審であるが、言っておくと、梅園は全く自分で調べていない。またしても全部が孫引きである。私の『「栗氏千蟲譜」巻九  栗本丹洲』を見られたい。一気に注をする気が失せた。そちらで概ね注してある。なお、「ミドリシャミセンガイなんて水族館でしか見たことがないが、生きた個体を江戸の梅園が手に入れることなんて出来たのか?」という疑義を示す読者に言っておくと、同種は、嘗つては、青森以南に普通に棲息していたのである。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページには、『現在では瀬戸内海の一部、九州の有明海、奄美大島など』で見られ、他に『朝鮮半島、中国、インド洋沿岸』とあるように、激減してしまった。当該ウィキによれば、『本邦では生息数が減少しており、地域によっては絶滅が危惧されている』とある通りである。なお、明治期に東京大学の「お雇い外国人」として来日して大森貝塚を発見、進化論を本邦に移植したアメリカ人動物学者エドワード・シルヴェスター・モース(Edward Sylvester Morse 一八三八年~一九二五年)は、実は、このシャミセンガイ類の専門家であった。私は『E.S.モース著石川欣一訳「日本その日その日」』の全電子化注を二〇一六年に終えているが、無論、何度も登場する。「日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第六章 漁村の生活 6 最初のドレッジ」をまずは見られたい。江の島でちょっとドレッジしても、ミドリシャミセンガイはさわに獲れたのである。東京湾にも棲息していたはずである。

「めくはじや【肥前・肥後。】」「おとめがい」「女冠者」と「乙女貝」である。本種の外観から若い女に喩えるのは、個人的には腑に落ちるが、私は腹背(先に言った通り、貝類の左右と異なる大きな体制の違いでの呼称)の殼内にある発条(バネ)樣の多数の繊毛を持った短い触手を持つ触手冠(これによって水中のデトリタスを漉し取って摂餌する)を女性性器に譬えた呼称と考えている。現在も有明海にはシャミセンガイとオオシャミセンガイ( Lingula adamsi )が棲息し(但し、後者は、「福岡県」公式サイト内のレッド・データ・ブックである「福岡県の希少野生生物」の当該種によれば(標本写真有り)、昭和二(一九二七)年の『柳川沖での採集が,国内初』で、『その後』、昭和四五(一九八〇)年までは、『有明海奥部を中心に』、同『湾中央部(熊本市河内町)』や『湾口部(熊本県上天草市松島町)など』、『多くの採集記録があ』ったが、『近年の採集記録』は『ほとんどない』というありさまである)、前者は当地で食用に供されている。私が食べたくて、未だ未食の海産物である。

「江橈(カウゼウ)」現代仮名遣では「コウジョウ」。「江」は海の入り江で、「橈」は櫂(かい)のこと。殻板の形からであろう。]

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