毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 櫻貝・サクラガイ / サクラガイ
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。一部をマスキングした。なお、この前の見開きの図群は、本カテゴリの当初にランダムに電子化した、『毛利梅園「梅園介譜」 マテガイ』・『毛利梅園「梅園介譜」 ヨメガ皿(ヨメガカサ)』・『毛利梅園「梅園介譜」 蟶・アゲマキ /(種考証中)』・『毛利梅園「梅園介譜」 東海夫人(イガイ)』(個人的には、このイガイの図が好きだ)で電子化注を終えている。データとクレジットは左丁の左下に、「以上勢州二見浦産 所藏」「丙申年二月大生氏勢刕大神宮拜詣帰𨊫爲土産予送之眞寫」とある。最後の「砑螺・ツメタ貝」で考証・訓読して注をするが(「𨊫」は中文サイトで「乃」の異体字とあるのを漸く見つけた)、謂うところは、「この見開きに描いた個体群は、総て、伊勢の二見ヶ浦産で、現在は私自身の所蔵になるものであるが、もとは私の知人の大生氏(読みは現代仮名遣で「おおばえ」・「おおう」・「おおぶ」・「おおしょう」などがある)が、伊勢神宮を参詣して帰るに際し、土産として私に送って呉れたもので、それを写生した。」ということのようである。]
櫻貝【「さくらがい」。「花貝」。】
「前歌仙三十六品貝」の内、
「夫木」、
春たてばかすみの浦の
あま人はまづひろをてん
桜貝をや 西行
「前哥仙」、
花貝 「浦の錦」に出づ。
是れは「桜貝」と云ふ者也。「花貝」とも言ふべき者也。赤く薄き介なり。横に長きを「色貝」と云ふ。此(この)「歌仙」には「花貝」とす。
「夫木」、
枝ながらうづ巻波の折らねばや
ちりぢり寄する千代の花貝
「後歌仙介集」三條院御製。
ゆきまぜに色を尽して寄る貝は
錦
櫻貝、圖のごとく、五つ合はせ寄すれば、頗る櫻花のごとし。故に名づく。
[やぶちゃん注:最後のそれは、図の真左に配されてあり、図のキャプションととれる。『「後歌仙介集」三條院御製』の歌の下句が、「錦」で断ち切れているのはママで、これは国立国会図書館デジタルコレクションの別人の写本でも同じである。この不審な箇所は注の最後で推理しておいた。
さて、古くからの「櫻貝」と呼ばれてきたものは、このサクラガイの他に、
マルスダレガイ目ニッコウガイ科サクラガイ属サクラガイ Nitidotellina hokkaidoensis
を筆頭として、それと類似した形と色を持つ
サクラガイ属カバザクラ Nitidotellina iridella
ニッコウガイ科モモノハナ属モモノハナガイ(エドザクラ)Moerella jedoensis
ニッコウガイ科 Macoma 属オオモモノハナMacoma praetexta
などを含んだ種群の総称ではあるが、この図の六個(或いは左五個体に右個体が含まれているとすれば、五個体)の貝群は、形状と色の合致から、まず、総てがサクラガイであると考えてよいと思われる。
「前歌仙三十六品貝」これは摂津の香道家大枝流芳(おおえだりゅうほう ?~寛延三(一七五〇)年頃)の著になる江戸時代初の本格的な板行本の介類書である「貝盡浦之錦(かひづくしうらのにしき)」に載る「前歌仙三十六種和歌」のこと。国立国会図書館デジタルコレクションの「貝盡浦之錦」に載る「前歌仙三十六種和歌」のここからで、まさにリンク先の左丁の最後に、
*
桜介(さくらかい) 右二
「夫木」西行
春(はる)たてはかすみのうらのあま人(ひと)はまづひろふらんさくら貝(かい)をや
*
と載る。
「前哥仙」「花貝」「浦の錦」に出づ」『是れは「桜貝」と云ふ者也。「花貝」とも言ふべき者也。赤く薄き介なり。横に長きを「色貝」と云ふ。此れ、「歌仙」には「花貝」とす』これも同じく「貝盡浦之錦」の「前歌仙介三十六品評(ひんひやう)」の一節。国立国会図書館デジタルコレクションの先のものの前の巻のここから。歌仙貝のそれぞれの貝の解説で、当該部はここの左丁の終りから次の丁にかけてである。
*
花介(はなかい)左七
蛤類(ごうのるい) 是(これ)は「桜介(さくらかい)」と云もの也。「花かい」とも云べきものなり。赤くうすき介(かい)なり。横(よこ)に長(なが)きを、「色介(いろかい)」と云。これを「桜介(さくらかい)」に取(とり)ちがへ呼(よぶ)人あり。同類(どうるい)にて別種也。此の歌仙(かせん)には「花貝(はなかい)」と云り。
*
太字にした箇所は、梅園がカットした部分である。因みに、この『横(よこ)に長(なが)きを、「色介(いろかい)」と云』というのは、私の遺愛する(しかし、皆、人にあげてしまった)斧足綱異歯亜綱マルスダレガイ目ニッコウガイ超科ニッコウガイ科ベニガイ属ベニガイ Pharaonella sieboldii のことである。そのため、わざわざ私は最初で、「この図の」と言ったのだ。
「夫木」「枝ながらうづ巻波の折らねばやちりぢり寄する千代の花貝」同じく「貝盡浦之錦」の「歌仙貝三十六種歌後集(ごしゅう)」の一節。国立国会図書館デジタルコレクションの二巻目のここからで、当該箇所はここの右丁最後。
*
花(はな)貝 右 二
「夫木」
枝(えだ)ながらうづまく波(なみ)のおらねばやちりぢりよする千代の花貝(はなかい)
*
「後歌仙介集」「三條院御製」「ゆきまぜに色を尽して寄る貝は錦」前と同じ見開きに左丁の二種目の歌。
*
錦(にしき)貝 左 四
三條院御製
ゆきまぜに色(いろ)をつくしてよる貝はにしきの浦(うら)とみゆるなりけり
*
梅園が、ここまで書いて、突然、断ち切った理由が、やっと判った。「櫻貝」は美しいから、「錦貝」もまた、同類だろうと、安易に考えて、彼はこの歌をうっかり書いてしまったのではないか? しかしその直後、恐らく、梅園は、同書の「後歌仙介之圖」の図を見たのだ。ここの左丁の左の最上部のそれだ。これは明らかに、現在の、斧足綱翼形亜綱カキ目イタヤガイ亜目イタヤガイ科カミオニシキ亜科カミオニシキ属ニシキガイ Chlamys squamata によく似ている。無論、サクラガイとは縁もゆかりもない。それに気づいて、ここで筆を止めたのであろう。本図譜に合わせる際にはカットしようと考えていたのを、うっかりカットせずに貼り合わせてしまったのではなかろうか?]
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