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2022/08/14

毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 海鏡・月日貝  / ツキヒガイ

 

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。なお、以下のクレジットは御覧の通り、見開きの左丁の右下に書かれてある。梅園は今までも対象物の一個体を「一種」と数えている。同種のものを二つ書いても、「二種」と書いているのである。この毛利梅園の「介譜」は、写生画を切り張りして綺麗に冊子に綴じたものであるが、左右のページが同一の場合以外は、同じ一丁の中に写生クレジットを書いており、この場合、これを前の丁の「三種」のクレジットと採ることは私は出来ないと考えるものである。

 

「多識」

  海鏡【「月日貝」。】 鏡魚(キヤウギヨ) 瑣𤥐(サキツ) 膏藥盤(こうやくばん)

「綿繍萬花谷」曰はく、

  海鏡【廣人、呼んで、「膏藥盤」と爲(な)す。】

    日月蠔(ジツゲツガウ) 蟫蠇(インレイ)【「魚鑑(うをかがみ)」。】

 

       三種、倉橋氏藏。

         乙未八月廿七日、眞寫す。

 

Tukihigai

 

清、俗に日月殻(ジツゲツコク)、又、(テンレイ)と云ふ。清の吳震芳が「嶺南雜記」には日月とのみ云へり。其の文に曰はく、『海、豊かに、水族、甚だ夥(おびただ)し。「日月」と云ふ者、有り、蛤(ガウ)の類なり。大いさ、掌(てのひら)のごとく、扁(ひらた)し。殻、半片(かたひら)、白く、半片は紅(あか)し。土人、直(ただ)、之れを「日月」と名づく。』と。

 

[やぶちゃん注:下線は底本では右二重傍線。これは逡巡することなく、

斧足綱翼形亜綱イタヤガイ目イタヤガイ超科イタヤガイ科イタヤガイ亜科 Amusium Amusium 亜属ツキヒガイ Amusium japonicum japonicum

である(学名は「BISMaL(Biological Information System for Marine Life)」のこちら他に従った)。シノニムに Ylistrum japonicum があり、こちらで正式学名記載とするものあり、また、 Amusium 及び Ylistrum を「ツキヒガイ属」とする記載も多い。小学館「日本大百科全書」の奥谷喬司先生の解説によれば、『房総半島から九州にかけて分布し、水深10100メートルの細砂泥底に、右殻を下にして』、『なかば埋もれたように横たわっている。殻長と殻高はともに110ミリメートル、殻幅20ミリメートルに達し、殻は円形で膨らみは弱く』、『光沢があり、左殻は赤褐色、右殻は淡黄白色をしている。これを日と月に見立てたのが名の由来である。殻頂両側の耳は小さい。内面は白色で周縁は黄色、4552本の細肋』『を放射する。肉は黄色で、外套』『膜縁には多くの赤褐色の糸状触手を備え、その間には多数の目がある。殻を激しく開閉して泳ぎ』、『移動する。閉殻筋は食用とされ、殻は貝細工に用いられている』。『台湾など南方には、左殻の全体が赤褐色でなく、細い赤褐色の輪線となるタイワンツキヒガイA. j. formosumと、小形のタカサゴツキヒガイA. pleuronectesを産する』とある。画像は、当該ウィキに載る画像が鮮やかで素晴らしい(和歌山県御坊市名田町沖水深十八~三十六メートルからトロール船で一九八〇年に採取された個体)。

「多識」林羅山道春が書いた辞書「多識編」。国立国会図書館デジタルコレクションの慶安二(一六四九)年の刊本のここにあったが、何を血迷ったか、梅園先生!……「海鏡」の状には……『海鏡』『多伊良岐』……って書いてありますぜ? これって、ちょっと前の「タイラギ」ですぜ?…………

「鏡魚」「魚」は嘗つては「魚貝」の意で、広く海産動物全般を指した。

「瑣𤥐」「瑣」は「煩瑣」で判る通り、「小さい」の意だろう。さても、大修館書店の「廣漢和辭典」の「𤥐を見たら、不思議なことが書いてあるぞ! 『蛸𤥐(ソウキツ)・璅𤥐(ソウキツ)は、一に蟹奴(カイド)といい、腹中に蟹(かに)の子を宿して、共同生活をする一種の虫』……?……なんじゃこりゃあ!? 寄生蟹の宿主カイ? 続きは次の注をどうぞ!

「綿繍萬花谷」国立国会図書館デジタルコレクションの別人の写本でも「綿」となっているが、これは「錦」の誤り。「錦繡萬花谷」(きんしうばんくわこく(きんしゅうばんかこく))が正しい。「文化遺産データベース」のこちらによれば、同書は南宋の淳熙(じゅんき)一五(一一八三)年頃に撰せられた類書(百科事典)で、『中国文学史上に重視された』とある。「中國哲學書電子化計劃」で検索したところ、前集巻三十六に以下の文字列があった(一部の漢字に手を入れた)。句読点は私が適当に打った。

   *

海鏡膏葉[やぶちゃん注:多分、機械判読の「藥」の誤り。]盤海鏡廣人呼爲膏葉盤兩片合成殻圓中瑩滑内有紅蟹子海鏡飢則蟹出拾食蟹飽歸腹海鏡亦飽迫之以火卽蟹子走出立斃生剖之蟹子活逡巡亦死【「嶺表錄」】

   *

ピンノのような寄生蟹との面白そうな話が載っているのだが、私の乏しい漢文力では読みに自信が湧かない。残念だなあ、と思いつつ、何となく、いろいろなフレーズでネット・サーフと洒落てみたところが、図らずも、梅園の、以上の引用のネタ元(またしても孫引き!)を発見してしまった。「怡顔斎介品」(本草学者(博物学者と言ってよい)松岡恕庵(寛文八(一六六八)年~延享三(一七四六)年:名は玄達(げんたつ)。恕庵は通称、「怡顏齋」(いがんさい)は号。門弟には、かの「本草綱目啓蒙」を著わした小野蘭山がいる)が動植物や鉱物を九品目に分けて書いた「怡顔斎何品」の中の海産生物を記したもの)だ! 而して、「日本古典籍ビューア」で当該部に辿り着いてみたら、嬉しいことに訓点があった! 訓点はあくまで参考にして訓読を試みる。表記は正字でないものも、正字とした。この際なので、後の続く部分(次の丁まで)も全部、起こした。

   *

膏藥盤 「錦繡萬花谷」に曰はく、『海鏡、廣人(くわうひと)、呼びて、膏藥盤と爲(な)す。兩片、合成す。殻、圓(まどか)に、中(う)ち、瑩滑(えいかつ)にして、内(うち)、紅き蟹の子、有り。海鏡、飢うれば、則ち、蟹、出でて、食を拾ふ。蟹、飽(あ)きて腹に歸れば、海鏡も亦、飽(あ)く。之れ、迫(せま)るに、火を以つてすれば、卽ち、蟹の子、走り出(だ)し、立(ただち)に、斃(たふ)る。之れを生剖(せいぼう)すれば、蟹の子、活するより、逡巡して、亦た、死す。』と。「漳州府志(しやうしうふし)」に曰はく、『海月(かいげつ)は、海蛤(かいがふ)の類なり。一名、蠔鏡(がうきやう)、形、圓(まどか)にして、月のごとし。亦、之れを海鏡と謂ふ。土人、鱗次(りんじ)して、之れを、天窻(てんまど)と爲す。』と。「海物異名記」に、『一名、老葉盤(らいえふばん)。』と。 ○達、按ずるに、膏藥盤、俗に「月日貝」と名づく[やぶちゃん注:この行の頭書に『日月殼【淸、俗。】』と『日月【「嶺南雑錄」。】』とある。]。片(かた)、白く、半片(はんかた)、赤し。故に名づく。和(わ)に海鏡を「たいらき」とするは、誤りなり。又、「福志」の「海月」は「水(みづ)くらげ」なり。

   *

・「廣人」は国名じゃないが、漢文の掟に則って「こうひと」と訓じておいた。広東(カントン)地方の民草。「膏藥盤」は本種の殻を練り膏薬を入れる器にしていたからであろうと思う。いやいや! この話、甚だ面白い! 寄生蟹のお腹がくちくなれば、その住み家に戻ると、主人の貝もおなかがふくれるという共感呪術だからである。それが、貝と蟹との生死にも関わることが、最後の部分で明らかになるという寸法だ。「漳州府志」は清の乾隆帝の代に成立した現在の福建省南東部に位置する漳州市一帯の地誌(グーグル・マップ・データ)。「鱗次」魚の鱗のように次々に重ね並べて家の天窓の覆いとするというのである。腑に落ちる。「海物異名記」嘗つて別な電子化注で、中文サイトの「福州府志」を見た際、同書では七ヶ所で引用されており、それなりに有名な海産物誌らしいが、詳細は不詳である。しかし、その時、同書での引用箇所を管見したところでは、ちょっと言い方に怪しい感じがしたのを覚えている。「老葉盤」「わくらば」のそれで、赤い一方を紅葉した葉に喩えて、かく言ったものであろう。「和」日本。『「福志」の「海月」は「水(みづ)くらげ」なり』この最後の最後で、松岡は何だか訳の分からぬことを記している。「福志」は「漳志」の誤りとしか思えない(実は底本を見て貰うと判るのだが、次の項は「石𧋤」(せきこう:節足動物門甲殻亜門顎脚綱鞘甲亜綱蔓脚(フジツボ)下綱完胸上目有柄目ミョウガガイ亜目ミョウガガイ科カメノテ属カメノテ Capitulum mitellaのこと)なのであるが、その解説の冒頭が、『福州府志曰、』と始まっており、真右にこの「福志」が並んでいるので、もしかすると、単なる版元の誤刻かとも思われる)。それを誤りとして読んでも、さらに判らぬ。「ミズクラゲを、どうやって繋げ並べたら、天窓になるんや!!! 溶けて流れて、ハイ、さようなら、でっせ!」というツッコミである。そうして私は即座に、この「海月」とはツキヒガイではないと見たのである。ツキヒガイでは天窓の蓋=覆いにはなるだろうが、光りは殆んど通さないから、「窓」にはならない。ところがどっこい! 正真正銘、「窓になる貝」が、別にあるのだ。それも、それを「海月」と呼んでも、おかしくないものなのだ。そう、名にし負う「窓貝」で、斧足綱翼形亜綱ウグイスガイ目ナミマガシワ超科ナミマガシワ科マドガイ属マドガイ Placuna placenta だ! 「ブリタニカ国際大百科事典」によれば、殻長は九・五センチ、殻高は十センチ、殻幅は僅か七ミリで、殻は円形で扁平、特に右殻は平らである。殻表は銀白色で、半透明、微細な放射条が走る。浅海の砂底に棲息し、古く中国などで、右殻を切って、窓の障子に嵌めてガラスのように用いたことから、その名があるのである。「そんなの知らねえぞ!」と言われるだろう。当然だ。本邦には棲息しないからだ。マドガイは台湾以南の太平洋・インド洋に分布する。ところがだ、ここはどこだ? 漳州市だぜ? だてに辛気臭く地図リンクをしてるんわけじゃねえ! はい! ほら、台湾以南でしょ? 学名のグーグル画像検索をリンクさせておく。東南アジアに行った方は土産物屋でこれを加工した飾り物見たことが必ずあるはずだ。

「日月蠔」「蠔」この漢字は牡蠣(カキ)を表わす。海中に出来たカキの巨大な山を「蠔山」(ごうざん)と呼ぶのだが、他には海に潜って貝を採る海士・海女の謂いしかない。正直言って、昔、中国では海辺に住む人以外は海産物に疎かった。かの李時珍の「本草綱目」も海産物になったとたん、誤りが激しく目立つのである。彼は湖北省黄岡市出身で(武漢の東方)、北京や南京に出向いた時はあるが、例えば、海浜で親しく生物を観察した痕跡は叙述には見られない。その内容の殆んどは聞き書きだったようだ。というわけで、食通でもない限り、現代の欧米人と同じで、海産物を表わす漢字を日本人のようには沢山は知らないわけである。二枚貝は「蚌」や「蛤」で通ずるから、画数は多いけれど、まあ、「蠔」でもいいわけだ。但し、マドガイはやや凸凹しているから、そこはカキっぽく「蠔」とするの意はあるやも知れぬ。

「蟫蠇」不詳。「蟫」は現代中国語では昆虫の紙魚(シミ)の古語で、「蠇」はやっぱり牡蠣なんだな。

「魚鑑」江戸時代の外科医武井周作の著で天保二(一八三一)刊。国立国会図書館デジタルコレクションの原本画像のここ。乗りかかった舟だ。電子化しておく。ここに梅園が引いた箇所がある(下線は底本では右傍線)。

   *

つきひがひ 淸(からの)俗(ぞく)に日月蠔(じつげつかう)、一名「(タンレイ)といふ。大サ、二、三寸。殻(から)、丸く、半片(かたひら)は紅(くれなゐ)なり。薩(さつま)・勢(いせ)・紀(きい)に產す。柱(はしら)、寸余、味(あじわ)ひ、美(よ)し。

   *

「倉橋氏」既出既注

「乙未八月廿七日」天保六年で、グレゴリオ暦一八三五年十月十八日。

『清の吳震芳が「嶺南雜記」』一七〇五年に吳震方(但し、ネット記載の中には確かに「吳震芳」とするものがあった)が「嶺南雜記」が書いた地方地誌か。]

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