毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 尻髙河貝子・腰髙ガンガラ / バテイラ
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。なお、この見開きの丁もまた、梅園の親しい町医師和田氏(詳細不詳)のコレクションからである。その記載はこちらで電子化した。本図を以って当該見開きの絵図は終わっている。]
「大和本草」に出づ。
尻髙河貝子 【「腰髙がんがら」・「山も〻」とも呼ぶ。】
「しりたかにな」。「とうじん」。
[やぶちゃん注:これは螺塔を高く描き過ぎているが、
腹足綱前鰓亜綱古腹足目ニシキウズガイ上科リュウテン科クボガイ亜科コシダカガンガラ属バテイラ Omphalius pfeifferi pfeifferi
であろう(馬蹄螺)。実は、この尖塔状態は、バテイラとしては、全く以っておかしいのである。同種は、横から見ると、正三角形に近いからである。貝口をこちらに向けて描いたら、尖塔部はこんな風には逆立ちしても見えないのである。或いは、螺塔を描くためにデフォルメしたと言われるかも知れない。そうかも知れない。しかし、どうも、この描き方には、実は私は、ある疑いを感じているのである。
――彼は本当に和田氏所有の実物を目の前にして、この絵を描いたのでは、ないのではないか?――
という激しい疑問である。それは、梅園が記している「大和本草」にある。私の「大和本草諸品圖下 石ワリ貝・タチ貝・ツベタ貝・シリタカニナ (穿孔貝の一種・タイラギ(図は無視)・ツメタガイ及びその近縁種・バテイラ)」の「シリタカミナ」の図(左丁下段。私はバテイラに同定している)を見て戴くと判るのだが、驚くべきことに、異様に似ているのである。蒂(へた)が描いてあるから、違うと言えば違うが、或いは、その開口部を描いておいて、実際には殆んど見えないはずの尖塔部を、「大和本草」のその図を参考に、創作して書き直したのではないかという疑いである。
「腰髙がんがら」は別に、クボガイ亜科クボガイ属コシダカガンガラ Tegula rustica の標準和名に合致するのだが、同種は螺塔がバテイラのようには尖らず、全体に丸みを帯びており、これまた、逆立ちしても、こんな絵にはならないのである(開口部をこちらに向けたら、螺塔は殆んど見えなくなる)。なお、この「コシダカガンガラ」は「腰高岩殻」で、これは「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページ他によれば、本草家で薩摩藩主島津重豪(しげひで)に長く仕えた曽占春(そう せんしゅん:明末に福建から帰化した人の末裔)の著になる貝類書「渚の丹敷(にしき)」(享和三(一八〇三)年自序)によるもので、岩殻(=小石)に似ていることによる。則ち、本図をバテイラでだめだというのであれば、なおのこと、コシダカガンガラでは決してないのである。そもそもが、この「腰高岩殻」というのは、私も好きな広く食用に供する岩礁に棲息する「磯物」と呼ぶ巻貝の昔の総称とした認識した方が正しいのである。
「山も〻」不詳の異名だが、ブナ目ヤマモモ科ヤマモモ属ヤマモモ Morella rubra の、如何にもブツブツとした粒状の突起に覆われた赤褐色の熟した実を、紅藻類などが附着した「磯物」らに名づけたとして、これ、腑に落ちると言える。
「とうじん」不詳。魚の側鰭上目タラ目ソコダラ科トウジン属トウジン Coelorinchus japonicus よろしく、尖った尖塔を鼻の高い西洋人=「唐人」(とうじん)に喩えたか。]
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