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2022/08/09

毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 娵ノ笠・カタシ貝 / ウノアシ 附・武蔵石寿「目八譜」のウノアシの記載と図

 

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。なお、この見開きの丁もまた、梅園の親しい町医師和田氏(詳細不詳)のコレクションからである。その記載はこちらで電子化した。]

 

「大和本草」

   娵ノ笠(よめのかさ) かたし貝(がひ)【二種。】

 

Yomenokasa

 

「前歌仙介三十六品」の内

               片貝

     伊勢嶋や二見の浦のかたし貝

      あわで月日を待(まつ)ぞつれなき

「六々貝合和哥」

      右十二番

     我袖はいろ香て泻のかたし貝

      あふてうことも波にしほれて

 

[やぶちゃん注:まず、ご覧の通りの形状で、これは、現在の貝の辺縁が綺麗な楕円を描く「嫁が笠」、腹足綱始祖腹足亜綱笠形腹足上目カサガイ目ヨメガカサ上科ヨメガカサ科ヨメガカサ属ヨメガカサ Cellana toreuma ではなく、放射肋が強く、海鳥の足を思わせるところの「鵜の足(脚)」、

カサガイ目ユキノカサガイ(コモガイ)科ウノアシ属リュウキュウウノアシ亜種ウノアシPatelloida saccharina form lanx

である。「二種」とあるが、孰れもウノアシと同定してよく、上の個体は殻上面を、下のやや大きな個体は、放射肋の部分や、中央部の辺縁の周囲が、上の個体のそれより、有意に白く描かれていることから、殻を裏返した内側を描いたものと考えられる。因みに、和名は、幕臣武蔵石寿の(弘化二(一八四五)年の富山藩主前田利保の序があるが、その後も書き足されている。貝類以外の生物や破片及び巻貝の蓋などを含め、総品数は千百六十九もある)の貝譜の最高峰とされる「目八譜」に拠る命名で、殻を上から見た形が鵜の足に似ていることによる。同書の全電子化は是非やりたいのだが、大作で分量が半端ないので、躊躇している。但し、一応、ブログ・カテゴリ『武蔵石寿「目八譜」」は作ってあり、ちょろっと部分電子化はしているのだが。せめても、その「鵜ノ足」部分を以下に示すこととしよう。底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらの当該部(第十一巻の「無對類」の内)を用いた。最後にある図を、トリミングして載せておいた(図の関係上、解説の最終行を入れてある)。頭の通し番号を赤くしたのは、赤の丸の内に書かれているからである。カタカナはひらがなに直し、句読点を打ち、一部に推定で濁点と、歴史的仮名遣で読みを添えた。

   *

三十 「鵜の足」 傳称

○石壽云(いはく)、紅葉介(もみぢがひ)同種にして、海水に摩洗して、頂(いただき)青白色、或は、褐色にして、背の辺(あたり)迠(まで)、水白色(すいはくしよく)、或は、黒褐色にして、水鳥の足、水抓(みづかき)に似たり。高稜、白く、剥(は)げ、鳥の足に似たり。

又、頂、白色の所、靑黒色、痣(あざ)の如き班文あり。裏、白色にして、表の文、透明す。又、肌、白色。頂、鈍(にぶき)紫色。裏、白色、光、あり。此(この)余(ほか)、文理・班文、挙(あげ)て數へがたし。表の班文を以て、名を異にするのみ。

 

Mokuhatihuunoasi

 

   *

「大和本草」「大和本草卷之十四 水蟲 介類 ヨメノサラ(ヨメガカサ)」を指しているが、そちらを読んで戴くと判るが、これはウノアシの記載ではなく、私は正真正銘のヨメガカサの記載と断じている。梅園は恐らく、そちらの本文ではなく、「大和本草諸品圖下 海ホウザイ・クズマ・ヨメノ笠・辛螺 (ウミニナ或いはホソウミニナ・クロフジツボ・ウノアシ・レイシガイの一種か)」の「ヨメノ笠」を見たものと断言出来る。そこで益軒は、『ヨメノ笠 ヨメノ皿トハ別ナリ内ニ肉少アリヨメノ皿ト云物ニ似タリ海邊ノ岩ニ付ケリ』とし、『ヨメノ笠ノ仰圖』及び『ヨメノ笠ノ俯圖』というキャプションを施して、ウノアシの図を掲げているからである。

「かたし貝」「片し貝」で、古語で二枚貝の貝殻が離れて一枚になったものを言う。「かたつがい」とも言い、「片し」は、もとは副詞で「別々に」「ちぐはぐに」の意であり、「し」は強調の副助詞である。因みに、「つ」の方は、「上(かみ)つ巻」「時つ風」と同じで、所属・位置を表わす上代の連体格の助詞である。

「前歌仙介三十六品」寛延二(一七四九)年に刊行された本邦に於いて最初に印刷された貝類書である香道家大枝流芳の著になる「貝盡(かいづくし)浦の錦」(二巻)の上巻に載る「前歌仙貝三十六品評」のことと思われる。「Terumichi Kimura's Shell site」の「貝の和名と貝書」によれば、同書は『貝に関連する趣味的な事が記されて』おり、『著者自ら後に序して、「大和本草その他もろこしの諸書介名多しといえども是れ食用物産のために記す。この書はただ戯弄のために記せしものなれば玩とならざる類は是を載せず」と言っている』とある。

「伊勢嶋や二見の浦のかたし貝あわで月日を待(まつ)ぞつれなき」「貝盡浦の錦」の「前歌仙貝三十六品評」(国立国会図書館デジタルコレクションの当該作のここの画像を視認)、によると、

   *

   片介(かたしかひ)  左三

い勢嶋(しま)や二見(ふたみ)の浦のかたし貝(かひ)あはで月日(つきひ)を待(まつ)ぞつれなき

   *

とある。「日文研」の「和歌データベース」の「夫木和歌抄」を確認したところ、の「巻二十五」の「雑七」に載るが(11592番)、作者は不詳である。

「六々貝合和哥」「ろくろくかひあはせわか」は潜蜑子(かずきのあまのこ)の撰になる元禄三(一六九〇)年刊の、当時辺りから流行った三十六歌仙に擬えた歌仙貝選定本。三十六品の貝と、それぞれの貝名を詠みこんだ和歌三十六首を選んだもの。国立国会図書館デジタルコレクションの画像のここで見られるが、梅園はやっぱり崩し字が苦手で、わけのわからぬ字起こしをしている。以下に正しいものを示す。なお、貝の図はこちらの左頁(但し、こちらが歌合せの「右」であるので注意されたい)の「十二 かたし貝」で、明らかにウノアシである。

   *

 右十二 かたし貝

我袖はいつかひかたのかたし貝 後花園院

あふてふことも波にしほれて   御製

   *

書き直すと、

 我が袖はいつか干潟の片し貝

    逢ふてふことも波にしほれて

「いつか」は「何時か」で「いつの間にか」の意であろう。「いつか干潟」という地名に掛けているのかとも思ったが、そのような歌枕の地名は見出せなかった。後花園天皇は室町時代の天皇で応永二六(一四一九)年生まれ、寛正五(一四六四)年崩御。]

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