西原未達「新御伽婢子」 依ㇾ聲光物 / 巻五~了
[やぶちゃん注:底本は早稲田大学図書館「古典総合データベース」のこちらに拠った。本巻一括(巻四・五・六のカップリング)PDF版はここ。但し、所持する昭和六〇(一九八五)年勉誠社刊「西村本小説全集 上巻」を加工データとした。
なお、本篇には挿絵はない。
底本は崩し字であるが、字体に迷った場合は、正字を採用した。読みは、振れる一部に留め、読点や記号は底本には全くないので(ごく一部に句点はあるが、用法が単なる区切りでしかないので、それに必ずしも従ってはいない)、独自に打った。一部で《 》で推定歴史的仮名遣で読みを入れ(歴史的仮名遣を誤っているものもこれで正しい仮名遣で示した)、読み易さを考え、段落を成形した。濁点・半濁点落ちの本文が多いが、ママ注記をすると五月蠅いだけなので、私の判断でそれらを附した。踊り字「〱」「〲」は正字化或いは「々」とした。(*/*)のルビは右/左の読みを示す。
注を段落末に挟んだ。]
依ㇾ聲光物(こゑによる、ひかりもの)
江刕上龍花村(かみ《りゆう》げむら)廣埜といふ山里に、長介といふ者あり。一在(《いち》ざい)より扶持(ふち)して、秋の田に實の入《いる》る時、年毎(としごと)、鹿(しか)を追《おは》する。
[やぶちゃん注:「江刕上龍花村」滋賀県大津市伊香立上龍華町(いかだちかみりゅうげちょう:グーグル・マップ・データ)。
「一在より扶持して」一村の代表者たる庄屋が、収穫直前の頃おいを見て、村内の者を雇い、賃金を与えて。
「鹿」この時期、猪も踏み込んで荒らすので、個人的には「しし」と読みたいところである。]
近き年より、此者、軒(のき)に出《いで》て、
「ほいほい。」
といへば、一聲(こゑ)一聲に、其むかふたる方より、光物、來《きたつ》て、口に入《いる》。
南に向(むか)ふていふには、南より、北に向へば、北より、東・西、猶、かくのごとく、百聲、千聲、よぶに、更に、やむ事なし。
其幅、壱、弐尺もありて、長さ、十ひろばかり、ひとへに、紅絹(こうけん/《くれなゐ》のきぬ)を引《ひき》はへたるがごとし。
[やぶちゃん注:「十ひろ」「十尋」。成人男性が両手を左右へ広げた時の、指先から指先までの長さを言う慣習単位で、長さは一定しないが、曲尺(かねじゃく)でだいたい四尺五寸(約一・三六メートル)乃至は六尺(約一・八メートル)ほどである。えらく細長い紅の光りものを口の中に入れるさまは、イメージとしてはかなりエグい。]
時々(よりより)、長介にかはりて、女房・子共も、出《いで》て呼(よぶ)に、更に此《この》光、なし。
長介にとひて、
「此光物、口に入《いる》時、覺《おぼえ》ありや。」
と。答(こたへ)て、
「覺ゆる事、夢(ゆめ)斗《ばかり》も、なし。」
と。猶、
「くるしむ事、いたむ事、なし。」
と。
いかなるわざと不ㇾ知《しらず》。
天和の今なれば、末(すゑ)いかゞ終《をは》らん。いぶかし。
新御伽巻五
[やぶちゃん注:「天和」一六八一年から一六八四年まで。徳川綱吉の治世。本書の刊行は天和三(一六八三)年であるから、この謂いからは、本「噂話」は少なくとも数十年前というニュアンスである。]