フライング単発 甲子夜話卷之十八 11 鳶の妻於よしの事
[以下、現在、電子化注作業中の南方熊楠の「女性に於る猥褻の文身」(いれずみ)に必要となったため、急遽、電子化する。今回は特異的に読点と記号を追加し、やや読み難いと思われる語句については、推定で《 》により歴史的仮名遣で読みを附した。こういう姐さん、私は好きだ。]
18―11
或人の話しに、湯嶋に鳶者《とびのもの》の妻、名を「よし」と云《いふ》ありしが、寡婦《やもめ》となりて、任俠を以て聞へたり。其一事をいはゞ、湯嶋の劇場《しばゐ》に、狂人ありて、刀を拔《ぬき》て振《ふり》まわし[やぶちゃん注:ママ。]、人皆《ひとみな》、手に合はずと聞《きき》て、「我、これを取るべし。」とて、衣を脫ぎ、まる裸になり、ずかずかと、狂人の傍《かたはら》に寄り、「何をなさる。」と云へば、狂人、あきれて立《たち》たるを、其手を執《とり》て、刀を取《とり》あげ、事、穩《おだやか》に濟《すま》せしとなり。此婦、陰戶《ほと》の傍に、蟹の橫行《わうかう》して、入らんとする形をほり、入墨に爲《し》たり、と。凡《およそ》、豪氣、此《この》類《たぐひ》なり[やぶちゃん注:「比類」の誤字かとも思ったが、南方熊楠も、こう引いている。]。三十年前計《ばかり》のことにて、其婦《をんな》を目擊せし人の言《いひ》し。膚《はだへ》、白く、容顏、殊に美艷なりし、とぞ。かの亡夫の配下なりし鳶ども、强性者《がうじやうもの》多かりしが、皆、此婦に隨從して、指圖を受け、一言、云者も、なかりし、となり。
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