鈴木正三「因果物語」(片仮名本(義雲・雲歩撰)底本・饗庭篁村校訂版) 下卷「十四 破戒の坊主死して鯨と成る事 附 姥猫と成る事」
[やぶちゃん注:底本は、所持する明治四四(一九一一)年冨山房刊の「名著文庫」の「巻四十四」の、饗庭篁村校訂になる「因果物語」(平仮名本底本であるが、仮名は平仮名表記となっている)を使用した。なお、私の底本は劣化がひどく、しかも総ルビが禍いして、OCRによる読み込みが困難なため、タイピングになるので、時間がかかることを断っておく。なお、所持する一九八九年刊岩波文庫の高田衛編「江戸怪談集(中)」には、本篇は収録されている。
なお、他に私の所持品と全く同じものが、国立国会図書館デジタルコレクションのこちらにあり、また、「愛知芸術文化センター愛知県図書館」公式サイト内の「貴重和本ライブラリー」のこちらで、初版板本(一括PDF)が視認出来る。後者は読みなどの不審箇所を校合する。
本文は饗庭篁村の解題(ルビ無し)を除き、総ルビであるが、難読と判断したもの、読みが振れるもののみに限った。]
十四 破戒の坊主死して鯨(くじら)と成る事
附姥(うば)猫と成る事
羽州最上川のすそ、坂田へ落つる其磯邊(いそべ)に、長さ十二、三間ある、黑き鯨、寄りたり。
背に「安隆寺(あんりうじ)」と云ふ、大文字(おほもんじ)あり。又、腹中(ふくちう)に、人の兩足に、鞋(わらぢ)着(はき)て、あり、萬(よろづ)、坊主の道具、あり。
人々、僉議(せんぎ)して、
「何國(いづく)に斯樣(かやう)の寺、有り。」
と尋ねければ、
「坂田に安隆寺と云ふ一向寺(いつかうでら)あり。此の坊主、大欲(だいよく)、人に勝(すぐ)れ、放逸無慚なりしが、三年以前、五十餘りにて、
『越前の敦賀へ船(ふな)わたりする。』
とて、破船して、人、數多(あまた)、死す。」
となり。
此の鯨、背(せなか)に銘ある上は、疑ひなき、安隆寺坊主なり。故に、此鯨を喰(く)ふ者なく、油も取らず、打ち捨つるなり。
最上、坂田の僧俗、確(たしか)に知りたる事なり。
[やぶちゃん注:「羽州最上川のすそ、坂田へ落つる其磯邊」山形県酒田市の最上川河口附近。
「十二、三間」二十二~二十三メートル。
「黑き鯨」漂着した場所と色からは、北半球に棲息する深海性の鯨偶蹄目ハクジラ亜目アカボウクジラ科ツチクジラ属ツチクジラ(槌鯨)Berardius bairdii か、或いは、クロツチクジラ Berardius minimus が想定された。後者は、ウィキの「ツチクジラ属」によれば、『北海道沿岸に漂着した試料に基づき』、二〇一九年に『新種として報告された』とあり、『和名のツチ(槌)は、頭部の形状が稲藁を叩く槌に似ているからとされる』とある。但し、ツチクジラ最大体長十三メートルであるから、これは少し大き過ぎる。このサイズで黒いとなると、鯨偶蹄目ナガスクジラ科ザトウクジラ属ザトウクジラ Megaptera novaeangliae であるが、それでも最大二十メートルである。しかし、この場合、死亡個体で体内の腐敗が進んでいるとすれば、納得のいく大きさではある。一方、背中に文字が刻まれているという点からは、背部に引っかき傷が有意に認められるツチクジラ類の方に分があるようにも思われる。
「安隆寺」調べたが、酒田には同名の寺は見当たらない。「江戸怪談集(中)」の注も、『酒田市に現在不伝』とされる。例のズラシである可能性が高いかとも思われるが、創建と宗派を調べる気力にならない。悪しからず。]
〇尾州春日部郡(かすかべぐん)、北島村(きたしまむら)に八十餘りの姥(うば)有り。正保元年二月、死す。
七日も過(すぎ)ざるに、赤き大猫(おほねこ)に成りて、奧の稗俵(ひえだはら)の上に居(ゐ)たり。祖母(ばゝ)の彥(ひこ)、幼少なるが、稗を取りに行きて見れば、俵の上に、獸(けだもの)、有り。
驚きて、此の由、親に云ふ。
親、行きて捕(とら)へ出(いだ)し、敲(たゝ)けども、他所(たしよ)へ行かず。
其の夜(よ)、夢に告(つげ)て、
「我は、此比(このごろ)、死したる姥なり。三年、飼ひ給へ。」
と云ふ。
不審して、三處(みどころ)にて、占(うらな)はせければ、正(まさ)しく、夢に違(たが)はざるなり。
[やぶちゃん注:「尾州春日部郡、北島村」「春日部郡」愛知県にあった春日井郡(かすがいぐん)であろう。この郡は古代には「春部郡(かすがべぐん)」と称したからである。但し、「北島」は現行、旧郡域にも、複数、それらしいものが認められるので、特定は出来ない。
「正保元年」一六四四年。
「彥」「曾孫(ひこ)」で「曽孫(ひまご)」のこと。
「三處」三箇所の占い師に頼んだのであるが、総てが同じ答えを出したというのである。]
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