鈴木正三「因果物語」(片仮名本(義雲・雲歩撰)底本・饗庭篁村校訂版) 上卷「十八 幽靈來り藏を守る事 附 亡父子に告て山を返す事」
[やぶちゃん注:底本は、所持する明治四四(一九一一)年冨山房刊の「名著文庫」の「巻四十四」の、饗庭篁村校訂になる「因果物語」(平仮名本底本であるが、仮名は平仮名表記となっている)を使用した。なお、私の底本は劣化がひどく、しかも総ルビが禍いして、OCRによる読み込みが困難なため、タイピングになるので、時間がかかることを断っておく。なお、所持する一九八九年刊岩波文庫の高田衛編「江戸怪談集(中)」には、この「十七」から上巻の最後の「二十」までは収録していない。
なお、他に私の所持品と全く同じものが、国立国会図書館デジタルコレクションのこちらにあり、また、「愛知芸術文化センター愛知県図書館」公式サイト内の「貴重和本ライブラリー」のこちらで、初版板本(一括PDF)が視認出来る。後者は読みなどの不審箇所を校合する。
本文は饗庭篁村の解題(ルビ無し)を除き、総ルビであるが、難読と判断したもの、読みが振れるもののみに限った。踊り字「〱」「ぐ」は正字化した。適宜、オリジナルに注を附す。]
十八 幽靈來り藏(くら)を守る事
附亡父(ばうふ)子(こ)に告(つげ)て山を返す事
尾州名古屋、はゞ下(した)榎木町(えのきまち)にて、さる者、病中に藏を作りけるが、明暮(あけくれ)、藏の方(かた)ばかり、詠(なが)め入りて居(ゐ)たり。煩(わづら)ひ重なるに隨つて、彌々(いよいよ)、
「藏を見たし。」
と云ふに依つて、半切(はんぎり)に入れて、舁出(かきいだ)し、藏へ入れ、又、回りをも、二、三度(ど)、舁行きて見せしなり。其如(そのごと)く、七日程して、死しけり。
頓(やが)て、幽靈と成り、藏のことばかり云つて、かなぎりたる聲にて、呼(よば)はり、夜々(やゝ)に藏の脇に居たるとなり。
[やぶちゃん注:蔵へ執着から往生出来ないのは、何か哀れを感じる。
「尾州名古屋、はゞ下榎木町」愛知県名古屋市西区幅下はあるが、地区内に榎木町はない。但し、ここの南西部には、榎白山神社・市立榎小学校・榎公園などがあるので、この附近の幅下も含めた旧広域の町名であったか。
「半切」底の浅い盥状の桶。]
○江州東、上坂村(かみさかむら)、左近右門(さこんゑもん)と云ふ者、緊(きび)しく煩ひ、俄(にはか)に口走つて、
「我は、父の左近なり。他人と山の境(さかひひ)を立つる時、人の山を、三間(げん)程、取りたり。其科(とが)によつて、若(く)を受ける事、限りなし。願くは、此の境を返し給へ。」
と云ふ。
「然(さ)らば。」
とて、返しければ、相手の者、
「今は互(たがひ)に子の代なり。昔、定(さだま)りたる處を、今、取り返しては、此方(このはう)の科になりもや、せん。」
とて、請取(うけと)らず。
故に此病人、次第に惡しくなりたり。
[やぶちゃん注:以上の相手の言い分を僧に伝えて、供養すべきだったのではないか?
「江州東、上坂村」滋賀県長浜市東上坂町(ひがしこうざかちょう)・西上坂町であろう。]
« 鈴木正三「因果物語」(片仮名本(義雲・雲歩撰)底本・饗庭篁村校訂版) 上卷「十七 幽靈來つて禮を云ふ事 附 不吉を告ぐる事」 | トップページ | 鈴木正三「因果物語」(片仮名本(義雲・雲歩撰)底本・饗庭篁村校訂版) 上卷「十九 善根に因つて富貴の家に生るゝ事」 »