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2022/10/10

ブログ1,830,000アクセス突破記念 梅崎春生 春の月

 

[やぶちゃん注:本篇は昭和二七(一九五二)年三月号『新潮』に掲載され、後の作品集「ボロ家の春秋」(新潮社昭和三〇(一九五五)年刊)に所収された。

 底本は「梅崎春生全集」第三巻(昭和五九(一九八四)年七月沖積舎刊)に拠った。

 傍点「﹅」は太字に代えた。文中に注を添えた。能の詞章の内、不動明王の真言の部分は、読みを句読点を字空けとして、台詞の後に纏めて配し、同じく詞章に用いられている踊り字「〱」は正字化した。私は、電子化された「/\」「/゛\」や「〱」「〲」の、電子化表記に対して、激しい生理的嫌悪感を感じるからである。そもそも私は六十五の今までの生涯で、一度も「〱」「〲」の踊り字を書いたことがないのである。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、本日未明、1,830,000アクセスを突破した記念として公開する。【藪野直史】]

 

   春  の  月

 

 たとえばある日の夕方です。

 たった今、日が沈んだばかりで、西の方の空はあざやかな夕焼です。赤や黄や青や、それらが微妙に混合し、その色彩も刻々変化して、まるで華やかな空のお祭りのような具合なのです。オムレツ型の雲に鱈(たら)の子色の雲、番傘雲やがんもどき雲、中には幼児の緑便みたいな色あいの雲もあって、なかなかにぎやかな眺めでした。

[やぶちゃん注:「幼児の緑便」時に幼時がする緑便(りょくべん)。黄色い大便が濃くなったように緑色を帯びたもので、これは便が酸性になって、黄色い胆汁が酸化され、緑色に変化したもので、特に母乳での育児の場合、含まれる乳糖が乳酸菌の生成を促し、便が酸性化する傾向があることから、緑色になり易い。同時に甘酸っぱいような臭いがするのを特徴とする。乳酸菌は腸の働きを促すため、大便が程よく酸性なのは健康な証拠である(以上は信頼出来る小児科医による記事を参考にしたが、実際の便の写真が添えてあるので、リンクは張らないことのした)。]

 月が出ていました。

 空はまだ一面に明るいのですから、これはしらじらと透き通って、置き忘れられた鋲(びょう)みたいに、ひっそりとかかっています。その表面のうすぐろい斑点も、何時になくはっきり眺められました。れいの兎(うさぎ)の形に見えるというあれです。兎だと言うから、兎にも見えますが、狸(たぬき)だと言えば、狸に見えないこともありません。つまりこれは、見る人の感じによって、何にだって見えるようなものです。そういう斑点を浮べて、空の一角に、その月はこっそりと貼りついていました。月齢から言えば、十夜か十一夜というところでしょう。白っぽい、いびつな楕円形(だえんけい)でした。

 地上には、坂がありました。

 その日の午前中まで、数日間降りつづいた雨のために、斜面はじとじとと濡れ、ところどころ水溜りさえ出来ていました。それぞれの形に夕焼の色をうつして、赤や黄や紫にかがやいているのです。その水溜りを避け避け、のろのろした足どりで、この狭いだらだら坂を登ってくる一人の男がありました。

「なんだ。ちょっと鶉(うずら)の卵に似てやがるな」

 椎(しい)の木のてっぺんに引っかかったその夕月の形を見て、須貝はそう呟(つぶや)きました。須貝というのは、その男の名前なのです。そして彼は急に憂鬱そうな顔になり、ちぇっと舌打ちをしました。鶉のことを考えるのは、あまり愉快なことではなかったからです。斑点を浮かせた楕円の月の形は、そう言えば、鶉の卵に似ていないこともありませんでした。

「ふん。面白くもない」

 須貝は今年二十七歳になるのですが、背後から見ると、三十五歳か、もっとそれ以上に見えました。それはひとつには、着ている服の関係もあるのです。灰色の生地で、それほど地味な色あいでもありませんが、どこか身体に合っていなくて、変にじじむさい感じがするのでした。

 須貝はこの服を、ついこの間買ったばかりですが、自分ながらあまり好きではありませんでした。でも仕方がなかったのです。都庁に勤めていて、月給もそれほど貰っている訳ではないのですから、服を新調する余裕がどうしても出ない。新調するにはどうしても、一万円ぐらいは確実にかかるのです。そこで須貝は、放出中古服という割安な服の売場で、やっとのことでこれを買い求めたのですが、買ってはみたものの、手を通してみると、寸法は一応合っているようなのに、どこかぴったりしない感じなのです。肩のへんが詰まったような気味で、自然と背が前屈(まえかがみ)みになるらしいのです。同僚たちも老人くさいと批評するし、自分でもそういう感じがする。ことに谷川魚子が、変な服ね、と批評して以来、須貝はひどく後味の悪いような気分になっているのでした。谷川魚子というのは、須貝の近頃の恋人なのです。もすこし吟味して買えばよかった。すこし急ぎ過ぎた。毎朝この服を手にとるたびに、彼はしみじみとそう後悔します。これはきっとアメリカの片田舎の小柄なお爺さんが着ていた服に違いない。年寄りくさく見えるのは、多分そのせいだろう。どうもしまったことをした。

 くたびれたような足どりで、やっと坂を登りつめた頃、夕焼雲の七彩はいくらか色褪(いろあ)せ、周囲の方から光を失い始めていました。しかし須貝はそれに眼もくれず、肩を前に落したような姿勢で、のろのろとそこの路地に曲り込みました。鶉のことが頭にしみついて、顔を上げる気にもならないのでした。板塀のなかから、子供たちの合唱が聞えてきます。須貝が間借りをしている、その家の子供たちの声でした。

 

  夕焼けこやけで日が暮れて

  山のお寺の鐘が鳴る

 

 なにが山のお寺だと思いながら、須貝は急に怒ったような顔になり、くぐり戸を手荒にがらりとあけ、内に入りました。すると子供たちの歌がぴたりとやみ、口々に、

「須貝のおじさんが帰ってきたよう」

「須貝のおじさんが帰ってきたよう」

 そして小さい跫音(あしおと)がばたばた鳴って、台所の方に報告に走って行った様子です。須貝はそのままぶすっと表情をくずさず、口をとがらせ、ひょいひょいと猫のような歩き方で狭い庭を横切り、自然石の沓脱(くつぬぎ)ぎのところに足をとめました。そこは一間幅ぐらいの、廊下とも縁側ともつかぬ、中途半端な板の間になっていました。そこを一目で見渡した時、須貝の眼はぎろぎろっと二倍ほども大きくなり、頰や額にもざっと血が上ってきたようです。そして奥歯のあたりが、かすかにぎりぎりと鳴った模様でした。

[やぶちゃん注:「一間」一メートル八十二センチ弱。]

「まだいやがる」すこし経って、棒立ちになったまま、須貝はうめくように呟きました。「なんという横着な鳥どもだろう」

 その時板の間の片すみで、ギヤッというするどい啼(な)き声がしました。そこには蜜柑箱(みかんばこ)を横にして三段に積み重ね、金網を張り、その中に茶褐色のものがいくつもうごめいているのです。大小十二羽の鶉なのでした。ひしめき合ってむくむく動き、続けてギャッギャッとかしましく啼き立てました。須貝の姿を見て、餌を呉れるものと勘違いしたのでしょう。この鶉たちは、ここに飼われるようになってから、まだ三日しか経たないので、その勘違いも無理はないのです。しかし須貝にとっては、そんなことも忌々(いまいま)しい限りでした。金網を破って引っぱり出して、一羽々々しめ殺してやりたい程なのです。それほどこの啼き声が癪(しゃく)にさわっているのでした。この三日間彼がほとんど不眠の状態にあるのも、この啼き声のせいなのです。鶉という鳥は妙な鳥で、夜中になると、ことにギャッギャッと啼き立てるのです。その声のするどいことと言ったら、まるで耳に針金をさし込まれるような感じがするほどでした。

「何たる横着!」

 須貝は鶉の方をにらみつけながら、そう口に出して言い、乱暴に靴を脱ぎました。板の間の向う、障子ひとつ隔てたところが、すなわち須貝の部屋になっていました。八畳の部屋で、間代は月に千五百円です。彼は一年ほど前から、この部屋を借りて住んでいるのでした。

[やぶちゃん注:「鶉」キジ目キジ科ウズラ属ウズラ Coturnix japonica 。博物誌は私の「和漢三才圖會第四十二 原禽類 鶉 (ウズラ)」を見られたいが、鳴き声は、短いが、YouTubeのstormfish氏の「うずら飼育 うずらの鳴き声(オス) 夜」がよい。これが十二羽いたら、たまったもんじゃないな。]

 この鶉たちのいる板廊下が、その八畳の部屋に付属しているかどうか、それがもっぱら昨日の論争の焦点なのでした。論争の相手はもちろん、この家の女主人です。それは背が低い、頭の小さな、でっぷりと肥満した未亡人でした。その時彼女はきんきん声で、早口でこうまくし立てたのです。

「あたしはね、八畳間は確かにお貸ししましたけれどね、廊下まではお貸ししませんよ。ええ。この廊下はうちのものですよ。鶉を飼おうと牛を飼おうと、あたしの勝手ですよ」

「そんな無茶な」と須貝はひたすら抗弁しました。「廊下は部屋にくっついてるというのは、社会の通念――」

「通念も残念もありませんよ。あたしがお貸ししたのは、部屋だけです。それもたった千五百円ですよ。よそ様では、一畳あたり二千円も取ってるというのに。廊下のことまでに口を出されて、それで引き合った話ですか!」

「でも、眠れないんですよ。啼き声がやかましくて、昨夜なんか、僕は全然眠っていないんです」

「そりゃ啼きますよ、鶉ですもの。啼かない鶉があったら、お眼にかかりたい位だわ」灰色のしみがぽつぽつとある小さな顔をふりふり、女主人は言いつのりました。「あたしだってね、好きで飼ってるんじゃないんですよ。鶉の卵でも売らなければ、暮しては行けないんですよ。部屋代たった千五百円ぽっち貰って、それで母子四人がどうして食べてゆけますか。そうでしょ。ええ。そうじゃないとでもおっしゃるの」

 須貝は昔から言い争いは不得手な方で、ことに女相手のそれは苦手なのでした。何時も一所懸命やっても、だんだん言い負かされてくるのです。しかしここで退いては、神経衰弱になってしまうのは必定(ひつじょう)ですから、彼は最後にほとんどやけくそになって怒鳴りました。

「とにかく明日までに箱を片付けて下さい。そうでなければ、僕には僕の考えがある!」

 今日の昼間、役所で事務を執(と)っている間も、ともすれば鶉のことが頭に浮んできて、須貝はその度に帳簿を書き損じたり、インク壺を引っくりかえしたり、へまばかりやっていました。煙草と間違えてハンコを吸ったりして、給仕に大笑いをされたくらいです。寝不足でいらいらしているので、彼は自分のその失敗を、一緒に笑う気にもなれませんでした。

『あの婆(ばば)あ、いよいよ本式に俺を追い出すつもりなんだな』

 女主人が部屋代を上げたがっていること、しかも一足飛びに一万円にしようとしていることを、この間から須貝はうすうすと知っていました。でも彼はそれにとりあわなかったのです。なにしろ給料が一万円足らずですから、とりあうわけには行かなかったのでした。そこで女主人は、彼を追い出して、新しい人を入れようと考えたに違いありません。遠廻しな皮肉などを言っていやがらせを始めたのは、大体一箇月ほど前、つまり須貝があの服を買った頃からです。女主人にして見れば、部屋代の件にはそっぽむく癖に、洋服などをちゃんと買い込んだ須貝に対して、たいそう腹を立てたのかも知れません。することなすことが陰険になってきて、たとえばある日、須貝があの板廊下にあがったとたんに、すってんと辷(すべ)って転んだこともあるのです。何時の間にかそこには蠟(ろう)がこてこてと塗ってあるのでした。彼が家の中を用心深く猫足で歩く癖がついたのも、それ以来のことでした。靴の中に石ころや木の葉が入っていたり、瓶のインクが突然水に代っていたり、そんな奇怪な現象にもひたすら隠忍自重しているうちに、とうとうある日のことその廊下に、鶉が十二羽も運ばれてきたという訳でした。須貝も内心意地になっていましたから、鶉ぐらいが何だと初めは軽く考えていたのですが、その啼き声を聞くに及んで、これは放って置くわけには行かなくなったのです。それはつまり、女主人の作戦が図にあたったということでした。夜中に聞くとその鶉たちの、残忍な復讐の執念につかれたような啼き声は、その度にぎょっと彼の眠りを脅(おび)やかしてくるのでした。それが今日でもう三日になるのです。

 乱暴に靴を脱ぎ捨てると、須貝は用心深く板廊下に立ち、寝不足の眼をくゎつと見開いて、鶉箱の方をじっとにらみつけていました。母屋の方からは、何の物音も聞えません。子供たちの歌も止んだようです。耳に入ってくる音響と言えば、かしましくにぎやかな鶉たちの啼き声ばかりでした。

『なんと不恰好(ぶかっこう)な、やくざな鳥どもだろう!』

 背が茶褐色のその鳥たちは、頭が小さく尾は短く禿(は)げ、全体にぶよぶよとしまりなくふくらんでいます。腹部は赤色で、灰色の斑点などを点々と浮かせているのです。その不恰好なやつが十二羽も、蜜柑箱の中にひしめき合っているのでした。

「まったくあの婆あにそっくりだ」

 須貝は身体の向きを変え、そっと障子を押しあけ、自分の部屋に足を踏み入れながら、はき出すように呟きました。そう言えば、その灰色の斑点の感じ、顔や頭が小さいのにぼってりと肥満した体つきなど、どことなく女主人に似ているのでした。それから彼は薄暗い部屋を猫足であるき、ぱちんと電燈をつけました。すると部屋の中の貧しい道具や家具類が、しらじらと彼の視野に浮き上ってきました。そして須貝の視線は、すみの机の白い一枚の紙片の上にふと止りました。彼は近づいてそれをひらひらとつまみ上げました。

 それは谷川魚子からのハガキでした。

『おハガキ見ました。今夜七時半いつものところに待っています。魚子』

 その簡単な文面を二度読みかえし、須貝は腕時計をちらとのぞきました。針は今五時半を指しています。須貝はすこしおだやかな表情になって、何かちょっと考え込んでいる風(ふう)でしたが、障子の向うから、とたんにまたギャッという啼き声がしたものですから、眉をびりっと慄わせて、いきなりそちらを振り向きました。

「よし。俺には俺の考えがある」

 しかしその呟きも、急に語尾が弱まってかすれたようです。それは単にむしゃくしゃしているだけで、考えも方針も対策も、何も彼にはなかったからでした。しかし彼は次の瞬間、とつぜん我慢できないような衝動にかられて、仁王立ちになったまま、両腕をでたらめな体操のように、乱暴に振り廻し始めました。そして勢いに乗って、レビュウガールのように脚をぴょんぴょんはね上げ、どしんどしんと畳を踏みならしました。相当はげしい動作だものですから、彼ははあはあと呼吸(いき)をはずませながら、それでもその運動を止めようとはしませんでした。するとすこし静まっていた障子のむこうでも、その音に刺戟されたとみえ、ふたたび啼き声がギャッギャッと上り始めました。そこで須貝はなおのこといきり立って、もうやけくそな勢いで両手両足を振り廻しました。

「廊下で鶉がなきわめく権利があるなら」と顔を充血させてあえぎながら、彼は飛んだりはねたりしました。「おれはおれの部屋であばれる権利がある」

 その騒ぎをよそにして、母屋の方はひっそりかんとしていました。実はこの物音で女主人をおびき寄せ、一文句つけてやろうと彼は思っていたのですが、いくら手足を振り廻しても、誰かがやってくる気配は一向にないようでした。須貝は疲れてきました。しかし行きがかり上、目がくらくらするような感じになりながらも、彼は必死の力をふるって、その体操を続行しないわけには行きませんでした。

 その時分、母屋の一室では、うすぐらい電燈の下で、女主人と子供三人が、ひっそりと貧しい夕食の卓に向っていました。麦混りのぼろぼろの外米飯で、おかずは大根の醬油煮が二切れずつだけです。食卓が小さいものですから、子供たちは雛鳥(ひなどり)みたいに押し合いへし合いして、その貧しい御飯をかっこんでいました。そこらで光がちらちらするのは、どしんどしんと家が振動して、電燈の笠がゆらゆら揺れるからです。みんな妙な顔をして飯をかっこんでいましたが、ついに辛抱できなくなったらしく、いっとう幼ない児が小さな声で母親に訊ねました。

「お母ちゃま。あの音なあに?」

 女主人は返事の代りに、じろっとその児をにらみつけました。それは食事中は黙って食べるというのが、この家のしつけだったからです。しかしその女主人も、先刻から箸はあまり動かさず、眉をびくびく動かしたり、眼をぎろりと光らせたりして、その音や振動の具合をしきりにはかっているふうな様子なのでした。そしてどすんという大きな振動を最後として、音がぴたりと止みました。なんだかそれは人間か何か、そんな大きさのものが、いきなり、畳にぶったおれたような響きでした。幼ない児がかすかな声でおそろしそうに呟きました。

「なんだかが落っこちたようだよ」

 そしてまたじろりとするどく睨まれて、その児はちょっと泣きべそをかきました。

 それから五分ほど経ちました。

 廊下をぴたぴたという用心深げな跫音(あしおと)が近づいてきました。つまりそれは辷(すべ)らないように、垂直に歩を踏んでいるらしいのです。女主人はその音を耳にすると、直ぐに箸をおろして、きっと身構えました。そして次の瞬間障子ががらりと開かれました。顔を突き出したのは須貝です。その須貝の顔は、疲労と睡眠不足で、眼のふちがくろずんでいました。女主人はさっと表情を緊張させ、いきなり片膝を立てました。向うが何か言ったら、すぐさま言い返してやろうと、もう口がむずむず動きかかっているのでした。

 しかし須貝は舌を抜かれたかのように黙ったまま、棒杭(ぼうくい)のようにそこに突立っていました。どこを見ているのか判らないような視線で、そこらをぼんやりと眺めているようでした。子供たち三人も箸を止め、おびえたように身を寄せ合い、まばたきもせず須貝の顔をじっと見上げていました。そこらは一瞬しんとして、へんに呼吸が詰まるような感じだったのです。誰かがごくんと唾を呑みこむ音が、はっきり聞えたくらいです。

 その時、須貝の表情が、急にくしゃくしゃと歪(ゆが)み、突立っていたその身体が、ふらふらと左右に揺れたようでした。それからその手がゆっくり動くと、障子がするするとしめられて、ひたひたと跫音が鳴り、それは鶉の廊下の方に遠ざかって行くらしいのでした。そこで子供たちは、そろって大きな息をふうと吐き、箸を握りしめたまま、一斉に母親の顔に視線をうつしました。母親はやっと片膝をおろして坐り直し、いくらかつっけんどんな、またいくらか力が抜けたような調子で口を開きました。

「さあ。さっさと食べてしまうんだよ。おしゃべりなんかしないでさ」

 うすぐらい鶉の廊下に腰をおろし、須貝は手探りで靴を穿(は)いていました。庭を横切り、静かにくぐり戸を押して表に出ると、夕焼色はあとかたもなく消えていて、あたり一面はもうすっかりねずみ色の夕闇です。楕円の月は煮〆(にし)めたような色を放ち、肋骨みたいな木の枝の間にぽつんとひっかかっていました。須貝は両手を上衣のポケットにつっこみ、肩をすぼめるようにして、だらだら坂をとっとっと降りて行きました。

「あれはたしか――」やがて坂を降り切った頃、須貝は自分に言い聞かせるように呟きました。「大根のお煮〆のようだったな」

 須貝はその時なぜともなく、小学生時代のある日のことを憶い出していました。それはある年の秋季運動会の日のことです。昼食時になって、友達はみんなめいめいの家族たちに囲まれて、校庭のあちこちで楽しげに重箱などを開いているのに、彼ひとりはアルミの弁当箱で、教室の机のかげにかくれるようにして食べたのでした。父は死に、母の手ひとつで育てられ、その母親も忙しくて、運動会を見になんか来れないのでした。さっきあの食卓に並んでいた大根の煮付けの印象から、少年時代の日をまざまざと呼び起したというのも、その頃の彼の弁当のおかずが、ほとんど毎日大根の煮〆ばかりだったからでしょう。おそらく運動会の日のそのおかずも、それだったに違いありません。今憶い出してもそれは、鹹(しお)からくほろ苦く、やるせなくなるほどの忙しい味わいでした。その記憶をふりはらうように、須貝はしきりに首をふりふり、駅の方にひたすら足を進めました。もうそこらはにぎやかな商店街になっていて、自転車のベルやラウドスピーカーの声、パチンコ玉のざらざら流れ出る音などが、かしましく耳のそばで交錯していました。ごちゃごちゃした人混みを縫って歩きながら、須貝は突然何か思い付いたように、垂れていた首をふっと上げました。そしてとある一軒の店の前に足を止めました。

 それは福徳住宅社という看板が出た、しごく小さな住宅案内業の店でした。そこは幅二間ほどのガラス戸に、隙間もなく紙きれが貼りつめてあって、貸間、貸アパート、売家、売店舗などなど、こんなに世間には空室や空家があるのかと思われるほど、貼紙がずらずらと並んでいるのでした。須貝の眼は、先ずその貸間の部に、ひたと吸いつきました。丹念に一枚読んでは次にうつるようにしながら、彼は頭のすみでひそかに思いました。

『鶉は啼きわめくし、子供らは大根の煮付けを食べてるし――』

 そして視線が移動するにつれ、彼はちょっと首をかしげたり、ほっと溜息をついたり、ぼそぼそと何か呟いてみたり、ぐふんと鼻を鳴らしたりしました。条件がいいと思えば権利金がむやみに高いし、値段が手頃だと思うと場所が遠過ぎたり、なかなかぴったりしたのが見当らないのでした。でも須貝はたゆまずに、視線を上段から中段へ、中段から下段へと、じりじりと動かしてゆきました。

『なにしろ俺の条件は、権利金なしの千五百円どまりだからな』

 そして彼の視線は、下段の一番端のところでぴたりと止り、それっきり動かなくなりました。眼がちかちかと光り、頰にもぽっと赤味がさして来たようです。その貼札には、こう書いてありました。

 

  貨室・当駅ヨリ約十分・高台閑静・八畳美室・一間幅

  廊下付・賃月一万・外人向

 

 そして側に小さな字で、

 

  目下居住者アレドモ近日中明渡シノ見込

 

『まさか俺の部屋では――?』

 疑惑の色が面上に色濃くただよい、彼は唇を嚙みながら、無意識のうちにとことこと足踏みしました。それからぷいとその店を離れると、前よりも急ぎ足になって、往来の雑沓(ざっとう)の中にまぎれこみました。

『おれは腹が減っているんだ』

 いらだちをなだめるように、須貝はそう思ってみました。さきほどの運動のため、じっさい腹も。ペこペこになっていたのです。とたんに胃のあたりがグウと鳴ったものですから、ポケットの小銭をちゃらちゃら言わせながら、須貝はたまりかねたように曲り角の外食券食堂に飛び込みました。

『あの婆さんも子供たちも、決して悪い奴じゃないんだ。決して。そしてこの俺も』

 食堂の丼飯もやはり麦混りのぼろぼろ飯でした。それを忙しくかっこみながら、須貝は強いてそんなことを考えました。怒ってばかりいては、消化に悪いと思いついたからです。

『その俺たちの尋常な人間関係を、何かが破壊しようとしているのだ。何かが!』

 そう思ったとたん、ギヤッというような音が近くで聞えたものですから、須貝はぎくりと顔を動かしました。それは食堂の奥でスイッチをひねったラジオの音でした。つづいて何かを解説するアナウンサーの声が、そこからがんがんと流れ始めました。粗悪なラジオらしく、声がしきりに割れて、耳にびんびんとひびいてくるのです。須貝はちょっと顔をしかめ、丼を顎(あご)にくっつけるようにして、ふたたび猛然と箸を動かしました。あの鶉たちの声を思い出したのでした。次の瞬間、ある暗い予感のようなものが、しずかに彼の胸にひろがってきました。

『俺がたまりかねて出て行くまで、あいつらは臆面もなく啼きつづけるのだろうな』

 彼は丼を置き、こんどは皿をとり上げました。皿の中にあるのは、もうあらかた食い尽した焼魚の骨と、あとは煮豆のかたまりだけです。彼はその煮豆を箸でしゃくって、ぐいと口の中に押し込みました。

[やぶちゃん注:「外食券食堂」第二次世界大戦中の昭和一六(一九四一)年から戦後にかけて、主食の米の統制のため、政府が外食者用に食券を発行し(発券に際しては米穀通帳を提示させた)、その券(真鍮製。紙では容易に偽造出来てしまうからであろう)を持つ者に限り、食事を提供した食堂。というより、これ以外の飲食店には主食は原則、一切配給されなかった。私がかつて古本屋で入手した昭和二〇年(一九四五)年十月の戦後最初の『文芸春秋』復刊号の編集後記には、調理人の手洟や蛆が鍋の中で煮えている、という凄絶な外食券食堂の不潔さを具体に訴える内容が記されてあった。小学館の「日本大百科全書」梶龍雄氏担当の「外食券食堂」の項によれば、戦後、外食券は闇値で取引されることも多くなり、昭和二二(一九四七)年入浴料が二円の当時、一食一枚分の闇値が十円もしたという例もある。しかし昭和二五(一九五〇)年ごろより食糧事情が好転、外食券利用者は激減し、飲食店が事実上、主食類を販売するようになってからは、形骸化し、昭和四四(一九六九)年には廃止された、とある。因みに、私は昭和三二(一九五七)年生まれであるが、「券」も「食堂」も記憶には全くない。本篇は昭和二七(一九五二)年発表であるから、その歴史のまさしく黄昏時に入った時期と言え、主人公の窮乏も同時に感じさせるものである。]

 

『このひとの口は、今日は鶉豆のにおいがするわ』

 胸をぎゅっと抱かれ、唇をひたと押しつけられながら、谷川魚子は無感動にそんなことを考えていました。眼は見開いたままです。近頃では、彼と接吻する時にも、眼を閉じるような気分には、どうしてもなれないのでした。上にかぶさる男のもじゃもじゃ髪のすきまから、赤い月がちらちらと見え、彼女の眼はそれをぼんやりと眺めていました。

[やぶちゃん注:「鶉豆」「うずらまめ」は、豆の形が円筒形で、表皮は淡褐色の地に赤紫色の斑紋(斑(ふ))が入った隠元豆(マメ目マメ科インゲンマメ属インゲンマメ Phaseolus vulgaris )で、その名は種皮の模様が鶉の卵によく似ていることに由来する。煮豆や甘納豆の原料として用いられているから、外食券食堂の皿の中の煮豆が、事実、それであったのであろうが、如何にも皮肉と言えば、皮肉である。]

 少し経って、須貝は唇を離しました。眼がいくらか血走っていて、月光のせいか顔全体がほんとに蒼黒く見えました。それから魚子もゆっくり身を起しました。

「僕はすこし疲れているんだ」須貝はさも消耗したような声で、そう言いました。「なにしろこの二晩というものは、さっき話したような事情で、ほとんど眠っていないんだ」

 そこは濠(ほり)に面した土堤の上でした。若草が一面に生えているのですが、それらはしとどに濡れ、露を含んでいるものですから、二人は余儀なくベンチに腰をおろしていました。そのベンチもひえびえと湿って、つめたいのでした。

「ここは冷えるわ」魚子はやがてのろのろと立ち上りました。「すこし歩きましょうよ」

「うん」

 須貝はあまり動きたくないような様子でしたが、それでも不承々々腰を上げました。先程あまりやりつけないあばれ方をしたせいか、腰の筋がぎくりと痛んで、彼は思わず顔をしかめました。その須貝の惨(みじ)めたらしい表情を、魚子はある感じをもってじっと眺めていました。

 土堤に沿って、やがて二人は並んでゆっくりと歩き出しました。お互いに黙ったままです。濠の向うは線路になっていて、そこをごうごうと走る電車の青白いスパークが、暗い水面にうつっては消えました。

「さっきの話ね」

 ほぼ百米も歩いた頃、魚子は低い声で口をきりました。

「あれはやはり駄目よ。だってあたしの部屋は、とても狭いんですもの。無理というものだわ」

「すると僕と一緒に暮すのは厭なのかい?」

 と須貝はやや沈痛な声で問い返しました。

「厭とか厭じゃないとか、そんなことじゃないのよ」そして魚子はいらいらと声を高めました。「あたしたち、一緒になっても、お互いに惨めになるだけだと思うの。それにきまってるわ」

「なぜ?」

「なぜって、あなたも貧乏だし、あたしも貧乏でしょう。貧乏同士が一緒になったって、幸福になれっこないわ」

「愛し合っててもかい?」

 魚子はそれには返事をしませんでした。それから五十米ほども歩くと、土堤が尽き、二人は黙ってそこを右に曲りました。そこから暗い道が始まっていて、夜風が二人の顔にまっすぐに吹きつけました。上衣の襟を立てながら、須貝は思い切ったようにささやきました。

「つまり僕を嫌いになったというわけだね」

「あなたは、いい人よ」と魚子は少しどもりながら、答えにならぬ答え方をしました。「でも、あたし時々、あなたにやりきれなくなる時があるの。ねえ。たとえば、なぜあなたは、もっと胸を張って歩かないの。ぐっと胸を張って元気よくさ」

「洋服の関係なんだよ、これは」と須貝はかなしげに答えました。「自然とこういう恰好になってしまうんだ。前の持主が、セムシか何かじゃなかったのかなと、ときどき思ったりするんだけどね」

 暗い道のずっと彼方に、自動車のヘッドライトがあらわれ、そこらはぼんやりと明るくなりました。そこで魚子の横顔をちらとぬすみ見ながら、須貝はも一度訊ねました。

「どうしても君の部屋は駄目かい?」

「駄目よ」と魚子はそっけなく答えました。

「ああ」と須貝は絶望したようにうめきました。「今晩帰れば、また鶉だ。明晩も鶉。その次の晩もまた鶉。僕はほんとに死んでしまう」

 ヘッドライトの光芒は、ぐんぐんぐんぐん近づいてきました。二人の姿を認めたと見え、警笛がビビーッという響きを立てて鳴りわたりました。地面は泥と水とのべたべた道です。二人抱き合うようにして、急いで道の端に避けたのですが、瞬時にしてタイヤがべたっと水溜りを弾いたものですから、泥水がこまかい飛沫となって二人の全身にパッとおそいかかりました。自動車はそこでちょっと速力をゆるめたようでしたが、直ぐに元のスピードを取戻して、べたべた道をぐんぐんぐんと走って行きました。その自動車の後方席には、頭の半分禿(は)げかけた五十二三の肥った男が、腕組みをして瞼を閉じ、独りひっそりと腰をおろしておりました。眼をつむっているので、二人の姿は見なかったに違いありません。

「おい。田口」やがてその男は眼をつむったまま、運転手の背中に低い声で呼びかけました。「いま何時じゃね」

「はい。八時二十分です」

 運転手はちらと時計をのぞいてそう答えました。男は追っかけるように言葉をつぎました。

「もっとスピードが出せんか」

 車体はがくんと一揺れして、見る見る速力を増してきたようです。やがて男は切なそうに眼を開きました。車はいま濠(ほり)ばたの道を走っていました。そして濠を越えた向うの土堤の真上に、楕円形の月があかあかとかかっていました。肥った男は顔をガラス窓に寄せ、じっとそれを眺めました。

『月が出ている』

 男はなにか祈るような気持でそう思いました。車が走るのと同じ速力で、月も夜空を同方向にはしっているのです。出来そこなったレンズ。暫(しばら)くそれを眺めているうちに、男はちらとそんなものを聯想(れんそう)しました。苦悩と焦慮の色が、ありありと男の面上に浮んできました。

『あの出来そこなった月が、まん丸くなる頃には、もしかするとこの俺も――』

 ヘッドライトの光芒は、その時正面の石垣塀を一舐(ひとな)めして、大きく左へ曲りました。そこで男の視界から、月はもぎとられたように姿を消しました。それからまた男は腕組みをして、座席のクッションに大きくよりかかり、深刻げに眼をつむりました。

 それから自動車はぐんぐんぐんぐん、坂をのぼり坂を降り、橋をわたりガード下をくぐり、あちらこちらに泥や水をはねとばしながらひた走りに走りました。そしてとある大きな門構えの家の前に停りました。車が停ると、男は自分で扉を押しあけ、転がるように降り立って、ぜいぜいと咽喉(のど)をならしながら、急いでその門の中へ入って行きました。

 運転手は大きく背伸びをして、座席の片隅から、裸女の表紙のついた小型雑誌をとり出して、頁をめくって読み始めました。それから三十分ほども経ちました。

 門の中の玄関のところで、がやがやと話し声が聞え、さっきの男が見送られて出てくるらしいのでした。この家の主(あるじ)らしい男のがらがら声で、

「折角来て呉れたのに、役に立たなくて済まなんだなあ。牧山君」

「いやいや、こちらこそ」

 玉砂利をざりざり踏んで、男は自動車に戻ってくると、とたんに両手で頭をかかえるようにしてクッションによりかかり、苦しそうな声で命令しました。

「こんどは渋谷にやって呉れ」

 運転手は雑誌を座席の下に押し込み、無表情な手付きでハンドルを握りました。

 ふたたび自動車は夜風を切って、ぐんぐんぐんぐん走り始めました。黒い車体は月の光に照らし出されて、まるで必死に遁走(とんそう)する巨大なカブト虫でした。渋谷に着くまでにも、男はしきりに身悶えしたり、眼をつむったり開いたり、じっとしては居れないような風(ふう)なのでした。

 渋谷の奥まったある屋敷の中に、やがて自動車を降りたその男は、忙しい足どりで入って行きました。運転手はまたうんと背伸びして、エロ雑誌を読みふけり始めましたが、こんどは十五分も経たないうちに、跫音がせかせかと戻ってきて、車台ががくんと揺れると、男の肥った体がころがりこむようにして入ってきました。運転手がそっとバックミラーをのぞいて見ますと、男はすっかり打ちのめされたような顔付になって、黙ってぐったりと座席にもたれかかっているだけです。もう口をきくことさえ大儀らしい風なのでした。そこで運転手の方が口を開きました。

「お宅の方にお廻ししますか。牧山社長」

 牧山(つまりその肥った紳士ですな)は頰をたるませて、がっかりしたようにうなずきました。ここでも話がうまく行かなかったらしいのです。

 こうして、牧山光機会社社長の牧山英造が、自動車で自宅に戻ってきたのは、もうかれこれ十二時近くでした。玄関を上ると直ぐに、電話がかかって来ました。牧山はいらだたしげに眉をしかめながら、しぶしぶ受話器をとり上げました。神経がくたくたに疲労して、もうどんなものともかかわりを持ちたくないような、やけくそな気分なのでした。

 電話の声は、サカエでした。サカエというのは、一年ほど前から牧山が世話をしている女なのです。そのサカエの声が、怨(えん)ずるように牧山の耳に入って来ました。

「なぜお金持って来て下さらないのよう。あたし困っちまうわ。もう会があさってに迫ってると言うのに。ねえ。どうしたのよう」

「うん。判ったよ。判ってるよ」それどころかと思いながら、しかしなだめるように牧山は言いました。「わしだって、忙しいんだ。な。今が大事な時だから、も少し待って呉れ。な。お願いだ」

「も少しって、もう明後日なのよ。後見の人にも、地謡(じうたい)の人にも、笛や太鼓(たいこ)の連中にも、お礼出さなくちゃいけないのよ。早くしないと、あたし恥をかいちゃうわ」

 明後日、素人能(しろうとのう)の大会があって、サカエはそれに出て舞う予定なのです。そのためには金が必要で、もう一箇月も

前から、牧山はそれをしきりにせびられているのでした。

「判った。判った。とにかく明日」

 牧山はガチャンと受話器を置いて、ふうと大きく呼吸(いき)を吐きました。とにかく明日中にまとまった金を調達しなければ、親爺の代からつづいた光輝ある牧山光機も、ついに潰(つぶ)れてしまう他はない。そうなれば、あのサカエとも手を切らねばならないだろうし、もちろん家屋敷や自動車なども、すっかりこの手を離れるだろう。腹の中がまっくろになるような気持でそう思いながら、牧山はむっと頰をふくらませ、よたよたと二階の寝室に上ってゆきました。

 服を脱ぎ捨てて、彼は芋虫のようにベッドに転がり込みました。妻を喪(うしな)って三年間、彼は自宅ではずっとこの部屋にひとりで眠る習慣なのです。肥満した体軀にころげこまれて、古いベッドはきいきいと悲しげな音を立てました。

 晩方、彼は夢を見ていました。野原一面にもやしのような小さな手がたくさん生えていて、そこをひとりで歩いているような夢でした。その手が一斉にぐにゃぐにゃとなびいて、しきりに彼の足をつかまえようとするのです。びっくりして逃げ出そうとするのですが、それこそ手は何万本となくずらずら生えていますし、走っても走っても脚がから廻りするような具合で、彼は全身にびっしょり汗をかいて、やっとのことで眼が覚めました。見ると夜はすっかり明けているのでした。彼はむくりとはね起きました。

「シュッシュッシュッシュッシュ」

 口の中でそんな音を立てながら、彼は大急ぎで顔を洗い、大急ぎで朝飯をかっこみました。身支度して玄関に出ると、もう自動車がそこに待っているのです。運転手席には、れいの田口が無表情な背中を見せて、ちゃんと腰かけているのでした。

「シュッシュッシュ。丸の内に急いでやって呉れ」

 その日一日その自動車は、丸の内から神田へ、神田から銀座へという具合に、まるで東奔西走というありさまでした。彼は何度となく車を停めては、建物の中に駈けこみ、その度ごとに打ちのめされた顔付で車に戻ってくるのでした。なにしろひどい金詰まりということもあるのですが、まあ普通に考えて、牧山光機という会社は、どうもすべての金融機関や業者からすっかり見限られているらしいのでした。昼過ぎ頃から、牧山のぶよぶよした頰や顎(あご)は、しだいにくろずみ始め、夕方頃になると、身体の皮膚のあちこちがたぶたぶたるんで、一貫目近くも瘦せてきたような感じでした。昼飯も食べずにかけ廻っているのですから、身体はもう紙袋みたいにへとへとなのですが、頭の中はまったく火のように熱くなって、もう眼もはっきり見えないような具合でした。

「もっとスピードを出せ。シュッシュッシュッシュ」

 しかしどんなにスピードを上げても、もう無駄でした。すべては徒労だったのです。その夜の十二時頃自宅に戻ってきた牧山英造は、朝から見るとすっかり面(おも)変りして、眼などはまるでパンチを受けた拳闘選手みたいになっていました。よろよろよろとベッドに腰をおろして、両手で禿頭をむちゃくちゃにかきむしりました。

「もう駄目だ」と彼は大きな声を出してうなりました。

「もう駄目だ。おれの生涯は終った!」

 彼はそれから、自分を打ちのめした同業者の顔や、会社の組合員たちの怒った顔などをつぎつぎに思い浮べました。そしてひとしきり呻き声を張り上げました。しかし泣いても呻いても、仕方のない話でした。技術において古く、資本や手腕において貧しい牧山光機にとって、こうなるより他にどんな道があり得たでしょう。

 やがて、うなるだけうなり尽し、禿頭をむしるだけむしり尽すと、牧山はほとんど虚脱したようなとろんとした眼付になって、ぼんやりと窓を見上げていました。あたりはしんと鎮(しず)もって、物音ひとつ聞えません。

「月が出ている」

 やがて彼はぼんやりと呟きました。そして昨夜も自動車の中から、この月を仰いだことを思い出しました。あれから一日しか経っていないにも拘(かかわ)らず、もうそれは一箇月か二箇月か前の出来事のような気がしてならないのでした。つまり今日一日で、彼は平常の一二箇月分ぐらい生きたということなのでしょう。つづいて彼はその月の輸郭から、ふとサカエの顔立ちを思い出していました。

 『明日だと言ったな。どうにかして金をつくってやりたい』

 彼はしみじみとそう思いました。今自分をあたたかく迎えて呉れるのは、あの女だけじゃないか。そんな感傷がちらと牧山の胸をよぎったのです。自分だけをたよりにして生きているサカエに、いよいよ手切れの話を持ち出さねばならぬ。それは彼にとって、限りなく辛(つら)い話でした。牧山光機会社の浮沈よりも、そのことの方がよほど辛いと感じられたのも、窓から射し入る束(つか)の間(ま)の月光の魔術だったのかも知れません。

 三十分後、この肥ったレンズ会社の社長さんは、ごうごうと大いびきをかいて眠っておりました。そのいびきも、時々ひっかかったりかすれたりして、仲々なだらかには行かない風でした。

 

 牧山社長が自動車を乗り捨てて、能楽堂の楽屋にかけ込んだのは、サカエが舞台に出る直前のことでした。

 サカエはすっかり装束を着け終り、あとは面をつけるばかりになって、鏡の前に腰かけていました。牧山の声を聞くと、眼だけをじろりと横に動かしました。着付けの関係上、身体を動かすわけには行かないらしいのでした。それはなんだか怒ったような、邪慳(じゃけん)そうな眼付でした。

「お金を持って来たよ」

 と牧山は済まなそうな小さな声で言いました。

「そう」

 サカエはそっけなく返事して、手をそっと動かして、紙包みを受取りました。サカエは頭に面下の紫色の鉢巻をしめています。豪華な衣裳を着けているものですから、頭や顔がことのほか小さく見え、その顔も光線の具合か、砥粉(とのこ)でも塗ったように赤黒く見えました。表情も緊張して動かないので、まるでアメリカインデアンの顔にそっくりでした。

 楽屋には、着付けの人や四拍子の人たちがうろうろして、がやがやがやと落着かない空気なのです。牧山は気押(けお)されたように暫(しばら)く黙っていましたが、やがて思い切ってサカエの耳もとに顔を近づけて、ささやきました。

「とうとうお前とも、別れねばならないことになってしまった」

 衣裳の中で、サカエがぎくりと身体を動かすのが判りました。しかし表情はそのままで、唇もきっと結んだままです。牧山は急に切なさが胸にあふれ、早口の慄え声で一切を説明し始めました。しかしその説明が半分も済まないうちに、後見の人がずかずかと寄ってきて、牧山を肱(ひじ)で押しのけ、サカエの顔に能面をかぶせようとしました。瞬間サカエはその面を避け、牧山の方を見ようとしたらしいのですが、次の瞬間能面はぴたりと顔に貼りついてしまったのです。その一瞬の瞳の色は、暗くめらめらと燃えていて、牧山の胸をきりきりと突き刺しました。

「わしは表から見ている。もうこれきりで逢えないかも知れない」

 後見が聞いているのもかまわず、牧山は早口でそう言い足しました。そして背をひるがえして、ころがるような急ぎ足で、せかせかと楽屋を出て行きました。

 見物席は老若男女で満員の盛況でした。素人能会なので、見物たちもいろいろ雑多で、子供の多いのも目立ちました。舞台をよそにして、通路で鬼ごっこしている子供などもいます。空席がないものですから、牧山は道路の一隅に窮屈そうにしゃがみこんで、舞台が始まるのを待っていました。やがて地謡の連中がぞろぞろと並んで坐り、四拍子もきちんと所定の位置につきました。[やぶちゃん注:「道路」はママ。後の表記の「通路」が正しい。]

『とうとうこれが手切れ金になってしまった』

 と牧山は思いました。年甲斐もなくふっと涙が流れ出そうな気分でした。先ほど手渡したのは、今朝来やっとのことでかき集めた、最後の五万円なのでした。

 その時、見物席が水を打ったように、しんと静かになりました。いよいよこれから『葵上』が始まるのです。舞台の前面で、ワキツレがきっと身構えて、荘重な声で謡い出しました。

 

  〽これは朱雀院(すざくゐん)に仕へ奉る臣下なり。

 

 牧山は体を凝(こ)ったように固くして、橋懸(はしがか)りの方にばかり気をとられていました。六条御息所(みやすんどころ)の生霊(いきりょう)に扮したサカエが出て来るのを、祈るような気持で待っているのでした。そしていよいよその姿が揚幕をはねてあらわれ出た時、牧山はなんだか全身の皮膚が、じんと泡立つような感じにおそわれたほどだったのです。

 

  〽三つの車に法(のり)の道。火宅(くわたく)の門(かど)をや出でぬらん。

 

 ぎゅっと膝を抱き、人々の頭ごしに、牧山の視線はひたとそこに吸いとられていました。サカエの動作は、どこか不安定で、声もくぐもってひどく慄えているようです。何かするどい危惧(きぐ)が、牧山の胸を矢のように走り抜けました。六条御息所の生霊は、しずしずと舞台に進みながら、時折り面をやや傾けて、見物席の方をしきりに見渡すらしいのでした。

『わしの姿を探しているのではないか?』

 牧山は両方の拳(こぶし)をかたく握りしめて、胸をわくわくさせました。よっぽど立ち上ろうかと考えたのですが、舞姿が乱れてはいけないと思って、やっと辛抱したのです。

 さて、それから舞いはずんずん進んで、前半は終り、サカエの姿は橋懸りから一旦楽屋へひっこんで行きました。牧山は大きく溜息をつきました。その引込み方もしどろもどろで、サカエの心の乱れがそっくり出ているような感じだったからです。

『後半はうまく行くように。どうぞどうぞ』

 間狂言(あいきょうげん)がちょっと中にはさまり、それが済むと、被衣(かつぎ)を顔からもろにひっかぶったシテが、橋懸りから舞台の中央に、再びするすると出て参りました。ぐいと衣裳をはね上げると、そこにあらわれたのは、目も恐ろしげな般若(はんにゃ)の面です。しかもその般若面は、牧山の方をぐいと正面からにらみつけているのでした。彼はぎょっとして身体をちぢめました。サカエの怨霊(おんりょう)は牧山を見据(す)えたまま、するどく突き刺すような声を上げました。

 

  〽いかに行者(ぎやうじや)。はや帰り給へ。帰らで不覚し給ふなよ。

 

 そこで牧山は思わず腰を浮かして、ごそごそと後退(あとしざ)りしました。まるで自分に言われているような気がしたからです。それから舞台の上では、怨霊と行者(ぎょうじゃ)の火をふくような対決となり、行者は大きな数珠(じゅず)を両掌で揉みに揉んで、怨霊を折伏(しゃくぶく)しようとするのです。うしろにうち並んだ地謡の連中が、ここぞとばかり大声を張り上げて、お経の文句を謡(うた)い出しました。見物衆はみんな固唾(かたず)をのんで、成行きを見守っています。

 

  〽 不動明王。曩莫三曼多縛日羅赦。戦拏摩訶路灑拏。(ふどうみやうわう なまくさまんだばさらだ せんだまかろしやな)

 

「危い」

 と牧山は思わず叫び声を上げました。行者に押されて、打杖を振り上げ振り上げ後しざりするサカエの体勢が、ひどく乱れて、ほとんどよろめくようなのです。そのとたんに、サカエは何を思ったのか般若面をぐいと牧山の方に振り向けました。足は勿論ずんずん後しざりをしながらです。

「あっ」

 声にならない叫びのようなものが、見物席全体から一斉にあがりました。とんとんとんと後しざりするサカエの怨霊は、面をかぶっているので、距離の測定をつい誤ったのでしょう。いきなり舞台を踏み外して、その身体は横ざまにぐらりと宙を泳ぎ、舞台下にすってんころりんと落っこちてしまったのです。見物席はわっとざわめいて、みんな総立ちとなってしまいました。サカエが落っこちたその見物席では、とたんに火のつくような子供の泣き声があがりました。

「怖いよう。怖いよう。鬼がおっこちてきたよう」

 サカエが持っていた赤い打杖がはね飛んで、その子の頭にぶっつかったらしいのです。サカエは痛みをこらえて夢中ではね起きると、泣き絞るような声で続きを謡いながら、必死の努力で舞台にはい上ろうとしました。

 

  〽あらあら恐ろしの般若声や、これまでぞ怨霊この後(のち)又も……

 

「怖いよう。怖いよう。あたいは怖いよう」

 けたたましく位きわめきつづけるその男の児は、母親らしい女に横抱きにされて、いきなり通路の方に連れ出されました。その母親は、四十がらみのお内儀(かみ)さんらしい風体(ふうてい)の女でした。

「何で泣くんだよっ。折角のところをさ」

 そう叱りつけながら、子供を通路に立たせると、こんどは手をぐいぐい引っぱって、外の方に連れ出そうとしました。ところが子供の方は、眼が涙でふさがって何も見えないものですから、丁度そこの通路にうずくまっていた牧山と、ゴツンとおでこをぶっつけ合って、なおのことわっと泣き声を張り上げました。これは牧山の方も悪いのです。サカエの必死の姿が正視出来なくて、眼をかたく閉じていたのでした。

「まだ泣いている。早く来るんだよっ」

 女はいよいよ腹を立てたと見え、手が抜けるほど邪慳(じゃけん)にぐいぐい引っぱり、とうとう玄関まで子供を引きずり出してしまいました。それでも子供が泣き止まないものですから、すっかり気分をこわしてとうとう帰る気になったらしく、下足をそこにそろえ、子供にも無理矢理に穿(は)かせ、自分もそそくさとつっかけました。そして表に出ました。

[やぶちゃん注:能の「葵上」は解説は「能楽協会」のこちらが判り易く、詞章原文(但し、新字)は現代語訳附きのこちらがよい。全曲映像はYouTubeのMinakata Kunio氏のこちらで視認出来る。]

 母親に手をとられて道を歩きながらも、子供は泣き止んでみたり、また思い出したように泣き声を立てたりしていました。それは五つか六つぐらいの、青白い皮膚と大きな眼を持った、見るからに神経質らしい男の児でした。古ぼけた毛糸のジャケツ、青いコールテンのズボン、そして足には足袋を穿き、いくらか大きめの下駄をつっかけているのです。ぐいぐい手を引っぱられて急(せ)かされるものですから、ともすればその下駄が脱げそうになったり、転びそうになったりするのでした。

[やぶちゃん注:「ジャケツ」“jacket”の和製音写。袖の長い毛糸編みの上着の古称。

「コールテン」コーデュロイ“corduroy”の「天鵞絨」の和製英語の合成語「コール天」。平織又は綾織の地に、別の緯(よこいと)でタオル様の輪を浮かせ、輪の中央を切断して添毛とし、ブラシ掛けをして畝(うね)を整えて仕上げたもの。経(たていと)方向に畝が走る。添毛のために摩擦に強く、耐久性があり、ジャンパー・ズボン・作業服・足袋表・鼻緒・椅子の張地などに用いられる。「綿天鵞絨(わたビロード)」とも呼ぶ。]

 やっとのことで駅に着き、電車に乗り込んでも、その児は時々脅(おび)えたようにぎくりと身を慄わせ、鼻を鳴らしてしゃくり上げました。そしてその度に、母親からぐいと頭を小突かれました。土曜日の夕方なので電車はぎっしり満員で、それで母親はなおいらいらするらしいのでした。

「いつまで泣いてんだよっ」

 新宿駅で私鉄に乗り換え、やっと母子の家近くの駅で下車した時は、子供はもうすっかり泣き止んでいましたが、その代り、青白い顔がいっそう青味を帯び、大きな眼は熱っぽくうるんで、歩き方もふらふらするような恰好(かっこう)で、ヘんに放心したような元気のない様子でした。母子は改札を通り抜け、外に出ました。踏切りをわたると、そこからちょいとした一筋道の盛り場になっているのです。盛り場と言っても、八百屋や魚屋や菓子屋などが、一町ほどずらずらと並んでいるだけですが、さすがに夕方のことですから、勤め帰りの男たちや買物の女たちが、狭い街筋に充満して、まっすぐにあるけないほどでした。[やぶちゃん注:「一町」約百九メートル。]

『街にはこんなにたくさん人々が歩いているが』と子供はふらふらと手を引かれながら、ぼんやりとそんなことを考えていました。『夜になると、みんな居なくなっちゃうんだ。皆どこかへ行ってしまうんだ』

 母子はそれから魚屋の前に立ち、母親は並べられた魚をあれこれと見くらべた揚句、イカの山を指さして、それを三匹買い求めました。どこかの海でイカが大量に獲れたらしく、魚屋の店先にも山と積んであって、値段も比較的やすいのでした。魚屋がそのイカを包んでいる間、子供は母親によりかかるようにして、力ない視線で店の板台(はんだい)をあちこち眺めていました。

『こんなに魚の死骸がならんでいる』と子供は思いました。『魚というものは、こんなに死骸になっても、誰も泣いて呉れないし、お墓も建ててくれない。煮たり焼いたりされて、人間に食べられてしまう。頭や骨やはらわたは、猫にすっかり食べられてしまう』

 そこまで考えた時、ぐいと手を引っぱられたものですから、子供はまた足をもつらせるようにして、ふらふらと歩き出しました。

 それからその一筋道をしばらく歩き、小さな薬屋のある曲り角から、二人はせまい路地に入りこみました。そこらはよほど淋しいところで、店と言えば、その薬屋だけぐらいのものでした。軒には多胡薬房などとひとかどの看板がかけてあるのですが、店の中をのぞいて見ると、薬棚やガラス台などが、うっすらと埃(ほこり)をかぶっているような感じで、壁にかけたポスター類も、破れたりすすけたりして、あまりぱっとした店構えではありませんでした。

 さて、街中ががやがやとざわめいているうちに、空の青色はしだいに淡くなり、太陽はきりきりと回転しながら、やっと家並のかなたに沈んで行ったらしいのです。今日も西の空はあかあかと焼けて、絵の具皿をひっくりかえしたような有様でした。そしてその残照も、十分間ほどで消えて、あたりからひたひたと夕闇が立ちこめて来ました。街燈に燈(ひ)がともり、あちこちの家の中にも燈がついて、やがてその燈の下で人々はシャンシャンと箸を鳴らし、御飯を食べたりうどんを啜(すす)ったり、また帳簿を出して銭勘定をしたりしていました。

 多胡薬房の奥の間では、ラジオが鳴っていました。家具もあまり見えないし、畳もすり切れたような貧しい六畳間ですが、ラジオだけは五球スーパーの堂々たる機械なのでした。しかもそれは、床の間のまんなかに赤いが友禅(ゆうぜん)布団をしいて、その上に大切な家宝みたいに安置されているのです。

[やぶちゃん注:「五球スーパー」真空管を五本も使った当時の高性能ラジオ。サイト「日本ラジオ博物館」のこちらで、本篇発表当時の、多くのそれらの現物写真が見られる。]

 そのラジオの前に、破れて綿の出た座布団をしいて、小さな男があぐらをかいて坐っていました。多胡薬房の主(あるじ)なのです。四十をちょっと出たほどの年頃で、薬屋らしく白い上っ張りをつけ、勿体ぶった顔をしていますが、なにしろ身体が小さくて、身の丈も四尺六寸ぐらいしかないのでした。その小さな薬屋は、ごほんとせきをすると、台所ヘむかって声をかけました。

「おい。今夜のおかずは何だ?」

おでんですよ」と台所から細君の声が返ってきました。「今煮込んだばかりだから、もすこししないと、汁がしみこまないの」

「どれどれ」

 薬屋はぴょこんと立ち上って、ちょこちょこと台所に入って行きました。台所のコンロに鍋がのっていて、その中には、大根だのコンニャクだの豆腐だのイカだのが、ごちゃごちゃに入れられて、ごとごと煮え始めていました。薬屋はしばらくのぞき込んでいましたが、やがて勿体(もったい)ぶった声で言いました。

「なんだ。安物のたねばかりではないか。フクロとかサツマアゲはないのか」

「お金がないんですよ」と細君はしゃもじで大根をひっくり返しながら答えました。「この頃すっかりお客が減ったわねえ」

「それは俺の責任じゃない」イカの脚をちょっとつまんで口に入れながら、薬屋が言いました。「うん。それはきっと、駅前にカラス薬房が出来たためだ」

「どうしてもきれいな店に行くわねえ」

 と細君は嘆息しました。細君は主とちがって、背丈も五尺二三寸はあり、よく肥って血色のいい女でした。

「あなたもラジオばっかり聞いていなくて、すこし店をきれいにすることを、考えたらどう?」

「掃除はお前の役目だ」と薬屋はきめつけるように言いました。「ラジオは俺の趣味だから、これは仕方がない」

「でも、あんまりラジオにばかりしがみついているんですもの。すこし度が過ぎるわ」細君も、コンニャクをつまんで、ぺろりと口にほうり込みました。「こないだ雑誌を読んでたら、ラジオの害が出ていましたよ。つまりラジオは愚民政策だって」

ぐみん?」

「愚かな民ということですよ」

「なに。愚かだと。じゃこの俺が、愚かだと言うのか。つまり莫迦者(ばかもの)――」

 薬屋が怒ってそこまで言いかけた時、床の間のラジオが一段声を張り上げて、つづいてパチパチパチという拍手の音が聞えてきました。そこで薬屋は、

「それっ。二十の扉だっ」

 と叫んで、大急ぎで六畳間に戻り、座布団の上にちょこんと胡坐(あぐら)をかいて、耳を澄ますような顔になりました。一言半句聞き洩(も)らすまいというようなしんけんな表情です。よほど好きでないと、こういう顔付はできません。

[やぶちゃん注:「二十の扉」当該ウィキによれば、昭和二二(一九四七)年十一月一日から昭和三五(一九六〇)年四月二日まで、毎週土曜日の午後七時三十分から三十分間、NHKラジオ第一放送で『放送された日本のクイズ番組で』、『敗戦の』二『年後から』十三年十二年余り続いた、『NHKラジオの看板番組であり』、『人気番組であった』とある(私は一九五七年生まれで記憶にはない。そこに載る解答者の中では、推理小説家の大下宇陀児(うだる)ぐらいしか知らない。サイト「NHKアーカイブズ」の「NHK放送史」の当該番組の解説に、『アメリカで放送されていたクイズ番組『Twenty Questions』(二十の質問)をモデルにした番組。動物、植物、鉱物の』三『つのテーマから出題。解答者は司会者に』二十『まで質問ができ、その間に正解を出す。質問を扉とみなして』二十『の扉を開けていく、テーマ曲を使わないで』、『扉をノックしてから開ける音で番組を始めるなど、日本独自の工夫がされた。問題はすべて聴取者から寄せられた』とあり、録音風景画像と当時の放送を聴くことが出来る。]

 台所では細君が、

「ほんとに仕様がないよ」

 とひとりごちながら、よいとこしょと腰を上げ、流し台でざくざくと米をとぎ始めました。

 その時店先の方で、

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 と呼ぶ女の声がしたのです。お客の声らしいのでした。薬屋は顔をしかめて舌打ちをしましたが、それでもしぶしぶ立ち上りました。細君には薬の知識が全然ないので、どうしても薬屋自身が店に出なくてはならないのでした。そして薬屋は上っ張りの具合をちょいと直し、いらいらした足どりで店の方に出て来ました。

「いらっしゃいませ。何を差し上げますか」

 お客ですから、つっけんどんに応対するわけには行きません。薬屋としては、これがせいいっぱいの愛想のいい声でした。そこに立っているのは、薬屋も顔だけは知っている、この近所のお内儀(かみ)さんなのでした。お内儀さんはあわてているらしく、おろおろ声で言いました。

「ええ。その、お薬をひとつ下さい」

「何の薬ですか?」

「子供がねえ、どうしたもんか、急に熱を出したんですよ。それがねえ、鬼が来たとか何とか」

「鬼?」

「そうなんですよ。うわごとなんですよ。あたしゃ辛くて辛くて」

「鬼は鬼として――」と薬屋はいらいらして言いました。ラジオからしきりに笑声や拍手が聞えてくるものですから、気が気じゃないのでした。「それで、風邪でもひいたんですか」

「風邪じゃないんですよ。つまり鬼なんですよ。あの子はもとから神経が弱くってねえ。知合いから招待券を貰ったんで、今日あの子を連れて出かけたんですよ。あの子をおいて、あたしだけで行きゃよかったんだけどねえ」

「つまり、何ですか、それは?」

「ええ、それが能てんで――」

「ああ、脳天ですか」と薬屋は面倒くさくなって、すこし語気あらくさえぎりました。「脳天なら、これが利(き)くでしょう。はい。五十円いただきます」

 薬をわたして五十円受取ると、薬屋は宙を飛ぶような勢い。で、ラジオの前にとって返し、ぺたりと坐り込みました。どうも一問題か二問題ぐらいを聞き洩らしたらしいのです。薬屋は耳の穴を平常より二倍ほど大きくして、改めてラジオに聞き入り始めました。台所ではおでんがごとごと煮えています。それから十分ほど経ちました。

 店のガラス戸ががらりとあく音がして、

「今晩は。今晩は」

 こんどは大きな男の声でした。薬屋は不快げにびくりと眉を動かしましたが、それでも思い切ったように立ち上って、急いで店に出てゆきました。

 店に立っているのは、もじゃもじゃ髪の、眼のぎょろりとした、若い男でした。顔が赤くなっているのは、きっと酔っぱらっているのでしょう。はたしてその声も舌たるくもつれているのでした。

「近頃はどうも眠れないんだ。何か眠り薬を呉れえ」

「はい。これがよろしいでしょう」

 薬屋は大急ぎで棚から取出して渡しました。男はそれを受取ると、ろくに調べもせずポケットに入れ、今度はガラス台に片肱(ひじ)をつき、薬屋の顔をじろじろと眺めながら、酔っぱらい特有ののろのろした口調で言いました。

「おやじさん。ひとつ相談があるんだがねえ」

「はい。何でございましょう」

「実はねえ、鼠を殺す薬があるだろう、僕が欲しいのは、そんなんじゃないんだ。欲しいのは鳥を殺す薬だ」

「鳥、と申しますと?」

「鶉(うづら)だよう。ギャギャッと啼く鳥があるだろう。餌にこっそり混ぜて、そいつらに食べさせたら、コロコロコロと死ぬ。愉快だね。そんな薬はないか?」

「そんな薬はありません!」と薬屋は半分怒って叫びました。「そんなのは、よその店で聞いて下さい。はい。睡眠薬の代は、八十円です」

 男は気を呑まれたようにポケットから紙幣を取出しましたが、その動作も極度にのろのろしているものですから、薬屋の頭からすこし湯気が立ってきたほどです。そして男が出て行くのも見届けず、小走りでラジオの前に戻って参りました。するとパチパチ拍手と共に、丁度二十の扉が終ってしまったらしいのです。薬屋はすっかり立腹して、大声で怒鳴りました。

「なんだ。暇な時にはお客は来ないのに、面白い番組となると、ぞろぞろやって来る。なんというロクデナシの客ばっかりだ!」

「どうなさったの?」

 と細君が台所から顔を出しました。

「酒を買ってこい。むしゃくしゃする!」

「そりゃ買って来ますけどね、お金は?」

「ここにある」と薬屋は二人の客からとった売上げをほうり出しました。「早く買ってこい」

「あなた怒ってらっしゃるの?」

「ああ、怒ってる!」

「そりゃ丁度(ちょうど)良かったわ」と細君は棚から何かごそごそ取出して、薬屋の方にやって来ました。その手に持っているのは、小さな湯呑みです。それを差し出しながら、「その勢いで辛子(からし)をかいて下さらない。怒ってかくと、よく利(き)くという話だから」

 薬屋はいきなりそれを引ったくり、歯を食いしばるようにして、湯呑みの辛子を割箸できりきりとかき廻し始めました。細君はそれを横眼で見ながら、そそのかすように低声で言いました。[やぶちゃん注:「低声」「ひきごえ」と読んでおく。]

「買って来るのは、鮭(さけ)なのね」

「鮭じゃない。酒だっ」と薬屋は目をつり上げ、手の動きをいっそう猛烈にしました。その勢いと言ったら、まるで道路工事に使用するドリルみたいでした。「腹が立っているのに、鮭なんか食べて、どうなるというんだっ!」

「もういいわ」

 と細君は薬屋の肩をやさしくたたき、それをやめさせました。そして湯呑みをとって、一寸においを嗅ぎ、ちゃぶ台の上に逆さに伏せました。

「おお、ずいぶん辛そうだ。よくできたわ」

 ところが薬屋の方は、一念こめて手を動かしたものですから、怒りがみんな辛子の中に入ってしまって、すこしぽかんとしていました。少し経って、気の抜けたような声で言いました。

「早く酒を買ってこい。それにお腹(なか)もすいた」

 細君が瓶をぶら下げて裏口から出て行くと、薬屋はしばらく貧乏ゆすりをしながら、ラジオに耳を傾けていました。番組が変って、今は歌や音楽でした。つまり彼は、そのメロディに合わせて、貧乏ゆすりをしていたのです。

 細君が戻って来て、ちゃぶ台におでん鍋や皿が並び、やっと酒の𤏐(かん)がつき始めた頃、またその番組が変りました。こんどは『トンチ教室』という莫迦(ばか)げた問答です。薬屋は、お酒は飲めるし、それは聞けるしというわけで、もう頰をゆるめてにこにこしていました。

[やぶちゃん注:「トンチ教室」「とんち教室」が正しい。当該ウィキによれば、昭和二四(一九四九)年一月三日から昭和四三(一九六八)年三月二十八日に『かけて放送されたNHKラジオのバラエティ番組である』。十九『年間にわたって放送された長寿番組であった。テーマ曲は「むすんでひらいて」であった』とある。これは流石に記憶にある。同前の「NHK放送史」の当該番組の解説に、『「尻とり川柳」「やりとり都々逸」など奇抜な題材による言葉遊びの番組。司会の青木一雄アナウンサーが先生、各界の個性豊かな著名人が生徒となって授業の形で進行。意表をつく答えやひょうきんな答えをして、先生とユーモアたっぷりにやり取りした。年度末の終業式では』、『生徒は毎年留年』で、『番組は』十九『年間』、実に九百五十八『回続き、先生も生徒も』十九『年かかって』、『ようやく卒業式を迎えた』とある。同じく音声と動画の公開録音風景が視聴出来る。]

 そこで夫婦は向い合って、やっとのことでおそい晩餐(ばんさん)が始まりました。細君も酒はいけるらしく、盃が二人の間を行ったり来たりしました。おでんもなかなか旨(うま)く煮えていました。それに薬屋がかいた辛子のからいことと言ったら、耳かき一杯ほどつけても、涙がぽろぽろ流れ出るほどでした。薬屋はたのしそうに盃を煩けたり、ラジオの問答に大笑いをしたり、辛子をなめて鼻をつまんで涙ぐんだり、そんなことで十五分も経ったと思うと、また店の方でガラス戸ががたがたと鳴り、

「ごめんください。ごかんください」

 という声が聞えてきました。低い男の声です。

「またまたお客だ」

 薬屋はとたんに先刻の怒りを取戻したかのように、頰をぶっとふくらませ、こめかみをびくびくと動かしました。ラジオからは、誰かが滑稽な答えをしたと見え、わあわあと笑う声が流れ出てきました。

「ごめんください」

 表の声はすこし大きくなりました。

「ほんとに仕様がないな。も少しあとで来ればいいのに」

「そういう訳にも行かないわよ」

 薬屋は癪(しゃく)に障ったように舌打ちをして、ぴょこんと立ち上りながら、未練たらしくラジオの方をちらと振り返りました。出来ることなら耳だけをここに置いて行きたい、そういったような表情でした。そして憤然たる恰好で店の方に出て行き、お客の顔も見ないうちに、早口で言いました。

「いらっしゃいませ。何を差し上げますか」

 お客は、髪をぼさぼささせ、無精鬚をうっすらと生やした、眠そうな眼をした三十歳ぐらいの男でした。瘦せてあまり血色もよくないようです。しゃがれたような声で口を開きました。

「ええと、何か元気のつくような薬はありませんか」

 今日は妙なお客ばかりがやって来る、そう思いながら、薬屋は切口上になって言いました。

「元気たって、いろいろあります。いったい身体のどこが、どんな具合に悪いんです?」

「身体はどこも、とり立てて悪くはないんだけれど」と垂れ下った髪をかき上げながら、男はぼそぼそと答えました。「なんだかすっかり消耗したような具合で、いっこう元気が出ないんです。いい薬はないもんでしょうかねえ」

 奥の間のラジオがまたワアッと笑い声を立てました。早くしないとあの番組も済んじまうと思うと、薬屋はもう泣きたいような気持になって、薬棚をがらりとあけ、奥の方に手をつっこんで、たまたま手に触れた箱をいきなり引っぱり出しました。それはまことにすすけたような紙箱で、見ると表に『猿髄丸(えんずいがん)』と書いてあるのです。その字を見て薬屋は思い出しました。これは二年ほど前に仕入れたのですが、全然売れないものですから、そのまま棚の奥につっこんであった漢方薬なのでした。

「これがいいでしょう」直ぐ帰って呉れるように、と胸に念じながら、薬屋は客の前にそれをぐいと突き出しました。「あなたのような症状にはうってつけです」

「猿髄丸?」と男は受取って、その表の字をたどたどしく読みました。「妙な薬ですね。利くんですか?」

「利きますとも」薬屋は断ち切るような勢いで言いました。「これは猿の脳髄からとった薬で、動物性ホルモンを多量に含んでいますからな。利かないわけがありません」

 男は疑わしい表情で箱の裏を引っくりかえし、その効能書のところをのろのろと読み始めました。そこには、体力消耗、全身倦怠、疲労虚脱、心身不条理、そんなのに特効があると書いてあるのです。ラジオが相変らずわあわあ笑っているものですから、薬屋はじりじりとしてきて、とうとう身体が自然に小刻みに慄え出しました。するとその振動が床から薬棚に伝わり、ガラスまでがかたこととかすかに鳴り始めたのです。それに気付いたらしく、男は顔を上げ、けげんそうに薬屋を眺めて言いました。

おしっこにでも行きたいんじゃないのですか。それだったら、どうぞお構いなく」

おしっこなんか、したいもんですか」歯をかみ鳴らすようにして、薬屋は口早に言い返しました。「買うんですか。買わないんですか。一体どちらです?」

「買いましょう」何で薬屋がつんけんしているのか判らないものですから、男は気押されたように、おそるおそる口を開きました。「ここでのみたいから、水を一杯下さいませんか」

 その言葉を聞くと、薬屋はましらの如く身をひるがえし、素早く台所にかけて行き、二十秒後には、水の入ったコップをちゃんと持って、風を切って戻って来ました。その迅速さには、男もほとほと感服したらしい模様でした。

「お早いですなあ」と男はコップを受取りながら嘆息して言いました。「まるで猿飛佐助を思わせますなあ」

 薬屋はそれに何か返事しようとしたらしいのですが、もうたまらなくなったのでしょう。又ぷいと背を向けて、奥の方に小走りで姿を消してしまいました。

 男はぽかんとした顔付でそれを見送っていましたが、やがて我にかえったらしく、もそもそと紙箱の封を切りました。

「ええと。大人一回五粒ずつと」

 そんなことを呟(つぶや)きながら、紙箱を傾けますと、青黒いような丸薬がぞろぞろと掌にころがり出て来ました。男は気味悪そうにそれを眺めていましたが、やっと五粒だけ掌に残してあとは箱に戻し、その五粒をぽいと口の中に投げ入れました。そしてコップを急いで唇に持って行き、一口含むと、目を白黒させながら、一気にそれを嚥(の)み下しました。ほろにがいような、また何だかなまぐさいような味だったものですから、男はつづけて残りの水をぐいぐいと飲みほしました。そしてコップを台の上に置き、妙な顔をしてじっと立っていました。

 奥の方からは相変らず、ラジオのにぎやかな音が流れてくるだけで、誰も出てくるような気配はありませんでした。男はなおも暫(しばら)く突っ立っていましたが、ついに諦(あきら)めたように、そっとガラス戸を押し、表に出ました。

「妙な薬屋さんだな」道を歩きながら男は呟きました。

「薬は呉れたのに、代金は取ろうともしない。奇特な薬屋もあったものだ」

[やぶちゃん注:「猿髄丸」不詳。ネット検索でも見当たらない。作者の想起した架空のものであろう。

「ましら」猿の古称。]

 空には月が出ていました。もう相当にふくらんでいて、月齢十二夜か十三夜というところでしょう。その光に照らされた青白い夜道を、自分の黒い影を引きずりながら、男はことさら肩をそびやかすようにして、とことことことこ歩いて行きました。薬が只だったことも嬉しかったのですが、しかもその薬が、なんとなく利くような気がして、ほのぼのと前途に希望が持てるのでした。

『猿なんか実に素早い動物だし、精力的な動物だから』男はすこし浮き浮きした気持で思いました。『その脳髄のエッセンスだったら、これは利かないわけがない』

 男が自分のこんな消耗状態に気づき始めたのは、もう三箇月ばかり前からでした。何に対しても興味が持てなくなり、また実際何をやってもうまく行かないのです。真面目な事がらに対してだけではなく、たとえば食慾や性慾などに関しても、そんな風(ふう)なのです。つまり情熱というものが、身体の中でじりじりすり減って、揚句の果てすっかり死んでしまったような具合でした。

『しかしこの分だと、いいシナリオが書けるかも知れないな』この男はシナリオ作家志望者なのでした。だからそんなことを考えたのです。『よし。もしこの薬が利いたら、お礼心に、〈奇特な薬屋〉というシナリオを書くことにしよう』

 さて、男は黒い自分の影をずるずる引きずり、道を曲ったり路地を折れたりして、やがて小さな二階家の前に足をとめ、玄関をがらりとあけました。ここの二階に彼は間借りをしているのでした。

「ただいま」

 そして玄関にあがって階段をのぼろうとすると、その直ぐ横の部屋から、この家の主人の低い声がしました。

「牛尾さんかい。おかえり。どうだね、お茶でも一杯飲んで行かないかね」

「うん、じゃ、よばれようか」

 牛尾が襖(ふすま)あけて入って行きますと、三十五六のその主人は、長火鉢の猫板に両肱(ひじ)をついて、お茶をのんでおりました。何だか浮かないような、妙に曇った顔色でした。そこで牛尾は襖をしめて、長火鉢をはさんで主人の反対側に、ゆっくりと坐りこみながら訊ねました。

[やぶちゃん注:「猫板」「ねこいた」は長火鉢の端の引き出し部分に載せる板。暖かいので、そこに、よく、猫が蹲(うずくま)るところからの呼称。]

「どうしたの。ばかに元気がないようだね」

「うん」と主人は憂鬱そうに首筋をとんとんと叩きました。「面白くないんだよ」

「何が面白くないんだね?」

「今日は月給日だろう。それだのに、月給が現金では出ないんだ」

 そう言いながら、主人は急須を傾けて、牛尾にお茶を注いでやりました。色は濃いが味も香りもない安物の番茶です。それを飲みながら牛尾はふたたび訊ねました。

「どうして出ないんだね?」

「どうもうちの会社は、もう潰れかかってるんじゃないかと思うんだ。様子がおかしいんだよ。今日も月給の代りに、現物の製品を支給すると言ってね、これを呉れたんだよ。これじゃどうしようもない」

 主人が憂鬱そうに茶簞笥(ちゃだんす)の方を顎でさしたので、牛尾が視線をうつすと、そこには平ったいレンズが五枚、ずらずらと一列に並べてあるのでした。なんだか眼玉が並んでいるようで、すこし気味が悪かったものですから、牛尾はあわてて視線を戻しました。すると主人が言いました。

「あんた、このレンズを一枚でいいから、買って貰えないかね」

「いや、僕は結構だよ。買ったって使い途がない」

「そうかい」と主人はがっかりしたように言いました。

「実はね、今朝坊やに、お土産を買って来ると約束したんだ。ところが月給が出ないんだろ。仕方がないから安物で間に合わせようと思って、玩具屋に行って、こんなものを買って来たのさ。すると坊やは、こんなのつまんないと言って、泣いたりわめいたりしてさ、うんざりしたよ」

 そして主人は長火鉢のかげから、四角な紙箱を取出しました。見るとそれは表に行軍(こうぐん)将棋と書いてあるのでした。

「へえ。妙なものを買って来たもんだね。一丁やろうか」

 主人はびっくりしたように顔を上げ、牛尾の方を見ました。

「おや、珍らしいね。あんたがこんなのに興味を持つなんて」

「いや、実は先刻ね、いい薬を飲んだんだ。元気が出る貴重薬らしいんだよ。そのせいか、何かやりたくて、身体がむずむずする」

「そう言えば、あんたはこの頃、ちょっと消耗してたようだね」

 それから二人は箱をあけ、紙の盤をひろげて、行軍将棋をやり始めました。二人とも勝手がよく判らないらしく、時々駒の手を止めては、規則書きをのぞいたりするのでした。

「どうも僕の子供時分のやつと少し違うようだね」

「そうだね。この原爆というのが、つまり昔の地雷なのかな」

「いや。地雷は動かなかったけれど、この原爆というやつは、どこにでも動けるよ」

「あっ、そうか。イヤな駒だね。そしてこのスパイというのが、昔の間者(かんじゃ)か」

「そうらしいね。代将なんていう駒もあるよ。ふざけてるね」

 それから駒がずんずん動いて、牛尾の原爆が敵の本陣に乗りこんで、かんたんに牛尾の勝となりました。主人は口惜しがって言いました。

「もう一丁やろう。今度は負けないぞ」

 そこで再び駒を並べて開始しましたが、勢いよく乗り込んできた主人の原爆を、牛尾のスパイが首尾よく仕止めたものですから、主人の方は決め手がなくなり、又もや牛尾軍の一方的な勝利に終りました。主人はすっかり絶望して、駒をざらざらとしまい込みながら嘆息しました。

[やぶちゃん注:「行軍将棋」軍人将棋のこと。私も小学生の頃にやった。解説は当該ウィキに譲るが、私は、すぐ「スパイ」を使って、負け込んだものだった。私はこの手の勝負遊びは全く興味がなく、将棋でさえ、「金」と「銀」の駒の動かし方さえ知らず、麻雀に至っては、全く判らないど素人である。私がやったものには「原爆」はなかったように記憶する。ウィキには、『製品によっては代将、MP、砲兵、ジェット機などの駒がある』とあった。「代将」(だいしょう)は当該ウィキによれば、『海軍の階級又は職位の一つ』で、『本来は将官の階級にない艦長』或いは『大佐』『が艦隊・戦隊等の司令官の任に当たる場合に、その期間のみ与えられる職位を指したが、国によっては階級となっている』とあった。]

「あああ。月給は出ないし、レンズは売れないし、将棋には負けるし、なんて面白くない日だろう」

 一方牛尾の方は勝負に勝ってにこにこ顔です。そしてなぐさめるように言いました。

「七転び八起き。まあ元気を出すんだね。何ならひとつ僕の薬を上げようか」

「そうだね。そう願おうか」

 そこで牛尾はポケットから取出して、猿髄丸を五粒やりました。主人はろくに調べもせず口にほうりこみ、冷えた番茶でごくりと嚥(の)み下しました。

「そいじゃ、おやすみ」

 牛尾はあいさつして部屋を出、階段をはずみのついた足どりでとんとんとんと登りました。そして自分の机の前にでんと坐り、頰杖をついて、しばらく何か黙考にふけっていました。それは将棋に勝った勢いで、シナリオの構想を立てるつもりだったのです。三十分ほどそのままの姿勢でいましたが、やがて立ち上って、布団をばたんばたんとしきながら、がっかりしたように呟きました。

「まだ薬が足りないらしい」

 そしてまた猿髄丸の箱をとり出して、それを五粒服用すると、いきなり布団を引っかぶって、ぐうぐう眠ってしまいました。

 翌朝になりました。

 牛尾は朝はやばやと起き出し、ちゃんと顔を洗って鬚(ひげ)を剃(そ)り、きちんと机の前に坐っていました。机上には原稿用紙がひろげられ、傍にはインクとペンも用意してあるのです。ところが牛尾は、いつまで経ってもそのペンを取上げる気配はなく、煙草を吸ったり、鼻毛を抜いてみたり、いらだたしげに貧乏ゆすりをしたり、そんなことばかりしていました。そしてやっと昼近くになって、しょげたような顔付になって立ち上り、乱暴な動作で着物を脱ぎ捨て、押入れから洋服をとり出しました。

『すこし街でも歩いて、題材を集めて来よう』

 ネクタイを結び終えると、牛尾はちょっと考えて机の引出しから猿髄丸を出し、五粒だけ口にほうりこんで、あとは上衣のポケットにしまいました。それから階段を降りて玄関に出ると、主人は今起き出したばかりらしく、寝呆けたような顔をして、狭い庭に立って歯ブラシをごしごし使っておりました。

「お早う。ごゆっくりだね。今日は会社は?」

「今日は日曜だよ」

「ああ、そうか。日曜だったねえ。それはそうと、昨夜の薬は利(き)いたかい?」

「そうだねえ。よく眠れたよ。まだ眠いぐらいだよ。飯食ったらまた寝ようと思ってるんだ」

「そりゃおかしいな。量が足りなかったのかな」

「そうかも知れないね。まだあるなら少し呉れないか」

「いいとも。そら」

 と牛尾はポケットから箱を取出して、十粒かぞえて主人に渡してやりました。主人は大急ぎで口をゆすぎ、それから残りのうがい水といっしょに、その十粒をごくりといっぺんに嚥(の)んでしまいました。そしてけろりとした顔で言いました。

「じゃ、行ってらっしゃい」

「行って参ります」

 牛尾はぴょこんと頭を下げて、とことこ歩き出しました。昨夜戻って来た道順を逆に歩き、あの多胡薬房の前まで来たとき、時間は丁度(ちょうど)十二時半になっていました。牛尾はそこを通る時、ちょっと薬房の中をのぞいて見たのですが、店先にはあの小男の主人の姿は見当らないようでした。それはその筈です。奥の間のラジオが丁度『素人のど自慢』を放送していたのですから。

[やぶちゃん注:「素人のど自慢」本篇発表当時は「のど自慢素人演芸会」が正しい。現在の長寿番組である「NHKのど自慢」の前身のラジオ番組。歴史的経緯の詳細はウィキの「NHKのど自慢」を見られたいが、昭和二一(一九四六)年一月十九日土曜日に『ラジオ番組「のど自慢素人音楽会」として、東京都千代田区内幸町のNHK東京放送会館(現在の日比谷シティの場所)から午後』六『時』から一時間三〇分、『公開放送されたことが始まり』で、『翌』『年に「のど自慢素人演芸会」と改称』し、『このタイトルで』昭和四五(一九七〇)年三月二十二日日曜日まで放送)された。昭和二四(一九四九)年十月頃『から、宮田輝アナウンサーが』十七『年あまりにわたって』、『毎週』、『司会を務めていた。テレビ放送は』昭和二八(一九五三)年三月十五日午後二時から二『時間放送したことが始まりで(ラジオと同時公開放送)、当初はスタジオのあった東京での公開のみ放送された。なお』、『この第一回目の放送をラジオで募集したところ』、『最終的に応募者数は』九百『名を超えたという』とある。私の家では、父母が毎日曜、これを見るのが、定番であったが、私は何んとなく、上手くない人の鐘一つが、心に響いて、内心、見ていて恥ずかしくなる番組として感じていた。なお、同じく「NHK放送史」で一九四六年の「テスト風景」と、「のど自慢素人音楽会」の動画が視聴出来る。]

 駅まで来て、牛尾は折からやって来た電車に、押し合いへし合いしながら乗り込みました。日曜ですから、昼間でも混み合うのでした。窓際に押しつけられて揺られながら、牛尾は眼をパチパチさせて思いました。

『どうも俺も眠いような気がするな。おかしいな。早起きしたせいかな』

 頭にぼんやり膜がかかったようで、何かはっきりしないのでした。やがて電車は終点に着きました。扉が一斉に開くと、お客がぞろぞろとホームにあふれ出ました。

『この感じは何かに似ているな』

 ころがるように押し出されながら、牛尾はちらっとそんなことを考えました。そして階段をのぼってブリッジを渡る時、丁度その真下のホームに別の電車が着いたところで、上から見ていると、扉がぱっと開いたと思うとたちまち、お客がぞろぞろぞろっとあふれ出て来るのが眺められました。

『そうだ。パチンコだ』

 と牛尾は思い当りました。それは穴に入るとザラザラッと出てくる、あのパチンコ玉の感じにそっくりなのでした。牛尾はちょっと可笑(おか)しくなって、にやにや笑いました。

『久しぶりにパチンコでもやってみるか』

 日曜の昼の盛り場は、もう人間で満員です。その雑沓を縫って、牛尾はふらふらと歩きながら、ポケットから例の丸薬をつまみ出して、八粒ほど口にほうりこみました。もう少しは慣れたので、水がなくてもらくに嚥み下せるのです。それから横町に曲り、一軒の大きなパチンコ店に入り、玉を十箇買い求めました。

 パチンコ屋もあふれるほどの満員でした。

 広い店にパチンコ台が四列縦隊にずらずらと立ち並び、それぞれの台にお客がとりついて玉を弾いているのです。玉を弾く音、チリンジャラジャラジャラッと玉が流れ出る音、ガラス板をたたく音、それに、

「十三番、玉が出ないよおっ」

「三十八番、足りないよっ」

 そんな叫びも交錯して、まるで地獄のようなにぎやかさでした。

 牛尾もやっとのことで空いた台にとりついて、玉を弾き始めました。最初の五箇はむなしく底穴に吸いこまれましたが、六箇目あたりから奇妙に同じコースをたどって十点の穴に入り始め、二十分も経たないうちに、左掌も底皿も、パチンコ玉でいっぱいになってしまいました。これは牛尾が上手だというのではなく、彼の指の力がへんに弱まっていて、精いっぱい弾いてもヒョロヒョロ玉になり、そして同じコースをたどるというわけでした。ヒョロヒョロ玉ですから、釘に弾かれても、あまりこたえないのです。こんなに調子がいいのは生れて初めてなので、牛尾はもちろん大喜びで、なおも玉を入れようとした時、パチンコ台の上から声がして、

「お客さん。この台は今日はこれでおしまいです」

 びっくりして見上げると、平べったい女の顔がのぞいていて、それが牛尾に声をかけているのでした。そして『打止め』という紙を、牛尾の眼の前のガラス板にべたりと貼りつけたのです。 牛尾は急に面白くなくなって、玉を全部かき集めて、そこを離れました。そして別の台でも少しやろうとも思ったのですが、どこも空いていないものですから、余儀なく景品引換所で玉を煙草と交換しました。煙草は日本専売公社製品の『光』が六箇と、それに玉が四箇残ったのです。彼はそれを分散して各ポケットに押し込み、再びふらふらと表に出ました。眠いようなうつらうつらとした感じでした。

[やぶちゃん注:「光」個人ブログ「アリタリアfujiのブログ」の「両切り煙草 ”光”の数奇な運命:日本専売公社」に発売から表記変更や値段まで、非常に詳しい。現物パッケージの画像もある。ウィキなどの記載では戦後の発売とされているが、それは誤りで、昭和一一(一九三六)年十一月二十四日に販売が開始され、昭和四〇(一九六五)年二月に製造中止となっている。]

『将棋だのパチンコだのには、運がついているな』大通りの方にとって返しながら、牛尾は考えました。『これもやはりあの丸薬のおかげかな』

 午後の大通りは、この間[やぶちゃん注:「あいだ」。読点が欲しい。]露店が撤廃されたのに、それでも歩道は狭すぎると見え、人混みは車道にまであふれていました。牛尾もその中にまぎれ込み、のろのろと自動的に動いているうちに、だんだん店側の方に押され、肩ががたりと何かにぶつかりました。びっくりして振り向くと、そこは大きな豪華な衣裳店の店先で、彼がぶつかったのは、柔かそうな春の衣裳をまとったマネキン人形なのでした。白磁(はくじ)のようにすべすべしたその顔が、つめたく牛尾の顔を見おろしているのです。なにか磁気みたいなものが、その瞬間、牛尾の身体をズンと走り抜けたようでした。

『きれいだな』口をぽかんとあけて牛尾は思いました。

『妖(あや)しいほどの美しさだな』

 ふと眼をうつすと、奥行き深い衣裳店の壁際の台に、同じようなマネキン人形がそれぞれの衣裳をまとって、ずらりと並んでいるのです。そこで牛尾は思わずふらふらと店の中に入りこみました。店の中は女客ばかりですから、牛尾の姿は目立つと見え、売子たちもへんな顔で彼を眺めています。そんな視線にも気付かず、人形の顔や衣裳をひとつひとつ眺めながら、牛尾はのろのろと奥の方に進んで行きました。

 店の突当りまで来た時、牛尾の頰は何かショックを受けたみたいに、びりりと慄えました。一番終りの場所のそのマネキン人形は、どういうわけか靴下だけ穿(は)いて、あとは何も着けない真裸だったのです。

 それはややうつむき加減の、乙女らしいはじらいを見せたポーズの人形なのでした。もちろん等身大です。磨き上げたようなその肌、ふくよかな乳房の形、なだらかな腰の線、ナイロンのストッキングにおおわれたすらりとした脚。台の上に立っているのですから、うつむき加減のその顔は、丁度(ちょうど)牛尾を眺めているようで、その単純な眼の色は、ひとしきり彼を誘いかけてくるようでした。突然牛尾は妖しく血が湧き立って、思わず脚ががくがくと慄えたのです。やがて彼はごくんと唾をのみこむと、我にかえったように左右を見廻し、店内の女客たちの視線の中を、まぶしげに表に飛び出しました。そしてふたたびこそこそと雑沓の中にまぎれこみました。

「すごかったなあ、あれは」

 店から離れて半町ほども動いた頃、牛尾は大きな溜息と共に、口の中で呟(つぶや)きました。自分の体内の欲望を自覚したのは、ほとんど三箇月ぶりだったのです。そのことを今彼は考えているのでした。ここ暫(しばら)く美女にも美食にも全然興味が動かなかったのに、あのマネキンの姿体に身内が騒いだというのも、猿髄丸の利(き)き目がようやくあらわれてきたのではないだろうか。きっとそれに違いない。

『よし』と彼はうなずきました。彼の眼は行人の頭ごしに、車道を越えたむこうの通りの劇場の、貼りビラを眺めているのでした。それは裸女が身をくねらして踊っている図柄でした。牛尾は自らの欲望を、も一度ためしてみる気になったのです。『よし。ストリップを見てやろう』

 シナリオの題材探しという最初の目的も、すっかり忘れてしまって、牛尾は大急ぎで車道を横切り、札売場の前に立ちました。

 階段をのぼり廊下を通り、横扉から暗い客席に入ったとたん、ショウが丁度(ちょうど)終ったらしく、幕がするすると下り、電燈がぱっとつきました。そしてばらばらと椅子客が立つもようです。そこで牛尾は大あわてして肱(ひじ)を張り、人を押したり突いたりして脚を動かしました。彼の掌に突き飛ばされて通路にころがった青年もあったくらいです。牛尾はそれを踏み越えて突進し、まことに好運にも、最前列の席のひとつを確保することが出来ました。夢中でそこにころがりこんで、さて調べてみると、無茶苦茶に押し合いへし合いしたせいか、さきほど獲得したばかりのポケットの煙草は、みんな平たく潰れたり歪んだりしていました。それでも彼は、良い席がとれたことに満足して、すっかりにこにこしながら、ポケットの中から猿髄丸をとり出して、また五粒か六粒ほど食べました。

 一方、牛尾から通路に突き転がされた青年は、やっとのことで起き上り、鼻を押えながらあたりを見廻しましたが、もうどの席もふさがってしまったものですから、やむなく元の立見席に戻ってきました。そしてざらざら壁によりかかり、憂鬱そうに鼻の頭を撫でていました。ころがった拍子に、コンクリの床で鼻をすりむいたらしいのです。青年は手巾(ハンカチ)をとり出してそこを押え、かすかに呟きました。

「運が悪かったなあ」

 やがてボックスに楽士たちが出てきて、ペルが高らかに鳴りひびき、幕がしずしずと上り始めました。

 牛尾は大きく眼を見開き、身体を半分椅子から乗り出していました。その直ぐ鼻の前で音楽がジャカジャカジャンと始まったのです。この度はジャカジャカショウという一幕なのでした。

 さて、音楽は高く低く鳴りわたり、赤や青の照明は右や左に飛び交い、舞台では申し訳程度の小布をつけた裸女たちが、しきりに踊ったりはねたりしました。それがさあっと両袖に引込むと、こんどは別の女たちが出てきて、白黒だんだらの裾をすっかり捲(まく)り上げ、黒絹靴下の脚を上げ下げして、目もあやなカンカン踊りです。

 牛尾は眼をむくようにして舞台を眺めているのですが、どうも身内に応えるものがないらしく、ぶつぶつと呟きました。

「こりゃおかしいな。何も感じないぞ。どうしたのかな」

 舞台は次々に変転し、黒いドレスを着た女が頽廃(たいはい)的な歌をうたったり、突出し花道に三人の裸女が出てきて、音楽に合わせて腰を振ったり、色んな場面がありました。客席からは掛声がかかったり口笛の声援が飛んだりして、なかなかにぎやかです。どんな連中がそんな声授をしているのかと、牛尾がふり返って見ますと、薄暗い客席は立見席までぎっしり満員になっているのでした。

『こんなショウのどこが面白くて――』と牛尾は視線を戻しながら思いました。『みんな百八十円も出して見に来るのかなあ』

 さっきから裸の肉体をたくさん見せつけられているのですが、あのマネキン人形に感じたような情念が、いっこうに湧いてこないのです。湧いて来ないだけでなく、たとえば今眼の前でやっているアクロバットストリップなど、牛尾にとってはぜんぜん無意味な感じで、

『あの女はなんで一所懸命に、曲ったりそりくりかえったり、折れ畳んだりしているのだろう。まるで関節の抜けたカニかシャコみたいじゃないか。またチューインガムの嚙み滓(かす)にも似ているな』

 などと考えたりして眺めていたのです。

 そのアクロバット女が、体自体がひとつの輪になって、床を回転しながら舞台を引っこんで行きますと、一応音楽がはたと止み、こんどはヴァイオリンが嫋々(じょうじょう)たる音を立てて鳴り出しました。観客席もしんとなって、次に舞台にあらわれ出るものをじっと待っている様子です。牛尾がプログラムを拡げてしらべて見ますと、次の場は『ハリー・猫山』の踊りとなっていました。その活字の具合からして、ハリー・猫山というのは、この館随一の人気ストリッパーらしいのでした。

 舞台の正面のカーテンがさっと両方に開くと、そこに円い壇がしつらえてあって、照明がパッとそこに降りそそぎました。バタフライひとつのしなやかな裸身が、両手を上に伸ばして、気取ったポーズをつくっているのです。客席のあちこちから口笛がひゅうひゅう鳴り、

「ハリー・猫山あ」

 という声が三つも四つも上りました。これは、猫のような魅惑的な眼と、猫のように柔軟な姿体をもって、斯界(しかい)の人気をあつめている女優なのでした。

 やがてハリー・猫山は上方に差し伸べていた双手(もろて)を、勿体をつけて腰のあたりまでゆるゆる引きおろすと、猫のように身軽に壇から飛び降り、縦横に踊り始めました。両手をそろえて空を引っかいたり、脇腹を意味ありげにこすってみたり、両腕を海藻のようにゆらゆらさせたり、それは千変万化の動き方です。しかもその顔は終始にこやかに笑みを含み、眼は魅惑的にきらきら輝いているのです。あまたの視線をひとつに集めて、悠々せまらず、まことに自信ありげな舞台姿でした。ところがそういうこの世のものならぬ美しい裸身も、牛尾の鈍磨した情念の琴線(きんせん)には、ほとんど触れてこないような感じだったのです。

『なんだか意味がないな。あんなに無意味に動くエネルギーでもって、うどんでもこねたら、これは旨(うま)い手打うどんが出来るだろう』

 しかし次の瞬間、牛尾は急に不安な感じにおそわれました。そういう感じ方をする自分自身に対してです。

『おかしいな。あの薬をのんで以来、将棋やパチンコはうまく行ったが、シナリオはぜんぜん駄目だし、マネキン人形には情慾を感じたが、本物の女には何も感じない。これは少しばかりおかしいぞ』

 そして牛尾は手をポケットにつっこみ、無意識裡(り)に丸いものをつまんで、ポイと口にほうり入れましたが、これは固いパチンコ玉だったので、彼はあわててそれを吐き出しました。玉は床にコチンと鳴って、ころころと椅子の下に転がりこみました。つづいて彼は再びポケットを探り、こんどは間違いなく薬箱をつまみ出しました。すると箱からすこし食(は)み出ている紙片があって、引きずり出すと、それはどうも効能書らしいのでした。彼はそれを読み返してみる気になって、紙をがさがさとひろげ、ボックスの光に透かしながら、一行一句を目で拾い始めました。

 ハリー・猫山は舞台で悠々と踊っておりましたが、ふと見ると、最前席にかけている変な男が、こちらの方は見ずに、何か紙きれを読んでいる様子ですから、それが妙に神経に障ってきたのです。彼女はしなやかに踊りをつづけながらも、ちらっちらっと牛尾の方に視線をそそいでいました。

『この劇場に来て、あたしの踊りを見ないなんて、何という妙な男だろう』

 つまり彼女は自尊心を傷つけられたのです。ハリー・猫山というのは、自分の肉体にひきつけられないような男はこの世に一人もいない、そういう風(ふう)に思い込んでいるようなタイプの女なのでした。そこで彼女はすこし怒って、踊りのコースを変え、牛尾の前面の舞台に身体を移動してきました。これはちかぢかに肉体を見せつけて、牛尾の顔を上げさせようという魂胆なのでした。

 一方牛尾の方は、丹念に文言(もんごん)を拾って読んでみたのですが、やはり自分の症状に適しているようで、別に疑わしい字句も見当りません。こんどは欄外に眼をうつすと、そこには薄れて消えかけた赤色文字で『注意』とあり、その下に小さな字で、ごちゃごちゃと何か書いてあるようです。彼は眼を近づけてそこを読みました。

『注意・如上ノ症状ニ本剤ハ神効卓能アレドモ、万一古温シテ青黴(アオカビ)ヲ生ゼル場合ニハ、服用者ニ逆ノ作用ヲ及ボスモノナルニ仍(ヨ)ツテ、特ニ注意セラレタシ。猿髄丸本舗主人識』

 驚愕(きょうがく)が胸をぐんと衝きあげてきて、牛尾は椅子の上で五寸ばかり飛び上りました。彼の記憶では、まさしくあの丸薬には、青黒い黴が一面に生えていたからです。

 同時にハリー・猫山の裸身が微妙に痙攣(けいれん)して、咽喉(のど)の奥がヒクッと鳴りました。牛尾が飛び上ったのを見て、とたんにしゃっくりを起したのです。彼女はやや狼狽(ろうばい)しました。踊りの動きを控え、呼吸をととのえて鎮めようとしても、意地が悪いものでそれはますますひどくなる一方です。ヒクッ。ヒクッ。その度に総身が痙攣する。しかし観客席の方からは、むしろそれは新型のなまめかしい技巧に見えるらしく、口笛や掛声が盛んに上っているのですが、当人はなかなか苦しいのです。なるだけ背中の方を見せて、踊るようにしていました。正面ばかりを向いていると、しゃっくりだと見破られるおそれがあるからです。

 すると、横の立見席の一隅で、その背中の動きに感応したように、ヒックという音が鳴りました。さっき突き転がされて鼻の頭をすりむいたあの青年の咽喉です。青年はおどろいてハンカチで口を押えましたが、もう間に合いません。横隔膜の痙攣は、正確な間隔をおいて、しだいに強まってくるようです。青年はあたりに気がねして、しきりに息を止めたりうつむいたりしていましたが、どうしてもとまらないものですから、ついに堪(たま)りかねたように人混みをかきわけ、廊下に飛び出してしまいました。そして窓ぎわに立って、大きく深呼吸をしたのです。それでもとまる気配はありませんでした。

「ヒック。どうも僕は他人の影響を受けやすいようだが」

と青年はかなしそうに呟きました。『それも僕が偽物だという証拠かな』

 ハリー・猫山のしゃっくりを見破った少数の観客の一人が、この青年なのでした。何故すぐ判ったかと言うと、青年はこの一箇月ほどしょっちゅうこの劇場に通っていて、ハリー・猫山の踊りをすっかり知っていたからです。つまり青年は彼女の舞台姿を憧憬(どうけい)し熱愛しているのでした。毎日通ってくるというのも、ただただ彼女の猫のような瞳を眺めたい一心だったのです。そういう彼が、ハリー・猫山の肉体の突然の異変を、見破らない筈がありません。恋する者の敏感さをもって、青年は彼女のしゃっくりを感知し、しかもそれに感染してしまったという訳でした。

 青年は残り惜しそうに客席の扉をふり返りましたが、なおも咽喉がヒックと鳴るので、とうとう諦(あきら)めたらしく、背をひるがえして出口に向い、表の通りに出ました。しゃっくりは直らないし、鼻の頭はひりひりするし、しごく憂鬱な気分でした。

 巷(ちまた)はもう黄昏(たそがれ)でした。しかし大きな盛り場ですから、眩(まば)ゆいまでの燈の行列で、相変らず歩道にはぞろぞろと人が通っています。青年はハンカチで鼻と口をおおい、まっすぐに駅の裏手をさして歩いて行きました。それから曲って坂をのぼり、陸橋の上までやってきた時、西の空が赤く焼け、その七彩が遠くの森の樹々の形を黒く浮び上らせていました。風は電線を鳴らせて吹いています。

『こんなふうに風が吹くと――』と黒い森の樹立を遠望しながら、青年は何となく思いました。『横柄に揺れる樹もあるし、やさしく揺れる樹もある。不承々々揺れる樹もあれば、よろこんでそよぐ樹もある』

 陸橋を渡り終えると、そこから始まるごみごみした一郭に、青年の姿は入って行きました。そして彼は立ち止り、角から三軒目の、歪んだような小さな飲屋の油障子を、そっと押しあけながら言いました。

「今晩は」

「あら。犬丸さん。マダムはまだよ」

 店の中でモツを串にさしていた小女が、振りむいて弾んだ声で答えました。犬丸というのは、その青年の名なのです。

「またストリップ見てきたのね」

「どうして?」

「眼を見れば直ぐに判るわ。悩ましそうな色をしてんだもの。またハリー・猫山でしょう」

 犬丸はヒックと咽喉を鳴らしました。

「あら、しゃっくりなんかしてるよ、この人。おや、鼻の頭はどうしたの」

「駅の階段でころんじゃったんだ」と犬丸はむっとした表情で嘘(うそ)をつきました。

「危いわね。用心しなくちゃあ。どら、よく見せて」

 小女は愛情のこもった眼ざしで、しげしげと犬丸をのぞき込みました。犬丸は女みたいに形のいい眉をかすかに曇らせ、いくらか邪慳(じゃけん)な口調で言いました。

「それよか早くヴァイオリンを出して呉れよ。お香代さん」

「でも、ほっとくとバイキンが入るわ。待ってらっしゃい。バンソウコウを貼ったげるから」

「そんなもの、鼻の頭に貼って、街を流せるかい」と犬丸はつっけんどんに言いました。早く「ヴァイオリン。ヒック」

 香代はちょっとしょげたような顔になり、よごれた手を布巾でふいて、棚の上から黒いケースをおろしました。犬丸はそれを受取って、中からヴィオリンをとり出し、糸をピンと撥(はじ)きました。眉根を寄せているのは、この小女の愛情が小うるさくもあったのですが、いろんな事情で全体的に憂鬱な気分だったからでした。

「じゃ、行って来るよ」

 犬丸はそっけなく言い捨てて、楽器をいきなり小脇にかかえ、すっと表に出ました。外はもうよほど暗くなっています。彼はごみごみした一郭を抜け、また陸橋の方に戻り、そしてさっきの坂をゆるゆると降りて行きました。

『もう本当に、流しヴァイオリンなんか止めたいな』

 うなだれて歩きながら、犬丸は今まで何度となく考えたことをまた考えました。この界隈で毎晩酔客相手にヴァイオリンを弾くのが、彼の一年前からの職業でした。何の感激もなくヴァイオリンを弾いている、それが彼には面白くないのでした。しかしそうでもしなければ、彼は食べて行けないのです。家からヴァイオリンを持って出るのは厭なので、そこでさっきの飲屋にケースぐるみ預け、夕方に寄ってそれを受取り、夜遅くまた預けにゆく、そんな方法を彼はとっているのでした。それは彼の虚栄心でもあったわけです。

『憂鬱だな。やはり僕は偽物かな』

 犬丸を憂鬱にしている最大のことは、実は昨夜の出来事なのでした。昨夜、彼がヴァイオリンをぶら下げて、あるバーに入って行くと、そこに酔っぱらった客がいて、

「これ、犬丸」

 と大声で彼の名を呼んだのです。びっくりして振り向くと、その卓にかけているのは、彼の昔のヴァイオリンの先生なのでした。彼はぎょっとしました。先生といっても、少年時代に五年間ばかりついただけで、今は何も関係はないのですが、やはり先生は先生ですから、つい身がすくむような感じがしたのでした。勿論先生は、一目で彼の今の職業を悟ったらしく、すこし怒ったような顔で言いました。

「これ。犬丸青年。ここに立て!」

 犬丸は先生の前に立ちました。

 先生はちょっと首をかしげて、何か考えていましたが、やがて厳然と言いました。

「フュネラルマーチをやってみろ」

 犬丸は楽器を顎にはさみ、弓をきっと構え、そしてしずかに弾き出しました。曲が三分の一も行かないのに、先生は卓を叩いて、大声で怒鳴りました。昔通りの口調です。

「肱(ひじ)が直線を画(えが)いてない!」

 犬丸は肱の形を直し、つづいて先をつづけました。すると次の一小節も行かないうちに、また先生が怒鳴りました。

「小指の形が悪い。なっとらん」

 犬丸があわてて小指の形をととのえようとすると、先生は手をひらひらと振りました。

「もういい。止めろ、そんな具合では、もう君は偽物だ。それ、これが弾き賃だ」

 見ると一枚の百円札が卓の端に乗っかっているのでした。犬丸はそれを見ると、急に悲しくなってきて、とりすがるように言いました。

「先生。それは無理です。僕は兵隊にとられていたもんで、それで指がかたくなってしまったんです」

「戦争とヴァイオリンとは、関係ない!」と先生はきめつけました。「君の心は張りがなくなっている。ゆるんでるだけじゃなく、乱れとる。その乱れがヴァイオリンにそっくり出ているんだ。もう君は駄目だ。失格だ」

 復員してみると何もかも焼けてしまって、すっかり貧乏になっていて、新しく先生について習うことも出来ない。それどころかこれを生活の糧(かて)としなければならぬ今の事情を、訴えて話そうかと思ったのですが、先生はすっかり酔っているらしいし、聞く耳持たぬといったそぶりだったので、彼は泣き出したいような気持で頭をぺこりと下げ、いきなりそのバーを飛び出しました。すると先生は卓上の百円札をとり上げ、何か叫んで呼びとめる様子でしたが、犬丸はあとも見ず小走りに走って逃げたのです。そしてその夜は、もうどこにも寄らず、楽器を預けてまっすぐに家に帰ったのでした。

[やぶちゃん注:「フュネラルマーチ」“funeral march”。葬送行進曲。ショパンの知られたそれ。]

 そして今朝起きてからも憂鬱で、よっぽど当分休もうかとも思ったのですが、家に籠(こも)るのは淋しくもあるし、ハリー・猫山の姿も見たいという訳で、ついふらふらと出て来た恰好なのです。それに昨夜は土曜日で、いい稼ぎ日を逃して残念だという気持も、すこしは動いているのでした。ところがいざ出てきてみると、鼻はすりむくし、しゃっくりには感染するし、その上黄昏(たそがれ)時にもなると昨夜の先生の言葉がしみじみと身に応えてきて、気分がしだいに鉛のように沈んでくるのでした。

『心の乱れというのは、ハリー・猫山のことかな』

 盛り場の裏街の方へ曲り込みながら、犬丸はそんなことを考えました。昨夜のバー付近にはとても行く気がしないので、表通りをはさんで反対側の飲食街を、今夜は廻って見るつもりでした。

 『伝手(つて)を求めて、あの劇場の楽士に雇って貰おうかな。そうすればハリー・猫山の顔は、何時でも只で見られるしな。しかし僕程度の技倆で雇って呉れるかな?』

 とたんにヒックと咽喉(のど)が鳴り、それをきっかけのようにして、犬丸はそこにあった大衆酒場に飛び込みました。そして元気を出して呼び歩きました。

「ええ、一曲。一曲いかがですか。歌謡曲にシャンソン」

 お客たちはがやがやしゃべったり笑い合ったりしているばかりで、誰一人として彼の方を、振り向いてさえ呉れません。犬丸にとってもここは初めての場所で、調子もうまく出ないのですが、それにしてもひどすぎました。そして彼は手持無沙汰な気持になり、又腹立たしくもなって、ぷいとその店をとび出しました。夜風が鼻の頭にしみて、またヒックとしゃっくりが出ました。

『日曜日の客はダメだな』

 ふつう盛り場では、日曜日の客はばちがいだとされていますが、酔客においても同様でした。土地に働く者にとっては、妙に馴染(なじ)めない客が多いのです。それから三軒ほど廻ってみましたが、いずれもそんな感じの客ばかりで、ヴァイオリンなど聞こうというのは、一人としていないらしいのでした。犬丸はそろそろ嫌気がさしてきましたが、我慢して四軒目に飛び込みました。そこは小さな腰掛け式のおでん屋でした。

「ええ。ヴァイオリンを一丁。一丁いかがですか。トンコ節にラブソング。映画の主題歌に、懐かしのメロディ。ええ。ヴァイオリン一丁」

「そのヴァイオリン、売るのか」

 隅の方でそんな声がしました。それは相当酔っぱらった中年男です。

「いえ。弾くだけです」

「じゃ弾け」

「何をお弾き致しましょう」

「なにい。曲目か」タコの脚を横ぐわえにしながら、その客は呂律(ろれつ)の乱れた声で言いました。「じゃ、とんでも八ベえネ、というやつをやって呉れ」

「さあ。どんなんでございましょう」

「へえ。知らないのか。じゃ、博多おけさをやれ」

 あまり聞いたことのないような曲目ばかりですから、犬丸が黙っていますと、そのお客はすこし怒ったらしい様子でした。

「なんだ。これも知らねえのか。だらしがねえな。じゃ、証城寺の狸ばやしをやれ」

 そこで犬丸は弓をとり直して、調子よく弾き始めましたが、ツソツン月夜のところでヒックとしゃっくりが出たものですから、とたんに調子が乱れて狂ってしまいました。犬丸は恐縮して言いました。

「もう一度やり直します」

 ところが今度も、皆出て来い来い来い、という箇所で、しゃっくりが飛び出し、曲は尻切れとんぼになってしまいました。息を詰めて我慢していたのですが、我慢し切れなくなってヒックと飛び出したのです。お客は怒って言いました。

「お前は駄目だ。偽物だ」

 昨夜の先生の言葉と同じだったものですから、犬丸はぎくりとして、のれんを分けて横っ飛びに飛び出ました。

[やぶちゃん注:「トンコ節」は昭和二四(一九四九)年一月に久保幸江と楠木繁夫のデュエットとして日本コロムビアから発売された曲、また、昭和二六(一九五一)年三月に同じく久保幸江が新人歌手であった加藤雅夫と共に吹き込んだ新版の曲で、作詞は西條八十、作曲は古賀政男である。所謂、「お座敷ソング」の一つ。参照した当該ウィキによれば、『新版を発売するにあたりコロムビアは、引き続きの作詞者である西條八十に対して「宴会でトラになった連中向きの唄を」と依頼しており、それに応える形で八十は当時としてはエロ味たっぷりの文句に書き直した。評論家の大宅壮一はこれを「声のストリップ」として批判している』とあった。初版の歌詞はこちらで、再版の歌詞はこちらと思われる。初版の音源はYouTube の「昭和保存会」のこちらで聴ける。

「とんでも八ベえネ」不詳。

「博多おけさ」不詳。「おけさ節」は新潟県の民謡で、特に「佐渡おけさ」が知られるが、これが日本各地に伝播して行ったから、「博多おけさ」もあっても不思議ではない。

「証城寺の狸ばやし」知られた童謡「証城寺の狸囃子(しょうじょうじのたぬきばやし)」。作詞は野口雨情、作曲は中山晋平。千葉県木更津市の證誠寺に伝わる「狸囃子伝説」に想を得たもので、曲は大正一四(一九二五)年に発表されている。]

『これは困ったぞ。今夜は商売にならないぞ』

 重ね重ねの不運に滅入ってしまうような気分でしたが、それでも彼は気をとり直してすたすたと歩き、やがて淋しい路地の曲り角のごみ捨て場の前に立ち止りました。月の光に照らされて、そこにはだしがらの煮干がたくさん捨ててありました。それを眺めながら、彼は楽器を顎(あご)にはさみ、弓をはすに構えたのです。

『さっきのタコは旨そうだったな』犬丸は少々おなかが空いているので、そんなことを思いました。『タコだって魚だし、煮干だって魚だしと。何が本物か偽物か、誰にだって判るもんか』

 やがて彼は音を押えて、しずかに練習曲を弾き始めました。人気(ひとけ)のないところで、ちょっと試してみるつもりだったのです。しかし三十秒も経たないうちに、例のヒックが飛び出してきたものですから、がっかりしたように楽器をおろしながら、彼は呟(つぶや)きました。「よし。今夜は商売は中止だ。どこかでおでんでも食べてまっすぐ帰ろう」

 それから彼は再び、すたすたと賑かな方にとって返し、あちこちのぞいて、お客が入っていない店をやっと探し当て、ずいと中に入りました。楽器を持っているので、他の客と同席したくなかったのです。丸椅子に腰をおろしながら言いました。

「おでんを下さい。あ、それから、お酒を一本」

 空腹なので、そのお酒は腸にしみ渡りました。一本あけると、いくらか憂鬱と自己嫌悪がうすらいだようなので、犬丸はちょっと考えて、二本目を注文しました。彼はふだんは酒は全然やらないのですが、今夜はむしょうに飲んでみたいのでした。彼はタコの脚を食べながら、やがて二本目も飲んでしまいました。すると何が何でもいいような感じとなり、しゃっくりもそれほど気にならなくなってきました。むしろこう考えて楽しい気持にさえなって来たのです。

『このしゃっくりでもって、僕はハリー・猫山とつながっている』

 それからふと思い付いて、彼は立ち上り、ヴァイオリンを持ちました。そして勢いよくさっきの『証城寺』を弾き始めました。店の小女がびっくりしたような顔で眺めています。ヒックとしゃっくりが出ました。しかしこの度はほとんど音は乱れず、すっすっと進んで行きました。酔って大胆になったせいでしょう。

『こういう具合なんだな』

 またヒックと痙攣(けいれん)がきました。でもメロディはなだらかに流れて行きます。彼はすこし楽しくなって手を休め、小女に注文しました。

「酒もう一本と、タコ一皿」

 それから二十分後、彼は相当にいい気持になって、その店を出ました。そして左右の店を物色しながら、ふらふらと歩き出しました。しゃっくりも邪魔にならなくなったし、今の店で相当に散財もしたものですから、すこし稼いで行く気になったのでした。

 時間的に言うと、今頃がいちばん酔客が盛る時刻で、どの店にも相当の人影が動いていました。わっわっと騒ぐ声も聞えます。しかし犬丸はさっきの経験でこりたので、気前よくヴァイオリンを聞きそうな客をえらんで、店々をじろじろのぞいて歩きました。それは彼の経験から言うと、三人か四人の組で、愉快そうに議論などしているようなのが、彼の一番いいおとくいなのです。独り客だとか学生客などは、割に駄目でした。

 そうやって歩いているうちに、彼もそろそろ酔いが廻って来たようです。足もとがすこし危くなり、時にはよろよろとよろめいたりして、頰もすっかり赤くなっているのです。

「ええ、一曲。ええ、一丁。ええ、一曲」

 そんなことを呟きながら、彼は店先から店先へわたって歩きました。

 最初に彼をつかまえたのは、予想通り、しきりに議論している一組でした。それはこの世の中で何が一番旨(うま)いかという議論なのでした。一人は河豚(ふぐ)の刺身(さしみ)だというし、次の一人は松阪の霜降(しもふり)牛肉だというし、残りの一人は、酔いざめの水が一等旨いという主張なのでした。

「酔いざめの水は旨いよ。この世にこんな旨いものはない。俺はその為に毎晩酒を飲んでいるんだ」

 犬丸を呼びとめたのは、この男です。そして犬丸は『かっぽれ』其の他を弾き、百円札を一枚貰いました。

[やぶちゃん注:「かっぽれ」「カッポレカッポレ甘茶でカッポレ」という囃子言葉のある俗謡に合わせて踊る滑稽な踊り、或は、その歌を指す。幕末に起こり、明治中期頃、全盛を極めた。元は「豊年踊り」或いは「住吉踊り」(大阪の住吉大社の御田植(おたうえ)神事で行われる住吉の御田植の踊りで、戦国頃から、住吉神宮寺の僧が、京阪の各町村を廻って勧進したことから有名になり、江戸時代には乞食坊主の願人坊主らが大道芸として全国に流布させた)から出たものという。大道芸であったが、歌舞伎の所作事になり、寄席演芸にもなった。例えば、YouTube の「日本大衆文化倉庫」の「端唄 かっぽれ 藤本二三吉」を聴かれたい(歌詞字幕も出る)。]

 また別の店では、愛情とは何かという議論が始まっていました。この一座はあまり容貌風采もぱっとしない、男女間の愛情などにもっとも関係のなさそうな連中でした。しかし世の中では、えてしてそういうのが、とかく愛情について議論したがるようですな。その中の一人がいきり立って言いました。

「好きだってことは、一方的なことだ。こちらが好きになったって、相手がこちらを好くとは限らないぞ」

「いや、愛情とは、両方からもたれ合ってるようなものだ」

「ちがう、ちがう。そんなもんじゃない。たとえばこの俺が、マグロを好きだと言ってみろ。マグロにとっちゃ、俺から好かれて、大迷惑な話だろ。な、そうだろ。切身にされて食べられちゃうんだからな。人間同士だって同じさ。人間同士だって、国同士だって――」

 そこへ犬丸がヴァイオリンを提(さ)げて、ふらふらと姿を現わしたものですから、この他愛ない議論はたちまち終りを告げ、愛にあふれた名曲を聞こうということになり、『愛のタンゴ』其の他が演奏されました。犬丸はもう相当に手付きもあやしく、音階も少しずつずれているようなのですが、聴者の耳も少しずつずれているので、なかなか名演奏に聞えたらしいのでした。一座は腕を組み合わせて、楽器に合わせて一緒に唄ったりしたほどです。演奏が終ると、その中の一人などは、自分の名刺を犬丸に渡し、某交響楽団に推薦するから何時でも訪ねてこいと、肩をたたいて激励したりしました。

[やぶちゃん注:「愛のタンゴ」ディック・ミネのジャズ・ソングで、昭和一一(一九三六)年十一月新譜。YouTube の「Hiro Studio」のこちらで蓄音機版で聴ける。]

 夜もだんだん更(ふ)けて参りました。

 駅の正面出入口では、もうそこから出てくる人はほとんどなくて、ぞろぞろと吸いこまれて行く人影ばかりです。その駅近くのある一杯屋では、五六人の男がかんかんがくがくと、平和についてしゃべり合っておりました。みんなそれぞれひとかどの平和信奉者らしいのでした。平和には二種類あるんだとか、お前のはコップの中の平和だとか、きめつけたりきめつけられたりして、議論はいつまでも果てしがありません。妙にとげとげした空気もただよってきて、他の客もよりつかず、一杯屋のお内儀(かみ)も持て余し気味になってきた頃、

「ええ、一曲。ええ、一丁。ヴァイオリンはいかがですか」

 と、ふらふら腰の犬丸がのぞきこんだものですから、お内儀はいい汐どきだとばかり、口をそえました。

「お客さんたち、ヴァイオリン、お聞きになりません? この人、とてもいい腕を持っているんですよ」

「なにい。良い腕だ?」と一人がぎろりと眼を上げました。「じゃあ、やれえ。シューペルト」

「シューベルトの何にしましょう」

「そら、あれだ。タッタカタッタ、タッタカタッタア。軍隊行進曲」

 何だかうるさそうな連中なので、犬丸も気を引きしめて弓を持ち、そして弾き始めました。緊張して弾いたせいか、それほど音も狂わず、どうにか最後まで弾き終りました。

[やぶちゃん注:「シューベルトの」「軍隊行進曲」YouTube で幾つか聴き比べてみたが、取り敢えず「ピティナ ピアノチャンネル PTNA」の「シューベルト(松原幸広編曲)/ 軍隊行進曲(デュオ)」(ピアノとヴァイオリンのデュオ)をリンクさせておく。]

「うまい」

 とその男が大声で賞めました。そこで犬丸もにこにこして、ちょっとは気がゆるんだらしいのです。すると別の男がいきなり、

「勝って来るぞと勇ましく。あれをやって呉れえ」

 と怒鳴ったものですから、犬丸はあわてて弓をとり直しました。犬丸は兵隊の辛い体験から、軍歌は全然好きではないのですが、商売だから仕方がないのでした。そして眼をつむって、さっと弾き出すと、やがてヒックと大きなしゃっくりがやって来て、とたんにメロディがずれたらしく、他の歌になってしまいました。

「そりゃストトン節じゃないかあ」

 その声ではっと気が付くと、それはまさしくストトン節になっていたのです。どうも軍歌の節が、しゃっくりの瞬間に、『厭なら厭だとさいしょから』という部分につながってしまったらしいのでした。犬丸が狼狽して弓をとり直しかけると、また別の声が、

「さらばラバウル」

 と叫んだので、ろくに調子もしらべず、彼は弓をいきなり動かし始めました。注文した男はうっとりと眼を閉じて、それに合わせて口吟(くちずさ)んでいる風(ふう)でしたが、再びヒックと横隔膜がひきつれた瞬間、犬丸の手元が又もや狂ったらしいのです。ラバウルのメロディが何時の間にか『枯すすき』に変っていて、犬丸の弓は自然と『――花も咲かない枯すすき』という風(ふう)に動いていたのでした。

 重ね重ねの失態に、この平和信奉者たちはすっかり呆れたり気分をこわしたりして、五六人もで聞いたのに、犬丸が貰ったのは、たった三十円ぼっちでした。

 かれこれしているうちに、しんしんと夜が更(ふ)けて、終電の時間がようやく近づいてきたようです。さすがの盛り場もだんだん人影がまばらとなり、あちこちの店ががらがらと戸を立て始めました。人気(ひとけ)のない広い車道を風が吹き抜けて、紙くずやごみなどがちりちりに走って行きます。駅の横手では、浮浪者たちが木片や新聞紙をあつめて、焚火を始めた模様です。

 あの陸橋の上を、犬丸青年がヴァイオリンを小脇にかかえて、小走りに走っています。そしてごみごみした一郭に姿を消すと、二分間ぐらい経って、又その姿は小走りに現われてきました。それから道を大急ぎで横切り、駅の裏口の方にかけて行き、やがてそれは建物の中にかくれて見えなくなってしまいました。

 それを最後として、陸橋にも坂にも道にも、人影はすっかり絶え果てたようです。黒い家並、遠くの森、傾いた地平。

 空には大きな春の月が出ています。盛り場の塵埃(じんあい)を通すせいか、赤黒く濁って、汚れた血のような色です。まだすこし欠けているようですが、もう満月になるのも、明日か明後日のことでしょう。

 あとはただ、夜風が吹いているだけです。

[やぶちゃん注:「勝って来るぞと勇ましく」が歌い出しの「露営の歌」は、古関裕而の作曲で、籔内喜一郎の作詞(これは新聞社による公募作品)。昭和一二(一九三七)年九月発売の戦時歌謡。YouTube 東海林太郎氏の「オリジナルSP復刻」の「露営の歌 中野忠晴・霧島昇・伊藤久男・松平晃・佐々木章」をリンクさせておく。

「ストトン節」大正一三(一九二四)年頃に流行した俗謡で、歌詞は複数あるが、例えばこれYouTube ロデタロ氏の「ストトン節 豆千代」をリンクさせておく。

「さらばラバウル」戦時歌謡「ラバウル小唄」。当該ウィキによれば、作詞は若杉雄三郎、作曲は島口駒夫。昭和二〇(一九四五)年発売だが、この歌は、実は、もともとは昭和一五(一九四〇)年にビクターより発売された「南洋航路」(作詞作曲は同前で、歌・新田八郎)が元歌である。『歌詞に太平洋戦争の日本海軍の拠点であったラバウルの地名が入っていたこともあり、南方から撤退する兵士たちによって好んで歌われ、復員後に広められた。このため、戦争末期の日本で、レコードとしてでなく、先に俗謡として流行した』とある。元歌であるYouTube wagamasurao800氏の「南洋航路」と、同じくYouTube 「日本大衆文化倉庫」の『軍歌 「ラバウル小唄」』をリンクさせておく。

「枯すすき」「船頭小唄」。これは歌謡曲の題名であり、大正一〇(一九二一)年三月三十日に民謡「枯れすすき」として野口雨情が作詞したものに、中山晋平がメロディをつけたもの。翌大正十一年に神田春盛堂から詩集「新作小唄」の中で「枯れすすき」を改題して「船頭小唄」として掲載された。YouTube ロデ夏目氏の「歴史的音源 大正演歌 船頭小唄 鳥取春陽」をリンクさせておく。

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 さて、本篇は、ややブラッキーな《大人の童話集》という体裁である。語り口が敬体であるのも、また、登場人物の名が、皆、動物に関係する形で命名されている点(「山」「サカエ」、薬屋の「多胡」は「たご」だろうが、ルビを敢えて振らないのは「たこ」を臭わせるためである。唯一人、小女の「香代」だけが免れている)など、そうしたニュアンスを梅崎春生は初めから確信犯として使用していることが判る。また、本篇は優れたオムニバス形式で、それぞれのパート主人公を写していたカメラが、非常に自然に、何気なく次の話のロケーションに自然に繋がって、抵抗なく次の新たな主人公へとパンしてゆく。これは、明かに、当時の映画的手法を応用していることがよく判る。特に私は最後の五段落の、映像は特に物語のコーダとしての作為が全く感じられない点で、優れてリアルなシークエンスとなっていることに、改めて(最初に読んでから四十年余りになる)、これは戦後に齎されたイタリア映画のネオレアリズモを真似た優れた映像となっていることに、甚だ感心した。]

 

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