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2022/10/25

曲亭馬琴「兎園小説拾遺」 第一 「肥前大村領にて擊獲たりといふ虎皮の縮圖」

 

[やぶちゃん注:「兎園小説余禄」は曲亭馬琴編の「兎園小説」・「兎園小説外集」・「兎園小説別集」に続き、「兎園会」が断絶した後、馬琴が一人で編集し、主に馬琴の旧稿を含めた論考を収めた「兎園小説」的な考証随筆である。昨年二〇二一年八月六日に「兎園小説」の電子化注を始めたが、遂にその最後の一冊に突入した。私としては、今年中にこの「兎園小説」電子化注プロジェクトを終らせたいと考えている。

 底本は、国立国会図書館デジタルコレクションの大正二(一九一三)年国書刊行会編刊の「新燕石十種 第四」のこちら(右ページ下段五行目から)から載る正字正仮名版を用いる。

 本文は吉川弘文館日本随筆大成第二期第四巻に所収する同書のものをOCRで読み取り、加工データとして使用させて戴く(結果して校合することとなる。異同があるが、必要と考えたもの以外は注さない)。

 本文の句読点は自由に変更・追加し、記号も挿入し、一部に《 》で推定で歴史的仮名遣の読みを附した。

 図は底本のものをトリミング補正した。標題の「擊獲たり」は「うちとりたり」であろう。]

 

   ○肥前大村領にて擊獲たりといふ虎皮の縮圖

文政五年午十一月廿日の夜、肥前國彼杵《そのぎ》郡大村上總介領分、尾和谷村《をわたにむら》山奧にて、獵師、鐵炮にて打捕《うちとり》候獸《けもの》の皮。「是、虎なり。」といふ、未詳《いまだつまびらかならず》。毛の色、虎より、些《すこ》し赤く、斑《まだら》は、すこし薄し。

[やぶちゃん注:「文政五年午十一月廿日」一八二三年一月一日。

「肥前國彼杵郡大村上總介領分、尾和谷村」長崎県諫早市上大渡野町(かみおおわたのまち)の北部であろう。ここに南で接する下大渡野町には、戦国時代には既にあった「尾和谷城」(おわたにじょう)が存在した。「大村上總介」は当時の肥前国大村藩第十代藩主大村純昌(すみよし)のこと。

 以下、図の右下にあるポイント落ちのキャプションと、図左方にあるそれを、後に順に同ポイントで添えた。図に近く添えてあるキャプションは、右上方が、『此辺《このへん》二ヶ所、白シ。』、中央上に転倒して、『鼻ノ形、見ユ。』、左上に転倒して、『目ノ穴。』とあり、右手の皮の抉れた部分思われる皮膚部分に、『白。』と記載されてある。]

 

Yamainunokawa

 

    此處、鐵炮疵《てうぱうきず》と見ゆ。

[やぶちゃん注:右手の抉れて「白」と書かれている位置の脇に縦に一行で記されてある。]

 

縱三尺五寸許《ばかり》、橫二尺餘《あまり》、文政十一年七月廿四日、戸田勘助より借觀《しやくくわん》。

[やぶちゃん注:図の左側に二行で記されてある。吉川弘文館随筆大成版では、図の下方に配されてある。

「三尺五寸」一メートル五センチ。

「二尺」六十・六センチ。

「文政十一年」一八二八年。最後の「戊子」(つちのえね)も同年。

「戶田勘助」伊予国大洲藩士に同姓同名がいるが(直心影流剣術家戸田一心斎の父親)、同一人物かどうかは不明。]

 

右、海棠庵より借抄之《これを、かりて、しやうす》。按ずるに、この獸皮、豺(やまいぬ)なるべし。狼は、毛色、皆、同樣なるも、「山いぬ」は、犬狗《いぬ》のごとく、種々の雜色あるよし、眞葛が「奧州ばなし」にも、いへり。犬にも、虎毛《とらげ》なるもの、あり。そのたぐひなるベし。

  戊子九月         著作堂老逸《らういつ》

[やぶちゃん注:「海棠庵」「兎園会」会員でお馴染みの、三代に亙る書家関思亮(せき しりょう 寛政八(一七九六)年~文政一三(一八三〇)年)の号。本書に先立つ天保元(一八三〇)年九月に三十六の若さで亡くなっている。

「豺(やまいぬ)」近世以前には、所謂、「野良犬」「野犬」(やけん)を「やまいぬ」と呼称して、通常の「犬」とは区別していた。無論、そのような別種がいたわけではない。未だに、どうどうと「ノイヌ」とカタカナ書きしてイヌ類と区別して和名の種名(雑種)のように書く輩がいるのは、甚だ虫唾が走る。我々が滅ぼしてしまったニホンオオカミ(「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 狼(おほかみ) (ヨーロッパオオカミ・ニホンオオカミ・エゾオオカミ)」を参照されたい)に係わって、私の記事にはこの「豺」に関してはかなり言及したものがあるが、「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 豺(やまいぬ) (ドール(アカオオカミ))」、及び、「和漢三才圖會卷第三十七 畜類 狗(ゑぬ いぬ) (イヌ)」を示すに留める。

『眞葛が「奧州ばなし」にも、いへり』只野真葛の「奥州ばなし」は私のブログ・カテゴリ「只野真葛」で既に全電子化注を終っている。馬琴が言っているそれは、「奥州ばなし 狼打」を読まれたい。この名文家の才媛については、前記カテゴリの第一記事である「新春事始電子テクスト注 只野眞葛 いそづたひ 附 藪野直史注」を見られたい。また、馬琴自身が、真葛の死後に書いた『曲亭馬琴「兎園小説」(正編) 眞葛の老女』を未読の方は、優れた彼女へのオマージュであるからして、是非、読まれたい。

「老逸」「老いて世間から隠逸した者」の意。馬琴の号ではない。]

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