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2022/10/07

鈴木正三「因果物語」(片仮名本(義雲・雲歩撰)底本・饗庭篁村校訂版) 中卷「十 母鳥子の命に替る事 附 猿寺へ來り子の吊ひを賴ひ事」

 

[やぶちゃん注:底本は、所持する明治四四(一九一一)年冨山房刊の「名著文庫」の「巻四十四」の、饗庭篁村校訂になる「因果物語」(平仮名本底本であるが、仮名は平仮名表記となっている)を使用した。なお、私の底本は劣化がひどく、しかも総ルビが禍いして、OCRによる読み込みが困難なため、タイピングになるので、時間がかかることを断っておく。なお、所持する一九八九年刊岩波文庫の高田衛編「江戸怪談集(中)」には、本篇は収録されていない。

 なお、他に私の所持品と全く同じものが、国立国会図書館デジタルコレクションのこちらにあり、また、「愛知芸術文化センター愛知県図書館」公式サイト内の「貴重和本ライブラリー」のこちらで、初版板本(一括PDF)が視認出来る。後者は読みなどの不審箇所を校合する。

 本文は饗庭篁村の解題(ルビ無し)を除き、総ルビであるが、難読と判断したもの、読みが振れるもののみに限った。踊り字「〱」「ぐ」は正字化した。適宜、オリジナルに注を附す。]

 

    母鳥(はゝどり)子の命に替(かは)る事

     猿(さる)寺へ來り子の吊(とむら)ひを賴む事

 九州衣(ころも)と云ふ處に、鈴木作兵衞(さくびやうゑ)と云ふ町人、鷹數奇(たかずき)にて、或時、子雲雀(こひばり)に鷹を合(あは)せけるに、鳥間(とりま)近き處に、母鳥、居(ゐ)けるが、子と鷹との合(あひ)を隔てゝ、取られけり。

 作兵衞、これを見て、則ち、鷹を止めけり。

 正保年中の事なり。

[やぶちゃん注:「九州衣」不詳。福岡県北九州市八幡東区に羽衣町(はごろもまち)ならある。

「鷹數奇」鷹狩りを好むこと。「鷹」の博物誌は私の「和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 鷹(たか)」を参照されたいが、鷹狩には、新顎上目Neognathaeのタカ目タカ科 Accipitridae及び同じ新顎上目ハヤブサ目ハヤブサ科 Falconidae の複数種が用いられるが、優秀な鷹狩の主な担い手であるのは、タカ目タカ科ハイタカ属オオタカ Accipiter gentilis である。

「鳥間」鷹と狙っている対象動物の距離や位置関係を指す。

「雲雀」博物誌は私の「和漢三才圖會第四十二 原禽類 鷚(ひばり) (ヒバリ)」を参照。ヒバリは繁殖期にはつがいで生活し、非繁殖期でも、小さな群れで生活する。

「正保年中」一六四四年から一六四八年まで。]

 

○越前さばやの町に猿曳(さるひき)あり。

 彼(か)の猿、子を產む。

 主に向つて、手の指を、三つ擧(あ)げたり。

 猿曳、心得て、

「己(おのれ)に三日の暇(ひま)を出して、我々は飢死(うゑじに)すべきか。」

と云うて、一日も許さず、引廻(ひきまは)る間(あひだ)、子猿、頓(やが)て死す。

 母猿、泣悲(なきかなし)みて、頭(かしら)の髮(かみ)を剃る眞似したり。

 さる程に、母猿を許しければ、子猿を抱(いだ)き、寺に行きて、手を合せ、坊主を拜みて、子猿の頭を剃る眞似しける間(あひだ)、坊主、心得て、剃刀(かみそり)を頂(いたゞ)かせ、髮を剃り、人の如く、能く吊(とむら)ひて、塚を築(つか)せたり。

 それより、母猿、歎(なげ)きて、腰、拔(ぬけ)て、用(よう)に立たず。

 猿曳、無道心者にて、敲(たゝ)き殺しけり。

 猿曳、頓て、腰拔けたるを、人々、惡(にく)みて、路傍(みちばた)に捨て殺しけり。

[やぶちゃん注:私は、この話より、根岸鎭衞の「耳嚢 巻之二 畜類又恩愛深き事」の方が忘れ難い。リンク先は私の古い電子化訳注である。また、民俗学的によくディグしている、私の電子化注「柳田國男 山島民譚集 原文・訓読・附オリジナル注「河童駒引」(29) 「猿舞由緖」(1)」、及び、「柳田國男 山島民譚集 原文・訓読・附オリジナル注「河童駒引」(30) 「猿舞由緖」(2)」も必読である。本篇の猿曳の因業の果ての最期は無惨であるが、そこで我々は、当時の猿曳が社会的に差別された下層芸能民であったことも念頭に置かねばならない。腰の抜けた猿曳を路傍に捨て殺しにした人々は、報いを受けていないし、受けるとも考えていなかったのだ。それは、大多数の当時の人々が、獣である猿を生業のために使役していた彼らを、同じ「人間」としては、どこかで、認めていなかった証しなのである。だからこそ、平気でいられるのだ。そこに差別の持つ、都合のいい自分側の不合理な倫理が透けて見えるのである。そういう意味でも、私はこの因果物一篇を不快に思うのである。それは「譚海 卷之二 江戸非人・穢多公事に及たる事」の私の注の引用を見られれたい。

「越前さばやの町」これはまず、現在の福井県鯖江(さばえ)市である。]

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